【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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相伝の術式、選ばれた人間としての「当然の矜持」をもつプライド持ちvs たまたま授かった「個性」に依拠した、ガキの虚栄心。のプライド持ち
レディーファイ!


第11話:雄英体育祭決勝戦『静止画の世界で、俺だけが動いている』

 

控え室のモニターで、直哉は爆豪の準決勝を見ていた。

 

爆豪勝己対切島鋭児郎。

 

結果は爆豪の圧勝だった。切島の硬化個性がどれだけ頑張っても、爆豪の爆破の連続は止まらなかった。切島が諦めずに何度も立ち向かって、何度も爆破を食らって、それでも立ち上がって——最終的に場外へ吹き飛んだ。

 

直哉はそのモニターを眺めながら、顎に指を当てた。

 

(顔がアカンわ。なんであんな怒った顔しか持ってへんのやろ。……甚爾くんと逆やったらよかったのに)

 

甚爾くんの顔は、笑っていた。いつでも、どんな状況でも。戦場であっても、追い詰められていても。あの余裕の笑みが、本物の強者の顔だと直哉は思っていた。

 

爆豪くんの顔は——怒りだった。

 

常に、全部、怒り。怒鳴って、叫んで、爆破して。力があるのに、怒りで消費している。

 

(惜しいんやけどな。本当に惜しい)

 

爆豪勝己という存在を、直哉は「有象無象の中ではマシな牙」と評価していた。

牙は本物だ。あの爆破の出力は、投射呪法だけで対処しようとすれば、今の直哉には相当な消耗を強いられる。轟と違って、感情的になればなるほど出力が上がる——それが爆豪という個性の厄介なところだ。

 

でも。

 

(「あっち側」じゃない。才能があって、力があって——でも、怒りで動いてる奴は最強にはなれへん。少なくとも、今は)

 

直哉はモニターを切った。

 

立ち上がって、軽く手首を回した。

 

轟戦で消耗した呪力は、まだ完全には戻っていない。七割程度だ。

 

(七割で十分や。今の爆豪に、俺の七割以上を使う気にはなれへん)

 

 

 

「決勝! 禪院直哉対爆豪勝己!!」

 

スタジアムが割れた。

 

二人がグラウンドに出てきた瞬間、観客の熱量が一段階上がった。

 

直哉は歩きながら、爆豪を見た。

 

爆豪は直哉を見ていた。目が、燃えていた。準決勝のときよりも、さらに強く。

 

(切島の試合で、消耗させられてるといいけどな)

 

二人がグラウンドの中央で向き合った。

 

「……ドブカス野郎」

 

爆豪が口を開いた。普段よりも、わずかに低い声だった。

 

「さっきの試合、見てたぞ」

 

「そうか」

 

「クソナードに、あれだけ言う必要があったか?」

 

直哉は目を細めた。

 

(また同じことを言う。轟もそうやったけど——この学校の連中は、なんで全員緑谷のことが気になるんやろな)

 

「爆豪くんも、緑谷くんのことが心配なん?」

 

「——ちが」

 

「ならどうでもええやろ」

 

直哉はあっさりと言った。

 

「俺が緑谷くんに何を言ったかは、俺と緑谷くんの話や。爆豪くんが口を挟む話やない」

 

「テメェ——」

 

「それとも」

 

直哉は首を傾けた。 

 

「爆豪くん、緑谷くんのこと、友達と思ってんの?」

 

爆豪の顔が、ぴきりと固まった。

 

直哉はその表情を見て、内心で少しだけ笑った。

 

(図星やったか。まあ、原作通りやけど。あの二人の関係は複雑やからな)

 

「……関係ねえだろ」

 

爆豪が絞り出すように言った。

 

「俺が怒ってんのは——お前がクソナードにどうこうしたからじゃねえ」

 

「ほな、なんで?」

 

「てめぇの戦い方が」

 

爆豪は言葉を切った。

 

それから、もう一度口を開いた。

 

「気持ち悪いんだよ」

 

直哉は眉を上げた。

 

「気持ち悪い?」

 

「ああ。あの動き。あの捌き方。どっかで見たことあるような——でも全然違う。個性じゃない何かを使ってる。それが気持ち悪い」

 

(さすがやな。感覚で察してる)

 

「気持ち悪いのは俺の問題やないよ」

 

直哉は涼しい顔で言った。

 

「爆豪くんの感受性の問題や」

 

「——あ”ァ?」

 

「俺の戦い方が理解できへんのは、爆豪くんの認識の限界の問題や、ってこと。俺は俺の戦い方をするだけ。理解してもらう気も、説明する気もない」

 

爆豪の掌から、小さな爆発がパチパチと起きた。

 

「……てめぇ、さっきから」

 

「さっきから?」

 

「イラつくんだよ!!」

 

爆豪が叫んだ。スタジアムに声が響いた。

 

「クソナードに言ったこと、半分やろうに言ったこと、全部! お前の喋り方が! 顔が! 態度が! 全部まとめてイラつくんだよ!!」 

 

「あはは」

 

直哉は笑った。

 

柔らかい笑い声だった。でも、温度はなかった。

 

「正直でええね、爆豪くんは。感情がそのまま出てくる」

 

「バカにしてんのか?」

 

「してへんよ」

 

直哉は答えた。

 

「ただ——感情がそのまま出てくる人間は、戦いやすい。それだけの話や」

 

爆豪の目に、殺意が宿った。

 

「……殺すぞ」

 

「物騒やね」

 

「本気で言ってんだよ!!」

 

「知ってる」

 

直哉は爆豪の目を見た。まっすぐに。

 

「でもな、爆豪くん。俺が今日、本物の殺意を感じた相手は——まだ一人もおらへんねん」

 

「——は?」

 

「緑谷くんも、轟くんも。本気の目はしてたけど、殺しに来てへん。ヒーロー科やから当然かもしれんけど——俺には、物足りひんかった」

 

直哉は視線を爆豪から外して、スタジアムを見回した。

 

観客席。プロヒーロー。教師陣。全員が、この試合を見ている。 

 

「爆豪くんには期待しとるよ。有象無象の中では、一番牙が鋭いわ」

 

「有象無象——?」

 

爆豪の声が、低くなった。

 

「俺が——有象無象?」 

 

「違う、違う」

 

直哉は手を振った。

 

「有象無象の中では、ってことや。爆豪くんは有象無象やない。有象無象よりは、マシな牙を持っとる」

 

「マシ、って言ったか今」

 

「言ったわ」

 

「マシ」

 

「そやな」 

 

「俺が——マシ?」  

 

爆豪の掌の爆発音が、大きくなった。

 

「テメェ——!!!」

 

ミッドナイトが腕を上げた。

 

「試合開始!!」

 

 

爆豪が来た。

 

最初の一撃から、全力だった。

 

右手から爆破を放って推進力にしながら、空中を飛ぶように突っ込んでくる。直哉は投射呪法を起動した。爆豪の体の軌道が「刻まれ」た。右から来る。速い。轟の氷より、直線的な分、判断が早い。

 

右へ半歩。

 

爆豪の拳が、直哉の左耳をかすめた。

 

「——速ェ!?」

 

爆豪が着地しながら叫んだ。驚愕と、わずかな怒りが混じった声だった。

 

「そこそこ速いよ、爆豪くんも」

 

直哉は距離を取りながら言った。

 

「でも、直線やと読みやすい」

 

「——んだと?」

 

「爆破で推進力を得て突っ込んでくるのは速い。でも軌道が単純や。放物線か直線かのどっちかになる。複雑な動きができへんのよ、空中では」

 

爆豪の顔が、怒りで赤くなった。

 

「じゃあ——これはどうだ!!」

 

両手から爆破を連続で放った。右、左、右、左——爆破が直哉の周囲に降り注いだ。

 

直哉は走った。

 

爆破の着弾点を投射呪法で先読みしながら、その隙間を縫うように動いた。爆風が頬をかすった。熱が耳をなでた。

 

でも、当たらなかった。

 

「——なんで!?」

 

爆豪が叫んだ。本気で困惑していた。

 

「爆破の着弾点、見えるから」

 

直哉は答えた。走りながら、息を整えながら。

 

「次にどこが爆発するか、なんとなく分かるわ。それだけの話や」

 

「嘘つけ!! あの速度で爆発点が読めるわけが——」

 

「嘘つく意味があらへんよ」

 

直哉は真顔で言った。

 

「俺には読める。そういう話や」

 

「——ッ、どうせ個性だろ!! なんの個性だ!!」

 

「企業秘密や」

 

「ふざけんな!!」

 

爆豪が地を蹴った。今度は爆破で跳ばずに、走って来た。地上での格闘戦に切り替えた。

 

(頭は動く。状況を判断して戦術を変えてきとる。それは認めるわ)

 

直哉は爆豪を待ち受けた。

 

爆豪の右拳が来た。直哉は内側に入って、爆豪の右腕を外から押さえた。接触。投射呪法が刻む。爆豪の重心、次の動き、体重の流れが全部見えた。

 

左から来る——膝だ。

 

直哉は後ろへ跳んで距離を取った。爆豪の膝蹴りが空を切った。

 

「ちょこまかと——!!」

 

「ちょこまかしてへんよ」

 

直哉は着地しながら言った。

 

「爆豪くんの動きに、俺の動きを合わせてるだけや」

 

「合わせてる?」

 

「そう。爆豪くんが動いた後に動いてる。でも追いついてる。それって——どっちが速いと思う?」

 

爆豪の動きが、一瞬止まった。

 

直哉はその一瞬を見た。

 

爆豪が「考えた」瞬間だった。戦いながら、言葉に引っかかって、思考が割れた瞬間。

 

(そこや)

 

直哉は踏み込んだ。

 

爆豪の懐へ、一気に。足裏の呪力で地面を蹴って、最短距離で。

 

爆豪が反応しようとした——間に合わなかった。

 

直哉が事前に投射呪法で空気をフリーズさせ、完成したフレームを破壊することにより発生した衝撃波を生み出していた。

 

その威力を拳に乗せた一撃が爆豪の胸に叩き込まれた。

 

強い衝撃と高い呪力を込めた一打だった。

 

「——ガッ!!」

 

爆豪の体が、後方へ吹き飛んだ。

 

転がりながら、すぐに立ち上がった。胸を押さえながら。

 

「……今の、なんだ」

 

爆豪が掠れた声で言った。

 

「尋常じゃない。あの威力——なんだ」

 

「言ったやろ、企業秘密」

 

「ふざけんなよ!!」

 

爆豪が爆破を放ちながら突っ込んできた。

 

今度は直線ではなかった。爆破の反動を使いながら、不規則に方向を変えてくる。緑谷のOFAとは違う種類の不規則さ——爆豪自身の判断によるランダム性。

 

(これは読みにくい)

 

直哉は正直に認めた。

 

投射呪法は「刻んだ」情報から先読みをする。でも爆豪の動きは、爆豪自身の即興判断で変わる。刻んだ情報が、次の瞬間には更新されている。

 

一発、爆風をまともに受けた。

 

「——ッ!」

 

右腕が、熱かった。

 

「思ったよりやりよるねんな」

 

直哉は右腕を振りながら、口を開いた。

 

「正直、ナメてたわ」

 

「——今、ナメてたって言ったか」

 

爆豪の声が、低くなった。

 

「言った」

 

「俺を——ナメてた」

 

「うん。有象無象よりはマシやとは思ってたけど、ここまでやれるとは思ってへんかった。それは認める」

 

「——殺す」

 

「さっきも言ってたね、同じこと」

 

「今度は本気だ!!」

 

爆豪が両掌を向けた。

 

大爆破が来る、と直哉は読んだ。これは空間制圧型の爆破だ。逃げ場を消すために全方位に——

 

「もうちょい速うしてみるか」

 

直哉は呟いた。

 

足裏の呪力展開を、最大まで引き上げた。

 

爆豪の爆破が炸裂した瞬間、直哉はすでに爆豪の真横にいた。

 

爆破の爆風の外縁を、紙一重でかすりながら——真横を抜けた。

 

爆豪が振り返った。そこにはもう誰もいなかった。

 

「——どこだ!?」

 

「ここ」

 

直哉の声は、爆豪の背後から聞こえた。

 

爆豪が振り返った。直哉が立っていた。 

 

「ツメが甘いねん、爆豪くん」

 

直哉は静かに言った。

 

「爆破を放った後、一瞬だけ体勢が前に傾く。その瞬間、背後が空く。それ、直してへんかった」 

 

爆豪の顔が、怒りを超えて何か別の表情になった。

 

「……お前、ずっと見てたのか」

 

「見てたよ。ずっと」

 

「俺の——癖を」

 

「うん。爆豪くんの動き、面白いから」

 

爆豪が息を吐いた。

 

怒鳴るわけでも、叫ぶわけでも、爆破を放つわけでもなく。ただ、息を吐いた。

 

「……なんで」

 

「なんで?」

 

「なんでお前は——そんな顔して戦えるんだ」

 

直哉は首を傾けた。

 

「そんな顔?」

 

「余裕の顔だよ!!」

 

爆豪が叫んだ。

 

「お前ずっとそんな顔してる! 退屈そうで、でも楽しそうで——俺のこと、本気の相手と思ってるのか!?」

 

「思ってるよ」

 

直哉はあっさりと言った。

 

「有象無象の中では、一番や。それは本当のことやって言ったやろ」

 

「有象無象の中では——!!」

 

「でもな、爆豪くん」

 

直哉は続けた。声のトーンが、わずかに変わった。

 

「俺が本気でぶつかりたい相手は——ここにはおらへん」

 

爆豪が、ぴたりと止まった。

 

「俺が見てる景色は、ここやない。俺が追いかけてる背中は——この体育祭のステージにはいない。爆豪くんも、轟くんも、緑谷くんも——今日の俺の目標やない。俺の目標は、もっとずっと遠くにある」

 

「……なんだそれ」

 

「説明する気はない。ただ——」

 

直哉は爆豪の目を見た。

 

「爆豪くん、オマエは偽物や」

 

爆豪の目に、怒りが戻った。今日一番の怒りが。

 

「偽物——?」

 

「本物の強者の顔やない、ってこと。才能はある。力もある。でも——君の怒りは、まだ誰かへの反応でしかない。緑谷くんに勝ちたい、認めさせたい、俺に勝ちたい——全部、誰かに対しての怒りや。本物の強者は、誰かへの反応じゃなく——自分自身の内側から燃える」

 

「……うるせえ」

 

「うるさい、か」

 

「うるせえ!! お前に何が分かる!!」

 

爆豪が爆破を放ちながら突っ込んできた。

 

今度は止まらなかった。連続で、無尽蔵に、全部の怒りを爆破に乗せて——来た。

 

直哉は動いた。

 

右の爆破を躱して、左の爆破の爆風に乗って後退して、上から来る爆破を地面に転がって回避して——

一発、脇腹に入った。

 

「——ッ!!」

 

熱い。爆風が肋骨に響いた。呪力が乱れた。

 

「しぶとい!! マジで何なんだお前!!」

 

爆豪が叫んだ。

 

「お前もな」

 

直哉は立ちながら、脇腹を押さえた。

 

「普通、ここまで攻め続けられへん。体力の消耗が——」

 

「うるせえ!!」

 

また来た。

 

直哉は投射呪法を全力で回した。爆豪の体の動きを刻み続けた。刻んで、先読みして、躱して、また刻んで。

 

それを繰り返した。

 

じわじわと、爆豪の動きが読めてきた。

 

感情の怒りがそのまま動きに出ている。読みやすい。速いが、読みやすい。直哉の体が、爆豪のリズムを覚えてきた。

 

(今や)

 

爆豪の右拳が来た。直哉は内側に入った。爆豪の右腕を掴んだ。接触で刻んだ。次の動きが見えた。

左の爆破が来る——直哉は爆豪の体を回転させた。爆豪自身の左手が、爆豪自身の体の前を通過した。爆破の爆風が、爆豪の足元に炸裂した。

 

爆豪の体が、浮いた。

 

直哉はその体を受け取るように、肩を入れた。爆豪の体重が直哉の肩に乗った瞬間、直哉は腰を使って——投げた。

 

爆豪が地面に叩きつけられた。

 

「——ッ!!!」

 

それでも立ち上がった。

 

膝をついて、手をついて、それでも立ち上がった。

 

直哉はその様子を見た。

 

(しぶとい。本当に、しぶとい)

 

「詰みや、爆豪くん」

 

直哉は静かに言った。

 

「君のポイントは場外ギリギリや。もう一発入れたら終わる」

 

「——やってみろ」

 

爆豪は立ちながら言った。膝が震えていた。それでも目は燃えていた。

 

「やってみろ!! お前の「全力」とやらを、見せてみろ!!」

 

直哉は——少しの間、爆豪を見た。

 

(全力。全力か)

 

(今日、俺は全力を出したか? 出してへん。七割で戦った。呪力も、技術も、全部の引き出しを開けてへん。爆豪くんにそれを出す「価値」があるかどうか——)

 

(……ある。今の爆豪くんは、七割以上の相手や。認める)

 

直哉は踏み込んだ。

 

最速で。足裏の呪力を全開にして、投射呪法で爆豪の反応を先読みして——全部を使って、踏み込んだ。

 

爆豪が爆破を放った。

 

直哉はその爆破の爆風を、真正面から受けた。

 

受けながら、止まらなかった。

 

熱い。服が焦げる。肌が焼ける。それでも足を止めなかった。

 

爆豪の目が、大きく見開かれた。

 

「——なんで止まらない!!」

 

「俺の足を止めたいなら」

 

直哉は爆豪の懐に飛び込みながら言った。

 

「もっと速くならないと、届かへんよ」

 

右掌底を、爆豪の胸に叩き込んだ。

 

呪力を——今日一番、込めた。

 

「——ガアッッ!!!」

 

爆豪の体が、境界線の外へ吹き飛んだ。

 

転がった。

 

起き上がれなかった。

 

 

静寂が、落ちた。

 

爆豪が起き上がれない。それを確認したミッドナイトが、腕を上げた。

 

「勝者——禪院直哉!! 優勝!!」

 

スタジアムが、どっと沸いた。

 

歓声。拍手。叫び声。興奮が、波のように会場を覆った。

 

直哉は、その歓声の中で、静かに立っていた。

 

焦げた服の袖を見た。脇腹の痛みを感じた。右腕の熱傷を感じた。

 

(それでも、全力は出してへん。まだ、俺には先がある)

 

マイクが向けられた。

 

優勝者のコメントを求める、体育祭の慣例だった。

 

直哉はマイクを受け取った。

 

スタジアムの全員が、直哉を見ていた。観客。プロヒーロー。教師陣。そして、仲間たちも。

 

直哉は、その全員を眺めた。

 

「これが現実や」

 

静かに、でもマイクを通じてスタジアム全体に届く声で、言った。

 

「君らが夢見たヒーローなんて——俺の速さの前ではただの静止画なんよ」

 

スタジアムが、一瞬だけ静かになった。

 

その静寂の中で、直哉は続けた。

 

「みんな、いい試合を見せてくれたと思ってるんやろ。爆豪くんも、轟くんも、緑谷くんも——頑張ってた。諦めなかった。それは認める」

 

「でも」

 

直哉はマイクを持ちながら、観客席を見た。

 

「頑張ることと、強いことは別の話や。諦めないことと、勝てることも別の話や。今日この会場に来た人間で、本物の「強さ」を持ってた人間が何人いた? 俺は——一人も見つけられへんかった」

 

誰かが、何かを叫んだ。怒号に近い声だった。

 

直哉はそれを聞きながら、表情を変えなかった。

 

「俺が求めてるのは、君らの感動の物語やない。俺が求めてるのは、俺の速さが「止まる」瞬間や。俺が「静止画」になる瞬間。それが来るまで、俺は動き続ける」

 

マイクを返した。

 

観客席の反応は様々だった。怒り。戸惑い。引き攣った顔。そして——ごく一部の、なぜか目を輝かせている顔。

 

直哉はそのどれにも、特別な感情を抱かなかった。

 

ただ、スタジアムを出ながら——思った。

 

(甚爾くん。悟くん。真希ちゃん。——見てたか? これが今の俺の全部や。まだ足りへんのは分かってる。でも——今日は、一歩分だけ近づいた)

 

(もっと近づく。もっと、もっと——あっち側へ)

 

退場口の前で、直哉は一度だけ振り返った。

 

爆豪がまだグラウンドに座っていた。立ち上がれないのではなく、立ち上がる気が起きないのかもしれない。目は、まだ燃えていた。

 

直哉は爆豪と目が合った。

 

何も言わなかった。

 

ただ——一瞬だけ、視線を送った。

 

(爆豪くん。お前が本物になる日が来るとしたら——その日のお前とは、戦ってみたいとは思う)

 

その言葉を、口には出さなかった。

 

出す理由がなかった。

 

直哉は退場口の影の中に消えた。

 

スタジアムの歓声が、遠ざかっていった。

 

 

体育祭が終わった夜、直哉は一人で静岡の実家に帰った。

 

新幹線の窓から、夜景を眺めながら。

 

体育祭での記録を、頭の中で整理した。

 

投射呪法の応用範囲——拡張した。地面の温度変化を読む感触。爆豪の不規則な爆破を「刻んだ記憶から先読みする」精度。どちらも、今日一日で上がった。

 

呪力の消耗と回復のペース——把握した。轟戦から爆豪戦まで、七割の状態でどこまでやれるかが分かった。

 

足りないもの——黒閃。呪力の核心。全力を出し切ったとき、今より一段階上の出力に到達できる確信がある。でも、その「核心」の掴み方が、まだ分からない。

 

(死にかけないと、掴めへんのかもしれんな)

 

前世の記憶では——黒閃は、極限状態で生まれた。死の手前で、呪力が本来の姿を取り戻した瞬間に。

 

(体育祭程度では、その極限には届かへん。当然やけど)

 

窓の外に、星が見えた。

 

直哉はそれを眺めながら、今日の試合の中で一つだけ引っかかっていることを思い返した。

緑谷出久の目。

 

戦闘不能になって、それでも起き上がろうとした目。直哉が川の話をして去っていったあとも、たぶんずっとそのことを考えていただろう、あの目。

 

(あいつ、気づくかな。全体に通す感覚に)

 

気づいたとして——それを直哉が教えた、ということになる。

 

自分が蹂躙した相手の成長を、自分が後押ししたことになる。

 

(……まあええか)

 

直哉は窓から目を外した。

 

(緑谷くん強くなるのは——俺には関係ない。でも、緑谷くんが本物になった日に戦えるなら——それはそれで面白い)

 

新幹線が、静岡に近づいていた。

 

直哉は目を閉じた。

 

体育祭は終わった。

 

次に向けての鍛錬が、始まる。

 

(あっち側へ。まだ見ぬ強さへ。——俺はまだ、道の途中や)

 

夜の闇の中を、新幹線は走り続けた。

 

 




原作では「納得のいかない優勝」を強いられた爆豪ですが、今回の相手はそれ以上に納得のいかない「理不尽の塊」です。
直哉という異物が混ざったことで物語に起こる影響とは…次はどんなドブカスムーブをするんでしょうね?
作者にも正直分からないです(白目) 
明日は職場体験編に入ります。是非お楽しみください。

(8話)今回のような直哉のドブカス感の方が良い?

  • 今回の直哉(ドブカス感強化)
  • 1〜7話の純粋に力に貪欲な直哉
  • もっとドブカス(人の心とかないんか?)
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