【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
相変わらず知識等の不足ゆえに
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊の可能性あります。
申し訳ございません。
感想、評価付与が直哉のドブカスさをより増す起爆剤になります。
保須市から戻った翌朝。
ホークス事務所のミーティングルームに、直哉は定時より十分早く来ていた。
別に真面目なわけではない。ホテルの部屋にいても暇なだけだ。
矢久保が珈琲を持ってきた。「早いやん」と笑った。「眠れんかったん?」と聞いた。「別に」と答えた。
昨夜のことを反芻していたのは事実だ。しかし眠れなかったわけではない。
ステイン戦を記憶の中で再生する。あの動き、あの速度、あの重心の使い方。全部を一度ばらして、自分の術式でどこまで読めたか確認する。これは興奮ではなく、作業だ。
(右肩の癖は三合目で読めた。左足は最初から分かった。懐刀の抜き方だけ、一瞬遅れた)
遅れた理由は分かっている。懐刀は剣と動作の「起こり」が違う。同じ人間の同じ身体から出る動きでも、武器が変わると予測の補正が必要になる。
(次は初見で読む)
それだけだ。それだけで、昨夜は十分だった。
ホークスが来たのは定時ちょうどだった。
「おはよ。昨日の件、上に報告したよ」
「そうですか」
「雄英にも連絡が行く。相澤先生、どんな顔すると思う?」
「知りません」
ホークスは苦笑した。
「今日はちょっと毛色の違う仕事ね。地域の小学校で、ヒーロー講演会がある。俺が話して、君は……まぁ、隣に座ってるだけでいいよ」
「……講演会」
「子ども相手だよ。ニコニコしてればいい」
「できん」
「やってみて」
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小学校の体育館は、子どもたちの熱気で満ちていた。
ホークスが登壇した瞬間、体育館が沸いた。名前を呼ぶ声、手を振る声。ホークスはそれに笑顔で応え、流れるように話し始めた。
「ヒーローってさ、強いだけじゃダメなんだよね。速くて、かっこよくて、でも一番大事なのは――」
直哉は壇の端に腰を下ろし、体育館の後ろ半分を眺めていた。
子どもたちの目が輝いている。
(有象無象の原石、か)
この中の何人かは、将来ヒーローを目指すだろう。さらにその一部は実際に受験し、ごく少数が雄英に受かる。さらに削られて、プロになる。
(ほとんどは、脱落するな)
それは事実だ。感傷でも残酷でもない、ただの確率の話だ。
一人の女の子が、直哉を見上げていた。小学校低学年くらいの子で、ホークスではなく直哉の方を、真剣な顔で見ていた。
視線が合った。
女の子は逃げなかった。
(……なんや)
直哉は視線を逸らした。
講演が終わった後、ホークスが子どもたちに囲まれている中、その女の子が直哉の前に来た。
「お兄ちゃん、ヒーロー?」
「……まぁ」
「個性、なに?」
「速く動ける」
「どのくらい?」
「ホークスより速いんやない?」
女の子が「ホークスさんより!?」と目を丸くした。その後ろで、矢久保が「それはさすがにどうかな!?」と苦笑いした。
直哉は何も言わなかった。
ただ、その場を立ち去ろうとした時、女の子が「また来てね」と言った。
「来ない」
直哉は答えた。
「……なんで」
「来る理由がないから」
「えー」
それだけ言って、直哉は先に体育館の外へ出た。
(……子どもは、余計なことを聞く)
そう思った。そう思ったが、不快ではなかった。
それが、少し、気になった。
四日目の午前中、直哉は事務所の訓練室を借りた。
矢久保に頼んで、ミットを持ってもらうことにした。
「俺、サイドキックやけん打撃の訓練台にはなれんよ?」
「ミットを持つだけでいいです」
「……まぁ、ええか」
直哉は呪力を手に集中した。接触型の呪力集中だ。打撃の瞬間だけ、接触点に呪力を乗せる。理屈は単純だが、制御が難しい。呼吸と力の出し方のタイミングがずれると、空振りか空撃ちになる。
(昨日のステイン戦で確認できたこと)
指を折る際に使った接触型呪力集中は、出力が安定していた。だが連続使用では、四発目あたりから精度が落ちた。再集中の空白が生まれる。
その空白を、埋めたい。
ミットを打ちながら、考える。
呼吸のリズムと呪力循環のサイクルをどう合わせるか。接触型呪力集中は「点」への収束だ。面に広げれば持続できるが、威力が落ちる。点のまま維持するには、出力の調節が必要だ。
(反転術式を使えれば、また話が変わるんやけど)
反転術式。正の呪力と負の呪力を掛け合わせて、治癒や別種のエネルギーを生み出す高等技術だ。悟くんは自らに使っていた。自己治癒にも応用できる。
今の直哉にはない。呪力の操作精度が、まだそこまで達していない。
(いずれ、必ずモノにする)
ミットを三十分打ち続けた後、直哉は動きを止めた。
「……休憩する?」
矢久保が聞いた。
「はい」
「えらいストイックやね」
「そうですか」
「体育祭でも動きがすごかったけど、ああいうのって才能なん? 鍛えてなん?」
直哉は少し考えた。
「両方です。でも鍛えない才能は、ただの可能性やから」
矢久保が「ほーん」と頷いた。
「ホークスも似たようなこと言うよ。『才能は起動スイッチで、走らせるのは練習だ』って」
(……似たようなことを考えとるな、あの人も)
直哉は何も言わなかった。
午後、ホークスが帰ってきた時、直哉の手の皮が一部めくれていた。ホークスは見て、何も言わなかった。
ただ救急箱を差し出した。
「使って」
「……別に、すぐ治るんで」
「じゃあ俺が安心するために使って」
意味が分からなかったが、受け取った。
五日目の夜、自由時間に直哉は一人で街に出た。
福岡の夜は賑やかだ。飲み屋の灯り、屋台の匂い、酔っ払いの笑い声。東京と似ているようで、少し違う。人の密度と温度が違う。
直哉はコンビニで缶を一本買い、橋の欄干に寄りかかった。
川面が光を反射している。
スマートフォンを取り出して、雄英の連絡グループを確認した。緑谷出久が長文でメッセージを送っていた。内容は要約すると「保須市の件、ありがとう、禪院くんが来なければ飯田が死んでいたかもしれない」だ。
直哉は既読だけつけて、返信しなかった。
感謝されたいわけではない。
飯田天哉からは短いメッセージが来ていた。
「助けてくれてありがとう。……あの言葉も、受け取りました」
(あの言葉、か)
「兄弟揃ってセンスない」と言ったことだろう。
受け取った、という言い方が気になった。普通なら怒るか、傷つくか、弁明するかだ。飯田天哉は「受け取った」と言った。
(……あいつは、思ったよりマシかもな)
もちろん、「有象無象」の範疇であることに変わりはない。だが有象無象にも、階層がある。
缶を一口飲んだ。
炭酸が少し、舌に刺さった。
川を見ながら、呪力の流れを手の中で確認する。今日の訓練で分かったこと。接触点型呪力集中の再集中時間は、呼吸四回分の間隔があれば精度が戻る。四回が三回になれば、連続使用が安定する。三回が二回になれば、実戦に使える。
(あと、何日かかるかな)
七日間の職場体験は、あと三日で終わる。
(足りん)
当然だ。この期間に飛躍的な成長を期待していたわけではない。ただ、「一人前のプロの仕事を見る」ことで、自分に何が足りないかを再確認する場だと思っていた。
ホークスを見て、再確認した。
速さだけでは足りない。
この男は、速さに加えて「判断」が速い。状況を把握して、最適解を出す速度が、直哉より速い。経験の差だけではない。情報の処理の仕方が違う。
(俺はまだ「術式を使うこと」に意識を割きすぎとる)
甚爾くんがそうだったように、悟くんそうであるように、真希ちゃんがそうであるように。「あっち側」の人間は、戦い方が呼吸になっている。術式や個性の使用が、思考を介さない。
直哉はまだ、「投射呪法を使おう」と思ってから動いている。
(その差を埋めるのに、どれだけかかるか)
缶を飲み干した。
橋の向こうで、誰かが笑っていた。男女の二人組だ。手を繋いでいる。
直哉はそれを見て、視線を川に戻した。
(有象無象にも、それぞれの時間があるな)
それが感傷なのかどうか、自分では分からなかった。
六日目の夕方。
現場から戻ったホークスが、珍しく直哉に「少し話そう」と言った。
事務所の屋上に出た。福岡の夕空が広がっている。ホークスは欄干に背を預けて、直哉を見た。
「この一週間、どうだった?」
「退屈しのぎにはなりました」
「それ以上は?」
「それ以上は別にないです」
「嘘だね」
直哉は何も言わなかった。
「君、毎朝訓練してたじゃん。矢久保から聞いてるよ。手の皮もめくれてた。退屈しのぎだけの人間はそんなことしない」
「……鍛錬は習慣です。退屈しのぎとは別の話や」
「何のために鍛えてるの?」
直哉は少し考えた。
「甚爾くん、悟くんと、真希ちゃんに追いつくため」
「甚爾?悟?誰のことなの?」
「…別に。知らんでええ話です」
「ふーん。そう。今の君だとオールマイトみたいな人を目指しているみたいけど、相当難しいの分かってる?」
「知ってます」
「それでも追いかけるの?」
「俺が目指しとるのは、あっち側の世界だけなんで」
ホークスが少し沈黙した。
「…オールマイト。今の世界で、俺が唯一『あっち側』として認める現役です」
「君の基準だと、俺は?」
直哉はホークスを見た。
「……あっち側には、あと少し足りん」
「あと少し、か」
「でも、近い」
「それ、褒めてる?」
「事実を言ってるだけです」
ホークスが笑った。
「君は、強さしか見ないんだね」
「他に何を見るんですか」
「心とか、意志とか、繋がりとか」
「必要ない」
「本当に?」
直哉は答えなかった。
ホークスは空を見上げた。夕日が沈んでいく。羽根が一枚、風に乗って飛んでいった。
「俺はさ、実は一人じゃ動けないんだよね。個性の性質的に」
「……知ってます。羽根は消耗する」
「そう。俺の個性は、俺一人が最強になるための個性じゃない。周囲との連携で最大化する。チームありきの個性だ」
「だから事務所を大事にしてるんですか」
「そう。俺が速いのは、後ろに誰かいるから。……禪院くんの個性は、どう?」
「……俺の個性は、一人でも動ける」
「だから一人でいいと思ってる?」
直哉はしばらく、夕空を見ていた。
「……現時点では、一人の方が速いです。余計な配慮が要らん分」
「現時点では、ね」
ホークスは繰り返した。
「個性が伸びていくと、それが変わる場合もあるよ。俺の経験的に言えばね」
「……参考にします」
「へえ、素直だ」
「参考にすると言っただけで、従うとは言ってない」
「十分」
ホークスがまた笑った。
直哉は屋上の端を見た。風が吹いている。
(この人は、俺に何かを言い聞かせようとしてるわけやない)
ただ、喋りたいだけだ。あるいは、聞きたいだけだ。
(……暇な人やな)
そう思ったが、悪い気はしなかった。
最終日の朝。
事務所に来ると、矢久保がデスクに大量の書類を積んでいた。
「最後の日やけん、まとめ資料作っといてほしくてさ。この一週間でこなした案件の集計と、事後処理の確認漏れチェックね」
「……まとめ資料」
「ヒーロー事務所の定例業務やよ。月次報告書の元になるやつ。いつかプロになった時に、自分の事務所でも必要になるから」
直哉は書類の山を眺めた。
(面倒くさい)
だが、やる意味のある作業だ。一週間分の案件を通しで見ることで、ホークス事務所の仕事の全体像が把握できる。無駄ではない。
「分かりました」
三時間かけて、集計を仕上げた。
矢久保が確認して「早いし正確やね」と言った。
ホークスが昼前に事務所に戻り、集計表を見て「これ、矢久保くんより見やすいじゃん」と言った。矢久保が「そんなこと言わんでいいっしょ!」と抗議した。
直哉はそのやり取りを見ながら、また少し、静かに何かを思った。
(……このやり取りが、事務所を動かしてるんやな)
技術だけでは事務所は動かない。ホークスの個性だけでは事務所は動かない。矢久保という「馬鹿騒ぎができる間合いの人間」がいることで、ホークスの機動力が活きている。
合理的だ、と思った。
感情的な話ではなく、構造として合理的だ。
午後、最後の現場同行があった。
軽微な事案だった。個性による傷害騒ぎで、容疑者の確保のみ。ホークスが十分以内に片付けた。直哉は後方で観察していた。
帰り道、ホークスが言った。
「七日間で、一番何が残った?」
直哉は少し歩きながら考えた。
「投射強化の限界点」
「ステインの件?」
「懐刀の抜き方を、一瞬遅れて読んだ。武器が変わると補正が必要になる。それが今の術式の課題です」
「修正方法は?」
「対象物への「接触前の変化点」を読む精度を上げるか、読む対象を「人間の動き」ではなく「空間の変化」まで拡張するか」
「空間の変化?」
「刃が動く前に、空気が動く。その空気の変化を読めれば、武器の種類は関係なくなる」
ホークスが「へえ」と言った。
「それ、できるの?」
「今はできない。でも方向性は見えた」
「一週間で出てくる答えじゃないね、それ」
「そうです。だから帰ってから鍛える」
ホークスが笑った。
「君、本当にずっと強くなることしか考えてないんだね」
「それの何がいかんのですか」
「いかなくはないよ。ただ」
ホークスは空を見上げた。
「強さを追いかけてる間に、気づいたら隣に誰もいない、ってこともあるから」
直哉は答えなかった。
(余計なお世話や)
そう思いながら、ホークスの横顔を一瞬見た。
この男は、何かを知っている顔だ。自分の経験から言っているのか、それとも誰かを見てきた目なのか、分からない。
(……知らんけど、まぁ)
聞かなかった。
聞く必要もない。ただ、聞かなかったことが、後で気になるかもしれないとは思った。
事務所の前で、矢久保が手を振った。
「七日間お疲れ様! またいつでも来てね!」
「……来る機会はないと思います」
「えー! なんで!」
「雄英にいるから」
「あー、まぁそっかぁ……でも東京来た時は連絡して! 九州のうまいもん送るよ!」
「いりません」
「つれないなぁ!」
矢久保が笑いながら手を振り続けた。直哉は軽く頭を下げて、駅の方へ歩き出した。
ホークスが少し後ろをついてきた。
「俺も駅まで」
「送らんでいいです」
「暇なだけだよ」
並んで歩いた。
「君、また指名するかもしれないよ」
「……雄英卒業したら、その時に考えます」
「二年後、三年後。覚えてる?」
「覚えてません」
「手厳しい」
ホークスが笑った。
駅の入口で、止まった。
「一個だけ、最後に言っていい?」
直哉は足を止めた。
「……どうぞ」
「君の個性、伸びしろが俺には読めない」
「それは褒め言葉ですか」
「そう。投射強化の拡張可能性が、まだ見えてない。それって、君自身にも見えてないんじゃないかと思って」
直哉は少し、考えた。
「……見えてないです。今は」
「うん。だからこそ、楽しみにしてる」
「俺に期待するのは勝手やけど、俺はホークスさんのためにやるわけやないですよ」
「知ってる。でも俺が楽しみにするのは自由でしょ」
直哉は何も言わなかった。
「また」とだけ言って、改札を通った。
ホークスが「またね」と手を振っているのを、直哉は振り返らずに感じた。
東京に戻る新幹線の中。
座席に沈み込んで、直哉は手を見た。
皮がめくれた部分は、もう塞がりかけている。
一週間で変わったこと。
投射呪法の限界点を把握した。接触型呪力集中の再集中速度が、七日目には四拍から三拍半まで縮んだ。足裏呪力展開の制御精度が上がった。
変わらなかったこと。
黒閃は、まだ遠い。領域展開は影も形もない。反転術式の端緒すら、つかめていない。
(あっち側は、まだ遠い)
それは分かっている。一週間でどうにかなる話ではない。
ただ。
(投射呪法の拡張、か)
ホークスが言っていた言葉が、頭の中でもう一度再生された。
「空間の変化を読む」という自分の言葉と、「術式の拡張可能性が見えない」というホークスの言葉が、頭の中で少し重なった。
(……空気の変化を読む、か)
接触型ではなく、非接触で。物体の「直前の挙動」ではなく、「空間全体の変化」を。
それが完成すれば、刃の種類を問わず軌跡が読める。人間だけでなく、不規則な動きをする敵にも対応できる。
(まだ理屈だけやけど)
理屈があれば、鍛錬の方向が決まる。
窓の外を、夜景が流れていく。
東京に近づくにつれ、灯りが増えていく。
(雄英に戻ったら、まず訓練だ)
感傷も名残惜しさも、直哉の中にはない。
あるのは、次の課題と、それを超えた先にある「あっち側」への、静かな飢えだけだ。
それだけが、禪院直哉を動かす燃料だ。
七日間で、その燃料は少し、質が変わった気がした。
そのことに、直哉自身はまだ気づいていない。
職場体験編、お付き合いいただきありがとうございました!
ステインさん、原作だとあんなに威圧感あったのに、直哉くんの「24fps」の世界に無理やり連れて行かれると、なんだかちょっと可哀想に見えてくるから不思議です。
信念も殺気も関係なく、「遅い」の一言で片付けちゃうのが、いかにも彼らしいというか……。
デクくんや飯田くんが必死に「正義」を考えている横で、一人だけ「服の汚れ」を気にしてるドブカス直哉。
書いている側としても、「こいつ本当にヒーロー科でやっていけるのか?」と、時々心配になります(笑)。
さて、次は期末試験ですね。
対戦する先生がどうなるのか、気になるところですね…
この先、さらに「速さ」の向こう側へ行こうとする彼を、ゆるりとお見守りいただければ嬉しいです。
「……まぁ、俺の歩いた後が、勝手に道になるだけやしね」
次回の更新は期末テスト編ですかね?どうぞお楽しみに!
感想、評価付与をお待ちしてお山から。