【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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第2話:入学編「雄英とかいう場所」

 

 入学式の朝、禪院直哉は屋敷の縁側で茶を飲んでいた。 

 

 静岡の春の朝は、まだ少し肌寒い。庭の桜が散り始めていて、花びらが池の水面に落ちていくのを、直哉はぼんやりと眺めていた。

 

 感慨はない。 

 

 雄英に入学する。それはただの通過点だ。目的地ではない。前世でも高専に入ったのは「そこが最も鍛えられる場所だったから」であって、学校生活に何かを期待したことなど一度もなかった。今世も同じだ。

 

 母親が後ろから声をかけてきた。

 

「直哉、そろそろ準備しなさい。新幹線の時間があるでしょう」

「分かっとるわ」

 

「制服、ちゃんとアイロンかけてあるから。朝ごはんは」

 

「いらんです」

 

「……食べなさい」

 

「……はい」

 

 直哉は渋々立ち上がった。この手の小言に反論するのは労力の無駄だと学習していた。出されたものを食べて、荷物を持って、家を出る。それだけだ。

 

 玄関で靴を履いていると、父親が廊下の奥から声をかけてきた。

 

「直哉」

 

「なんですか」

 

「無様なことはするなよ」

 

「……せえへんわ、そんなこと」

 

 それだけ答えて、直哉は玄関を出た。

 

 新幹線の中で、直哉は窓の外を眺めながら、ぼんやりと前世のことを考えた。

 

 初めて悟くんに会った日のことを。

 あの男は、規格外だった。

 

 禪院直哉は自分の強さに自信があった。投射呪法の精度、呪力の質、純粋な戦闘センス。どれを取っても同世代に負けるとは思っていなかった。実際、負けたことはなかった。

 

 だが悟くんだけは、最初から次元が違った。

 

 同じ土俵に立っていない、という感覚。あいつはそもそも「強い弱い」という尺度の外にいた。無下限呪術と六眼。あんなものを持って生まれてきたやつと、同じ「呪術師」という括りで語ること自体がおかしい。

 

 だから直哉は悟くんを嫌いだったかと言われれば、そうではなかった。

 羨ましかったか、と問われれば。

 

(……羨ましいとか、そういう話やないんや)

 

 直哉は窓の外を流れる景色を眺めた。

 

 羨ましい、という感情は、自分と相手を同じ土俵に置いたときに生まれる。五条悟は最初から別の土俵にいた。だから羨ましいとか悔しいとか、そういう感情が湧かなかった。

 

 ただ。

 あの強さを見て、何かが燃えたのは事実だ。

 

 羨望でも嫉妬でもない。もっと純粋な何か。あそこまで行けるものなら行ってみたい、という渇望に近いもの。それが直哉の中に確かにあった。認めたくはないが、事実だった。

 

 甚爾くんもそうだった。

 

 呪力ゼロで特級術師を殺せる男。あの化け物みたいな肉体と、呪力がないからこそ到達した純粋な身体性。あれはあれで、直哉の中の何かを刺激した。

 

 真希ちゃんも。

 

 術式なし、呪力なし、それでも前に進み続けたあの女の執念は、直哉が最も認めたくない形で、認めざるを得なかった。

 

(……まあ、あいつらのことは関係ないけどな)

 

 直哉は思考を切り上げた。前世は前世だ。今は今の世界で、今の敵を考えればいい。

 この世界にも、そういう人間がいる。

 

 オールマイト。

「僕のヒーローアカデミア」の世界における頂点。平和の象徴。あの男の強さは、直哉が知っている限りにおいて、五条悟のそれとは種類が違う。だが「壁の向こう側にいる人間」という意味では、同じ匂いがした。

 

(……まあ、それはそれで悪くはないな)

 

 新幹線が東京に近づいていた。

 

 A組の教室のドアを開けた瞬間、直哉は一通りクラスを眺めた。

 

 既に何人かが席についている。試験会場で見かけた顔が何人かいる。爆発の金髪――爆豪勝己。緑のくせっ毛――緑谷出久。それから試験では見かけなかった顔も多い。推薦組だろう。白と赤の髪が半々に分かれた少年。長い黒髪の長身の少女。丸顔で上品な雰囲気の少女。

 

 直哉は自分の席を確認して、黙って座った。

 

 隣の席の、白と赤の髪の少年がちらりとこちらを見た。整った顔立ちだ。試験会場にはいなかった。推薦組か。

 

 少年は直哉を一瞥してから、また前を向いた。特に話しかけてくる様子もない。

 

(……悪くはないな。静かなやつは好きや)

 

 直哉も無言で前を向いた。

 

 前の席に座った緑谷が、おずおずと振り返った。

 

「あの……試験の時の! 禪院くん、だよね? 僕、緑谷出久って言います」

 

「知っとる。同じ会場やったやろ」

 

「あ、そっか……! あの時すごかったね、ロボットの膝を素手で……」

 

「別に」

 

 緑谷が何か言いたそうにもじもじしている。直哉はその視線の熱量に、わずかに眉をひそめた。

 

「……なんや」

 

「えっと……禪院くんの個性って、増強系? 動きの質が全然違って見えたから気になって。あ、嫌だったら全然」

 

「増強系や。それ以上でも以下でもない」

 

「あの速度と威力で増強系って、相当練度が高いんだね」

 

「当たり前やろ」

 

 そこへ、廊下の方から勢いよく扉が開いた。

 

「間に合った! おはよー!」

 

 茶色い瞳の少女が駆け込んできた。試験会場で見かけた麗日お茶子だ。息を切らせながら、きょろきょろと席を探している。

 

「あ、禪院くん!」

 

「……お前、入学式から走ってくるな」

 

「えへへ、ちょっとトイレ探してたら迷っちゃって!」

 

「広い学校やからな」

 

「禪院くんは迷わなかったの?」

 

「事前に調べてきた」

 

 麗日は緑谷の隣の席に滑り込みながら、にこにこと直哉を見た。

 

「禪院くん、試験の時助けてもらったのにちゃんとお礼言えてなかったな。ありがとう!」

 

「ええって言うたやろ」

 

「でもお礼は言いたいもん!」

 

「……好きにしたらええわ」

 

 直哉はそっぽを向いた。麗日は「あはは」と笑った。

 

 そこへ教室の扉がスライドして開いた。

 

 寝袋から這い出てきたような男が入ってきた。黄色い寝袋。くたびれた顔。ぼさぼさの黒髪。首元に巻いた白いマフラー。全体的に胡散臭い。

 

(……原作通りやなあ)

 

 直哉は無表情のまま、その人物を眺めた。

 

「……よし来た、着席」

 

 男が短く言った。

 

 クラスがざわつき始めた。笑い声も混じる。誰だこいつ、という空気が漂った。

 男は腕時計を見た。

 

「君たちが静かになるまで8秒かかりました。合理性に欠くね。」

 

 ぴたりとクラスが静まった。

 

「俺が担任の相澤消太だ。これを着てグラウンドに出ろ」

 

 体操服の袋が配られ始めた。

 

「あの、入学式は……」芦戸三奈が恐る恐る手を挙げた。

 

「関係ない。個性把握テストを実施する」

 

「こ、個性把握テスト……?」

 

 相澤は淡々と続けた。

 

「なお、このテストで最下位の者は即退学だ」

 

 クラスに一瞬の沈黙が落ちた。

 

「さ、最下位が退学って……!」上鳴電気が跳び上がった。

 

「入学初日からそんな……!」

 

「不合理だ!」飯田天哉が真っ先に手を挙げた。「我々はせっかく試験を突破して入学したというのに、いきなり退学とは! これは脅しではないですか!」

 

「ヒーローになるには常に理不尽な状況への対応が必要だ。まずやれ」

 

 飯田が口をつぐんだ。

 

 直哉は黙って体操服の袋を受け取った。

 

(……まあ、退学はないやろな)

 

 そう確信しながらも、表情には出さなかった。

 

 グラウンドに整列したA組の前で、相澤が最初の種目の説明をした。

 

「まず爆豪。ソフトボール投げ、個性を使って思い切り投げてみろ。デモンストレーションだ」

 

「あ?」

 

爆豪は鼻を鳴らした。

 

「いいぜ」

 

 爆豪はボールを受け取り、助走をつけて腕を振り上げた。

 

「死ねっ!!」

 

 クラスが一瞬固まった。

 

「し、死ねって!?」上鳴が素っ頓狂な声を上げた。

 

「言葉!!」芦戸が叫んだ。

 

 爆発が轟音とともに炸裂し、ボールが遥か遠くへ消えていく。

 

「記録……705.2メートルです」

 

「す、すごい!!」

 

「700メートル超えてる!!」

 

「個性使っていいって最高じゃん!!楽しそう!!」

 

「俺も早くやりたい!!」

 

 クラスが一気に沸き立った。相澤はそのざわめきをひと通り眺めてから、静かに言った。

 

「楽しそう?」

 

 ざわめきがすっと引いた。

 

「ヒーロー志望がそんな楽観的でどうする。改めて言う。このテストで最下位の者は即退学処分とする」

 

 クラスが再び静まり返った。さっきの浮かれた空気が、一瞬で凍りついた。

 

「わ、分かりました……!」

 

「頑張ります……!」

 

 直哉はその一連を眺めながら、腕を組んで黙っていた。

 

(……上手いな、この人)

 

 浮かれた空気を一言で締め直した。飴と鞭の使い方が、実に手慣れている。

 

 まずボール投げ以外の種目が先に実施された。

 

 五十メートル走。飯田が個性全開で走り、3.04秒を叩き出した。

 

「はや!!!」

 

「エンジン個性ってあんなに速いの!?」

 

「飯田くんやばすぎ……」

 

 上鳴が電気を使って加速しようとして制御を失い、ふらふらになりながらゴールした。

 

「何してんの!!」切島が腹を抱えた。

 

「電気で走れると思ったんだよ!!」

 

「無理に決まってんだろ!!」

 

「わかってたけど!!試したかったんだよ!!」

 

 直哉の番が来た。投射呪法を起動し、一秒を二十四のコマに分割しながら地を蹴る。3.47秒。

 

「え、増強系でそんなに速いの……?」峰田実が目を丸くした。

 

「速度特化の個性には届かんわ」

 

「いや十分すぎるだろ禪院!!」切島が飛んできた。

 

「個性の精度がええだけや」 

 

「精度ってなんだよ!!」

 

 直哉は切島の熱量をさらりと受け流した。

 

 立ち幅跳び、握力測定、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈と種目は続いた。

 

 立ち幅跳びでは、直哉が呪力を脚に集中させて7メートルを超えた。

 

「なんで増強系でそんな飛ぶんだ……」尾白猿夫が呆然とした。

 

「術式で体の動きを細かく……」直哉はそこで一瞬止まった。「個性で体の動きを制御できるから、可動域の限界まで使えるだけや」

 

 言い直した。術式という言葉が口から出かかった。癖だ。

 

 握力測定では計測器が悲鳴を上げた。相澤が「出力を落とせ」と言った。

 

「加減しとるんやけど」

 

「分かった。次」

 

 千メートル走は、直哉が2分41秒でクラストップだった。

 

「禪院、持久力まであんの!?」切島が絶叫した。

 

「増強系はそういうもんやろ」

 

「そういうもんじゃないよ普通!!」

 

 峰田が隣に並んできた。

 

「禪院って本当に増強系? なんか全種目強くない?」

 

「増強系や。何回聞くんや」

 

「いや、だってさ……俺の個性、立ち幅跳びとか全然活かせないんだけど」

 

「お前の個性なんや」

 

「もぎもぎっていうくっつく球体出せるんだよ。ほら」と言って額から球体を出した。

 

 直哉はそれを一瞥した。

 

「……使い方次第やな」

 

「え、そう思う? 俺もそう思うんだけど周りに信じてもらえなくて」

 

「俺が信じる信じんの話はしてへんわ」

 

「あ、そっか……」

 

 全種目が終わり、最後にソフトボール投げの番が来た。

 

 各自が順番に投げていく。個性を使った者は概ね高い数値が出た。爆豪が再び爆発を使い、700メートルを超える数値を叩き出す。クラスがまたどよめいた。

 

 緑谷の番が来た。

 

 緑谷はボールを手に持ち、投球エリアに入った。

 

 その瞬間、相澤が緑谷に向けて目を向けた。

 

 直哉はそれに気づいた。

 

(……個性を消した)

 

 イレイザーヘッド。相澤消太。その個性は他者の個性を消すことができる。前世の知識でそれを知っていた直哉には、相澤が何をしたか一目で分かった。

 

 緑谷は投球モーションに入り、そのまま力任せにボールを投げた。

 

「56メートル」

 

 緑谷が固まった。直哉も静かに観察した。

 

(……個性を消された。素の筋力だけで投げたんやな)

 

 その数値は、強化個性なしの少年としては悪くない。だが先ほどの爆豪の705メートルとは雲泥の差だ。何より緑谷の表情が、個性が使えなかったことを正確に示していた。

 

 クラスの何人かが気づいた。

 

「あれ……緑谷くん、個性使えなかった?」

 

「先生が何かした……?」

 

「イレイザーヘッド……!」緑谷が目を丸くした。「抹消ヒーロー、イレイザーヘッド……! 先生がそうだったんですか……!!」

 

「個性把握テストだ。個性なしの数値も必要だろ」相澤は淡々と答えた。「もう一度投げろ。今度は個性を使っていい」

 

 緑谷は深呼吸をした。ボールを手に持ち、じっと見つめる。

 

 直哉はその様子を眺めながら、何かを考え始めていた。

 

(……あの力、さっきは消されて使えんかった。今度はどうする? また腕ごと使ったら壊れる。かといって出力を絞れるほど制御できてへん……)

 

 緑谷がボールを持つ手の形が変わった。

 

 腕全体ではなく、指先だけを使う構えだ。

 

(……指先に絞るか。賢い判断やな)

 

 緑谷が腕を振った。ボールに向かって、指先だけで力を弾く。

 

「705.3メートル」

 

 クラスが沸いた。

 

「え!! さっき56メートルだったのに!!」

 

「個性使ったら700メートル超えるの!?」

 

「どんな個性だよ!!」

 

 直哉はその数値を聞いて、無意識に目を細めていた。

 

(……指先だけに絞ったことで、試験の時みたいに腕を壊さずに済んだ。その場で解決策を考えて、実行した。素の状態で投げた経験を活かして出力の上限を掴み、指先に絞るという方法を導いた……)

 

 相澤が緑谷を見ていた。その目が、わずかに細くなっている。

 

「……ふむ」

 

 それだけだった。だがその一言に、直哉は相澤が緑谷を評価したことを感じ取った。

 

(……この担任も、ちゃんと見とるな。そして緑谷くんも、やはり普通やない)

 

 直哉の番が来た。

 

 直哉はボールを受け取った。投射呪法を起動しようとした。

 

 その瞬間、術式への接続が遮断された。

 

(……消した)

 

 直哉は一瞬だけ固まった。相澤の目が光っていた。直哉にも同じことをしたのだ。緑谷と同じように、個性なしの状態と個性ありの状態、両方の数値を測る。

 呪力は体の中にある。だが術式への接続がない。投射呪法が使えない。呪力による身体強化もできない。

 

(……なるほど。こういう感覚か)

 

 直哉は緑谷が感じたであろうことを、今度は自分で体感した。個性を消されるとはこういう感覚だ。術式という根幹を突然引き抜かれたような感覚。

 

 直哉は助走をつけ、純粋な筋力だけで腕を振った。

 

「89メートル」

 

「……」相澤が微かに目を細めた。「個性なしで89か」

 

「日頃から鍛えとるんで」

 

「次、個性を使え」

 

 相澤の目が元に戻った。直哉は術式への接続が戻るのを感じ、すぐに投射呪法を起動した。

 一秒を二十四のコマに分割。腕の振りの軌道を最適化。呪力を右腕全体に満遍なく巡らせ、リリースの瞬間に集中させる。 

 

 ボールを放った。

 

 音が遅れてきた。

 

「820.4メートル」

 

 クラスが完全に固まった。三秒の沈黙の後、一気にざわめきが爆発した。 

 

「な、なんで個性ありとなしでそんなに違うの!!」

 

「89から820って何が起きてるんだ!!」

 

「てか爆豪より飛んでるし!!」

 

「爆豪くんより上じゃん!!」 

 

 爆豪が無言でこちらを睨んだ。直哉は無表情のまま列に戻った。

 切島が飛んできた。 

 

「禪院!!89から820って何がどうなってんだよ!!」 

 

「個性の精度の問題やって言うとるやろ」

 

「精度でそんな変わるかよ!!」

 

「変わるんや。それだけや」

 

「お前、本当に増強系か?」

 

「増強系や。何回聞くんや」

 

 切島が「分からん!!」と叫んだ。直哉は肩をすくめた。

 

 全種目が終了した。

 

 相澤が結果を総合して順位を発表した。

 

 一位、禪院直哉。二位、爆豪勝己。三位、飯田天哉。そして最下位は、緑谷出久だった。

 

 緑谷が俯いた。

 

 クラスに緊張が走った。最下位は退学、という言葉が全員の頭に浮かんでいるのが分かった。

 

 相澤が一拍置いてから、淡々と言った。

 

「最下位の者は除籍処分だと言ったが」

 

 誰もが息を呑んだ。

 

「そんなルールはない。あれは合理的虚偽だ。」

 

 どっとクラスから息が漏れた。

 

「よかった……!」麗日が胸を押さえた。

 

「嘘だったんですか!!」上鳴が仰け反った。

 

「ひどい……入学初日から心臓に悪い……」芦戸が天を仰いだ。

 

「相澤先生の言ったことは嘘ですわ。」八百万百が涼やかな声で口を開いた。「常にプレッシャー下での最高のパフォーマンスを引き出すための、合理的な指導方針かと存じます」

 

 クラスがなるほど、という空気になった。

 

 その時、直哉が口を開いた。

 

「……違うで」

 

 クラスの視線が直哉に集まった。八百万も相澤も、直哉を見た。

 

「え?」八百万がきょとんとした。「違うとは……?」

 

「合理的虚偽やないわ、あれ」直哉は腕を組んだまま、静かに続けた。「合理的虚偽っちゅうのは、嘘をつく合理的な理由がある場合に使う言葉やろ。せやけど今回は違う」

 

「ど、どういうことですか」

 

「退学処分がないと分かった状態で全力を出す生徒と、退学処分があると思って全力を出す生徒、どっちが本当の実力を出すか。答えは後者やろ。せやから相澤先生は嘘をついた。それは合理的虚偽やけど」直哉は相澤の方を向いた。「それだけやないですよね、先生」

 

 相澤は何も言わなかった。

 

「退学処分のプレッシャーをかけた上で、誰がそれに動じひんかったかも見とった。数値だけやない、精神的な部分も把握テストに含まれとったんやろ」

 

 クラスが静まり返った。

 

「……まあ、そういうことだ」

 

 相澤がぼそりと言った。それだけだった。

 

「ひどい……完全に見透かされてたのか俺たち……」上鳴がへたり込んだ。

 

「流石に読みすぎじゃない禪院くん?」芦戸が苦笑いした。

 

「観察しとっただけや」

 

 直哉はそれだけ言って、前を向いた。

 

 相澤が直哉を一瞥した。その目に何が宿っているか、直哉には分からなかった。だが少なくとも、この担任が単純な人間でないことは確かだった。

 

 帰り支度をしていると、爆豪が直哉の横に並んできた。

 

「おい」

 

「なんや」

 

「総合一位ってどういうことだ」

 

「どういうことって、そうなっただけやろ」

 

「俺より上ってことだろうが」

 

「そうやな」

 

「増強系で俺の爆発より総合が上なわけがねえ。何か隠してんだろ」

 

「隠してへんわ。増強系や。精度が高いだけやんか」

 

「……次は負けねえ」

 

「好きにしろ」

 

 爆豪が舌打ちして前に歩いていった。直哉はその背中を眺めた。

 

(……あいつも、壁の向こうを目指しとるタイプやな)

 

 爆豪勝己の目の奥にあるもの。それは直哉が前世で何度か見たことがある種類の光だった。悟くんでも甚爾くんでもない。だがその渇望の純粋さは、本物だ。嫌いではなかった。性格は最悪だと思うが。

 

 廊下に出ると、緑谷が教室の前でノートを開きながら立っていた。直哉が通り過ぎようとすると、緑谷が顔を上げた。

 

「あ、禪院くん。今日の測定、すごかったね。総合一位だもんね」

 

「お前もな。指先だけに絞ったやろ、ボール投げ」

 

 緑谷が目を丸くした。

 

「……分かった?」

 

「見たら分かるわ。個性を消されて素で投げた後、その出力の感覚を活かして指先に絞った。その場で解決策を見つけたんやろ」

 

「う、うん……でも、まだ全然足りなくて」

 

「まだ、ってことは伸びるつもりやってことやろ」

 

「そりゃあ……うん、まだまだ全然足りないから」

 

 直哉は緑谷の目を見た。

 

 この少年の目には、前世で何度か見た光がある。渇望。壁の向こうへ行こうとする意志。それがある種の純粋さと混じり合って、独特の熱量になっている。

 

「……まあ、頑張れや」

 

「え?」

 

「それだけや。行くわ」

 

 直哉はそのまま廊下を歩いていった。背後で緑谷が「う、うん……!」と言った声が聞こえた。

 

(……気持ち悪いくらい素直なやつやな)

 

 直哉は小さく息を吐きながら、雄英の廊下を歩き続けた。

 

 明日から、本格的に始まる。術式の鍛え直し。この世界の戦場への備え。そして前世では届かなかった高みへの、静かな渇望。

 

 禪院直哉は、今日も変わらず最低最悪のまま、一歩を踏み出していた。




とりあえず追加で供養します。
感想、評価いただけると励みになります。
毎度稚拙な文章で申し訳ございません…

呪術廻戦から直哉以外で原作キャラを登場させますか?(呪術側オリキャラ含めて)

  • 登場させる
  • 登場させない
  • それよりドブカス(人の心とかないんか?)
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