【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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前話、泥花市の惨劇の裏で産声を上げた極ノ番『積層残影』。

 たった「6枚」を重ねただけで人間を消失させるその威力は、同時に直哉自身の肉体を砕く諸刃の剣でした。

 「今のままじゃ、あいつ(死柄木)の笑顔には届かへん」

 そう悟った直哉が向かったのは、現No.1ヒーロー・エンデヴァーの事務所。

 彼にとってインターンは、ヒーロー活動の体験などではなく、最強の「熱制御(冷却と循環)」の理屈を盗み、己の術式を完成させるための「実験室」に過ぎません。

 直哉による、No.1の技術略奪。

 そして、冷え切った轟家への不躾な乱入。

 ドブカスな「調律」の時間が始まります。

今回一部ヴィランにオリジナル設定が含まれる可能性がございます。
またキャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。

評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!


冬季インターン編
第34話:冬季インターン編「調律」


 

 

 一月。

 

 冬季インターンが始まった。

 

 雄英の生徒が各事務所に散らばる中、直哉は轟焦凍・緑谷出久・爆豪勝己とともにエンデヴァー事務所に配属された。

 

 名古屋。

 

 高層ビルの上層階に事務所がある。

 

 受付を抜けた先、広い訓練室に四人が集まった。

 

 エンデヴァーが立っていた。

 

 体から炎が揺れている。

 

 福岡の戦いで負った顔の傷が、まだ残っている。

 

 左頬から眼窩にかけての深い傷だ。

 

 直哉はその傷を一瞥した。

 

 (……ハイエンドの傷、か)

 

 「来たか」

 

 エンデヴァーが四人を見た。

 

 「今日から俺の元でインターンを行う。お前たちに教えることは一つだ」

 

 短く言った。

 

 「ヒーローとしての実戦だ。授業の続きをするつもりはない。ついてこられなければ帰れ」

 

 誰も何も言わなかった。

 

 緑谷が「はい!」と言った。

 

 爆豪が「当たり前だろうが」と言った。

 

 轟が「……分かった」と言った。

 

 直哉は扇子を仰ぎながら、エンデヴァーを観察していた。

 

 (こいつ、立ち方が特殊や)

 

 炎を常時纏っているにもかかわらず、体の重心が全くブレていない。

 

 炎というのは出力を上げれば上げるほど体への反動が出る。

 

 しかしエンデヴァーの体は、炎の揺れに全く引っ張られていない。

 

 (……やっぱりそうや)

 

 泥花市の帰り道に立てた仮説が、実物を見て確信に変わっていった。

 

 (力を一点に叩きつけるんやなくて、全身で循環させてから出力してる。やから重心がブレへん)

 

 (俺の積層残影の「予熱」……あの仮説は正しかった。あとは実際に自分の術式で成立させられるかどうかや)

 

 「…何だ貴様は」

 

 エンデヴァーが直哉を見た。

 

 「さっきから扇子を仰いで、何故俺を舐め回すように見ている?」

 

 「観察してましたわ」

 

 「何をだ?」

 

 「炎の制御方法を、ですわ」

 

 エンデヴァーの目が少し動いた。

 

 「……禪院か」

 

 「はい。お久しぶりですわ」

 

 エンデヴァーは何も言わなかった。

 

 体育祭の廊下で直哉が言ったことを、まだ覚えているのかどうか。その顔からは何も読めなかった。

 

 「体育祭で言ったことは撤回せえへん」

 

 直哉は先に言った。

 

 「ただ、来たのは本物やと思ったからです。炎の制御——あれは一週間で盗めると思った」

 

 エンデヴァーが低く言った。

 

 「……生意気な一年だとは聞いていたが、前と変わらず噂以上だな」

 

 「よく言われます」

 

 「まぁいい」

 

 エンデヴァーが前を向いた。

 

 「使えるかどうかは実戦で見る」

 

 

 

 

 

 インターン初日の午後。

 

 エンデヴァーに同行して市内のパトロールに出た。

 

 四人のインターン生がそれぞれ周囲の索敵を担当する形だ。

 

 直哉は空写を展開しながら歩いていた。

 

 (500メートル半径。個性の気配を読む)

 

 と同時に。

 

 エンデヴァーの体を観察し続けていた。

 

 (発動中の炎が一定のリズムで体内を回っとる。吐く息のように、自然に)

 

 (泥花市で立てた仮説——「予熱」。発動前に体全体を出力に馴染ませてから撃つ)

 

 (理屈は分かっとった。せやけど「どうやって馴染ませるか」の精度がまだ足りんかった)

 

 (……あのリズムや。一定周期で全身を巡らせとる。それが鍵や)

 

 (反転術式を「流し込む」んやなくて「循環させる」。骨格の中を一定のリズムで巡らせながら発動する……)

 

 直哉は扇子を仰ぎながら、歩きながら、頭の中で術式の設計を組み直していた。

 

 十分後。

 

 直哉の空写に引っかかるものがあった。廃工場の方向だ。

 

 「北北西、廃工場。個性の気配が複数あるわ。うち一人が追い詰められとります」

 

 直哉が言った。

 

 エンデヴァーが「何故分かる」と言った。

 

 「個性の応用です。フレームに入ったモンは全部読めます」

 

 「……信用できるか?」

 

 「外れたことはないです」

 

 エンデヴァーが一秒だけ考えた。

 

 「行くぞ」

 

 廃工場に駆けつけると、直哉の読み通りだった。

 

 ヴィランが三人、一人の子供を追い詰めていた。

 

 緑谷が「あの子!」と叫んで飛び出した。

 

 直哉は空写でヴィラン三人の個性を瞬時に読んだ。

 

 (衝撃波。金属操作。煙幕)

 

 「緑谷くん、右から衝撃波が来るわ。金属使いが背後に回っとる。煙幕は今から5秒後に張られる」

 

 緑谷が「えっ——」と言った瞬間に衝撃波が来た。緑谷が察して横に逸れた。

 

 「助かった! やっぱり禪院くんの索敵すごい……!」

 

 「空写や。今は感謝より動いてほしいわ」

 

 爆豪が金属使いに向かっていった。「貴様ァ!!」と怒鳴りながら爆発を起こした。金属が飛んできた。爆発で全部吹き飛んだ。

 

 轟が地面から氷を張って煙幕使いの足を止めた。

 

直哉は衝撃波使いに向けて、思考の速度で『空写』を展開。最短の最短、最速の軌跡を読み切る。

 

『投射呪法』を用いた技の一つ――『鏃(やじり)』

 

爆ぜるような加速。衝撃波使いが「何か」が動いたと認識するより早く、直哉はその真横へと滑り込んでいた。

 

 回避、ではない。それは死神の肉薄。

 

「止まり。君の動き、1/24秒(ルール)に間に合ってへんよ」

 

すれ違いざま、扇子を閉じた手で相手の肩を軽く叩く。

 

 刹那、衝撃波使いの全身が『零駒(ぜろこま)』に捉えられ、二次元のフレームの中に強制固定された。

 放とうとした衝撃波が、指先で凍りついたように静止する。

 

 相手は動けない。

 

 子供がぽかんとしていた。

 

 「大丈夫か?」

 

 直哉は子供にだけ穏やかな声で言った。

 

 「ここは危ないから、外に出てといてもらるかな?」

 

 子供が頷いて走り出した。

 

 三人のヴィランは一分もかからず制圧された。

 

「(……今の『鏃』、予熱なしでもこれか。おっさんのリズムを意識するだけで、加速のノイズが消えとるわ)」

 

扇子をパッと開き、何事もなかったかのようにパタパタと仰ぐ。その視線は、既に次の「盗むべき対象(エンデヴァー)」へと戻っていた。

 

 エンデヴァーが全体を見渡した。

 

 「……索敵は使える」

 

 直哉に言った。それだけだった。褒めているのかどうかも分からない口調だった。

 

 「ありがとうございます」

 

 「礼は要らん。使えるかどうかを確認しただけだ」

 

 (……まぁ、そういう人か)

 

 直哉は扇子を仰いだ。

 

 (でも「使える」と言った。それは認めた、ということや)

 

 

 

 

 三日目。

 

 事務所の訓練室。

 

 エンデヴァーがインターン生に個別の課題を与えていた。

 

 緑谷には「出力の繊細な制御」。

 

 爆豪には「瞬発力と持続力の切り替え」。

 

 轟には「氷と炎の連携」。

 

 直哉には。

 

 「お前は」とエンデヴァーが言った。「出力の上限と、その制御方法を見せろ」

 

 直哉は扇子を閉じた。

 

 「どの程度まで見せますか?」

 

 「全力だ」

 

 直哉は訓練室の端に移動した。

 

 投射呪法を発動した。6層。

 

 踏み込んだ瞬間、コンクリートの壁に拳を当てた。

 

 壁に亀裂が走った。壁が半壊した。

 

 右足の脛骨が軋んだ。

 

 直哉は意識を内側に向けた。7秒かかった。

 

 (泥花市では15秒かかってた。修行で半分以下に縮めてきた。ほんまにまだ足りへんけど)

 

 エンデヴァーが無言で見ていた。

 

 「……修復が遅い」

 

 「6層だと脚の骨に負担が来ます。今の俺の上限になっとります」

 

 「その7秒に隙が生まれる」

 

 「分かってますわ。そこが今の課題やから」

 

 エンデヴァーが腕を組んだ。

 

 「俺の炎を見ろ」

 

 エンデヴァーが右腕に炎を集めた。

 

 凄まじい熱だ。訓練室の空気が歪んだ。

 

 「俺の個性は出力を上げると体への反動が比例して増す。それを抑えるために俺は体内での熱の循環効率を常に計算している」

 

 「……一点に集中させるのではなく、全身で循環させてから出力する」

 

 エンデヴァーが直哉を見た。

 

 「…最初の日に何を観察していたか理解はした」

 

 「体の重心が全くブレへんかったので」

 

 「そうだ」エンデヴァーが言った。「力は一点に叩きつけるだけでは最大効率にならん。叩きつける前に、全身に馴染ませる時間が必要だ。その準備が整った状態で出力すれば、体への反動は大幅に減る」

 

 直哉は聞きながら、頭の中で設計を組み直していた。

 

 (来た)

 

 (泥花市で立てた仮説——「予熱」。反転術式で骨格全体に正の呪力を流し込んでから発動するんや)

 

 (頭では分かっとった。でも「どう流すか」の精度が足りんくて実装できてへんかった)

 

 (おっさんが今言った「馴染ませる時間」——あれや。一気に流し込むんやなくて、じわじわと骨格全体に浸透させてから発動するんや。そのリズムをパトロール中にずっと観察してたんやからな)

 

 (これで実装できる)

 

 「試させてもらっていいですか?」

 

 「やってみろ」

 

 直哉は右脚に意識を集めた。

 

 発動前に。

 

 呪力を全身の骨格に薄く流し込んだ。

 

 骨格の密度が一時的に上がった感触がある。

 

 その状態で。

 

 6層を発動した。踏み込んだ。コンクリートの壁を殴った。

 

 壁が半壊した。威力は変わらない。

 

 しかし。

 

 (……っ)

 

 脚への衝撃が分散していた。

 

 脛骨ではなく、足首・膝・股関節・腰椎、全体に衝撃が分散していた。各部位への損傷が小さい。

 

 修復時間を計った。

 

 2秒で修復が完了した。

 

 「……7秒が2秒になっとる」

 

 直哉は声に出した。

 

 「当たり前だ」とエンデヴァーが言った。「最大出力は同じでも、受け止める体が違えば消耗が変わる。全力を出すために必要なのは、体を整えることだ。それがお前には欠けていた」

 

 (……整えてから出す…か…)

 

 直哉は扇子を取り出した。仰いだ。

 

 (泥花市で産声を上げた積層残影に、今「調律」が入った)

 

 (エンデヴァー。あんたの第一のもんは盗んだわ)

 

 

 

 

 

 インターン五日目。

 

 夜間のパトロールに出た。

 

 直哉、轟、緑谷の三人がエンデヴァーに同行する形だ。

 

 爆豪は昼間の訓練での消耗が大きく待機組になっていた。

 

 夜の名古屋。空写を展開しながら歩いていた。

 

 しばらくして。

 

 「北東に個性の反応や。建物の屋上に二人。……一人が落ちそうになっとるわ」

 

 直哉が言った。エンデヴァーが「案内しろ」と言った。

 

 北東に向かいながら、直哉は空写で詳細を読んだ。

 

 (子供が二人。屋上の縁に立っとる。一人が足を踏み外しかけてる。個性の気配はない。ヴィランやなくて——)

 

 「……子供が二人、遊んでいて危険な状態になっとります。ヴィランは絡んでませんわ」

 

 エンデヴァーが「分かった」と言った。

 

 屋上に着いた。七階建てビルの屋上。

 

 子供が二人いた。小学生くらいだ。

 

 一人が縁のフェンスを越えて外側に立っていた。下を覗いていた。

 

 「怖い……! 助けて……!」

 

 足が竦んで動けなくなっている。

 

 轟が「俺が行く」と言って、氷を張りながら壁を登ろうとした。

 

 「待てや」と直哉が言った。「それやと時間かかる。俺の方が速いわ」

 

 鏃を発動した。

 

 0.1秒で屋上に出現した。子供の真横に立った。

 

 「……っ!!」

 

 子供が驚いて足を滑らせた。まずい。

 

 直哉は反射的に子供の腕を掴んだ。引き戻した。

 

 子供が屋上に倒れ込んだ。直哉も一緒に倒れた。

 

 「……大丈夫か?君」

 

 直哉は子供に言った。

 

 子供が泣き出した。「ごめんなさい……怖かった……!」

 

 「泣いてええよ。怖かったんやろ?喚いたらええ」

 

 

 直哉は子供の背中をそっと叩いた。

 

(ガキの扱いなんてこんなもんで十分や。…やっぱガキのおもりは面倒臭いわ)

 

 もう一人の子供も泣き出した。

 

 轟が屋上に来て二人の子供を安全な場所に誘導した。

 

 エンデヴァーが屋上に上がってきた。子供たちを見た。

 

 「怪我はないか」

 

 子供たちが「ない……」と言った。

 

 エンデヴァーが直哉を見た。

 

 「咄嗟に動いた。判断は正しい」

 

 それだけ言った。

 

 直哉は立ち上がりながら服の埃を払った。

 

 「俺、子供の相手はあまり得意やないんですけどね」

 

 「見えなかったが」

 

(…まぁ。甚爾くんにとって俺はガキみたいなもんだったやろうしな)

 

 直哉は独り言のように思った。

 

 エンデヴァーはその場で考え込んでいた直哉を詳しくは確認しなかった。

 

 翌日。

 

 エンデヴァー事務所にホークスが来た。

 

 用件はエンデヴァーとの会議だ。

 

 廊下ですれ違った時、ホークスが直哉を見た。

 

 「あれ、禪院くん。うちじゃなくてエンデヴァーのとこ選んだんだ」

 

 「縁ですわ」

 

 「へえ」

 

 ホークスが羽根を一本、指でくるくると回した。目が笑っていない。職業体験の時と同じ顔だ。

 

 「職業体験の時より速くなってない?」

 

 「鍛えましたから」

 

 「あの索敵も相変わらず?」

 

 「今は羽根の枚数まで同時に把握できますわ、」

 

 ホークスが「それ、俺の戦術と組み合わせたら死角がなくなるじゃない」と言った。

 

 「(ホークスさんが合同パトロールに来たのは)今日だけのお手伝いですやんか」

 

 「……ステインの時みたいに勝手に動いたりしない?」

 

 「状況次第ですわ」

 

 ホークスが小さく笑った。今度は目も笑っていた。

 

 「相変わらずだね」

 

 ホークスが廊下を歩きながら言った。

 

 「速い奴は自由に動ける。地面に縛りつけられる必要なんてないよ。使えるもんは使わなきゃ」

 

 直哉は扇子を仰いだ。

 

 (……この人、職業体験の時から変わらへん。まだ盗れるものがある気がしてきたわ)

 

 

 

 

 

 インターン六日目の夜。

 

 パトロールを終えてから、エンデヴァーが四人に言った。

 

 「今夜、夕食を共にしろ」

 

 緑谷が「えっ」と言った。

 

 爆豪が「はぁ?」と言った。

 

 轟が「……」と黙った。

 

 エンデヴァーが向かった先は、名古屋郊外の一軒家だった。

 

 轟家だ。

 

 玄関を入った瞬間、直哉は空写を展開した。

 

 (……気配が五人)

 

 家の中に、エンデヴァー以外の轟家の面々がいる。

 

 奥から出てきたのは、轟の姉・冬美だった。

 

 「焦凍! 帰ってきたんだね。あと……あ、一人多い?」

 

 冬美が直哉を見た。

 

 「禪院直哉ですわ。インターン生です。一緒になりました」

 

 「そうなんだ! ぜひ一緒にどうぞ、ご飯作ってあるんで」

 

 直哉は扇子を仰いだ。

 

 (……ええ匂いや)

 

 居間に通された。

 

 テーブルに料理が並んでいた。

 

 丁寧な盛り付けだ。出汁の効いた匂いがする。

 

 直哉は迷わず上座に近い席に座った。

 

 緑谷が「えっ、そこ……」と言いかけて止まった。

 

 爆豪が「チッ」と舌打ちして黙った。

 

 冬美が料理を運びながら「どうぞ」と言った。

 

 直哉は箸を取った。

 

 椀の蓋を開けた。吸い物だ。口に含んだ。

 

 (……繊細な味付けやな。おっさんの家にしては上出来や)

 

 「冬美さん」

 

 直哉は箸を置かずに言った。

 

 「エンデヴァーさんの娘さんにしては、随分と繊細な味付けやね。……でも、この家の空気、ちょっと『焦げ臭い』わ。呪いでも溜まっとるん?」

 

 テーブルが静かになった。

 

 緑谷が「えっ、え……?」と小声で言った。

 

 爆豪が「…おい」と言った。声が低かった。

 

 そこに。

 

 廊下から足音が来た。

 

 轟の兄、夏雄が姿を見せた。

 

 夏雄がテーブルを見た。エンデヴァーを見た。

 

 顔が変わった。

 

 「……なんで来た?」

 

 「夕食だ」とエンデヴァーが短く言った。

 

 「招いた覚えはない」

 

 「冬美が——」

 

 「冬美に言ったんじゃない。あんたに言ってる」

 

 夏雄の声は静かだった。怒鳴っていない。それがかえって重かった。

 

 緑谷が顔を伏せた。

 

 爆豪がチッと舌打ちして黙った。

 

 轟が「夏雄……」と言いかけて、止まった。

 

 直哉は箸を止めずに、吸い物を一口飲んだ。

 

 夏雄が席を立とうとした。

 

 直哉が口を開いた。

 

 「夏雄くん、やったっけ」

 

 夏雄が直哉を見た。

 

 「正論やねぇ」

 

 直哉は箸を置かずに夏雄を見上げた。

 

 「過去に焼いたもんは灰にしかならへん。おっさんが今更『お父さん』のフリしたところで、見てるこっちが痒いわ」

 

 冬美が「禪院くん、それは……」と言いかけた。

 

 直哉は止まらなかった。

 

 「でも、おっさんも不器用やね」

 

 エンデヴァーを見た。

 

 「外ではあれだけ火力を一点に絞れるのに、家の中じゃ熱がダダ漏れや。……一週間ずっと見てたわ。制御のやり方、俺の方がよう分かっとるかもしれんな」

 

 沈黙が落ちた。

 

 夏雄が直哉を見ていた。轟も直哉を見ていた。エンデヴァーが無言だった。

 

 夏雄が小さく息を吐いた。

 

 「……知らない奴には言われたくないな」

 

 それだけ言って、夏雄は廊下に出た。足音が遠くなった。

 

 緑谷が「あの……」と言いかけて、また止まった。

 

 爆豪が「……チッ」と言った。今度は小さかった。

 

 直哉は吸い物を飲み終えた。椀を置いた。

 

 エンデヴァーが俯いていた。

 

 直哉はエンデヴァーにだけ聞こえる声で言った。

 

 「エンデヴァーさん」

 

 エンデヴァーが顔を上げた。

 

 「あんたのプロミネンスバーン。一点に熱を閉じ込めて一気に放出する時の、あの溜め——」

 

 直哉は考えながら言った。

 

 「あれ、もっと効率上げられるやろ。放出する時に冷やすんやなくて、放出する前から『冷却』と『加圧』を同時に回せばええだけや。出力しながら冷やすんやなくて、冷やしながら出力する。並行処理や」

 

 エンデヴァーが直哉を見た。

 

 何も言わなかった。

 

 「……ま、外のことや」

 

 直哉は扇子を取り出した。

 

 「家の中のことは、俺には分からんわ」

 

 扇子を仰いだ。

 

 (出力しながら冷やすんやなくて、冷やしながら出力する)

 

 (積層残影に当てはめると……反転術式を発動しながら積層を叩き込む)

 

 (今まで俺は、発動してから修復してた。順番にやっとった)

 

 (それを並行にする。積層の出力と同時に、反転術式を常時流し続ける)

 

 (骨が折れる前に治す。折れた瞬間に治す。いや——折れんまま出力し続けるんや)

 

 直哉は目を細めた。

 

 (……これが第二のもんや)

 

 冬美が「あの、デザートも……」と気を取り直して言った。

 

 直哉は箸を取り直した。

 

 「いただきます」

 

 緑谷が「え、食べるの……?」と小声で言った。

 

 「蕎麦、美味かったわ。デザートも当然気になるやん」

 

 爆豪が「……お前はなんなんだよ!?」と言った。これも小声だった。

 

 

 

 

 

 轟家を出た夜道。

 

 エンデヴァーのハイヤーに四人が乗り込んだ。

 

 緑谷が「あの、禪院くん。さっきのはちょっと……」と言いかけた。

 

 「俺が間違ったことを言っとったか?」

 

 緑谷が「……それは」と言って止まった。

 

 「間違ったことは言ってへんやろ。ただ、俺には関係ないことを言いすぎたかもしれんけど」

 

 直哉は扇子を仰いだ。

 

 「でも、あの家で一番大事なもんは盗れたわ」

 

 緑谷が「え?」と言った。直哉は答えなかった。

 

 轟が黙って窓の外を見ていた。

 

 爆豪が腕を組んで目を閉じていた。

 

 車が交差点を抜けた。

 

 その時。

 

 空写に引っかかるものがあった。

 

 (……何や)

 

 直哉は瞬時に空写を展開した。

 

 車の前方十メートル。

 

 道路の真ん中に人が立っていた。

 

 白い。

 

 全身が白い帯状のもので覆われている。

 

 帯が動いている。

 

 (個性——白線塗料を操るやつやな)

 

 「止まれや」

 

 直哉が言った瞬間、エンデヴァーがほぼ同時に「止まれ」と言った。

 

 ハイヤーが急ブレーキをかけた。

 

 前方の人物が声を上げた。

 

 「エンデヴァー」

 

 男だった。

 

 低い声だった。

 

 「覚えてるか?」

 

 帯の中に、人が巻かれていた。

 

 夏雄だ。

 

 先ほど轟家を出た夏雄が、白い帯に全身を拘束されていた。

 

 「……っ」

 

 緑谷が「夏雄さん!?」と声を上げた。

 

 爆豪が「テメェ…」と低く言った。

 

 直哉は空写で男を読んだ。

 

 (個性は白線塗料の操作——ブースト剤で強化されてる。帯の密度が高い。夏雄の骨格にえらい圧力がかかっとる)

 

 (そのまま帯を絞れば骨が折れる。それが目的や)

 

 「エンデヴァー」

 

 男が続けた。

 

 「七年前、俺をどこかへ連れて行ったはずだ。俺はあんたに殺してほしかったのに——俺のことを覚えているか?」

 

 エンデヴァーが車から降りた。炎が揺れた。

 

 「……覚えている」

 

 「そうか。なら話が早い」

 

 帯が夏雄にさらに食い込んだ。

 

 夏雄が「……!」と短く呻いた。

 

 エンデヴァーの体が固まった。

 

 空写で読んだ。

 

 (……エンデヴァー、足が動いとらへん)

 

 (息子が人質にされとる。動けば夏雄くんが死ぬわ。せやけど動かなくとも夏雄くんが死ぬやんけ)

 

 (これは俺が動く場面や)

 

 直哉は扇子を閉じた。

 

 「緑谷くん、爆豪くん」

 

 静かに言った。

 

 「俺が夏雄くんを取る。二人は白線野郎の注意を引いといてや」

 

 緑谷が「でも禪院くん、どうやって——」

 

 「一秒もかからん」

 

 その瞬間に空写で全座標を確認した。

 

 白線男の体の向き、夏雄を縛る帯の束の位置、拘束の密度が最も薄い部分——右肩から腕にかけての帯が他より緩い。

 

 (そこや)

 

 1/24秒。

 

 直哉は白線男の死角から出現した。

 

 夏雄の右腕の帯の束を掴んだ。

 

反転術式を指先に集中させた。

 

正のエネルギーが、負の呪力で編まれた帯の構成を根底から掻き乱す。

 

「爆ぜろ」

 

反発し合うエネルギーが帯を内側から引き裂き、繊維が弾け飛んだ。

 

 同時に夏雄を引きずって離脱した。

 

 0.1秒。

 

 緑谷が爆豪と同時に飛び出して白線男の正面を塞いだ。

 

 白線男が驚いて振り向いた。

 

 (予定通りや)

 

 直哉は夏雄を道路端に下ろした。

 

 夏雄が膝をついた。

 

 腕に帯の食い込んだ跡がある。骨は無事だ。

 

「……っ、熱(あつ)いな。無機物に反転流すんは、やっぱ燃費悪すぎるわ」

 

驚愕に目を見開く夏雄と、その背後で、かつてないほど「速い」救出劇を目の当たりにしたエンデヴァー。

 

直哉はエンデヴァーの視線に興味なさげに背を向け、ただ一点――自分の指先に残る「正負のエネルギーの反発」の感触を、脳に焼き付けていた。

 

(……これが、並行処理の種やな…っといかんいかん!忘れるところやったわ…)

 

 「……夏雄くんやったね。大丈夫?」

 

 「っ……誰だ、お前」

 

 「さっき家で会っとります。インターン生の禪院直哉です」

 

 夏雄が直哉を見た。

 

 食事会で見た、あの険しい目だった。しかし今は何か別のものが混じっていた。

 

 「……」

 

 夏雄は何も言わなかった。

 

 直哉も何も言わなかった。

 

地面に夏雄を転がし、直哉は忌々しげに指先を振った。

 

 後方では緑谷と爆豪が白線男と戦っていた。

 

 爆豪の爆発で白線男の帯の一部が吹き飛んだ。

 

 轟が飛び出して側面から氷を展開した。

 

 帯が氷の壁に絡まって動きを止められた。

 

 白線男が体勢を崩した。

 

 轟が炎を溜めた。

 

 インターンで学んだ「氷と炎の連携」だ。

 

 炎を背後に噴射して、超速で白線男に肉薄した。

 

 拘束。

 

 氷で全身を封じた。

 

 「確保」と轟が言った。

 

 直哉は夏雄の傍らで扇子を開いた。

 

 仰いだ。

 

 (並行処理——発動した。できたわ)

 

 (帯を弾けさせる時、反転術式を指先で走らせながら同時に力を流したんや)

 

 (出力と冷却を並行で回しとった。あの一瞬だけ、実戦で使えたはずや)

 

 (……まだ粗い。でも形は見えてきたわ)

 

 エンデヴァーが近づいてきた。

 

 夏雄を見た。

 

 「……」

 

 夏雄もエンデヴァーを見た。

 

 しばらく、二人は何も言わなかった。

 

 爆豪が「急にしおらしくなりやがって」と舌打ちして横を向いた。

 

 緑谷が「よかった……! 完全勝利だ……!」と声を震わせた。

 

 エンデヴァーが直哉に向いた。

 

 「禪院」

 

 「はい」

 

 「……一番速く動いた。判断は正しい」

 

 「おおきに」

 

 「礼は要らん」

 

 エンデヴァーが夏雄の方に戻っていった。

 

 直哉は扇子を閉じた。

 

 (一週間で二つ盗んだわ)

 

 (予熱と、並行処理)

 

 (これで積層残影の形が、もう一段変わるはずや)

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 訓練室。

 

 エンデヴァーが四人のインターン生を集めた。

 

 「今日でインターンは終わる。最後に一つだけ言う」

 

 四人が聞いた。

 

 「強さとは何かと聞かれたら、俺はこう答える」

 

 エンデヴァーが四人を順番に見た。

 

 「自分の力の上限を知り、その上限を正確に運用することだ」

 

 緑谷が「……!」と何か感じた顔をした。

 

 爆豪が腕を組んだ。

 

 轟が「……そうか」と言った。

 

 直哉は扇子を仰ぎながら聞いていた。

 

 (自分の上限を知り、正確に運用する)

 

 (俺の積層残影は、今日の時点で6層が安定上限や。予熱ありで修復2秒。昨夜、並行処理の初手を実戦で試したわ)

 

 (まだ粗い。ほんまにまだ粗い。でも道は見えたんや…!)

 

 「禪院」

 

 エンデヴァーが直哉を見た。

 

 「お前は今回、何を得た」

 

 直哉は扇子を閉じた。

 

 「二つですわ」

 

 「言え」

 

 「一つ目。発動前に全身を整えることで、最大出力を維持したまま消耗を抑えられるようになりましたわ。7秒かかっとった修復が2秒になりました」

 

 エンデヴァーが頷いた。

 

 「二つ目は」

 

 「昨夜、使いましたわ。出力と修復を順番にやるんやなくて、同時に走らせる。昨夜の一瞬だけ、形になっとりました」

 

 エンデヴァーが無言で直哉を見た。

 

 少し間があった。

 

 「…いいだろう」

 

 短く言った。

 

 直哉は少し意外だった。

 

 (……エンデヴァーが褒めた。これは予想外や…)

 

 「ただ」とエンデヴァーが続けた。「お前の個性は速さが武器だ。その速さを最大限に活かすためには、攻撃だけでなく離脱の設計も組み込め。速ければ逃げることも最強の選択肢になる」

 

 直哉は扇子を開いた。

 

 (相澤先生も同じことを言っとった)

 

 (……俺の術式は逃げることにも向いとる、か)

 

 「分かりましたわ」

 

 エンデヴァーが「行っていい」と言った。

 

 四人が訓練室を出た。

 

 廊下で轟が直哉に言った。

 

 「……禪院、昨夜は助かった」

 

 「別にええよ。俺はやることをやっただけや」

 

 「身内を助けられたんだ。感謝はさせてくれ」

 

 「助けたかったから助けたわけやない。状況的に俺が一番速かっただけや」

 

 轟が直哉を見た。無表情のまま言った。

 

 「……そうか」

 

 「そうや」

 

 直哉は扇子を仰いだ。

 

 (……轟くん、空写で読まんでも分かりやすいな)

 

  直哉はそう内心で吐露した。

 

 

 

 名古屋を出る新幹線の中。

 

 直哉は窓の外を見ていた。

 

 右手を広げた。指を開いた。閉じた。

 

 (今の状態を整理するか…)

 

 積層残影の現状:

 

・安定発動:6層

 

・第一改良——発動前の予熱:反転術式で骨格全体に正の呪力を流す(1〜2秒)

 

・発動後の修復:2秒以内

 

・第二改良——並行処理:出力と同時に反転術式を走らせる(昨夜、瞬間的に成功)

 

 (これで実戦での連発が現実的になったわ)

 

 (せやけどほんまにまだ足りへん)

 

 (並行処理が安定すれば——積層を叩き込みながら同時に骨を修復し続けられる。骨が折れる前に治して、折れた瞬間も治すんや。そうすれば連発しても消耗が追いつくはずや)

 

 (その先に、10層がある。そして24層が)

 

 直哉は右手を握った。

 

 (触れた相手に、24回分の加速の軌跡が全部流れ込む…)

 

 (一発が24発になる。しかし相手には一発にしか見えへん)

 

 (それが完成した時、俺の積層残影は誰にも読めない一撃になるはずや。技の威力も重ねた層を調節すれば火力も変化させられるわ)

 

 扇子を開いた。仰いだ。

 

 冬の景色が窓の外を流れていた。

 

 直哉は目を細めた。

 

 (エンデヴァーの不器用な熱制御が、ええ反面教師になったわ)

 

 (……家族の話は知らんけど)

 

 (技は、ちゃんと盗んだわ)

 

 (もう断片的な原作知識しかもうないねんけど…この後は確か超常解放戦線が来るはずや)

 

 (あの舞台で、完成形を見せたる)

 

 新幹線が速度を上げた。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

 第33話、いかがでしたでしょうか。

 エンデヴァーの「熱の循環」という理屈を、瞬時に「反転術式による自壊の抑制」へと変換して盗み取る直哉。まさに天才(と自分で思っている通りの)ムーブを描けたかと思います。

 そして何より、轟家のあの「地獄の食卓」への乱入。

 緑谷や爆豪が気を使う中、上座に座って「焦げ臭い」「痒いわ」と言い放つ直哉の空気の読まなさ……。でも、あの不器用な親子関係を冷徹に分析したからこそ、エンデヴァーに「並行処理」のヒントを与え、自分もそれを盗むという、本作ならではの因縁が生まれました。

 これで直哉の『積層残影』は、**「出力しながら同時に治す」**という、実戦での連発が可能な形にアップデートされました。

次回は修行編となっております。是非ご期待ください!

最終回までプロットは組み終わってます!このまま完結まで頑張って投稿していくので
是非評価付与などよろしくお願いします。
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