【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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36,000UA、そして多くの評価をいただきありがとうございます。

前話でエンデヴァーから「予熱」と「並行処理」の着想を得た直哉。
しかし、理論と実践の間には、反転術式ですら癒せない「自壊」の壁が立ちはだかっていました。

三月の「あの日」が刻一刻と迫る中、直哉は一人、深夜の広場で自身の術式を再構築(ビルド)し続けます。
すべては、神野で自分を「景色」として扱ったあのAFO…おっさんに、一矢報いるために。

直哉の意地と執念が、ついに未踏の「十層」、そしてその先へと手を伸ばします。
禪院直哉、覚醒の記録です。


キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。

評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!


超常解放戦線編(全面戦争編)
第35話:修行編「並行」


 

 

 インターンが終わった翌日の夜。

 

 直哉は寮の自室に荷物を置いてから、着替えもせずに外に出た。

 

 雄英の敷地の端。誰も来ない隅の広場だ。

 

 一月の空気が顔を刺す。

 

 地面に霜が降りている。

 

 「……試さへんとな」

 

 右脚に意識を集めた。

 

 反転術式を骨格全体に薄く流し込む。予熱だ。インターンで習得した。

 

 正の呪力が全身の骨格に満ちる感触がある。

 

 その状態で。

 

 6層を発動した。

 

 踏み込んだ。地面を割った。

 

 骨は折れなかった。修復は1秒以内。

 

 (予熱は安定しとる。これはもう確立したわ)

 

 問題は次だ。

 

 直哉は右脚に意識を集め直した。

 

 今度は発動と同時に——反転術式を走らせながら6層を撃つ。

 

 出力しながら冷却する。並行処理。

 

 冬季インターン時の夜に一瞬だけ成立した、あれをもう一度。

 

 発動。

 

 (っ)

 

 6層が起動した瞬間、反転術式が途切れた。

 

 骨格への衝撃が全部来た。右脚の脛骨が軋んだ。

 

 反転術式で修復した。2秒。

 

 (……駄目や)

 

 直哉は立って、右脚の感触を確かめた。

 

 (発動の瞬間に意識が6層の方に持っていかれとる。そこで反転術式が消えとるんや)

 

 (同時にやろうとしとるのに、脳が順番にやろうとしとるわ…)

 

 扇子を取り出した。仰いだ。

 

 (これが今の壁や)

 

 もう一度。

 

 発動——反転術式が途切れた。

 

 もう一度。

 

 今度は反転術式を優先した。6層の出力が7割に落ちた。

 

 威力が下がっては意味がない。

 

 「……」

 

 直哉は霜の降りた地面を見た。

 

 (あの時の夜は確かに成立しとったんやが…)

 

 あの時は「夏雄を帯から引き剥がす」という具体的な目的があった。

 

空写で捉えた座標に、反転術式を叩き込む。 その全部が一つの動作に向いていた。

 

 だから並行で走った。

 

(意識を分けたんやない。標的(ターゲット)を消去するという一つのフレームの中に、観測(空写)と干渉(反転)が完全に溶け込んでたんか)

 

(「同時にやる」んやない。俺が認識した瞬間に、それはもう「終わってる」状態にせなあかんかったんや)

 

 直哉は扇子を閉じた。

 

 (……問題の立て方を間違えてたかもしれん)

 

 

 

 

 一月。

 

 毎夜、広場に立っていた。

 

 発動——反転術式途切れ——修復。

 発動——出力低下——修復。

 発動——両方が半端——修復。

 

 パターンが増えるだけで、どれも「同時に走っている」という感触にならない。

 

 二週間後。

 

 直哉はその夜の失敗を、寮の自室で整理していた。

 

 ノートを広げた。術式の設計図を書く時に使うノートだ。

 

 左のページに「6層発動時の意識の動き」を書いた。

 

 右のページに「反転術式発動時の意識の動き」を書いた。

 

 並べて見た。

 

 (……逆や)

 

 気づいた。

 

 (俺は「発動しながら反転術式を走らせよう」としてた。6層が主で、反転術式が従)

 

 (でも本当に必要なのは、反転術式を「常時走らせておいて、その上に6層を乗せる」ことや)

 

 (主従が逆やったな)

 

 直哉はノートに書き直した。

 

 反転術式を「走らせる」のではなく、骨格に「常駐させる」。

 

 常時、微量の正の呪力を骨格全体に循環させておく。

 

 背景のプロセスとして。意識しなくても動いているレベルに落とし込む。

 

 その上に、6層を「乗せる」。

 

 (……でもそれをやるには、反転術式の「常駐」自体を無意識化する必要があるわ)

 

 (今の俺にそれができるかどうか分からへん)

 

 直哉はノートを閉じた。

 

 (やってみるしかないか…)

 

 

 

 二月に入った。

 

 相澤の授業中。

 

 直哉は教壇の相澤を見ながら、腕の下に隠した右手に微量の呪力を流していた。

 

 反転術式の常駐訓練だ。

 

 授業を聞きながら、呪力を腕の骨格に流し続ける。

 

 流す——途切れる。

 流す——途切れる。

 

 (当たり前か。集中しながらやないと維持でけへん)

 

 「禪院」

 

 相澤が言った。

 

 「授業に集中しているか?」

 

 「してますわ」

 

 「…目が遠いぞ」

 

 「考えとりました」

 

 「授業の内容をか?」

 

 「術式の設計をですわ」

 

 クラスの何人かが笑った。

 

 相澤が「……授業中に別のことを考えるな」と言って黒板に向き直った。

 

 直哉は視線を教壇に戻しながら、右手の呪力の流れを維持しようとした。

 

 途切れた。

 

 (やっぱり難しいわ)

 

 隣の席から気配がした。

 

 上鳴だ。

 

 「禪院、何考えてたんだ?」と小声で言った。

 

 「術式の訓練や」

 

 「授業中にか?」

 

 「呪力操作は外から見えへん。誰にも迷惑かけてへんやろ」

 

 上鳴が「まあそれはそうだけど」と言った。

 

 「禪院って、ほんとずっと何か考えてるよな」

 

 「それ以外に何があるんや?」

 

 「普通に授業を聞くとか……」

 

 直哉は前を向いた。

 

 「授業は本で読める。術式の感触は今しか試せないやろ」

 

 と、直哉は一度も上鳴を見ずに言った。

 

(同じ教室におるからって、同じフレームで生きてると思わんといてほしいわ)

 

 その思考の断絶こそが、直哉の呪力の純度を高めていた。

 

 上鳴が「……それは確かに」と言って黙った。

 

 

 

 二月の中旬。

 

 昼休みの廊下。

 

 緑谷が声をかけてきた。

 

 「あの、禪院くん。最近ちょっと顔色が悪い気がするんだけど大丈夫?」

 

 「そう見えとるんか?」

 

 「うん…そう見えてる。夜、ちゃんと寝てる?」

 

 「寝る前に少し練習しとるから、少し寝れてないかもしれへんね」

 

 「少し……?」

 

 「二時間くらいや」

 

 緑谷が「それは少しじゃないと思う……」と眉を寄せた。

 

 「俺は反転術式があるから疲れが残らないんや。だから問題ないわ」

 

 「でも精神的な疲れは反転術式で治せないんじゃ…?」

 

 直哉は緑谷を見た。

 

 (……これ、前にも言われとった気がするなあ)

 

 「気にしてくれとるのはありがたいけど、俺には締め切りがあるんよ」

 

 「締め切り?」

 

 (超常解放戦線という名の…な。原作知識はもはや断片的やけど、大規模な事件になるというのは憶えとる)

 

 緑谷が黙った。

 

 「……それは大きな出来事に備えてるってこと?」

 

 「なら分かるやろ。残り時間自体が少ないんや。」

 

 「……そうなんだね」

 

 「心配してくれるのはええけど、俺を止める理由にはならへん」

 

 緑谷がしばらく黙ってから、「……体調には気をつけてね」と言った。

 

 「おおきに。せやけど体調の件は元より承知の上や」

 

 直哉は廊下を歩き続けた。

 

 

 

 

 

 二月の後半。

 

 広場の地面に立っていた。

 

 この夜で百回を超えた。

 

 反転術式の常駐訓練を二週間続けた結果。

 

 歩きながら維持できるようになった。

 

 授業中なら八割の確率で途切れない。

 

 ただし、意識が何かに集中した瞬間に途切れる。

 

 (戦闘中に使える水準には程遠いわ)

 

 「……やってみよか」

 

 右脚に予熱を入れた。

 

 反転術式を骨格に常駐させた。

 

 意識的に。まだ意識しないと維持できない。

 

 6層を発動した。

 

 踏み込んだ。

 

 (……っ)

 

 右の股関節が軋んだ。

 

「……あーあ、またこれや。不細工な音立てんといて。一々折れかけるなや、欠陥品が」

 

 修復しながら、自分の脚を「自分のもの」とは思えない冷たい目で見下ろした。直哉にとって、思い通りに動かない肉体は、掃除の行き届いていない部屋と同じくらい不快な「汚れ」でしかない。

 

 正確には折れていない。

 

 修復も入っている。

 

 ただ。

 

 直哉は着地してから、数秒間動けなかった。

 

 意識が白くなりかけていた。

 

 6層の発動に意識のほとんどを持っていかれた。反転術式の常駐は辛うじて維持していたが、それだけで認知容量の限界に近い。

 

 「……7割、か」

 

 声に出した。

 

 成立している。だが実戦では使えない。

 

戦闘中は空写で索敵しながら、鏃によるコンマ数秒の加速を連続させ、零駒を組みながら積層を叩き込む。その全部をやりながら、さらに反転術式を常駐させる。

 

 (……今の俺には無理や)

 

 直哉は扇子を取り出した。

 

 仰いだ。

 

 (問題は「並行処理の成立」ではなくて、「並行処理を無意識で走らせること」や)

 

 (7割の成功率で意識を使い果たすのは、7割の失敗と同じや)

 

 月が出ていた。

 

 霜が地面に光っていた。

 

 (でも方向は合っとる)

 

 直哉は右脚を踏み込んだ。

 

 7層を試した。

 

 発動。

 

 (……っ!)

 

 今度は膝の皿が悲鳴を上げた。

 

 反転術式が途切れた。衝撃が逃げ場を失い、関節を食い破る。

 

 骨は折れなかったが、靭帯が焼け付くように損傷した。

 

 修復した。5秒。

 

 (7層は並行処理なしでもまだ耐えられとる。ただし修復が長くなっとる)

 

 (並行処理が安定すれば、7層は連発できるはずや)

 

 (10層まで、まだ遠いわ…)

 

 扇子を閉じた。

 

 

 

 

 

 三月に入った。

 

 ニュースが騒がしくなっていた。

 

 各地でヴィランの活動が活発化している。

 

 個性を使った犯罪が増えている。

 

 ヒーローの出動件数が増えている。

 

 直哉はそれらのニュースを見ながら、もはや断片的となった情報を必死に手繰り寄せて、原作の知識と照合していた。

 

 (……恐らくもうすぐなはずや)

 

 超常解放戦線。

 

 ギガントマキアが動く。

 

 エンデヴァーがいる蛇腔病院と、ホークスがいる群訝山荘の二か所が同時に動く。

 

 ミルコが脳無と戦う。死柄木が目覚める。

 

 荼毘がエンデヴァーの息子だと明かされる。

 

 (俺はどこにいることになるんや?)

 

 原作に直哉はいない。

 

 だから直哉がどこで何をするかは、直哉自身が決める。

 

 (どちらかと言えば蛇腔病院の方が面白そうや)

 

 エンデヴァーがいる。死柄木の覚醒がある。

 

 (ただ)

 

 (今の俺が死柄木に触れられるんか?)

 

 6層の一撃で吹き飛ばせるか。

 

 ハイエンドを倒すエンデヴァーの横で、足手纏いにならず力を示せるか。

 

 (10層が欲しい)

 

 10層が安定すれば、6層より明らかに上の威力が出る。

 

 (間に合うかどうかやなくて、どこまで持っていけるかや)

 

 直哉はニュースの画面を閉じた。

 

 そしてまた広場へ向かった。

 

 

 

## 五、十層

 

 三月上旬。

 

 深夜。

 

 広場に立っていた。

 

 空気が冷えていた。もう春は近いが、深夜の寒さはまだ冬だ。

 

 (今夜、変えたる)

 

 直哉は目を閉じた。

 

 反転術式の「常駐」——二月から訓練してきた感触。

 

 今の成功率は七割。意識を使いすぎる。

 

 問題は「常駐させようとしている」ことだ。

 

 (呼吸と同じにするんや)

 

 歩きながら呼吸は止まらない。授業中も呼吸は続いている。眠っていても呼吸は続いている。

 

 なぜか。

 

 考えてやるものではないからだ。体が勝手にやっている。

 

 反転術式の常駐を、それと同じ水準にする。

 

 (……設計を変える)

 

 今まで直哉は「反転術式を走らせる」という能動的な操作として組んでいた。

 

 それを変える。

 

 反転術式を「止める」操作を組む。

 

 常時流れているのをデフォルトにして、必要な時だけ止める、という設計に逆転させる。

 

 (やってみるわ)

 

 呪力を骨格に流した。

 

 止めようとしなかった。

 

 流れ続けた。

 

 意識を別のことに向けた——空写を展開した。

 

 まだ流れている。

 

 (……)

 

 扇子を仰いだ。

 

 まだ流れている。

 

 右脚に意識を向けた。

 

 積層残影の設計を組み始めた。

 

 1層、2層、3層——

 

 まだ流れている。

 

 (……いける)

 

 8層。

 

 9層。

 

 10層。

 

 発動した。

 

 踏み込んだ。

 

 地面が砕けた。

 

 衝撃が来た——しかし全身に散った。足首・膝・股関節・腰椎・背骨・肩まで、均等に。

 

 折れなかった。

 

 反転術式は流れ続けていた。

 

 直哉は着地した。

 

 右脚の感触を確かめた。

 

 一部が熱い。骨格の内側が、摩擦熱のような感触で焦げていた。

 

 修復した。

 

 5秒。

 

 (……10層、確かに成立しとる)

 

 直哉は立ったまま、右手を開いた。

 

 指を見た。五本とも無事だ。

 

 (5秒の修復。泥花市で6層を初めて撃った時が15秒。インターンで7秒。今は10層で5秒)

 

 (予熱と並行処理、両方が揃ったわ)

 

 扇子を取り出した。仰いだ。

 

 月が出ていた。春の手前の、冷えた月だ。

 

 (……12層、16層、24層)

 

 (まだ先があるんや)

 

 直哉は右手を握った。

 

 そして。

 

 ふと。

 

 思い出した。

 

 神野だ。

 

 

 

 神野区、AFO。

 

 あの夜の傷は、反転術式できれいに治した。

 

 肋骨も、肺の打撲も、皮膚の裂傷も、跡形もなく消えた。

 

だが、あのおっさんの「物語」のついでに弾き飛ばされたという事実は、ヘドが出るほど汚らしい。

 

 禪院直哉を「景色」として扱い、画面の端に追い遣ったあの傲慢なノイズ。

 

 「……直したる」

 

 傷ではなく、その屈辱的な記憶の上から、圧倒的な「自分だけの理」を上書きするために、直哉は拳を握った。

 

 余波だった。

 

 AFOが何かをやった、ただの余波。

 

 視界に入っておらず、攻撃の対象ですらなかった。ただそこにいたから、空気が動いただけで壁に叩きつけられた。

 

 呪力で強化した体が、一瞬で機能を失い、15秒間、泥水の中で動けなかった。

 

 (……禪院直哉を…この俺を、景色扱いした)

 

 直哉は扇子を閉じ、誰もいない広場で静かに呟いた。

 

 「傷は治る。痛みも消える。……でも、俺を視界に入れへんかったその事実だけは、反転術式でも消せへんわ」

 

 月を見上げる。

 

 「あのおっさんの物語から、禪院直哉を消去(デリート)したるからな」

 

 右脚に呪力を集めた。

 

 10層、発動。

 

 地面が砕ける。修復、5秒。

 

 (……まだ足りへん。10層では、AFOの余波にすら抗えへん)

 

 (12層、16層、24層。極ノ番が完成した時、俺は景色やなくなる)

 

 扇子を開き、不敵に仰いだ。

 

 (超常解放戦線が来る前に、完成させたる)

 

 

 

 三月。

 

 毎夜、広場に立っていた。

 

 10層が安定した翌日から、11層の設計を始めた。

 

 11層の次の日に12層を試した。

 

 (……また折れたわ)

 

 左の大腿骨だ。修復。10秒。

 

 (反転術式の常駐が11層の衝撃に追いついてへん)

 

 設計を調整した。

 

 骨格への呪力の循環密度を上げた。

 

 12層を試した。

 

 (……折れへんかった)

 

 だが修復に8秒かかった。

 

 (まだ遅い)

 

 調整した。

 

 13層。14層。15層。

 

 壊れる部位が毎回変わる。右の鎖骨。左の股関節。腰椎。

 

 壊れるたびに修復した。修復するたびに設計を更新した。

 

 (骨格の「癖」が分かってきとるわ)

 

 自分の体の、呪力が流れやすい経路と、詰まりやすい経路がある。

 

 常駐の密度を均一にするのではなく、詰まりやすい箇所だけ密度を上げる。

 

 経路に合わせた「地図」を作る。

 

 (……これや)

 

 一週間後。

 

 16層を試した。

 

 発動した瞬間。

 

 (っ)

 

 全身に衝撃が広がった。

 

 しかし。

 

 折れなかった。

 

 修復に3秒かかった。

 

 直哉は着地したまま、息を一つ吐いた。

 

 (16層で3秒)

 

 (これは……使える)

 

 そこから先は早かった。

 

 18層。20層。

 

 骨格の「地図」が精緻になるにつれて、修復時間が縮んでいった。

 

 22層。

 

 発動。踏み込む。衝撃が全身に散る。反転術式が追いつく。

 

 1秒。

 

 23層。

 

 0.8秒。

 

 そして。

 

 三月の深夜。

 

 24層。

 

 直哉は右脚に意識を向けた。

 

 呪力を骨格に流した。

 

 止めようとしなかった。ただ流れるままにした。

 

 積層残影の設計を組んだ。

 

 1層から順番に積み上げるのではなく、24層分を一つの「構造」として設計する。

 

 24本の軌跡が同時に重なった状態。

 

 それをそのまま発動する。

 

 踏み込んだ。

 

 地面に。

 

 何が起きたのか、直哉自身も一瞬分からなかった。

 

 音が聞こえた。

 

 地面ではなく、地面の「下」から音がした。

 

 地表から1メートル四方のコンクリートが、粉に——いや、それより細かく——砕けていた。

 

 (……)

 

 直哉は砕けた地面の縁に立って、その穴を見下ろした。

 

 修復した。0.5秒。

 

 (……0.5秒)

 

 「一発が24発になる」

 

 直哉は声に出した。

 

 「しかし相手には一発にしか見えへん」

 

 扇子を取り出した。

 

 仰いだ。

 

 月が出ていた。

 

 (……これが極ノ番や)

 

 (積層残影、完成)

 

 直哉は砕けた地面を一度だけ見て、歩き出した。

 

 

 三月上旬。

 

 極ノ番が完成してから三日後の夜。

 

 広場に立っていた。

 

 扇子を仰ぎながら、直哉は考えていた。

 

 (分ける)

 

 投射呪法の基本原理だ。1秒を24枚に分割する。

 

 (重ねる)

 

 積層残影だ。24本の軌跡を一点に圧縮する。

 

 (……次は何や)

 

 分けることも重ねることも、もう「当たり前」になった。この2ヶ月でそうなった。

 

 (次の段階があるとしたら)

 

 直哉は右手を広げた。

 

 1秒を24枚に分割する――その「枠」は、時間に対して機能する。

 

 (では空間に対してはどうや?)

 

 1フレームの中に、常軌を逸した「加速」を圧縮して詰め込む。それが鏃だ。

 

 1秒24分割のルールを相手に強いて、失敗した奴を「1秒間フリーズ(固定)」させる。その動けない「0秒」の状態に叩き込むのが投射呪法の基本だ。

 

 (もし)

 

 (空間そのものに「枠」を固定できたら)

 

 直哉は右手を前に出した。

 

 空間に向けて、呪力を薄く押し出した。面として。フレームを作るように。

 

 (……何かある)

 

 気配がした。空間ではなく、自分の術式の奥に。

 

 目の前の空気が、一瞬だけ白くなった気がした。

 

 いや――白くなったのではない。

 

 「色が消えた」

 

 コンマ数秒、目の前の景色が墨一色になった。

 

 動いているものが止まった。音が消えた。

 

 そして元に戻った。

 

 (……何やった今の)

 

 直哉は右手を見た。何も変わっていない。

 

 (もう一度)

 

 同じように呪力を空間に押し出した。今度は何も起きなかった。

 

 (……偶然か)

 

 直哉は扇子を仰いだ。

 

 (でも確かに一瞬、何かが止まったわ。空間を「1フレーム」として固定したんか?)

 

 (投射呪法は対象を固定する。あれを空間全体に広げたら……)

 

 (それは、領域や)

 

 直哉は空を見た。星が出ていた。

 

 (……まだ形にならへん。でも、方向は分かったわ)

 

 扇子を閉じた。

 

 (超常解放戦線が来る)

 

 (極ノ番で行く。領域は……その先や)

 

 

 翌朝。

 

 教室に入ると、緑谷が直哉を見た。

 

 「あっ、禪院くん。今日、顔色が違う感じがするよ!」

 

 「そうか」

 

 「なんか……別人みたいな顔してるかも」

 

 「それは褒めてるんか?」

 

 「……えっと、なんか、怖い感じが…」

 

 緑谷が正直に言った。

 

 直哉は席に着いた。

 

 扇子を取り出した。仰いだ。

 

 (別人ね…)

 

 (まぁ、そうかもしれんな)

 

 2ヶ月前の自分と今の自分では、持っているものが違う。

 

 (極ノ番が完成した)

 

 (領域の片鱗が見えた)

 

 (そして)

 

 直哉は窓の外を見た。

 

 (あのおっさん…AFOの余波に吹き飛ばされた惨めな記憶が、まだここにある)

 

 (それが一番大事な燃料や)

 

 「……禪院くん」

 

 緑谷がもう一度言った。

 

 「何があったか聞いても大丈夫?」

 

 「何もない」

 

 「でも——」

 

 「全部終わってから話すわ」

 

 直哉は前を向いた。

 

 教室の窓の外。

 

 三月の空は白かった。その白さの奥に、もうすぐ嵐が来る。

 

 直哉にはそれが分かっていた。

 

 (11万人もおるんやろ? 楽しみやわ)

 

 (僕の『24枚』で、全員まとめて綺麗な標本にしたる)

 




第三十四話、最後までお読みいただきありがとうございました。

ついに極ノ番『積層残影』の完成形(二十四重)に辿り着きました。

本来、反転術式は「治癒」の力ですが、直哉はそれを「出力を維持するための冷却システム」として組み込むことで、投射呪法の物理的限界を強引に突破しました。

骨が折れる端から治し、0.5秒で戦線に復帰する。これこそが、彼が導き出した「最強」への回答です。

そして最後に少しだけ触れた「墨色(すみいろ)」。
これが後に、彼だけの領域へと繋がる「種」となります。

次回、いよいよ物語は全面戦争編へ突入します。
第三十五話「二十四枚の標本」。

11万人の軍勢を前に、完成した直哉の「極ノ番」が、戦場の景色を一変させます。
ぜひ、評価や感想で応援いただけると執筆の励みになります!
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