【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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三月、蛇腔市。
原作知識が告げる「最悪の夜明け」を前に、禪院直哉は一人、戦場へ足を踏み入れます

誰のためでもない。
完成した「極ノ番」を試すため。
そして、あの日自分を景色として弾き飛ばした「物語」に、自分の理を上書きするため

死柄木弔が覚醒し、全てを無に帰す「崩壊」が迫る中、直哉の24枚のフレームは、その絶望を捉えきれるのか。
直哉流の「ヒーロー活動(事務作業)」、開演です。

キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。

評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!


第36話:超常解放戦線編 「二十四枚の標本」

 

 

 三月。

 

 蛇腔市。

 

 直哉は夜行バスを降りた。

 

 荷物は最小限だ。財布。携帯。扇子一本。

 

 制服ではない。私服だ。

 

 雄英の生徒として来たわけではない。

 

 (……来てしもうた)

 

 空写を展開した。

 

 半径500メートル。

 

 個性の気配がそこかしこに散っている。警戒中のプロヒーローだ。

 

 蛇腔病院の方向に、特に密度が高い。

 

 明朝、突入が始まる。

 

 直哉はそれをざっくりとだけは知っていた。必死に断片的な情報を整理してある程度の筋道を予測し直した。

 

 (俺は誰かを守りに来たんやない)

 

 夜の街を歩きながら、内心で確認した。

 

 (誰かに頼まれたわけでもない)

 

 (試しに来たんや)

 

 極ノ番が完成した。領域のの片鱗が見えた。

 

 それが実戦で機能するかどうかを確かめる舞台が、明朝に始まる。

 

 それだけだ。

 

 (……ただ)

 

 直哉は足を止めた。

 

 病院の方向を見た。

 

 (ミルコが重傷を負う点だけは、少し引っかかるわ……。本来、男の三歩後ろを歩けへんような女なんて、どうでもええんやけど)

 

 原作知識が言っている。

 

 ハイエンドに左腕を奪われる。瀕死になる。

 

 

(俺が間に合えば、あの人の腕は残る。間に合わなければ、残らん。……まぁ、俺の腕試しにはちょうどええわ。実力者が無様に弱なるなら、それはそれでええ見物やしな。どちらにせよ、僕の速さ次第や)

 

 

 直哉は扇子を取り出した。

 

 仰いだ。

 

 (俺は俺のことをやる)

 

 街灯の下。

 

 扇子を閉じた。

 

 (行こか)

 

 

 

 夜明け前。

 

 突入が始まった。

 

 直哉は病院の外壁に背をつけて、空写で内部の状況を読んでいた。

 

 エンデヴァー班が正面から入った。大量の脳無と交戦している。

 

 ミルコが単独で先行した。深部へ向かっている。

 

 直哉は別ルートから侵入した。

 

 換気口を鏃で抜けた。1/24秒で天井裏に入り、そのまま地下へ降りた。

 

 廊下に出た瞬間、空写に引っかかった。

 

 個性の気配が三つ。

 

 ハイエンドだ。

 

 病院の構造上、エンデヴァー班の進路を塞いでいる位置にいる。

 

 直哉は廊下の角から気配を読んだ。

 

 (……でかいわ、)

 

 三体とも、異形だった。

 

 継ぎ接ぎのような体。複数の個性を強引に詰め込まれた構造。

 

 福岡のハイエンドとは比べものにならない密度だ。

 

 (プロが苦戦するわけや)

 

 直哉は扇子を閉じた。

 

 (でも)

 

 右脚に呪力を集めた。

 

 反転術式が骨格に流れ続けている。呼吸と同じだ。意識しなくても動いている。

 

 (俺のフレームには、こいつらの「継ぎ接ぎ」は必要ない)

 

術式の威力の高めるための詠唱も行う。今の直哉に躊躇は一つもなかった。

 

「瞬刻、二十四節、積層の理」

 

「…『極ノ番 積層残影 24葉(にじゅうよんよう)』」

 

 24層。

 

 発動。

 

踏み込んだ刹那、直哉の背後に二十四の残像が「葉」が重なるように収束した。

 

 一体目のハイエンドの胸部に右拳が届いた。

 

 音が聞こえた。

 

胸部から先が、消えた。

 

重ねたのではない。二十四葉(にじゅうよんよう)の完結を、ただ一つの「理」として設計し直しただけ。

 

一秒を分かち、再び一つに戻す。その過程で、余計な「不純物」がこの世界から間引かれた。粉になった残骸が、冬の風にさらさらと流れていく。

 

 細かい——それ以上の言葉がない。

 

 衝撃が全身に散った。反転術式が追いついた。修復は0.5秒。

 

 残り二体が反応した。

 

 (遅い)

 

 空写。先読み…1/24秒で二体目の背後に出現した。

 

 空虚呪法。二体目の動きを1/24秒固定した。

 

 固定が解ける前に。

 

すでに「理」は完成している。

 

『積層残影』

 

 24層。

 

 発動。

 

 二体目の背骨に拳が当たった。

 

静止した。

 

それから、枯れ葉のように崩れた。

 

 

 三体目が触手を伸ばしてきた。空写でその軌道全部を読んだ。

 

(7本同時。……面倒やね)

 

 空虚呪法。一括固定。

 

『積層残影』

 

扇子を仰ぐ暇(いとま)すら与えず、三体目は廊下の汚れに変わった。

 

 廊下に静寂が戻った。

 

 三体分の残骸が床に散らばっていた。

 

 直哉は着地して、右手を確認した。

 

 完璧だ。骨一本、軋んでいない。

 

 (……事務作業やな)

 

 扇子を取り出した。仰いだ。

 

 廊下の奥から、プロヒーローが走ってきた。

 

 エンデヴァー班の一人だ。直哉を見て止まった。

 

 「……何者だ。君は?」

 

 「通りすがりですわ」

 

 「学生か? なぜここに」

 

 「なんとなくですわ」

 

 男が「なんとなくで来る場所じゃ——」と言いかけた時、空写に引っかかるものがあった。

 

 深部だ。

 

 (…ここでミルコやったか)

 

 生体反応が弱まっていた。

 

 直哉は男を置いて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 深部への廊下。

 

 ハイエンドが二体、通路を塞いでいた。

 

 空写で読んだ。

 

 一体は念動力の個性。もう一体は再生能力と腕の変形。

 

 二体の奥に、ミルコの反応がある。

 

 まだある。

 

 弱い。しかし、ある。

 

 (……間に合うかもしれへん)

 

 直哉は走りながら24層の設計を組んだ。

 

 念動力の使い手が気配に気づいた。

 

 空間ごと押し潰そうとした。廊下の壁、床、天井が内側に歪んだ。

 

 直哉は鏃を連続で組んだ。

 

 壁が歪む前のコンマ数秒を空写で読み、歪みが来る前の空間に連続で跳んだ。

 

地面が消える一瞬前、何もない空中に「二十四枚の足場」を仮定し、跳躍。

 

崩壊が届くコンマ数秒前の空間を、鋭利なベクトルで縫い合わせるように。

 

 廊下の壁が三か所、内側に凹んだ。

 

 直哉はすでにその先にいた。

 

 念動力使いが「なぜ——」と言った。

 

 「俺のフレームの方が速いんですわ」

 

『積層残影』

 

 24層。念動力使いの首の後ろに入れた。

 

 倒れた。

 

 再生使いが腕を変形させた。複数の刃が廊下いっぱいに広がった。

 

 空写で先読みをしてから鏃で天井近くに跳んだ。

 

 刃の隙間を、1/24秒で縫って通り抜けた。

 

 着地。

 

 再生使いの背後から24層。

 

『積層残影』

 

 倒れた。

 

 すぐ修復した。

 

 (……やはり再生が速いわ)

 

 空写で読んだ。再生速度と経路がある。個性の流れに「向き」がある。

 

 そこに。

 

 術式反転を薄く流した。

 

 正の呪力が相手の再生経路に逆流した。

 

 再生が止まった。

 

 「っ……な」

 

 もう一度、24層。

 

 今度は完全に動かなくなった。

 

 直哉は走り続けた。

 

 奥の部屋の扉を蹴り開けた。

 

 ミルコがいた。

 

 壁に凭れていた。

 

 左腕がなかった。

 

 右脚も深く傷ついていた。

 

 血が多い。

 

 目はまだ開いていた。

 

 直哉を見た。

 

 「……お前」

 

 しゃがれた声だった。それでも声だ。

 

「……誰か思たら、ミルコか。久しぶりやねぇ。まだ死んでへんかったん?」

 

 直哉はあえて冷ややかに言った。

 

インターン先では三日間世話になった。だが、この惨状を前にして、直哉の胸に湧き上がったのは同情ではない。

 

得体の知れない、腹立たしさだ。

 

(不細工やね。男の三歩後ろを歩けへんような女なら、せめて最後まで不遜に、美しく暴れてな。僕の観測してへんところで、勝手に欠陥品(欠損)にならんといてくださいよ)

 

 「なんで来た」

 

 「…通りすがりですわ」

 

 「嘘つくな。お前の空写でここまで読んで来たんだな?」

 

 「……まぁ」

 

 直哉は反転術式の出力を上げた。

 

 正の呪力を空気ごと押し出した。

 

 正の呪力を空気ごと押し出した。

 

 ミルコの断面に触れないよう、自分と彼女の間に「空虚」という名の断絶を維持しながら。

 

 空虚呪法の応用。

 

 定義した空間を正のエネルギーで置換し、固定する。

 

 直接的な止血には届かずとも、傷口の腐食や感染を「停滞」させる程度のことはできる。

 

 「……それ、インターンの時にやってたやつか」

 

 「はい。止血には届きませんけど、少しだけ時間が伸びますさかい」

 

 「いらん」

 

 「勝手にやってますわ」

 

 ミルコが直哉を見た。

 

 ひどく傷ついていた。

 

 しかし目は、まだ死んでいなかった。

 

 「……死柄木を」

 

 「知っとりますわ。間もなく来るはずや」

 

 「止めろ」

 

 「止められませんわ。俺には無理ですさかい」

 

 「…そうか」

 

 「でも今夜死ぬのは、ミルコやないですわ」

 

(俺の目の前で無様な死体ができること自体が、俺の視界のゴミになるんやからさっさと退散してほしいわ)

 

 (実力者が弱なるんは、ええ見物やと思とった。……けど、いざ目の当たりにしてみれば、ただただ不快なだけや。僕の知らんところで、勝手に壊れて、勝手に「ゴミ」になりよって)

 

 直哉は内心でそう毒を吐きつつも、言った。

 

 「……根拠は」

 

 「俺がいる間は撤退ルートを確保しますわ。その間に来るはずの人が来ますさかい」

 

 空写に引っかかった。エンデヴァーの気配だ。

 

 「来ましたわ」

 

 直哉は立ち上がり、部屋の入口に向かう。そこには炎を纏った巨躯、NO.1ヒーローのエンデヴァーが立っていた。彼は足元のハイエンドの残骸と、奥で倒れるミルコを鋭い眼光で射抜く。

 

「……一人で片付けたのか。仮免持ちの学生が、独断でここまで――」

 

「そんなこと言ってる猶予、本当にあるんか? 今は別にやるべきことがあるやろ。……それとも、この程度の『不細工な景色』にビビってるんか、NO.1ヒーローさん?」

 

 直哉はパチンと扇子を閉じ、すれ違いざまに言い放つ。

 

「……誰に言っている。敵は排除する、それだけだ。……ミルコは」

 

「腐らん程度に空間(そこ)は固定しときましたわ。あとはエンデヴァーさんが適当に焼き固めるなりして連れて帰ればええ。……じゃあ、頼みましたよ」

 

 直哉はそう言い捨てて廊下に出た。背後からゴウ、と炎が爆ぜる音と、強引な止血の響きが聞こえる。

 

(……まぁ、来てよかったわ。僕の速さは証明できた)

 

 一瞬、満足感に浸りかけたその時。

 

 空写(くうしゃ)に巨大すぎる気配が引っかかった。

 

 最深部。死柄木弔の反応が、ダムが決壊するように膨れ上がっていく。

 

(……来る。解像度の低い、クソみたいな『崩壊』。……でも、逃げる前に試させてもらわんと。僕のフレームに、あんな大雑把な破壊(しらがき)をねじ込む余地がないか)

 

 直哉は廊下で空写を全開にした。

 

 崩壊の波が広がり始めた。床から壁から天井から、触れたものが「不細工な砂」になっていく。

 

 神野区と同じだ。いや。

 

 (……規模が違う。解像度が低いくせに、出力だけは一丁前や)

 

 崩壊の波が廊下を進む速度を空写で定義する。

 

 (秒速8メートル。神野の時は4メートルやった。死柄木が覚醒しとる)

 

エンデヴァーがミルコを抱え、窓から外へ脱出したその直後。

 

 直哉は一人、崩落の始まる廊下で、逆流するように最深部へと足を踏み出した。

 

(……逃げる? ハッ、笑わせんといてくださいよ)

 

 視界の先。

 

 カプセルの残骸から立ち上がり、白髪をなびかせる死柄木弔の背中が見えた。

 

 その指先が床に触れた瞬間、世界が「不細工な砂」へと分解されていく。秒速8メートルの崩壊。

 

(今の俺のフレームなら、あの『分解』が始まる「0.04秒前」に触れられる……!)

 

 直哉は全呪力を右脚に込めた。

 

 二十四葉、積層。

 

 さらに空写で、死柄木の周囲に広がる「崩壊の波」の隙間、わずか数ミリの『未崩壊領域』を線で結ぶ。

 

直哉は全呪力を右脚に込めた。

 

 二十四葉、積層。

 

「——瞬刻、二十四節、積層の理」

 

 淀みなく、冷徹に放たれる詠唱

 

「『極ノ番 積層残影・二十四葉』」

 

 ドォォォォンッ!!

 

 崩落する天井を足場に変え、直哉は死柄木の背後に肉薄した。

 

 死柄木が振り向くよりも速い。

 

 その首筋へ、576発分の衝撃を凝縮した掌底を叩き込む――。

 

 触れる、その寸前。

 

 直哉の空写が、死柄木の体から噴き出す「超再生」と「崩壊」の混濁したプレッシャーを捉えた。

 

 それは個性の枠を超えた、暴力的なまでの『存在の厚み』。

 

「……うるせぇんだよ、羽虫が」

 

 死柄木の声。

 

 直哉の掌が、死柄木の肌にわずかに触れた。

 

 その瞬間、直哉の右手の皮がペリリと剥がれ、砂となって舞う。

 

「——っ!!」

 

 即座に反転術式を最大出力で回し、剥がれた先から肉を編み直す。

 

 直哉の一撃は、死柄木の首を強引に横へ弾き飛ばした。

 

 だが、手応えは「泥」のようだった。

 

「ハッ……! 全然、足りへんわ!!」

 

 直哉は死柄木の肩を蹴り、その反動で崩落の波を飛び越えて後退する。

 

 死柄木は首を鳴らしながら、虚無の瞳で直哉を一瞥した。

 

「今の、少しだけ……『速い』な。でも、それだけだ」

 

 死柄木の足元から、地響きと共に巨大な崩壊が爆発する。

 

 直哉は空中で身を翻し、窓の外へ。

 

(……届かへん。今の『重』を直撃させて、首の骨一本折れへんのか。……化け物め)

 

 右手の痛み。

 

 反転術式で治癒しながらも、直哉の心には「恐怖」ではなく、狂おしいほどの「不遜な野心」が燃え上がっていた。

 

 

(待っとけよ。次は……俺の『領域』で、その解像度の低い破壊ごと、雅に固定したるからな)

 

 直哉は撤退するために走り始めた。死柄木は再生中なのか追っては来なかった。

 

エンデヴァーとミルコのいる部屋の扉を蹴り開ける。

 

「撤退しますわ。今すぐ」

 

「禪院、貴様――」

 

「崩壊が来ますわ。秒速8で。……飲まれたいんなら、勝手にどうぞ」

 

「……分かった」

 

 エンデヴァーがミルコを抱えた。三人で廊下に出る。

 

 直哉は前を走りながら、空写で崩壊の波を読み続けた。

 

(前の廊下が崩れる。3秒後)

 

「右」

 

 エンデヴァーが右の分岐に向かう。

 

(右の廊下も崩れる。5秒後)

 

「上」

 

 エンデヴァーが天井を炎で蹴破り、一階上に上がった。直哉は鏃で同じ穴を抜ける。

 

(床が崩れる。7秒後。右奥の壁が崩れる。4秒後)

 

「左の窓。今すぐ」

 

 エンデヴァーが窓を吹き飛ばし、外に跳ねた。直哉は鏃で窓枠を蹴り、空中に躍り出た。

 

 着地した瞬間、窓の内側が消えた。崩壊が追いついてきたのだ。建物の一角が粉になり、さらさらと零れ落ちる。

 

 直哉は着地したまま、崩壊の波を空写で追い続けた。

 

(……外まで来る。地を這うような不細工な波やね)

 

 地面から伝播する崩壊に対し、直哉は鏃を連続で組んだ。

 

 崩壊が来る1/24秒前の地点を空中に仮定し、連続で跳び続ける。

 

 神野の時と同じ動きだ。しかし今回は――。

 

(追いつかれへん。僕の秒速は、既に二十四葉(にじゅうよんよう)や)

 

 崩壊が来る「フレームの一枚前」に、常に自分がいる。

 

 吹き飛ばされない。

 

(あの頃の俺とは違う。不細工な余波(ノイズ)に、二度も転がされるほど僕は安くないですわ)

 

 直哉は崩壊が届かない地点まで跳び続け、そこで止まった。

 

 振り返れば、病院が、市街地が、灰色の波に飲み込まれていく。

 

 エンデヴァーがミルコを抱えたまま、直哉の横に着地した。

 

「……お前、神野を見ていたのか」

 

「はい。遠くからですわ」

 

「あの時はどうだった?」

 

「吹き飛ばされましたわ。景色の一部にされました」

 

「今はどうだ?」

「追いつかれませんでしたわ。僕のフレームの方が、よっぽど高精細(ハイエンド)やから」

 

 エンデヴァーが崩壊する病院を見た。直哉も見た。死柄木の崩壊は止まらず、市街地へ広がり続けている。

 

「……行くぞ」

 

 エンデヴァーが鋭い眼光で戦場を睨む。

 

「……ならば、ミルコはそこにいる者に託す。救護を待ち、確実に搬送班へ引き継げ」

 

 エンデヴァーが、瓦礫の陰から必死に駆け寄ってきたモブヒーロー(バーニン達の部下)を指差した。モブヒーローは怯えながらもミルコの元へ駆け寄る。

 

 エンデヴァーが言った。

 

「禪院、貴様はどうする。死柄木はすぐそこだぞ」

 

直哉は、広がり続ける灰色の波を汚い物を見るように一瞥した。

 

「……あんな解像度の低いバケモン、見てるだけで吐き気がしますわ」

 

 直哉はパチンと扇子を閉じ、歩き出す。

 

「今の俺がわざわざあの中に飛び込んで、服を汚す価値(メリット)がどこにあります? 僕は、不細工な負け戦に付き合うほどお人好しやないですさかい」

 

「……逃げるのか」

 

 

 

「……『逃げる』? 勘弁してくださいな。僕のフレームに、あんな大雑把な破壊をねじ込む余地がない言うてるんです。包丁一本で津波を捌こうとする板前がどこにおります? ……あれはもはや『敵(ヴィラン)』やない。ただの『災害』や」

 

直哉は肩をすくめ、エンデヴァーの横を通り過ぎる。

 

「目的(テスト)はもう果たしました。……あとの泥臭い『後始末』は、NO.1ヒーローさん。アンタらの仕事でしょ」

 

その言葉を背に、エンデヴァーは怒りと焦燥を孕んだ炎を爆ぜさせ、死柄木へと飛び出していった。

 

直哉は少し離れた場所で足を止め、ミルコを抱えるモブヒーローを見下ろした。

 

(……モブに任せとけばええ。俺がわざわざ、他人の標本(ミルコ)を運ぶ荷物持ちまでする義理はないわ)

 

直哉は空写を全開にし、迫りくる崩壊の「1フレーム前」の空域を正確に踏み抜きながら、涼しい顔で戦場を離脱していく。

 

(……あんなボロ布。今はまだ、僕の『理』であの災害を上書きする準備ができてへんだけや。……待っとけよ。次会う時は、僕の領域(せかい)に強制的に固定して、塵一つ動けんようにしたるからな)

 

 直哉は一度も振り返ることなく、朝日が昇り始めた路上へと降り立った。

 

 パチン、と扇子を広げ、煤ひとつ付いていない袖を振り払った。

 

 

 

夜が明けた。

 

 病院の跡地からは、今もなお「死」の残り香のような崩壊の煙が立ち上っている。

 

 死柄木は撤退した。そして入れ替わるように、荼毘がエンデヴァーの長男であるという衝撃的な告白が、すでにネットの海を濁らせ始めていた。

 

直哉は、喧騒から切り離された遠くの路上で、携帯の画面を無機質に眺めていた。

 

(……来たな。ドブカスが、自分以上のドブを世間にぶちまけよった)

 

 おおよそではあるが、かすかに覚えている原作通りの展開。

 

 エンデヴァーという虚像への批判。ヒーロー社会そのものへ向けられる疑念の刃。

 

 しかし、そんな泥沼の群像劇など、今の直哉にはどうでもよかった。

 

 携帯を閉じ、扇子を取り出す。

 

 パチン、と小気味よい音を立てて開き、朝の空気を顔に導いた。

 

(……今夜の収支や)

 

 ハイエンド五体、処理完了。

 

 ミルコという標本(コレクション)の、最低限の品質保持。

 

 そして何より、死柄木の「崩壊」に一度として追いつかれなかったという事実。

 

(……けど、まだ足りへんな)

 

 直哉は、足元の砕けた地面を見下ろした。

 

 かつて世界を規定していた理(ことわり)が、無残に分解された跡。

 

(死柄木には届かへんかった。AFOには、まだ遠い)

 

 その事実を、直哉は敗北ではなく「未完成」として受け入れた。

 

 一度閉じた扇子を、今度はゆっくりと開き直す。

 

(……神野では無様に地面を転がり続けとった。けど今夜は――一度も、土ひとつ付かへんかったわ)

 

 それだけの話。

 

 神野の「景色の一部」に過ぎなかった自分が、今や災害の最前線で「自分の理(フレーム)」を刻み込めるまでになった。その確信だけで、今は十分だった。

 

「……AFO」

 

 誰もいない路上で、その名を小さく、毒を孕んだ声で呼んだ。

 

「まだ出てこーへんのか。……待っとけよ。アンタの理屈、俺が全部塗りつぶしたるからな」

 

 返事はない。

 

 あるのは、崩壊の煙を透過して届く、冷ややかな朝日の光だけ。

 

「……次や」

 

 直哉は再び扇子を仰いだ。

 

 蛇腔市の空は、白く、高く、直哉の「高精細(ハイエンド)」な野心を祝福するように透き通っていた。

 

 

 




第三十五話をお読みいただきありがとうございます。
直哉にとっての「リベンジ」は、敵を倒すこと以上に「自分のペース(フレーム)を乱されないこと」にありました。

ハイエンドを粉砕し、死柄木の崩壊からミルコを連れて生還する。
客観的に見れば大金星ですが、直哉にとっては「死柄木に届かなかった」という事実こそが、次なる「領域」への渇望を加速させる燃料となります。

次回、第三十六話。崩壊した街とヒーロー社会の終焉を前に、直哉はどう動くのか。
引き続き、ドブカスな彼の躍進をお楽しみください。

※今回獄の番をバンバン使用していましたが、完成時のお披露目会だったので多用しました(演出上の関係で)、後は前回の修行会を見ても分かるように、相当数獄の番をする特訓を繰り返していたため、一発撃つ程度では疲弊せず、普通に数発打てるほどに耐性を得ています。
個性体質の頑丈な体(今世)の体質も影響しているかと思います。
修練の合間に直哉は体も当然鍛えているので、体の耐久性、頑丈さや、獄の番を撃つだけでは疲弊しにくくなっている理由になっています。
呪力、術式と個性体質の細胞が混じっているのがうまいこと影響しているんだと認識していただければ幸いです。
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