【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
最悪の夜が明け、世界が「不細工」に歪み始める中、直哉は一人、静かに次のステージを見据えていた。
極ノ番を完成させた彼が、避難所という「泥臭い現場」で何を見、何を思うのか。
直哉の次なる一歩――「領域」への胎動が始まります。
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!
蛇腔市の一報は、翌朝のホームルームが始まる前にすでにクラス全体に広まっていた。
廊下から聞こえる声。スマートフォンの画面を覗き込む生徒たち。死柄木弔の覚醒。ハイエンド脳無の大量出現。ミルコの重傷。ナンバーワンヒーロー・エンデヴァーの息子が荼毘だったという暴露。
それだけでも十分すぎる情報量だが、さらにその夜、雄英一年A組の生徒の一人が現場にいたという事実は——まだ誰も知らなかった。
直哉は自分の席に座り、扇子を膝の上で静かに開閉していた。
——予定通りや。
——ただ、思ったよりクラスが静かやな。
静かというのは声がないという意味ではない。むしろざわついている。ただそのざわめきの質が、怒りでも興奮でもなく、どこか重く沈んでいた。あの夜のニュースが社会に与えた衝撃の大きさを、直哉は空写の範囲の外から——つまり表情というフィルター越しに確認していた。
「……エンデヴァーの息子が荼毘って、まじかよ」
切島が隣の席の砂藤に向かって、声を押し殺して言った。
「まじも何もニュースで流れてんだから本当だろ。つうか昨日の夜から見てたけど、あの動画……あれは本人だよな。声が」
砂藤が眉間に深い皺を作りながら答える。
上鳴が前から振り返った。
「でもさ、エンデヴァーってあの戦いで大怪我してるんだろ? ミルコも腕がやばいって。プロがあんなに——」
上鳴の声が、途中で止まる。
続きは言わなかった。言えなかったのかもしれない。「プロがあんなに傷ついた」という事実が持つ意味——それがどこに着地するか、上鳴なりに感じているのだろう。
「禪院くん」
緑谷が直哉の斜め前から声をかけてきた。声が少し固い。
「昨日の夜、どこにいたの? 連絡したのに返事がなくて…」
「寮にいたわ。少し野暮用があって忙しかったんや。」
直哉は答えた。
嘘ではない。蛇腔市から帰ってきた後は、確かに寮にいた。緑谷が連絡してきた時間帯には、もう戻っていた。ただ「蛇腔市の一件を見ていたから返事が遅れた」という説明は省いた。
緑谷は少し間を置いて、「そっか」と言った。
納得したのか、それとも何かを感じながら保留したのかは分からない。緑谷出久という人間は、人の顔色を読む能力が高い。あの反応は「信じた」というより「今は追わない」に近い。
——えらい気の利く奴やな、相変わらず。
扇子を静かに折りたたむ。
ちょうどそのタイミングで、相澤が教室に入ってきた。
相澤消太は、いつもと変わらない顔で教壇に立った。
目の下の隈が、いつもより深い気がした。昨夜眠れていないのかもしれない。それでも表情は動かない。クラスのざわめきが、彼が教壇に立った瞬間に自然と収まった。
「昨日の一件は、みんな把握してるな」
確認ではなく、前置きだった。
「ミルコが重傷。エンデヴァーも無事ではない。プロが何人か入院している。これは事実だ」
短い沈黙。
「荼毘の件については今は触れない。それはプロと社会が対処することだ。今日この場で俺が言うのは——お前たちにとって今日が普通の授業日だということだ」
「普通……って」
思わず、という感じで切島が声を上げた。
「でも先生、あんな——」
「切島」
相澤の声は荒げなかった。ただ、切った。
「プロが戦場で戦っている今この瞬間にも、学校でちゃんと学んでいる生徒がいる。それが社会の形だ。お前たちがパニックになって授業を止めることは、誰の役にも立たない」
切島は口を閉じた。反論ではなく、納得の沈黙だった。
相澤はクラス全体を一度だけ見渡した。
「ただ——」と、一拍置いた。
「今のお前たちの気持ちは、俺には分かる。それは無駄ではない。それを抱えながら、今日の授業に出ろ。以上だ」
それだけ言って、出席確認を始めた。
直哉は相澤の言葉を聞きながら、扇子を指先でゆっくりと回した。
(…ましな教師やな。呪術師(あっち)やったら『呪いになるから感情(そんなもん)捨てろ』、御三家なら『格好悪いから表に出すな』で終わりや。感情をガソリンにして走れっちゅうのは、案外……泥臭くて洗練された教育やわ)
名簿が直哉のところに来る。
「禪院」
「はい」
昼休みの食堂は、いつもより静かだった。
雑談の量が少ない。笑い声が出ても、すぐに引っ込む。スマートフォンを見ている生徒の割合が多い。昨夜のニュースが、雄英全体に薄い霧のように漂っていた。
直哉は食堂の端のテーブルに一人で座り、定食を食べていた。
切島と砂藤が向かいのテーブルに来た。
「禪院、一緒に食っていいか」
「かまへんよ」
「お前さ、なんか平気そうだよな」切島が言った。責めているのではなく、純粋な観察として。
「昨日のニュース見て、何も感じなかったのか?」
直哉は箸を置き、少し考えた。
「……俺なりに感じることはあった。ミルコが腕を失ったんは、純粋に戦力が減ったとは思ったわ。」
切島が「え、そんな……戦力の話?」と絶句するのを無視して、直哉は淡々と続ける。
「エンデヴァーがまだ戦えることはええんちゃう? NO.1ヒーローの影響は大きいさかい。ハイエンドが一晩で五体消えたことも、プラスに働いてる。今夜以降のヒーロー社会の消耗が、想定よりわずかでも少なくなった。……これだけの戦果があって、何が不満なんや?」
切島が少し眉を上げた。
「……それって、感情の話じゃなくて計算の話じゃないか?」
「そやな」直哉は素直に認めた。「俺の感情はほぼ計算と一緒ですわ。計算結果がプラスやったら、気分がいい。そういう仕組みになっとる」
(……嘘や。腕一本、僕のフレームが間に合わんかった。あの兎を「完品」で持ち帰れんかったんは、僕の計算ミスや。……計算(プラン)が狂ったんやから、気分ええわけないやろ。ボケが)
砂藤が静かに口を開いた。
「俺はプロがあんなに傷ついたことが、正直怖かった」
直哉は砂藤の方を見て、はっきり言った。
「怖いた思うのはまあ、否定せえへんよ。『解像度の低い暴力』ほど、見てて不安になるもんはあらへん。……やからこそ、こっちはもっと細かく、精密に世界を規定せなあかんのや」
砂藤が少し黙った。それから短く「そうだな」と言った。
切島が「お前ってさ、たまにすごいこと言うよな」と笑った。直哉は「普通のことを言っとるだけや」と返して、また箸を持った。
放課後、直哉が教室を出ようとした時、緑谷が声をかけてきた。
「ちょっといい?」
廊下の端。他の生徒が帰っていくのを待ってから、緑谷は少し低い声で言った。
「もう一度聞くけど、昨日……ほんとに寮にいたの?」
直哉は緑谷を見た。
緑谷出久の目は、嘘を見抜くためではなく、心配するために向けられていた。責める気配がない。ただ確認したい、という目だ。
「さっきも野望があったって言うとるやん。戻ってからは、寮にいたんや」
「戻ってから……」緑谷が繰り返す。「じゃあ、戻る前は?」
直哉は少し間を置いた。
「…蛇腔市に行ってたんや」
緑谷の目が大きくなった。
「……え? 一人で?」
「一人で。ハイエンド脳無を確かめにな。今の自分の実力がどこまで通用するか確認したかったさかい」
「それって——」緑谷が言葉を選ぶように口を動かした。
「連絡なしで無断でいくなんて…それよりもまず、危なくなかった?」
「死柄木の崩壊の波はぎりぎりやったわ。せやけど逃げ切れとる。その経験のために行ったわけやさかい、収支はプラスやわ」
緑谷が深く息を吐いた。
そして緑谷が少し、顔を強張らせた。
「……禪院くん。君にとって命は、損得で計算するもの……なの?」
直哉は扇子を取り出し、パチンと音を立ててゆっくりと開いた。その動きには、緑谷の感傷を切り捨てるような冷ややかさがあった。
「当たり前や。死んだら終わりや。俺がいなくなったら、この世界の『美しさ』を完成させる者がおらんようになる。やから死なへんように、負けへんように計算して動く。それだけや」
直哉は、緑谷の瞳に宿る戸惑いを見透かすように目を細める。
「……誰かのために命を投げ出す英雄ごっこがしたいんなら、勝手にすればええ。」
緑谷はしばらく黙っていた。
直哉の言葉は冷酷だが、そこには一切の迷いがない。他者を救うためではなく、自分という存在を最高精度のまま「維持」するために戦うという、あまりにも純粋で身勝手な生存本能。
「……禪院くんは、本当に……強いね。でも、それだといつか、計算できないものに出会った時……」
「その時は、俺の術式(フレーム)で計算できる範疇に叩き落とすまでや」
緑谷はしばらく黙っていた。
「……似てるね。僕も、自分一人でなんとかしなきゃって、周りが見えなくなることがあるから。……でも、禪院くんのそれは、僕のよりもずっと……孤独で、鋭い気がするよ」
「知っとるわ。そんなこと」
直哉は扇子をパチンと閉じた。
「緑谷くんはその判断を一人で抱えすぎるタイプや。俺は計算を一人で済ませすぎるタイプや。方向は違うけど、根っこは似たようなもんやと思っとる。……反吐が出るほど、お互い可愛げがないわけや」
緑谷が少し笑った。直哉の毒舌に、不思議と拒絶ではなく「理解」を感じてしまった自分に戸惑うような、苦い笑いだった。
「……相談してくれると嬉しいんだけど。……なんて、禪院くんには余計なお世話だよね」
「善処しますわ」
直哉は廊下を歩き出した。
寮の自室に戻った後、直哉はベッドに腰かけて空写を広げた。
習慣だ。一日の終わりに空写を使って、自分の術式の状態を確認する。
鏃——問題なし。
空写——問題なし。
零駒——問題なし。
落花の情——問題なし。
極ノ番——積層残影のリチャージが七割まで戻っている。完全回復まで、あと半日ほど。
反転術式——問題なし。
術式反転——未発動状態で安定。
すべてを確認して、空写を畳む。指先に残る微かな感覚が、昨夜の「失敗」を思い出させた。
——ミルコの腕。
(あと数フレーム速ければ、あの兎を「完品」のまま持ち帰れた。100点の標本を不注意で欠けさせたようなもんや。……死柄木の『不細工な破壊』に、僕の定義が一瞬でも遅れた事実が、反吐が出るほど気に入らん)
窓の外に夜の空が見えた。
——荼毘の目が、まだ頭に残っとるな。
直哉は扇子を膝の上に置いた。あの眼差しを観察として処理した、と昨日の帰り道に言った。それは本当のことだ。ただ観察として記録されたものが、折に触れて再生される。それは処理できていないということではなく——単純に、あの目の密度が高かったということだ。
一人の執念が、No.1ヒーローを揺らした。
それは計算の話であり、同時に計算では割り切れない、低解像度ゆえの不気味な熱量でもあった。
——俺が見届けたいもんは何や。
直哉は問いを立てた。即答はしない。この問いは何度も繰り返す価値があると判断しているから、急いで答えを出す必要はない。
AFOの最終手が、まだ来ていない。
死柄木弔の完成が、まだ先にある。
この社会が、どこへ向かうのかを——直哉は前世の記憶を持ちながら、それでも自分の目で確かめたかった。記憶の中の物語と、自分が生きている現実が、どこで重なり、どこでずれるかを。
——僕の二十四枚(フレーム)で、この歪んだ世界をどこまで「定義」し直せるか。
——それが、俺がここにいる理由の一つやな。
窓の外で、雄英の灯りが静かに瞬いていた。
直哉は扇子を一度だけ仰いで、目を閉じた。
消灯前、廊下で爆豪とすれ違った。
特に用があったわけではない。ただ動線が重なっただけだ。爆豪は直哉を見て、一瞬足を止めた。
その瞳には、隠しきれない苛立ちと、それ以上の鋭い観察眼が宿っている。
「ドブカス野郎、てめえ…昨日どこかに行ってたな?」
断定だった。疑問の余地すら与えない。
直哉は立ち止まった。
「なんで分かったんや?いつも頭が爆発しとる単細胞やのに」
「チッ…いちいち余計なこと言うんじゃねえよ。朝の時間に戻ってきた足音がした。深夜でもない。早朝でもない。ちょうど夜明け頃だ。……それに、一歩の置き方が昨日までよりさらに『細かく』なってやがる。神野の時とは別人だ」
——耳がええな。それとも、僕の不在が気になって眠れんかったんかな。
直哉は薄く笑みを浮かべた。
「蛇腔市や」
爆豪は表情を変えなかった。ただ、鼻から短く、熱を帯びた息を吐いた。
「一人でか」
「一人や」
「…無茶苦茶しやがる」
それだけ言って、爆豪は歩き出した。
怒っているのか評価しているのか、あるいは心配しているのか——爆豪の言葉の温度はいつも判別しにくい。ただ「無茶しやがる」という言葉には、無謀さを蔑む響きはなく、自分を置いて先に「向こう側」を見てきたことへの、剥き出しの競争心が混じっていた。
——爆豪くんは、ほんまに正直な人やな。
直哉は廊下を戻りながら、扇子をパチンと開いた。
「それは褒め言葉として受け取ったるわ」
爆豪は振り返らなかった。
「…そうかよ……勝手に独断で動きやがって、クソが」
それだけ言って、角を曲がって消えた。
深夜。直哉は起きていた。
眠れないのではない。整理する必要があるから、起きている。
ノートを開く。手書きの習慣は呪術師の頃からだ。書くと記憶の定着が違う。
今夜の整理:
蛇腔市で確認したこと——
・死柄木の崩壊速度:推定、神野比2.12倍。僕のフレームに滑り込んでくる速度。
・AFOからの力の移譲:未定着。器の完成まで猶予あり。
・荼毘の個性エネルギー:重篤な消耗。……あの執念の密度(解像度)だけは警戒。
・荼毘の目的:達成済み。これからは「個」の怨恨から「社会」への毒液へ変化。
ヒーロー社会の変化——
・エンデヴァー:ダメージ大。だがNO.1の看板は「収支」として維持させるべき。
・ミルコ:左腕欠損。
(腕一本で済んだんは、幸運やったな。空写で骨格の連続性は一応見ておいたわ。あれだけ跳ね回れる「素材」が、ゴミ箱行きにならんで済んだんは、俺にとってもプラスや。……けど、死柄木のあの大雑把な破壊(ゴミ)に僕のフレームが後手に回った事実は、反吐が出るほど気に入らん)
・社会心理:荼毘の暴露によるヒーロー不信の拡大。この「不細工な揺らぎ」は止まらない。
自分の課題——
・より実戦的な術式反転の運用。
・零駒の「現象(事象)への発動」検証。
・落花の情の「変換出力」精度の向上。
・領域展開の構築(世界を僕の型で上書きする準備)。
直哉はノートを閉じた。
——次は社会が揺れる。
——死柄木の完成まで、まだ時間があるやろな。その間に、俺はもう少し強くなれる。
窓の外に星が見えた。
扇子を開いたまま、直哉はしばらくその光を見ていた。計算でもなく、感傷でもなく——ただ事実として、今この瞬間が存在しているということを、確認するように。
第37話、お疲れ様でした。
前話の死闘から一転、静かな朝のシーンでしたが、直哉の内面では死柄木への対抗心がかつてないほど「高精細」に燃え上がっています。
「神野では15秒転がっていた」という過去を自ら振り返らせることで、彼がいかに今の自分に自信を持ち、かつ冷静に「AFO」という頂点を見据えているかを描きました。
一時間以上かけて練り上げた三十五話の熱量を引き継ぎつつ、ここから物語はさらに加速していきます。
次は、崩壊した世界を彼がどう「塗り替えて」いくのか。
引き続き、直哉のドブカスな快進撃をお楽しみください!