【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
激闘の翌朝、雄英に戻った直哉を待っていたのは、目に見える形での「要塞化」だった。
ヒーローたちが正義に悩み、クラスメイトが不安に摩耗する中で、直哉一人だけが冷徹に、次なる戦いの「設計」を始める。
呪術師としてのエゴと、要塞へと変質する日常が交錯する第38話…どうぞ!
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!
雄英高校の食堂に、朝からテレビの音が流れている。
いつもと違うのは、誰も笑っていないことだ。
テーブルに座るクラスメイトたちは、箸やフォークを止めて画面を見ている。上鳴電気は黙ったままトーストをかじり、峯田実はスマートフォンを操作する手が止まっている。蛙吹梅雨は画面を静かに見つめたまま、コップを置いた。
テレビのキャスターが、落ち着いた声で現状を読み上げている。
——ヒーロー事務所の廃業届が、先月だけで全国で三十七件。
——エンデヴァー事務所へのデモが、今日も継続中。
——神野区崩壊の被害総額は、過去最大規模に。
直哉は食堂の端のテーブルで、味噌汁を飲んでいた。テレビには目を向けない。ニュースの内容はすでに分かっている。流れる順番まで、だいたい予測がつく。
——予測通りの崩壊や。
扇子を膝の上で静かに開く。
——社会が揺れる時の音は、いつもこんな感じや。静かで、でも取り返しがつかない。
緑谷出久が向かいの席に座った。顔色が悪い。昨日もよく眠れなかったのだろう。それでも「おはよう」と言う声は、ちゃんと声になっていた。
「おはようさん。緑谷くん」
「……おはよう。禪院くん」
短い沈黙。緑谷の視線がテレビに向いて、また戻ってくる。
「ねえ、禪院くん。これ……どう思う?」
「どれをどう思う、っていう話や?」
「ヒーロー事務所が閉まっていくこと。世の中が、こんなふうになっていくこと」
直哉は味噌汁を一口飲んだ。
「予測通りや」
「予測通り」
「そや。一人が全部背負うてる組織が崩れる時は、いつもこんな感じや。『最強』に甘えとった連中が、その柱にヒビが入った途端に手のひらを返す。……呪術師(あっち)の世界でも見飽きた光景やわ」
「蛇腔市の後、こうなることは分かっとった。社会がヒーローに寄りかかっとった分だけ、揺れが大きい。揺れの大きさと、戻るまでの時間はだいたい比例んやない?」
緑谷は少し黙った。
「……それって、どうしたらいいと思う?」
「さあ?」
素っ気なく言ってから、直哉は付け加えた。
「俺の仕事は揺れを読むことやないんで。揺れの中で、俺がすべきことをするだけや」
緑谷は何か言いかけて、やめた。言葉を選んでいるのが見える。こういう時の緑谷は、いつも誰かのために悩んでいる。自分のためではなく。
——あいつは本当に、この社会のことを自分事として受け取るんやな。
直哉は視線を手元に戻した。
——それがあいつの強さで、重さでもある。俺には、そういう受け取り方はできひん。
午前中の授業が終わった後、相澤から連絡が来た。
「放課後、全員集合。伝達事項がある」
それだけだった。
直哉はその短い文面を見て、恐らく合っているであろう内容を予想した。
——来たな。
放課後のホームルーム。
相澤消太は教壇に立ち、いつも通りの無表情で話し始めた。声に余分な感情がない。事実だけを積み上げていく話し方は、こういう時に一番聞きやすい。
「先日の件を受けて、雄英高校は対外セキュリティを大幅に強化する。今後は保護者以外の外部者の敷地内立ち入りを原則禁止。校内の防衛システムも段階的に増強される。セメントスが設計した新しい外壁も、今週中に追加される予定だ」
クラスに静かなざわめきが広がった。
「それと、当面の間は課外活動の制限を設ける。インターンや自主訓練で外出する際は、必ず事前に届け出ること。単独での深夜外出は禁止する」
「先生」
飯田天哉が手を挙げた。
「外壁の強化とは、具体的にどの程度のものを想定していますか?セメントス先生の個性によるものであれば、相当の防衛力が期待できますが——ヴィラン連合の侵入を完全に防ぐことは、現実的に可能なのでしょうか?」
「完全に防ぐことが目的ではない。侵入があった場合に即座に察知し、対応する時間を稼ぐのが目的だ」
「なるほど。つまり——」
「完璧な防衛は存在しない。ただし、対応できる余裕を作ることはできる」
(合理的やな。俺の二十四枚(フレーム)も一緒や。一秒(完璧)は止められへん。一秒を二十四分割して、その隙間で『対応する余裕』を奪い合う。……壁も術式も、結局は時間稼ぎの道具に過ぎんわ」)
飯田は頷いた。納得した顔ではなく、受け入れた顔だった。
直哉は内心でそう吐露しつつ、窓の外を見た。青い空の向こうに、すでに工事の音が聞こえていた。
——この学校が要塞になっていく。
——原作通りや。でもこうして実際に聞くと、少し重さが違う。
「質問のある者は?」
相澤が見回す。何人かが手を挙げかけて、止める。聞きたいことはあるが、何を聞けばいいか分からない——そういう顔だ。
直哉は手を挙げなかった。
翌日の昼休み。
直哉は校舎の外周を歩いていた。
セメントスが作った新しい外壁は、まだ作業途中だった。灰色のコンクリートが、昨日よりも高く積み上がっている。重機は使っていない。セメントスが直接、個性で形を整えていく。見ていると、壁というより地形が変わっていくように見える。
——分厚い。
直哉は立ち止まって、壁に手を触れた。
冷たい。
硬い。
——この壁の中に俺たちは住んどる。これが守りになるのか、檻になるのかは、立場によって違う。
「禪院!」
後ろから声がした。
振り返ると、切島鋭児郎が立っていた。昼飯を食いに行くのか、弁当箱を手に持っている。
「外壁、見てたのか?」
「見とったわ」
「でかくなったよなあ」切島は壁を見上げて、少し目を細めた。「俺さ、なんか……学校が変わったなって気がして。同じ場所なのに、違う場所になってるみたいな」
「そうやな」
「禪院は、どう思う?」
直哉は少し考えた。
「変わっとる、とは思うわ。ただ、変わるべき時に変わっとる、という見方もできる」
「変わるべき時…」
「この状況で変わらんかったら、そっちの方が問題や」
切島はしばらく壁を見ていた。
「そっか。……でも俺はさ、なんか悔しいんだよな。こんなふうにならなきゃいけなくなったことが」
直哉は切島の横顔を見た。
真っ直ぐな目だった。怒っているわけでも、泣いているわけでもない。ただ、悔しいという感情がそのまま顔に出ている。こういう感情の出し方を、直哉は持っていない。
——悔しい。
——俺も、ないわけやないけどな。
「切島くん」
「ん?」
「悔しいと思える方が、俺よりよっぽどまともなんちゃうか?」
切島は少し面食らった顔をした。それから笑った。いつもより控えめな、でも本物の笑顔だった。
「禪院がそういうこと言うの、珍しいな!…禪院はそう言うのは感じないのか?」
「……俺もないわけやないけどな。俺の場合は、守れんかった正義が悔しいんやない。……自分の計算(フレーム)が敵の暴力に競り負けたことが、反吐が出るほど悔しいだけやわ」
「…そっか」
「…そうや」
それ以上何も言わず、直哉は淡々とその場から遠ざかっていった。
夜。
直哉は屋上に出て、一人で座っていた。
扇子を閉じて、膝の上に置く。目を閉じる。
空写を、静かに広げる。
校舎の中に、気配がある。一階の廊下に夜警の先生が一人。三階の角部屋で上鳴が何かを食べている。食堂に緑谷の気配——また夜遅くまで起きている。五階の角部屋は轟。明かりがついている。眠れていない。
直哉は空写の範囲を少し広げた。
校舎の外。外壁の向こう。
夜の空気の中に、車の気配。遠くに人の動き。ヒーローのパトロールが、いつもより多い。
——緊張しとる。街全体が。
——この感じは、しばらく続く。
直哉は空写を静かに戻した。
目を開く。空に星が出ていた。
ノートを取り出して、今夜の数字を書く。
空写の到達距離:現在約二百メートル。目標は五百メートル。精度よりも先に、まず距離を伸ばす。距離があれば、早期察知に使える。察知ができれば、設計に組み込める。
——この社会の変化は、俺の練習環境の変化でもある。
——緊張した空気の中の方が、感知の精度は上がる。逆説的やけど、これは使える。
(街に満ちとる不安や恐怖。これほど呪術師にとって使い勝手のええ舞台装置はあらへん。……空写を広げるほど、ピリついた『負の気配』が僕の感覚を研ぎ澄ましてくれるわ」)
ペンを置く。
——誰かに言ったら、怒られそうな考え方やな。
直哉は自嘲気味に、それでいて隠しきれない愉悦を滲ませて、口元を歪めた。
翌朝。
授業前の廊下で、直哉は麗日お茶子とすれ違った。
「あ、禪院くん。おはよう」
「お茶子ちゃん、おはようさん」
麗日は少し立ち止まった。笑顔だが、目の奥が疲れている。
「なんか、最近ニュース見るのがきつくなってこないかな?見なきゃとは思うんだけど…」
直哉は歩みを緩めた。
「無理に見なくてもええんちゃう?」
「でも、知っておかないといけないことって、あると思うんよ」
「知っておくことと、全部受け取ることは別の話や」
麗日は少し考えた顔をした。
「……どういうこと?」
「……感情まで全部引き受けてたら、動けなくなる。見るなら、設計の材料として見る。自分が『完品』のままでおるために、どの情報を削いで、どの情報を利用するか選ぶんや。……お茶子ちゃん。自分を摩耗させてまで拾う必要のないゴミ、抱えすぎやで」
麗日はしばらく黙った。
「禪院くんって、そういうふうに考えてるんだね」
「性格の問題もあるんさかい。全員に向いてる話ではないわ」
「……なんか、変なこと言うようだけど」麗日は苦笑した。「そういう考え方、今の私にはちょっと助かるかも」
麗日はしばらく黙った。
「それは良かったわ。少しは気が楽になったんとちゃう? その立派な胸に、余計なもんまで抱え込んで疲れとったんやろ」
「……えっ? ……む、胸……胸ぇ!?」
麗日は、つい先ほどまで少し救われたような気持ちになっていた自分を殴りたくなるほどの、ストレートなセクハラに顔を真っ赤にして動揺した。
そんな様子をこれっぽっちも気にせず、直哉は涼しい顔で歩き出した。
——麗日お茶子は、感じたことを全部背負おうとする。それはあの人の強さやけど、今みたいな時には重荷になる。
——でも、そういう人がクラスにいることは、俺みたいな設計型の人間には必要なもんでもある。
——バランスや、たぶん。
その夜も、直哉は起きていた。
ノートを開く。
今週の整理:
雄英の変化——外壁増強、外出制限、セキュリティ強化。これは今後も続く。学校全体が要塞としての機能を持ち始めている。
(…外壁か。物理的な障壁には限界があるけど、僕の理(ルール)で空間そのものを塗り潰せるようになれば……。……『領域』の構築、急がなあかんな)
クラスの状態——疲労が蓄積している。蛇腔市の後、誰も完全には戻っていない。それでも朝食堂に集まって、授業を受けて、笑える者は笑っている。この粘り強さは、俺には正直に言えば驚きがある。
社会の動向——ヒーロー不信は拡大中。事務所閉鎖が続いている。ただし、これは全員がヒーローを見捨てたということではない。不信と、それでも期待するという感情は、同時に存在する。
自分の課題——空写の距離拡張。精度の維持。零駒の応用範囲。術式反転の実戦化。
直哉はペンを置いた。
窓の外で、風が吹いていた。新しい外壁が、暗がりの中に灰色の輪郭を作っている。
——これが今の世界の形や。
——俺はこの中で、俺のすべきことをする。
それだけや、と直哉は思った。
それだけで、今夜は十分だった。
三十八話をお読みいただきありがとうございました。
今回は、直哉の「クズな本性」と「呪術師としての圧倒的なストイックさ」の両面を描きました。
麗日へのアドバイスは本質を突いていますが、最後の一言で台無しにするのが彼らしいリズムです。
学校が要塞になる一方で、直哉の精神もまた「領域」という名の城を築こうとしています。
ヒーローたちの「正義」と、直哉の「美学」。その断絶が広がるほど、彼の異質さが光る回になりました。
直哉の言い回しや考えがビビっと刺さった方は乾燥、評価付与、お気に入り登録などぜひお願い致します!直哉も増長してどんどんドフカスになります!