【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
病院と学校、離れた場所にいる二人の間を繋いだのは、一通の無記名の封筒でした。
「生きてるか」「ヒーローになるのか」。
ミルコの放つ、弾丸のように鋭く、剥き出しの言葉たち。
それに対し、直哉は自身の術式や内面を、かつてないほど正直に(彼なりの矜持を保ちつつ)綴っていきます。
戦いの中でしか結べない絆と、手紙という静かな対話。
直哉が「試しに来た」という建前の奥に隠していた、微かな、けれど確かな「本音」が明かされます。
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
評価付与や感想は直哉の投射呪法に磨きがかかり、あっち側への渇望をより強くします!
直哉が封筒を受け取ったのは、雄英に戻って六日目の朝だった。
寮のポストに差し込まれていた。差出人の名前はない。ただ、消印と筆跡で分かった。広島の病院から来た手紙だ。
——ミルコか。
直哉は封筒を持ったまま、廊下に立ち止まった。
差出人を書かないのは、あの人らしい。「私からだと分かるだろ」という省略が、文字を書く前からにじみ出ている。蛇腔市の地下でも、遠慮がなかった。それだけだった。
インターンで初めて事務所に行った時もそうだった。「入れ」の一言だけで迎えて、翌日からいきなり実戦に放り込んだ。説明も段取りも前置きもなかった。それでも何かを盗めるなら盗め、という空気が全身から出ていた。三日間、直哉はミルコの背中を見ながら走り続けた。
あの三日間で拾ったものが、今の直哉の術式の土台の一部になっている。
——ミルコの速度から下される肉体挙動は、参考になる部分も多かったわ
廊下の冷たい空気の中で、直哉は封筒を持ったまま少し考えた。
それから部屋に戻って、封を開けた。
中の便箋は一枚だった。
**禪院へ**
**生きてるか。**
**腕の義肢がついた。リハビリ中だ。蹴りはすでにできる。走りはもう少し先。**
**お前のことが気になってる。**
**ヒーローになるのか。**
**—— ミルコ**
直哉は便箋を三回読んだ。
——「生きてるか」が最初の一文か。
蛇腔市の地下で、ミルコがわずかなやり取りで言った言葉を思い出した。
「……禪院」「はい」「生きてたな」「お互いに、ですわ」
——あの時と同じ感覚の手紙やな。余計なことを一切書かへん。
直哉は机の引き出しから便箋を取り出した。返事を書く。それだけのことは、できる。
便箋に向かって、直哉はしばらく止まった。
「ヒーローになるのか」。
シンプルで、答えにくい。直哉が今まで自分の中でも決着をつけていない問いを、ミルコは一行で投げてくる。インターンの時もそうだった。三日目の夜に「お前は何を盗みに来た」と聞いてきた。答えに詰まると「答えが出たら教えろ」とだけ言って、次の話に移った。
——正直に書くしかないわ。
——誤魔化せる相手やないし、そもそも誤魔化す気もあらへん。
直哉はペンを走らせた。
**ミルコへ**
**まずは報告を。俺は生きとります。蛇腔市の後、雄英に戻りました。体の損傷は自分の個性で治しました。今は問題なく動けますわ**
**「ヒーローになるのか」という問いへの答えは、まだ出ていません**
**ヒーローになりたいと思っとったことは一度もないです。せやけど、ヒーローにならないとも決めとりませんわ。今の俺にはそれだけしか言えません**
**腕の義肢がついたこと、よかったと思っとります。蹴りができるなら、走りもすぐ戻ると思いますわ。インターンの時に見たミルコさんの脚の速度。あれは、俺が今まで規定してきた二十四枚(フレーム)の中で、最も『正解』に近い動きやった。あの速度だけは、僕の設計を追い越そうとしとった気がしますわ**
**—— 禪院直哉**
書いてから読み直した。
——「最も」は余計やったかもしへん。
それは、否定のしようがないミルコの強さに対する、直哉なりの「敗北の記録」でもあった。
事実やからこそ、直哉はその強さ自体には一定の評価を置いている。歪んだ自尊心よりも先に、美意識が「書け」と命じたのだ。
封筒に入れて、翌朝ポストへ持っていった。
返事は一週間後に届いた。
今度は差出人が書いてあった。「兎山」とだけ。
** 禪院へ **
** 「ヒーローになりたいと思ったことは一度もない」か **
** 正直だな。気に入った **
** ヒーローになりたくてなったやつが全員いいヒーローかっつったら、そうじゃねェだろ。理由なんてなんでもいい。動いた時に誰かを守れるかどうかだ **
** お前は蛇腔で動いたじゃないか。私の腕が片方だけでも残ったのは、お前が来たからだ。そいつはもう答えの一部だろ **
** インターンの時から気になってたんだよ。あの動き方、あの読み方。個性とは違う何かを使ってるのは分かってた。聞かなかったけどな。盗む気があるなら教えるし、ないなら別にいい、と思ってたから **
** お前は結局何を盗んでいったんだ **
** —— ミルコ **
直哉はその手紙を、三回読んだ。
——「私の腕が片方だけでも残ったのは、お前が来たからだ」
——そう言うんか、この人は
感情の整理が少し追いつかなかった。直哉にしては珍しいことだった。
蛇腔市の地下で、ミルコの傷口に反転術式を当てた瞬間のことを思い出した。左腕の断面。感染を遅らせるために正の呪力を薄く展開した。完全に治したわけではない。でも、骨と肉が残った。義肢を繋ぐための「設計の余地」を、あの日、俺の手で無理やり残したのだ。
——あの時俺がいなかったら、ミルコの腕は根元から消えてなくなっとった
——それは俺が一番分かっとる。でも、それを「お前が来たからだ」と、こんなに不純物のない言葉で返されるのは——
扇子を開いて、少し仰いだ。
——こういう人は、正直に言えば苦手や。いや、苦手というよりは——僕の設計(ものさし)では測りきれへんから、慣れてへん
「お前は結局何を盗んでいったんだ」という問いに、直哉はしばらく向き合った。
** ミルコへ**
** 「お前は結局何を盗んでいったんだ」という問いへの返答です**
** 盗んだのは「戦いに恋している人間の動き方」ですわ **
** インターンの初日に思っとりました。ミルコにとっては、戦うことが呼吸なんやな、と。戦うために生きているのではなくて、生きていることと戦っていることが同じ形をしとる。俺にはそういう感覚がないですわ。せやけど見ることはできた。 **
** 「落花の情」という技をインターン前に元々作っとりました。相手の力を受け流して別の軌道に乗せる技です。ミルコの戦闘スタイルから、の落下の情使用時のより良い体の動き、相手の捌き方の着想を得とります。今でもよく使用しとりますわ **
** 「おおきに」とは言いません。盗んだのはあくまで俺の意志なんですわ。せやけど、役に立ったことは伝えておきたかったとは思っとりました **
** —— 禪院直哉 **
書き終えてから、直哉は少し考えた。
——「おおきにとは言いません」は正確やろか
——いや、正確や。手紙でも言及したが、あくまでも盗んだのは俺の意志や。感謝という受動的な言葉を使うのは、僕の設計(プラン)には含まれてへん
でも「役に立ったことは伝えておきたかっとは思っとりました」というのも、紛れもない事実だった。
——利害と自尊心、この二つが矛盾なく同時に成り立つということを、僕は今初めてちゃんと言語化した気がするわ。
封筒に入れた。
また一週間後。
** 禪院へ **
** 「戦いに恋している人間の動き方」か **
** うまいこと言うな。自分でも思ってなかったけど、言われてみりゃそうだな**
** 「落花の情」ってのは渋い名前だな。インターンの鍛錬時の曖昧に言ってたまだ精度が粗かった、って言ってたやつか。私から少しでも動きが盗めたのならやるじゃねえか。褒めてやるよ **
** 「おおきには言わない」でいい。私もそういうたちだから分かる。でも——お前が来たことは、私にとってはシンプルにプラスだった。それだけは言っとく。 **
** 一個聞いていいか。 **
** 「術式反転」ってのは一体何なんだ。この名前は相澤から聞いた。個性の応用か?…蛇腔で傷口を塞いだやつだろ。あの時、お前は俺の断面に触れないで何かをした。個性って感じじゃなかったけど。 **
** —— ミルコ **
直哉は手紙を読んで、止まった。
——来た
——いずれ来ると思っとった
ーー術式反転…蛇腔市で使った、投射呪法を反転して使うその技。その場で見ていたミルコが気づかないはずがない。インターンの時から「個性とは違う何かを使ってるのは分かってた」と看破していた人や
(順転が『1/24秒で動く』なら、その逆(反転)は**『1/24秒で止める』**こと。僕が正の呪力を流し込んだ空間は、僕のフレームに縛られて、瞬き一つ許されへん標本室(空虚)になるんや…一応これが概要になるわ…せやけど)
——どう答えるか
直哉は窓の外を見た。
世間やプロヒーローには「投射強化」という偽りの名で説明を通す——それが僕の描いた設計(ルート)だった。でもミルコへの返答には、それだけでは片付かない「層」がある。
——ミルコはインターンの時から、僕の奥底にある「異物」に気づいとった。それでも「聞かなかった」というのは、野性ゆえの敬意やったんやろ
——嘘をついても、たぶんミルコの直感は掠りもしない。でも、すべてを曝け出すのも俺の美学(プラン)には合わへん
直哉はペンを取った。
** ミルコへ **
** 「術式反転」についてや、それに関連する事柄はあまり口外できへんことなんで秘匿でお願いしますわ**
** 俺の力は、負のエネルギーである「呪力」が源です。それをうまく使って個性に応用したんが術式反転と呼ばれとります**
** 蛇腔市でミルコの傷口に流し込んだのは、その元は負…「正」技の力の一部ですわ。俺の「速さ」を反転させた、対象の時間を1/24秒で固定する「停止」の力です。壊れた肉体を繋ぎ止めるために本来の体の骨格などの切り口を固定しました **
** そして、この正の力を治癒に利用するのが、俺がインターン時に体が無傷だった理由……「反転術式」になりますわ。通常は破壊にしか使えへんけど、負と負を掛け合わせることで「正のエネルギー」を生む技術があります。 **
** 最後に改めて、「あまり口外できひん情報なんで、秘匿しといてください」という返答で申し訳ないですが、今の僕に開示できるのはこれが限界ですわ**
** —— 禪院直哉 **
封筒に入れて、翌朝ポストに持っていった。
——嘘はついてへん。でも、すべてを渡したわけでもない
「負と負を掛けて正にする」なんて理屈、この世界の住人には理解しがたいバグみたいなもんや
それにクラスメイトや相澤先生、オールマイト以外にミルコにだけ「個性ではない」と認めてしまった事実は、僕の設計(プラン)にどう影響するんやろか
——ミルコに全部を話す日が来るとしたら、それは俺が「あっち側」に完全に辿り着いた時や
扇子を膝の上で開く
廊下の空気が冷たかった。季節の移り変わりを感じさせた。
——早く、もっと上に行かな。この程度の「特別」で満足しとる暇はないわ
三日後に返事が来た。今までで一番早かった。
** 禪院へ **
** 分かった。聞きすぎた**
** 「詳細は秘匿してください」なら無理には言わなくていい。信頼してる相手に秘密があっても、私は別に怒らねェ。 **
** ただ一個だけ言っとく。 **
** お前が蛇腔に来た理由が「試しに来た」だけじゃないのは、私には分かってるからな**
** 「試し」だけで来るやつは、私が倒れてた部屋まで来ない。 **
** リハビリが終わったら連絡する。 **
** —— ミルコ **
直哉は手紙を読んで、しばらく動かなかった。
——「試しだけで来るやつは、私が倒れてた部屋まで来ない」
——そう言うか、ミルコは
扇子を開いた。ゆっくりと、思考をなぞるように仰ぐ
——俺は「試し」に来た。それは純然たる事実や。術式の運用がこの世界に適応し始めたさかい、実戦の極限状態でその「精度」を確かめたかった。それは嘘やない
——せやけど——
蛇腔市の地下、死臭と血の入り混じったあの閉鎖空間を、直哉は思い返した。
空写を広域展開しながら、最速の設計で廊下を走った。脳無を「積層残影」で処理し、その最深部、瓦礫の向こう側にミルコの気配を感じ取ったあの瞬間。
——あの時、僕は何を「設計」しとったか
——「まだ消えてへん」と思ったことは、確かや。あの強烈な光のような気配が残っとることに、安堵に近い感情があった
——それは、技術の試行(テスト)とは別の層(レイヤー)にある話や
窓から外を見た。空が、燃えるような朱色に染まっている。夕暮れだ。
——ミルコの「読み」は、戦場だけやない。手紙の行間さえも、迷いなく踏み込んでくる
——……ほんま、正直すぎて眩しい人やわ
直哉は便箋を引き出しにしまった。返事はもう少し、この熱が冷めてからにする。今夜は少し、自分の内側を整理する必要がある。
——「試しに来た」だけやなかったという事実を、僕はどこまで僕自身の自尊心(プライド)に許容してええんやろな
——あの人が生きとって良かった、と……そんな「人間臭い」ことを、僕は確かに思ってしもたんや
——それを手紙に綴るかどうかは、また別の話やけど
扇子を、パチンと静かに閉じた
翌日の夕方、直哉は返事を書いた。
** ミルコへ **
** 「試しだけで来るやつは、俺が倒れてた部屋まで来ない」**
** その点は確かに否定できひんわ **
** それ以上のことは、今は書けません**
** リハビリがうまくいくよう、待っていますわ。連絡も待っとります**
** —— 禪院直哉 **
封筒に入れてから、直哉はしばらく机の前に座っていた。
ーー助けたかった、なんて。そんな薄ら寒いヒーローごっこ、僕の柄やないわ。
ただ、ミルコがあんな地下で泥にまみれて消えるんは、俺の『設計(プラン)』として最高に美しくない
稀少な本物は、本物に相応しい場所で、最後まで僕を震わせてくれなあかん。
だから、あれは……そうや、俺が俺でために、ミルコの価値を守っただけのことや
窓の外に夜が来ていた。
吸い込まれるような闇の中に、星が一つ、凛として見えた。
扇子を開いて、夜の静寂をなぞるようにゆっくり仰ぐ。
——手紙というのは、ほんまに不可解で、不思議なもんやな
——面と向かっては絶対に言えへんことが、紙の上やと零れ落ちてしまうんやろか…
——それが俺の設計(プラン)にとって良いことかどうかは分からへんけど——今夜ばかりは、これでよかったと思いたいわ
風が窓を叩き、秋の気配を運んできた。
直哉は、余韻を断ち切るように扇子をパチンと閉じた。
第39話をお読みいただきありがとうございました。
今回は、直哉にとっての「師」であり「戦友」でもあるミルコとの、一ヶ月に及ぶ文通を描きました。
直哉は「感謝は設計の外にある」と嘯きますが、ミルコの「生きててよかった」という直球の言葉に、彼にしては珍しく言葉を詰まらせ、沈黙します。
特に、「試しに来ただけじゃない」と見抜かれた際の動揺は、彼が少しずつこの世界の住人と「魂」のレベルで交わり始めている証拠かもしれません。
「ヒーローになりたいと思ったことは一度もない」
その言葉の真意と、ミルコが認めた「答えの一部」。
手紙を通じて自分の輪郭を再確認した直哉が、次にどのような一歩を踏み出すのか。
リハビリを終えたミルコとの再会の日を、ぜひ楽しみにお待ちください。