【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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雨に濡れた路地裏、ボロボロになった「主人公」の笑顔。
 その無様な輝きを目の当たりにした時、観測者の設計図にわずかな亀裂が走った。
 転生者・禪院直哉。

 前世で「止めること」を構造として生きてきた男が、今世では「止めないこと」を選択する。それは救済でも信頼でもない。少年の物語を、少年の意志で完結させ、その頂点を自らの力で捩じ伏せるための、極めて独善的な「再設計」だった。

 雄英を去った緑谷出久と、彼を追わずに「空写」で見守り続ける直哉。

 二十二日間に及ぶ孤独な観測の中で、直哉は自らの内側に潜む、計算外の感情と対峙することになる。これは、冷徹な観測者が己の「格」を証明するために、あえて矛盾と執着を飲み込んでいく、夜明け前の記録である…とそれっぽく前書きを!では本編をどうぞ!

キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
評価付与、感想は直哉のあっち側への渇望が強くなり、より強く高みを目指すきっかけになります!
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※一応オリジナル設定として。空写の射程距離外での様子を読み取ろうとすると、相手のおおまかな方角と生死(肉体情報)くらいはざっくりと読み取れる…と言った感じですね。



43話:黒デク編「不干渉の理由・自問」

翌朝、直哉は早く目が覚めた。

 

 四時半だった。

 

 外はまだ暗かった。寮の廊下に人の気配はない。誰も起きていない。

 

 直哉は天井を見たまま、しばらく動かなかった。

 

 昨日のことを考えていた。

 

 緑谷との路地での三十分。削れた気配。治した右腕。「やめなくて良いから」という疲れた声。

廃れ切ってしまった状態で見せたあの笑顔。

 

 扇子を手に取った。開かない。天井に向けて、ただ持った。そしてその腕を少し震わせた。

 

 ——なぜ止めなかったのか。

 

 その問いが、昨夜からずっと頭の中にある。

 

 ——止めなかったのは正しかったのか。

 

 直哉は目を閉じた。

 

(…チッ…なんでこないなことで俺が時間を取られなきゃいけないねん。緑谷くんに必要以上に干渉せえへんと決めてる以上、深く考えても意味ないやろが…)

 

直哉は内心でそう呟きつつ、扇子を懐に一度しまって、着替えの準備を始めた。

 

 

起き上がった。

 

 ノートを開いた。昨日書いた記録の下に、新しいページを開く。

 

 ペンを持った。しかし書かなかった。

 

 (緑谷くんを止めなかった理由、か)

 

 口で説明するなら簡単だ。昨日、緑谷に言った通りのことを言えばいい。

 

「自分の意志で決めた行動を外から止めることはできない」。それは本当のことだ。

 

 でも、それだけか。

 

 (それだけやない)

 

 直哉は窓の外を見た。空がようやく少し白くなり始めていた。夜明け前の、青みがかった暗さだった。

 

 (誰かの物語を止めた経験が、俺にはないわけやない)

 

忌々しい、前世の記憶が脳裏をよぎる。

 

 禪院という歪な家の中で、俺は数え切れんほど「止めて」きた。女が術師として振る舞うことを。女が家の外で息を吸うことを。止めることが正義であり、それが世界の構造(ルール)やと信じて疑わんかった。

 

(あの時の俺は、止めることを設計として組み込んどった。……不細工な話や。狭い井戸の中で、自分より弱い奴を型にはめて悦に浸っとっただけやからな)

 

(今の俺が緑谷くんを止めないのは、そんな安い理由やない。最高に物語が盛り上がるところを、それより圧倒的な力で捩じ伏せて俺の道にすることや……。ここまで強くなった俺が『あっち側』へ至るための……筋書きとして『物語(げんさく)』を再設計するんや。あいつの絶望も、希望も、全部俺の覇道を飾るための彩りに過ぎひんのやからな)

 

直哉は内心でそう冷酷にほくそ笑んで、未練なくペンを置いた。

 

 

 ——では何の問題か。

 

 直哉はしばらく考えた。

 

 考えながら、空写を広げた。習慣だ。緑谷の気配を確認する。南、やや東。昨夜より少し動いている。生きている。

 

 (生きとる)

 

 その確認をした瞬間に、直哉は少し気づいた。

 

 (俺は毎朝これをやっとる)

 

 二十二日間。緑谷が雄英を去った夜から、一日も欠かさず空写で気配を確認している。

 

 ——なぜ確認するのか。

 

 「死にそうになったら助ける」という設計があるからだ。それは本当だ。

 

 でも——それだけか。

 

 (せやけど…それだけやないな)

 

 直哉は扇子を開いた。

 

 仰ぐ。

 

 (俺はあいつが生きているかどうかを、毎朝確認せずにはいられない…「この物語の主人公」である緑谷くんを…)

 

それは単なる設計ではなかった。

 

 

 

翌日の昼休み。

 

 直哉は食堂の端のテーブルで、一人で飯を食いながら、昨夜の問いの続きを反芻していた。

 

 なぜ、止めなかったのか。

 

 緑谷出久が雄英を去ると決めた夜、直哉は正門の前に立っていた。緑谷の背中が夜の暗がりに消えるまで、ただの一歩も動かず、一言も引き止めず、同行すら申し出なかった。

 

 (緑谷くんが自分の頭で考えて、自分の意志で決めた。……ハッ、そないなことは分かっとる。正門であいつに吐いた言葉や。「お前が決めたことや。俺には止める権利はない」。あの時は迷わんかったし、今も後悔なんて一ミリもしてへん。ただ——「なぜ権利がないと判断したのか」を、俺自身の設計図に書き込もうとしとるだけや)

 

 直哉は箸を置き、懐から扇子を取り出した。開くことすら億劫で、ただ手の中で転がす。

 

 (「権利がない」……。そんな殊勝な言葉を俺がどこから引っ張ってきたんやろな。

 前世の記憶や。禪院家の次期当主として、人の生死すら設計の外側に置いてきた傲慢な記憶。感情を排して切り捨てる習慣は、あの頃に身についたもんや。

 でも「権利がない」という判断は、単なる感情の排除とは少し違う。……誰かが自分の意志で動いとる時、その動きに外側から介入することは——俺の美学における『設計の侵害』なんや)

 

 それだ、と直哉は確信した。

 

 (あいつの設計はあいつのものや。俺の設計とは別物。俺が正しいと思う方向に無理やり動かすことは、あいつの不細工な設計を俺の洗練された設計で上書きすることになる。……そんな不細工なこと、俺のプライドが許さへんわ。あいつにはあいつの地獄を、最高の形で完成させてもらわなあかんからな…どちらにせよ、原作の流れには逆らえんはずや。物語は行き着くところに行き着くだけや)

 

 「禪院、一緒に食っていいか?」

 

 切島が向かいの席にやってきた。

 

 「かまへんよ。勝手にしろや」

 

 切島はトレーを置いて座ったが、その顔には隠しきれない疲労が滲んでいた。緑谷が去ってからのクラスの空気は、鉛のように重い。

 

 「また考え事してたのか?」

 

 「してたわ。悪いか?」

 

 「いや、なんか難しいことか?」

 

 「……なんで俺が緑谷くんを止めんかったのか、という話や」

 

 切島は食べる手を止め、少しだけ表情を曇らせた。

 

 「……それって、今さら後悔してるのか?」

 

 「してへんわ。不細工なこと聞くな。設計の確認をしとるだけや。なぜ止めんかったかを言語化しておかんと、次に同じような場面になった時に判断がぶれるやろ。俺は常に完璧でありたいんや」

 

 切島はしばらく黙り込み、それから絞り出すように言った。

 

 「俺は……正直に言うと、今でも止めるべきだったと思ってる」

 

 「知ってるわ。切島くんらしい、青臭い答えやな」

 

 「……禪院らしくないな、それ」

 

 「あ?なにがや?」

 

 「なんか、優しい言い方だったから」

 

 直哉は一瞬、心底不快そうに眉をひそめた。

 

 (ハッ、優しい? お前、耳腐っとんのか。お前の判断なんて俺の興味の範疇外やから、否定する手間すら惜しいだけやわ)

 

 「……切島くんの判断を否定する気はない、と言うとるだけや。俺の判断と君の判断、どっちが正しいかなんて今はどうでもええ。どちらも間違いやない……今のところはな」

 

 「どっちも正しい、ってことか?」

 

 「どっちが正解やったかは、まだ分からん。……あいつが、どんな不細工な姿で戻ってくるかを見るまではな」

 

 切島はそれ以上何も言わず、黙々と飯を口に運んだ。

 

 直哉もまた、再び箸を手に取った。

 

 

 

その夜。

 

 直哉はノートを開き、昼間に噛み砕いた思考の残滓を綴っていた。

 

 「止める権利がない」理由の言語化:

 

 ① 緑谷出久は自分の意志で決めた。外側から介入することは設計の侵害になる。

 

 ② 止めても意味がなかった。緑谷出久は出ていくことを決めていた。止めた場合と止めなかった場合で、最終的な結果(結末)は変わらへんかったはず。

 

 ここまで書いて、直哉はぴたりとペンを止めた。

 

 (……せやけど)

 

 「せやけど」という、設計図を汚すような不純な言葉が脳裏にこびりついて離れない。

 

 (あいつが俺の知らんところで勝手に死んだら)

 

 その最悪の可能性を、直哉は今夜初めて、逃げ場のない言葉として正面から書き出した。毎夜「生存確認」という事務的な作業で誤魔化してきた。生きとる気配の残滓を読み取ることで、その先にある「無」から目を逸らしてきた。

 

 (あいつが死んだら、俺は後悔するやろか?)

 

 パサリ、と扇子を開いた。湿った夜風を仰ぐ。

 

 (……打算ありきとはいえ…後悔自体はするかもしれへんな)

 

 その答えが出るまで、思ったより時間はかからんかった。

 

 直哉は、ノートに刻まれた「後悔する」という三文字を、まるで得体の知れない呪物を見るような目で見つめた。自分の中にそんな甘っちょろい感情が残っとったことを、論理やなくて、胸の奥のざわつきとして認めざるを得んかった。

 

 (俺に後悔なんて感情があるとは、思っとらへんかったわ。前世でも、人の死を設計上の損失として処理してきた。任務で失った駒、禪院家の中で消えた連中……。それらは全部、書き直せる程度の計算ミスに過ぎんかったはずや)

 

 (でも今夜俺が感じたのは、そんな便利な損失計算やない。「緑谷くんがいなくなったら俺の計画が狂う」という損得勘定やなくて——「緑谷くんが死んだら、嫌だ」という、心の中にある力への渇望が叫ぶ、純粋な拒絶や…感覚的には甚爾くんが死んだ時に思った喪失感に近いやろな…純粋に強者として、「あっち側」にいる人間、そしてそれに近しい人を失うのは損失やと確かに思っとる)

 

 直哉はその発見を、しばらくの間、ただ持っていた。不快で、それでいて手放しがたいその感触を、すぐには設計の材料に変換せんと、じっと味わう。……そういう「不細工な時間」を必要とする感情があることを、今の自分は知ってしもた。

 

 窓の外で、夜を切り裂くような風が鳴った。

 

 直哉は、自分を律するようにノートに続きを叩きつけた。

 

 ③ ただし。

 

 「止める権利がない」という判断と、「あいつが死んだら後悔する」という感情は、矛盾しない。

 

 俺はあいつの物語に介入しない。せやけど、見ている。毎夜、空写で執拗に監視しとる。それは「不干渉」と「独占」が同時に成立しとるっちゅうことや。この二つが美しく両立する——それが、今の俺の『設計』の形や。

 

 (死なせへん。俺以外の誰かに負けたり、潰されたり、殺されるなんて、そんな不細工な幕引き、絶対に許さへんからな…)

 

 直哉はペンを置き、暗闇の中で、あいつが流す血の色を思い描いた。

 

 

二日後。

 

 昼休みに屋上に出ると、轟焦凍がいた。

 

 欄干の縁に腰かけ、無防備に空を見ている。直哉が来ても、視線を逸らすことすらなかった。

 

 直哉は轟から少し離れた場所に座る。

 

 しばらく、重い沈黙が流れた。

 

 「禪院」

 

 しばらく経ってから、轟が低い声で言った。

 

 「なんや」

 

 「なぜ助けなかったんだ。緑谷のことを。…直接見にいったんだろ?」

 

 直哉は少し考えた。その問いは、ここ数日、自分自身に何度か頭の中で反芻したことだ。

 

 「…轟くんが何処で知ったのか知らんけど…数日前に確かに様子は見にいったわ…悲惨な様子やったけどな。…俺のスタンスは基本干渉せえへん。死にそうになったら助ける。それだけや」

 

 「今は、必要がないと思ってるのか?」

 

 「そうやな。今の緑谷くんには、俺が直接会いに行って助けるよりも、一人で泥水啜って戦う時間の方が必要やと判断しとる。……ハッ、不細工な話やけど、それが今のあいつの『格』に合っとるんやわ」

 

 轟はしばらく黙った。空を見たまま、不器用そうに言葉を選んでいる。

 

 「……俺は、行くべきか迷ってる」

 

 「行きたいと思うんなら、勝手に行けばええやろ。俺も勝手に動いとるし、俺が止める理由なんてあらへん」

 

 「…禪院は様子を見に行ったんたろ?…俺には行けと言わないのか?」

 

 「物事を曲解せえへんでや…ボケとんのか。行きたいと思うんなら行け、と言うたんや。俺の判断とお前の判断、一緒にするな。住んどる世界が違うんやからな」

 

 轟は少しの間、視線を落とした。

 

 「……禪院の判断の根拠を、聞いていいか。なぜ助けない?」

 

 パサリ、と直哉は扇子を開いた。生ぬるい風を仰ぐ。

 

 「あいつの物語は、あいつのもんやからな。俺が中途半端に介入して、緑谷くんの足掻き…絶望を台無しにするんは不細工やろ」

 

 「……それだけか?」

 

 「それだけや。……せやけど」

 

 「けど?」

 

 「毎晩、空写で生存確認はしとるよ。どこで、どんな無様な姿を晒しとるか……特等席でな」

 

 轟はそれを聞いて、驚く風でもなく、ただ静かに頷いた。

 

 「……知ってた」

 

 「は?…なんや?」

 

 「なんとなく、そういうことをやってそうだと思ってた。お前が毎晩、部屋の窓から南の方角をじっと見てる。……それだけ分かれば十分だ」

 

 直哉は少しだけ口角を上げた。その笑みには、自分の隠密行動を見抜かれた不快感と、それを見抜いた轟への僅かな評価が混ざっている。

 

 「ハッ、観察眼だけはええねんな。気色悪いわ」

 

 轟は欄干から降りて、直哉の隣に立った。

 

 「今日は、どっちの方角だ」

 

 「今朝の確認では南東や。死んどらんよ。まだ、な」

 

 「……そうか」

 

 轟は少しだけ息を吐いた。安堵ではなく、ただ事実を確認しただけの、乾いた息だ。

 

 「お前が毎夜確認してるなら——俺は昼間の分を引き受ける」

 

 直哉は横目で轟を見た。

 

 「昼間の分やと?」

 

 「クラスのやつらに、緑谷の話を聞かれたら——生きてるって言う。お前から聞いたとは言わないが、俺の言葉として、あいつらに希望を持たせる」

 

 (ハッ、希望やと? 反吐が出るわ。……せやけど、クラスの雑魚共を大人しくさせておくための『餌』としては悪くないわな)

 

 「……かまへんよ。好きに使えや。お前がどう言おうが、俺の設計図には何の影響もあらへんしな」

 

 轟は頷き、それ以上は何も言わなかった。

 

 二人は並んで、しばらく空を見た。

 

 雲が流れていた。南東の方角の空は、今日は皮肉なほどに晴れ渡っていた。

 

 

 

その夜。

 

 直哉は三日前から書き続けていたノートの、最後のページを開いた。

 

 「なぜ止めなかったのか」という問いへの答えを、脳内の設計図と照らし合わせながら、改めて整理した。

 

 最終的な答え:

 

 俺が緑谷出久を止めなかったのは、二つの理由からや。

 

 一つ目:あいつの設計を俺の設計で上書きする権利が、俺にはない。

 

 二つ目:止めても意味がなかった。

 

 この二つは、あくまで俺の美学に基づく論理的な理由や。

 

 ただし、その汚い筆跡の下に、誰にも見せん第三の理由を書き加えた。

 

 (——俺は、あいつが戻ってくることを知っとった)

 

 ペンを止めた。

 

 (原作知識がある。緑谷出久は戻ってくる。それを俺は知っていた。……ハッ、反則みたいな話やけど、それが俺の持っとる最強の特権やからな。でも、それだけやったか?)

 

 直哉はペンを握り直した。指先に力を込め、正確に言い直す。

 

 (俺は、あいつが戻ってくることを『知って』いた。原作の記憶という確かな情報としてな。でも同時に——あいつはそういう人間やから戻ってくる、という『信じている』感覚も、否定できんほど俺の中にあったわ)

 

 「知っている」と「信じている」は、全く別の概念や。

 

 「知っている」はただの情報に過ぎんが、「信じている」は、不細工なまでの感情や。

 

 俺の中に、その両方が歪に共存しとった。

 

 ペンを置いた。

 

 パサリ、と扇子を開き、生ぬるい風を仰ぐ。

 

 (……けったいな話やな。

 俺は情報として『戻ってくる』と確信しながら、感情としても『戻ってくると信じている』。その二つが重なり合っとったから、俺は一歩も動かず、迷いもせんかったんやろな。……最高に不快で、最高に雅な確信やわ…ここまで原作と同じやと、やはり主人公の核…にも少なからず惹かれてたんやろね…前世では最後は比較的あやふややったけど、徐々に強くなって「あっち側」へとたどり着いたったってことは確かに知っとったからな…間近で長い間見とったから感慨深いのかもしれへん…俺らしくもない発言で反吐が出るわ)

 

 窓の外で、夜風が吹き荒れている。まるで緑谷を叩く雨の音まで聞こえてきそうだった。

 

 直哉はノートの最後に、自分への戒めのように一行だけ書いた。

 

 「緑谷出久という純粋な強者が損失するということへの恐怖感情を認めた。それだけや」

 

 ペンを置き、ノートを閉じた。その感触は、一つの設計図が完成した時のように重厚やった。

 

 (あいつが戻ってきた時に、今夜のことを話すかどうかは、また別の話や。……ハッ、話すわけないやろ。そんな恥さらしなこと、口が裂けても言わんわ。俺はただ、戻ってきたあいつの『完成品』を、最速でぶち抜く準備をしておくだけや)

 

 カチリ、と電気を消した。

 

 暗い部屋の中で、直哉は静かに目を閉じた。

 

 南東の方角で、緑谷出久は今夜も、無様に、しかし力強く生きている。

 

 ……それだけで、今夜の「観測」は十分やった。

 

 

翌朝の食堂。

 

 切島と砂藤が向かいのテーブルに座っていた。直哉は、昨日までの澱みが消えたような足取りで席につく。

 

 「禪院、なんか顔が違うな」

 

 切島が、不意に箸を止めて言った。

 

 「そうか?」

 

 「ああ。なんかすっきりしてるっつーか、憑き物が落ちたような感じだ」

 

 「……ハッ、不細工な考え事が一段落しただけや」

 

 「緑谷のことか?」

 

 「まあ、そういうことやな」

 

 切島は少し考え込むように眉を寄せた。

 

 「……解決したのか?」

 

 「解決というより、整理がついたんや。俺の中でな」

 

 「どんな整理だよ?」

 

 直哉は味噌汁を一口飲み、喉を通る温かさを確かめる。

 

 「俺は緑谷くんを止めへん。緑谷くん物語は緑谷くんのもんやからな。せやけど——緑谷くんが俺の知らんところで勝手に死んだら、俺も後悔するっちゅう感情があることが分かったわ」

 

 切島が、驚いたように目を丸くした。

 

 「……禪院がそういうこと言うの、珍しいな」

 

 「珍しいわな。自分でも反吐が出るわ」

 

 「……でも、なんか、ちょっと安心したわ」

 

 「何がや?」

 

 「禪院も、ちゃんと緑谷のこと心配してるって分かったからさ」

 

 直哉は少し考えた。その「心配」という安っぽいレッテルを剥がしてやりたかったが、今はその必要もないと思い直す。

 

 「心配、という言葉が正確かどうかはまだ迷っとるけどな。……でも、それに近い感情があるっちゅうことで、今はかまへんわ」

 

 切島は笑った。この一週間で初めて見る、混じり気のない「烈怒頼雄斗(レッドライオット)」の笑顔やった。

 

 「……それで十分だよ、禪院」

 

 「ハッ、そうか」

 

 直哉はパサリと扇子を開き、朝の空気を仰いだ。

 

 (そうかもしれへんな。今の俺にとっても、今のこのクラスにとっても、それで十分や)

 

 食堂の窓から、鋭い朝の光が差し込んでくる。

 

 緑谷の椅子は、今日もまだ空いたままだ。

 

 だが直哉には、あの椅子に再び「完成した獲物」が座る日の気配が、『空写』の射程外から薄く、

確かな輪郭を持って伝わってくる。

 

 (——早う戻ってこい。俺の目の前で、最高の輝きと絶望を晒すためにな。……それだけや)

 

 

 




※一応オリジナル設定として。空写の射程距離外での様子を読み取ろうとすると、相手のおおまかな方角と生死(肉体情報)くらいはざっくりと読み取れる…と言った感じですね。
ここら辺は独自解釈なのでご理解いただければ幸いです。

ノートに記された最後の一行。「恐怖感情を認めた。それだけや」。

 それは、傲慢な観測者が自らに課した、敗北にも似た誠実さの証明だった。

 原作という名の既知の物語をなぞりながらも、直哉はいつしか「知っている」を越えた場所で、一人の少年を「信じている」自分を見つけ出す。前世の呪縛を脱ぎ捨て、誰かを止める側から、誰かの帰還を待つ側へ。たとえその動機が「最高の獲物をぶち抜くため」というドブカスな独占欲であったとしても。

 食堂に差し込む朝の光、そして空いたままの椅子。

 直哉はその空白に、いずれ戻るべき「強者」の気配を読み取る。設計図は完成した。あとは、あいつが最高に雅な姿で戻ってくるその瞬間を、特等席で待ち構えるだけだ。

 観測者の夜は明け、新たな物語が胎動を始める。

…と後書きもそれっぽく!次回!直哉の強化会になるかも…?お楽しみに!
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