【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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「どこまで行けば、証明したと言えるのか」
 常闇踏陰から投げかけられた問いは、直哉の胸の内に消えない火種を落とした。自身の「設計」の根拠、その終着点。答えの出ない問いを抱えたまま、直哉は今日も訓練場へと足を運ぶ。
 今、彼が取り組んでいるのは「並行処理」の極致。
 攻撃の要である『積層残影』と、索敵・回避の要である『空写』。この二つを、呼吸するように同時に、かつ無意識に運用すること。それは、かつて「景色」として切り捨てられた凡夫が、最強の領域に手をかけるための絶対条件だった。

 静かな訓練場に、もう一人の影が現れる。

 轟焦凍。

 右に氷結、左に炎熱。相反する二つの個性を宿し、かつてはその片方を拒絶していた少年。

 しかし今の彼は、その両方を同時に、淀みなく繰り出している。

 「炎と氷を同時に出す時——意識はどっちに向けてるんや?」

 直哉の純粋な技術的興味から始まった問いかけは、やがて「技術」の枠を超え、互いの根底にある「感情」と「呪縛」、そして「父親」という存在への向き合い方へと深く潜っていくことになる。

ここ最近語り系が多いですが、それではどうぞ!

キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。

評価、感想付与は直哉がより深く…術式のことへと。立ち向かい考えることになります。



第57話;最終決戦編「轟との並行処理談義」

夕方の訓練場だった。

 

直哉は『積層残影』と『空写』の常駐化を同時に展開していた。並行処理の精度確認だ。積層残影を3層まで維持しながら、空写の骨格を常駐させたままにする。意識を二方向に向けた状態で、どちらも崩れない水準を保つ。

 

(……チッ、精度はまだ7割か。10回やって3回も失敗しとるようじゃ、実戦じゃあ「死」を意味するわ。こんな泥臭い反復練習、高みを目指す俺にしかできへんことやけどな……)

 

訓練場のドアが開いた。

 

轟焦凍だった。直哉を見て、わずかに足を止める。「先客がいた」という、無機質な顔だ。

 

「……邪魔だったか?」

 

「ええよ。君一人増えたところで、俺の設計は狂わへんし」

 

轟が訓練場に入り、直哉から距離を置いて独自の訓練を始めた。右手から氷、左手から炎。それを交互に——いや、ほぼ同時に出力している。

 

直哉は自分の訓練を続けながら、横目でその動きを舐めるように確認した。

 

轟の「半冷半燃」の同時使用は、直哉にとって前々から鼻につく、だが無視できない技術だった。

 

「並行処理」と「同時使用」は似て非なるものだ。並行処理は意識を分割して二つの操作を走らせる。同時使用は二つの力を物理的に同時に出力する。

 

轟がやっているのは——その両方だ。

 

(……左で燃やして、右で凍らす。性質の違う力を個別に、かつ同時に制御しとる。単純な「慣れ」やない。轟くんの脳内、どうなっとるんや……)

 

「……轟くん」

 

直哉は口を開いた。轟が、その端正な顔をこちらへ向ける。

 

「炎と氷を同時に出す時——意識はどっちに向けとるんや?……左右、均等に割っとるん?」

 

轟が少し考えた。

 

「……どちらにも向けていない」

 

「どちらにも向けていない?」

 

「同時に出すようになってからは、意識しなくなった。呼吸と同じだ」

 

「最初からそうやったんか……天才様は、最初からできてたんやろ?」

 

(皮肉のつもりやったけど、こいつには通じへんな)

 

「違う。去年まで——炎と氷は順番だった。切り替えが必要だったんだ」

 

轟が訓練の手を止めた。直哉の問いに答える気になったらしかった。

 

「去年まで炎は使わなかった。氷だけだった。……ある時まではな。最初はバラバラだった。切り替え式だ。それが同時になったのは——」

 

轟が少し間を置く。

 

「……エンデヴァーを観察した結果だ」

 

直哉は黙った。

 

「エンデヴァーは炎を使う。ずっと観察してきた——嫌でも見てきた。炎がどう動き、どう広がり、どう制御されるか。その理(ことわり)が、体に染みついていた。氷の感覚は最初からある。炎の感覚も、憎しみとともに体に入っていた。解禁した時、すでに動き方は分かっていたんだ。だから——同時に出すまでに、そんなに時間はかからなかった」

 

「……『嫌でも見てきた』、か。ハハッ、不快な学習教材やったな」

 

「そういうことだ」

 

轟はそれ以上語らず、直哉も追わなかった。「嫌でも」という三文字の重さは、深掘りするほど無粋だと感じたからだ。

 

「……同時に出すようになったのは、感情が関係しとるんか?」

 

直哉は少し間を置いてから聞いた。轟が直哉を射抜くように見た。

 

「……どういう意味だ?」

 

「父親へのドブカスみたいな感情が、炎の使い方に影響しとるんか、いう話や。純粋な技術としてではなく、な」

 

轟がしばらく黙った後、吐き出すように言った。

 

「……ある、と思う」

 

「…どういう形でや?」

 

「怒りがある時は、炎の出力が跳ね上がる。それは制御できる。……だが、憎しみがある時は氷の精度が落ちた。以前は制御できなかったが——今は、少しできるようになった」

 

「今はできるんか?」

 

「感情を、出力の材料として使うようにしたんだ。怒りがあれば炎に乗せる。氷には干渉させない。……意識的に、分離した」

 

直哉はその言葉を頭の中で反芻した。

 

(感情を出力の材料にする……? 分離……?)

 

(轟くんは感情を「設計の一部」に組み込んだんか。……俺には、その発想はなかったわ。感情なんて、精度の邪魔をするだけのノイズ(不純物)やと思ってた。設計の精度を上げれば感情の干渉は減る……そう考えてた。けど、こいつは逆や。感情を消すんやなくて、燃料として設計に組み込んどる……)

 

「……ハハッ、君もなかなか、イカれた設計図書くやんか」

 

直哉は自嘲気味に笑い、再び自身の『空写』に意識を向けた。

 

ノイズだと思っていた「屈辱」や「怒り」。それを、もし材料として扱えるとしたら。

 

直哉の設計図に、また一つ、禍々しい書き込みが増えそうな予感がした。

 

 

 

「親父さん…エンデヴァーさんとは——今どういう関係なん?」

 

 直哉が聞いた。聞いてから、少し踏み込みすぎたかと思ったが、謝る気なんてさらさらない。

 

 轟は怒らなかった。少し視線を落として、淡々と答えた。

 

「……変わってきた、と思う。嫌いなままだが——見方が変わった」

 

「見方が、ね。あのドブカスな親父を、少しは許す気になったんか?」

 

(……ハッ、ありえへんな。俺やったら死んでも許さへんわ。利用価値がなけりゃゴミ箱行きや)

 

「エンデヴァーを観察してきた理由が、最初は『奴を否定するため』だった。奴の炎を使わずに奴を超えることで、奴の存在を否定したかった。……だが、体育祭の後、炎を使い始めてから——観察の理由が変わったんだ」

 

「どう変わったん?」

 

「奴から学ぶために、観察するようになった。嫌いなままだが——学べるものは学ぶ。その方が、最短で強くなれると気づいたからだ」

 

 轟がそこで少し言葉を切った。これだけ饒舌に自分を語ったこと自体、彼にとっても珍しいことなんやろう。

 

「……お前には、不思議と話しやすい」

 

「へぇ、光栄やわ。轟くん…王子様にそう言っていただけるのは」

 

「追ってこないからな。お前は、俺の感情に興味がない」

 

(……正解。君のドロドロした家庭の事情なんて、俺の知ったことやない。俺が興味あんのは、その『技術』と『設計』だけや。余計な感情に構うほど、俺は暇やないしな)

 

「俺も——そういう湿っぽい話は得意やないからな。合理的でええよ」

 

「……そうか」

 

「禪院は——術式を並行して使う時、意識はどこにある?」

 

 轟が今度は直哉に問いを投げた。

 

「以前は強引に意識を割っとった。今は——『空写』の方を常駐させて、意識の8割を『積層残影』に向けてる。空写は骨格を先に定義してあるから、あまり意識せんでも維持できる段階やな」

 

「常駐、か。……自動化に近いな」

 

「そうやな。轟くんが言うた『意識しなくなった』っていう領域に近づこうとしとる。君は両方が『自然』になった。俺はまだ片方を無理やり『背景』に追いやってる段階やけどな」

 

 轟が小さく頷いた。

 

「俺も去年まで順番だった。今は同時だ」

 

「どうやって?……回数だけでなんとかなるもんなん?」

 

「……さっき言ったとおりだ。エンデヴァーを観察した。あとは——使う回数だ。怖かったが、使い続けた」

 

「怖かった?」

 

「炎を使うことが長い間、あいつへの敗北に感じたんだ。使うたびに、それを乗り越える必要があった。今は——まだ少し毒は残ってるが、だいぶ薄くなった」

 

 直哉はそれを聞いて、思考の海に沈んだ。

 

(……ハッ、皮肉なもんやな。最強の血筋を持って生まれながら、それを使うことが『敗北』やなんて。……贅沢な悩みやわ、ほんま)

 

「俺にも——使うたびに乗り越える必要があるものが、あるかもしれへんな」

 

「何をだ?」

 

「……まだ、うまく言えへんわ。言語化できたら、君にも教えてあげるわ」

 

 轟が「そうか」と言った。それ以上は追ってこない。……合理的で、いい距離感や。

 

 訓練場を出た後、直哉は夜の記録を書く前にしばらく自室で座っていた。

 

 轟が言った言葉が、脳内で何度もリフレインしとる。

 

『感情を、出力の材料として使う。分離した』

 

(……轟くんは感情を「設計の一部」に組み込んだんやな。……俺には、その発想はなかったわ。感情なんて設計を狂わせるノイズ(不純物)でしかないと思っとった。精度を上げれば感情の干渉は減る……そう信じとったのに、こいつは逆や。感情を消すんやなくて、材料として『利用』しとる……)

 

 神野の時に景色扱いされたあの屈辱。あの夜、怒りが呪力の密度を異常なまでに変えた事実がある。直哉はそれを「偶然のバグ」として切り捨ててきた。再現性がないから。感情に頼るのは、凡夫の「欠陥設計」やから、と。

 

(……轟くんは『例外』を『設計』に変えたわけやな。怒りを制御して炎に乗せる。意図的に使う。……「感情に頼る術式は欠陥設計」っていう俺の固定観念が、逆に俺の設計を狭くしとったんかもしれへん)

 

 もう一つ、胸に引っかかる言葉。

 

 『使うたびに乗り越えた』。

 

 直哉にとっての「使うたびに乗り越えるべきもの」とは何か。

 

(……ある。確かにあるわ。術式を使うたびに、俺は何かを確認しとる。俺が景色やないっていう証明か、俺の設計が正しいっていう優越感か……。でも、確認のたびに、確かに何かが薄くなっとる。……あの、景色扱いされた瞬間の、吐き気がするような惨めさが)

 

(……轟くんが炎を使うたびに父への敗北感を薄めたように、俺も術式を使うたびに、景色扱いされた記憶を『上書き』しとるんかもしれんな。……これを、あの黒鳥(常闇くん)の言う「証明」と呼ぶのかは分からんけど……構造は、似とるわ)

 

 深夜、再び訓練場へ。

 

 並行処理の精度確認。

 

『積層残影3層』と『空写常駐』の同時展開。

 

 10回試行。……8回成功。

 

(……1割上がった。数字は正直や。……轟くんの言う『意識しなくなる』っていう目標が、今夜は少しだけ、手触りのあるものに感じられたわ)

 

(……他人の言葉が、俺の訓練に影響を及ぼす。それすらも、設計の外にある変数やと思っとったのに)

 

 ノートを開く。

 

『第五十二夜。方向、南南西。雄英内部。生存確認。引き続き監視継続とする。』

 

『備考:轟と訓練場で接触。「感情を出力の材料にする」という彼の設計思想を確認。俺が「例外」として扱ってきた感情の干渉を、彼は意図的に設計に組み込んでいる。「感情に頼る術式は欠陥設計」という先入観が、俺自身の限界を作っていた可能性。……並行処理精度:8割。前回より1割向上。』

 

 ペンを置いた。

 

 扇子を取り出し、一度だけ大きく仰ぐ。パチン、と閉じる。

 

(轟くんはあのエンデヴァーという不器用な人から学んだ。嫌いなままで、最短で強くなるために。……なら、俺も同じや。俺を景色扱いしたあのおっさんも、この世界の不条理も……嫌いなままで、俺の設計の材料(エサ)にしてやるわ)

 

(……次は、この『怒り』をどうやって分離して設計に落とし込むか……。新しい設計、考えなあかんな)

 

 




第57話をお読みいただき、ありがとうございます。

 今回は、直哉と轟という「天才(あるいは天才の血筋)」と「努力する凡夫(自称)」の、静かな、しかし核心に触れる対話回となりました。

 直哉にとって「感情」とは、設計の精度を狂わせるノイズであり、排除すべき対象でした。しかし、轟は父・エンデヴァーへの複雑な感情(怒りや拒絶)を、消すのではなく「出力の材料」として分離・利用するという、直哉にはない発想を持っていました。

 神野の夜、景色扱いされた屈辱によって呪力の密度が跳ね上がった「あの日」を、直哉は再現性のないエラーとして処理してきましたが、轟との会話を経て、それが「設計可能な領域」である可能性に気づかされます。

 また、轟が炎を使うたびに父親への敗北感を「薄めて」いったように、直哉もまた、術式を研鑽し、自分を証明し続けることで、前世の「景色扱いされた記憶」を上書きしようとしている……。二人の歩む道は違えど、その構造が似通っているという描写は、クラスメイトとしての連帯感とはまた違う、奇妙な共鳴を感じさせます。

 「嫌いなままで、学んだ」

 轟のこの言葉は、直哉にとっても大きな指針となるでしょう。

 並行処理の精度が8割に到達し、着実にステップアップしていく直哉。彼が「感情」という不確定要素を設計に組み込んだ時、その術式はどのような進化を遂げるのか。

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