【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
轟焦凍との対話を経て、並行処理の精度を8割まで引き上げた直哉。しかし、その先に待っていたのは、数字がピタリと動きを止める「停滞」の壁だった。
10回中2回は、どうしても意識の均衡が崩れる。
凡夫である自分にとって、その2割の隙は、戦場で再び「景色」へと転落することを意味していた。
繰り返される夜。埋まっていく「成功8回」の記録。
分かっているのに直せない。その焦燥が静かに直哉を侵食し始めた頃、担任である相澤消太が声をかける。
「停滞している時に、設計を変えることを恐れていないか」
その言葉をきっかけに、直哉は「崩れない強度」を求めるこれまでの設計を捨て、全く別の、そしてより実戦的な「回答」へと辿り着くことになる。
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翌朝、直哉は昨夜の記録を読み返した。
『並行処理精度——8割。前回より1割向上。』
「……8割、か」
10回試して8回成功。轟と話した夜、一割上がった。それは確かだった。
しかし——直哉はその数字をすぐには喜ばなかった。むしろ、喉に刺さった魚の小骨のような不快感が消えない。
(8割いうことは、2割失敗するいうことや。実戦で10回仕掛けて2回崩れる……そんな隙、化け物相手に見せてみろ。一瞬で「景色」に逆戻りや。9割、いや9割5分。そこまで行かな話にならへん)
(昨夜1割上がった理由も気に入らん。轟くんの言葉に感化されたとか、そんなあやふやなもんに再現性はない。今夜からは、もっと論理的に、意図的に9割を目指す設計を立てる必要があるわ)
その夜から始めた。
並行処理——『空写』の常駐と『積層残影』3層の同時展開。10回試す。
一回目、成功。二回目、成功。三回目——『空写』の骨格が崩れた。
四回目、成功。五回目、成功。六回目、成功。七回目——『積層残影』2層目の密度が落ちた。
結果、成功8回。失敗2回。
(……チッ、昨夜と同じ数字や。向上してへん)
なぜ3回目と7回目に崩れたか。直哉は即座に脳内のロジックを回す。
3回目は、意識が空写の維持に向きすぎて積層残影がおろそかになった。7回目はその逆。意識の天秤が、常にどちらかへ極端に振れとる。
(「意識を均等に分ける」……口で言うのは簡単やけどな。片方が崩れそうになったら、どうしてもそっちに意識が引っ張られる。その瞬間に、もう片方の設計がガタつく……)
均衡を保つための、新しい「設計」が必要やった。
翌日の昼。ノートを広げて思考を深める。
(8割の成功は、2割の失敗。……いや、実戦やったら「2割の死」と同じや)
積層残影を維持しながら、さらにそこから鏃を射る。それが実戦の複合操作や。維持するだけで8割なら、攻撃を加えたら精度は5割まで落ちるかもしれへん。
(「7割の成功は7割の失敗と同じや」……一週間前のプロットで書いた言葉が、今の自分にブーメランみたいに突き刺さりよるわ)
実戦で2割崩れる。それは、甚爾くんに「景色」扱いされる可能性が2割残っているということ。
(……そんなん、許容できるわけないやろ)
ペンを握る手に力が入る。今の自分の水準が、心底気に食わなかった。
その夜から一週間、直哉は泥を啜るような反復訓練を続けた。
10回試して、記録する。翌夜もまた、同じことを繰り返す。
第56夜——成功8回。
第57夜——成功8回。
第58夜——成功7回。
(……退行した? 何でや、どこが狂うたんや)
第59夜——成功8回(回復)。
第60夜——成功8回。
第61夜——成功8回。
第62夜——成功9回。
(……! 今、掴んだか?)
期待して挑んだ翌日、63夜目はまた8回に戻った。
(停滞……か)
「同じ夜が続く」という、吐き気のするような感覚。記録のページが「成功8回」という無機質な数字で埋まっていく。原因は分かっとるのに、修正の方法が見つからへん。
(分かっとるのに直せへん。……これが一番しんどいな)
直哉は「しんどい」という言葉を内心で使った自分に、少しだけ自嘲気味に笑った。そんな殊勝な感覚、自分には無縁やと思ってたのに。
停滞が続いて10日目の朝、授業前の廊下で相澤に呼び止められた。
「禪院、少しいいか」
「はい?」
相澤の目は、相変わらず冷徹にこちらを見透かしてくる。
「訓練の記録を見ているが——ここ十日ほど数字が動いていないようだな」
直哉は少し驚いた。先生が記録を見てるのは知っていたが、このタイミングで突っ込んでくるとは思っていなかったからだ。
「……そうですわ。停滞しとります」
「原因は分かっているか?」
「分かっとります。意識の配分が崩れそうな方に引っ張られて、均衡を保つ設計が足りてへんのです」
「原因が分かっていて、なぜ直せていない?」
その問いは、直哉のプライドの最も痛いところを突いた。
「……直し方が、まだ見つかってへんさかいな」
相澤が少し間を置く。
「停滞している時に、設計を変えることを恐れていないか?」
「恐れてはないですわ。ただ——どう変えれば正解なのかが分からへん」
「分からない時に、どうする?」
直哉は、ふいにつまらなさそうに吐き捨てた。
「……試してみるしかありませんわ。当てずっぽうでも、何もしないよりはマシや。動けば方向が見えることもあると思っとります」
相澤が、わずかに頷いた。
「それでいい。停滞は設計の問題だ。設計は必ず解ける。それだけ分かっていれば十分だ」
(……設計は、必ず解ける、か。合理的やな)
「顔色が悪い。今夜は早めに切り上げろ」
「……努力しますわ。おおきに。」
相澤が呆れたように少しだけ眉を動かした。「努力します、ではなく今夜は寝ろ」と言いたげやったけど、それ以上は何も言わずに歩いていった。
(……やれやれ。教師にまで心配されるとか、俺も焼きが回ったわ)
その夜、俺は設計を根本から書き換えた。
(今まで「崩れないようにする」という、どっかの優等生みたいな方向で訓練してきた。崩れる原因を分析して、崩れにくい配分を探す……そんな10日間やった。けど、答えは出えへんかった)
(……方向を変えるわ。いつまでも崩れへん完璧なんて求めてられへん)
「崩れない強度」を捨てる。代わりに「崩れた瞬間に立て直す」方向へ舵を切った。
崩れることは前提や。崩れた瞬間、どっちの術式が死んだかを脳内で即座に判断し、0.1秒以内に再定義して叩き戻す。目標は「不壊」やなくて「復帰速度」や。
(……強度が足りひんなら、速度で補えばええだけの話やろ。それが投射呪法持ちの戦い方や)
試してみた。
一回目——『積層残影』の2層目が霧散した。即座に呪力を編み直す。0.3秒で復元。続行。
二回目——成功。
三回目——『空写』の骨格がグラついた。0.2秒で再固定。続行。
四、五、六回目はストレートで成功。
七回目——『積層残影』が崩落。0.15秒で叩き起こす。続行。
結果、成功8回。失敗2回。
(……フン、数字は変わってへん。けど——内容は別物やな)
訓練を終えてノートに記録しながら、俺は今夜の感触を整理した。
(成功8回という数字は据え置き。でも、今までの8回とは中身が違う。「復帰速度」という新しい指標が設計図に加わったからや)
(崩れた時に0.3秒で戻す。0.2秒。0.15秒——。これを研ぎ澄ませていけば、実戦での「崩れる2割」は、単なる「一瞬の揺らぎ」に変わる。致命的な隙にはならへん)
(「崩れないこと」を9割以上にするのが正解やと思っとった。けど、「崩れても即座に戻る」が形になれば——実戦での結果は同じや)
(これは発想の転換やった。崩れる2割が消えるわけやない。でも、その2割が「0.1秒以下のノイズ」にまで圧縮されれば、相手からは見えへん)
(……見えへんかったら、俺が「景色」扱いされることもないわ。あの甚爾くん相手にすら、隙を見せんかったことになる。……そうやろ?)
「方向が見えた」という確信が、熱を帯びて脳に響いた。
(もちろん、まだ完成やない。今夜の速度は0.15秒から0.3秒の間でバラついとる。これを0.1秒以下で安定させなあかん。でも——解き方は分かったわ)
ノートを遡って、停滞の記録を並べた。
(第56夜から第65夜まで、10日間。毎夜「成功8回」という無機質な数字が並んどる)
(……「同じ夜が続いとる」と思って反吐が出そうやったけど、この10日間は「設計を変えるための待ち時間」やったんかもしれへんな。……ハハッ、後付けのポジティブ思考なんて、俺らしくもないわ)
(せやけど、行き詰まった時間があったからこそ、「崩し方を変える」なんていう極端な発想が生まれたのも事実や。停滞がなけりゃ、俺は今も「完璧な強度」っていう絵空事を追いかけとったはずや)
(……「停滞は設計の問題だ。解き方は必ずある」。相澤先生のあの言葉、今夜やっと形として確認できたわ。あのオッサン、なかなかええこと言うやんか)
深夜。ノートの最終ページを埋める。
『第六十六夜。方向、南南西。雄英内部。生存確認。引き続き監視継続。』
『備考:並行処理——「不壊」から「超速復帰」へ方向転換。成功数は8回据え置きだが、崩壊時の復帰速度が0.15〜0.3秒。次段階はこれを0.1秒以下に安定させること。「崩れても即座に戻れば、実戦で景色扱いされる可能性は事実上消滅する」と定義。停滞の10日間を設計の転換期として肯定。相澤の「設計は必ず解ける」を実証。』
ペンを置いた。
窓の外。南南西。雄英内部。
あの緑谷の、泥臭い気配が今夜もそこにある。
扇子を取り出し、バサリと開いて熱った顔を仰ぐ。
(……方向は見えた。あとは、どこまで速度を詰められるか。……俺の底力、見せたるわ)
パチン、と扇子を閉じた。
第58話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、直哉が初めて「努力の限界」のような壁にぶつかり、それを「設計の変更」で乗り越えるエピソードでした。
直哉が辿り着いた「崩れても0.1秒で立て直せば、相手には崩れていないように見える」という発想。これは、彼がかつて最強(甚爾)に抱いた「視界にすら入れてもらえない」という恐怖から逆算された、極めて卑屈で、かつ極めて強力な生存戦略です。完璧超人ではないからこそ、失敗を前提にシステムを組む。この「リカバリー速度の向上」は、今後の高IQな戦闘描写においても重要な鍵になってきそうです。
また、相澤先生との距離感も絶妙でしたね。直哉の性格を見抜きつつ、最短の言葉で気づきを与える相澤と、それを「当てずっぽうでも試すわ」と不遜に、けれど真摯に受け取る直哉。師弟というよりは、共通の言語(合理性)を持つ技術者同士のような信頼関係が見て取れます。
「停滞の10日間は、設計を変えるための時間だった」
そう結論づけた直哉の精神的な成長と、精度8割(復帰速度向上)という確かな手応え。
これを元にどう直哉は歩んでいくのか…この先も期待大でお待ちください!
「この話、後で効いてきます」