【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
具体的に何かが起きたわけではない。だが、世界が「終わり」へと加速を始めたその予兆を、直哉の鋭敏な感覚は捉えていた。
迫りくる最終決戦。
前世の知識というアドバンテージも、もはや「AFOがラスボスである」という断片的な事実を残すのみ。ここから先は、直哉がこの世界で、この身体で、泥を啜りながら積み上げてきた「設計」だけが頼りとなる。
ノートを開き、自らの手札を一つひとつ書き出していく直哉。
空写、鏃、零駒、落花、空虚呪法、反転術式、墨色定着、極ノ番……。
そして 唯一記載のないもの…
不完全な設計図を抱えたまま、彼は担任の相澤へ、そして共闘を誓う緑谷へと、自らの役割を告げに行く。
それは、合理性を重んじる「設計者」としての宣言であると同時に、彼自身が「ドブカスな感情論」と呼ぶ、切実な決意の表明でもあった。
いよいよラストバトル直後です。
展開が熱くなってくるかもしれませんね!
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
※特訓などに使った時間の影響もあるので、最終決戦時の時期が原作とズレている可能性がありますが、オリジナル設定としてご理解いただければ幸いです。
評価、感想付与は直哉が最後の戦いへ赴く際の覚悟を決める決意の元種になります!
ある朝、目が覚めた瞬間に確信した。
(……来るな。もうすぐや)
『空写』を広げているわけではないのに、肌を刺すような予感があった。雄英の外壁を隔てた外側の空気が、じっとりと重く変質している。具体的に何かが起きたわけではない。だが、世界が「終わり」に向かって加速し始めた、あの特有の質の変化が空間に滲んでいた。
直哉は起き上がり、窓を開けた。冷たい朝の空気が肺に流れ込む。
(最終決戦、か……)
前世の知識なんて、もはや「AFOがラスボスになる」という程度の断片的なものだ。その先、誰がどうなるかなんて俺の知ったことではない。だが、今この雄英で、この世界で泥臭く積み上げてきた「設計」の全部を叩きつける時が来た。それだけは、嫌というほど理解できた。
扇子を開き、ゆっくりと仰ぐ。
(準備はできとるか? ……自分に問うまでもないわな)
机に向かい、ノートを開いた。いつもの追跡記録や訓練日記ではない、真っ白なページ。そこに、今の自分にある「全手札」を一つひとつ書き出していく。
【現在の術式・状態一覧】
• 空写: 距離優先700メートル到達(昨夜確認)。精度優先230メートル安定。切り替え0.3秒以下。脳への情報過負荷は反転術式で常時相殺。
(始まった頃は230メートルが限界やったのが、今や700か。気配の余波を含めれば、戦場の大半は俺の『箱』の中やな)
• 鏃: 実戦水準。反動推進による空中機動、多重発動も安定。遠近共に攻撃に対応可能。
• 零駒: 実戦水準。空写・投射呪法・鏃との連動で半自動化。
• 落花の情: 実戦水準。個性による遠距離、近距離共にほぼオート迎撃で攻撃を弾く。
• 空虚呪法: 空間固定による対象の固定。足場生成・衝撃波分散。固定化対象物の移動による対象の爆破も健在。負担も比較的少なく機能している。
• 反転術式: 常駐。自己修復は呼吸レベル。脳直結も実戦成立。OFAの100%以上の衝撃を受けても術式は焼けなかった。
• 極ノ番・積層残影『6葉、12葉、18葉、24葉、24葉・重』: 通常版は随時。火力を6層ごとに調節することも可能。1層ごとへの細かな変更も可能であるが、細かな制御が必要にかるため出力的に常用は難しい。出力全振りの「重」は放つ拳への負荷が大きい。乱用不可の緊急用(ジョーカー)。
ペンを止めた。最後に、最も重い一行を書き入れる。
• 領域展開: 外殻の感触あり。設計の全体像は構築済み。完成の目処は立っている。だが——実戦での運用は確認できておらず、その観点では安定していないとも言える。
書き終えたノートを読み返す。
(……何が足りへん? 領域だけや。他は全部、実戦で検証済みや。レディ・ナガン、スター、死柄木、そして緑谷くん。全部、俺の設計通りに動いてきた。でも領域だけは——まだ完全には扉が開かへん)
(足りへんなぁ、ほんま。……でも、行く。行くしかないやろ)
ノートの端に、自分への苛立ちを隠さず書き加えた。
『足りへんのは領域だけや。でも、その一点が欠けていることで、俺の全体設計には致命的な穴がある。死角がある。』
少し間を置いて、自分を嗤うように続けた。
『その穴を、今ある手札全部で埋めながら動く。それしかない。足りへんのに「足りてる」振りはせん。でも、足りへんからといって「行かない」選択も、俺の設計図には存在せえへん。』
ペンを置く。
(……ハッ、ドブカスやな、俺も)
準備が完璧ではないのに最終決戦に向かう。設計の穴を自覚したまま前に出る。前世の禪院家が見たら指差して笑うだろう。「完成もしてへんのに何が『あっち側』や」と。
(でもな、完成を待っとったら世界が終わってしまうんや。俺が完成するのを、AFOも死柄木も待ってくれへん。だから動く。ドブカスな未完成品のまま、あいつらをハメにいく。それが今の俺の「最高設計」や)
屋上に出た。今日も確実な手触りを確認する。
距離優先モードを展開。
400メートル。
500メートル。
600メートル。
(……伸びとるな)
700メートル。
到達した。昨夜と同じ。今日も700メートルまで届いた。この距離があれば、雄英の周囲の広大な範囲が手にとるように読める。
(最終決戦の戦場がどこになるかは分からへん。でも、700メートルあればかなりの範囲を索敵できる。緑谷くんに「今ここで何が起きているか」を、俺の視点(ラグなし)で流せる)
空写を畳み、ノートに追記した。
『空写700メートル、今日も確認。安定している。』
放課後。直哉は相澤のいる教室の扉を叩いた。
「相澤先生」
「……来るとは思っていた」
相澤は書類から目を上げ、短く応じた。「準備はどうだ?」
「足りへんですわ。全然」
相澤の手が止まった。「足りない——何がだ?」
「領域展開が完全には完成してへんですわ。設計図は頭にあります。外殻の感触も掴んどる。でも、実戦で展開するには経験が不足しとります。…まだそこまでに至ってへんのです」
「……それを踏まえて、お前はどうする?」
「行きますわ。当たり前やろ」
「…即答だな」
「足りへん状態で行くと決めとるさかいな。完成を待っとったら、全部終わってしまいますわ」
相澤は、しばらく直哉を正面から見据えた。
「……お前の個性…術式は奪われない。それは変わらないんだな?」
「はいですわ。あいつらには、俺の『設計』は理解できへん」
「……お前が死ぬような無茶はするなよ」
「するつもりはないですわ。せやけど——今の想定ですが、完全版の領域なしで行く以上、いつも以上に設計を慎重にしますわ」
「具体的には?」
「『空写』700メートルで戦場全体を読み続ける。緑谷くんにリアルタイムで情報を流す。俺が直接戦う局面は極力絞ります。」
相澤が少し目を細めた。「絞るとは言うが…まさかAFOと正面から当たる気か?」
「ええ。そこが俺の戦場や。AFOの個性を奪う設計と、俺の『剥がす』設計……どっちが上か、試したい相手やさかいな」
「……『剥がす』とは?」
直哉は、少しだけ不敵に口角を上げた。
「——完成したら説明しますわ。今はまだ、言葉にする前の段階ですさかい」
「そうか」
相澤は短く応じ、再び書類に目を落とした。だが、その声には確かな信頼が混じっていた。
「……禪院」
「はい」
「生きて帰れ。それが、お前が立てるべき一番の設計だ」
「分かっとります。それは、俺の設計の絶対条件(コンストレイント)ですから」
直哉は翻り、教室を後にした。
夜。廊下で緑谷出久に会った。
お互い、タイミングが良かったのか悪かったのか。
「——禪院くん」
「緑谷くん」
「……何か、来るのが分かるかな?」
「せやな。空気が変わっとる…」
緑谷が小さく頷いた。その表情には隠しきれない緊張が滲んでいる。
「僕も感じてた。危機感知が、なんとなく……」
「四代目?の能力?が反応しとるんか」
「うん。まだはっきりとした敵意じゃないけど——大きな何かが動き出そうとしてる」
直哉は懐から扇子を取り出し、パサリと開いた。
「緑谷くん。一つ言っておくわ」
「うん」
「決戦になったら——俺が『目』になる。緑谷くんが『手』になれや」
緑谷の動きが止まった。
「……どういうこと?」
「『空写』700メートルで戦場全体を読み続ける。死柄木の崩壊の軌道も、AFOの個性の使い方も、全部読んでお前に流す。緑谷くんはその情報を使って動けばええ」
「空写で……全部読んで、僕に流してくれるの?」
「そうや。君が迷わんように、最短ルートを俺が設計してやる」
「でも——禪院くんも自分で戦うんでしょ?」
「…そうや。俺の戦場は別にある。でも、そこへ至るまでの間は、俺がお前の『目』として機能してやる」
緑谷はじっと直哉を見つめた。
「……禪院くんって」
「なんや?」
「毎夜追跡してくれてた時も、空写で見続けてくれてた。今度は戦場で目になってくれるって……」
「そうやな」
「なんで、そこまでしてくれるの?」
直哉は少し間を置いた。
(難しいことを聞いてきとるな「主人公」も…まあ俺が感じやすいのは強者への敬意やけどここは…)
「——さあな。分からへんのや、自分でも。設計として合理的、というだけやない気もする。——ドブカスな答えやけど、それが正直なところやな」
緑谷が——笑った。
泣き笑いではなく、心からの、確かな笑みだった。
「……禪院くんが『ドブカス』って言うの、初めてじゃない気がする」
「たまに言うんや。身内に向かってな」
「…そうなんだ」
「ドブカスな感情論は、俺の設計の外にあるもんや。……でも、あるもんはあるんやな」
「ドブカスでも、感情があるんじゃない?」
「……そうやな。あるな」
緑谷が真剣な表情になり、一歩踏み出した。
「——信頼してるよ、禪院くん。毎夜見ててくれたこと、連れ帰ってくれたこと、今また目になってくれること。全部……本当に感謝してる」
(性格が穏やかになった甚爾くんから言われとるみたいでおかしな感じやわ…悪い気はせえへんけど、俺のキャラには合わんわ)
「…重いわ」
「重い?」
「感謝の密度が高すぎるんや。胃もたれするわ」
「そりゃそうだよ! それだけ助けられたんだから」
二人の間に、ほんの少しだけ柔らかな空気が流れた。
「——『俺が目になる。お前が手になれ』——覚えておけよ」
「覚えた。絶対に忘れない」
「よし」
「……禪院くん」
「なんや」
「生きて帰ってよ。絶対に」
「当たり前やろ。俺が自分自身の生存を設計に入れへんわけないやん」
「約束だよ」
「……ああ。約束や」
(こないなシーンでフラグを立てるのはお約束やけど、その旗を砕いてボロボロにしたらさぞ気持ちええやろうな…必ず潰してやるわ…待ってろよ…死柄木…そしてAFO…)
部屋に戻ると、直哉は一時間だけ最終訓練を行った。
外角の拡大。今夜、ついに8メートルに届いた。
『空写』と『墨色定着』の同時展開。8メートルの球形の内側が、彼の設計に従って完全に制御されている。
(……もう少し広くなれば、戦場で実用的になる。でも——今夜はここまでやな)
反転術式で呪力を整え、高ぶった神経を鎮める。
明日に備えて、今夜は「温存」を選択した。
ノートを開き、最後の一行を書き入れる。
『緑谷追跡記録——今夜の緑谷は、寮の廊下。直接対話。生存確認。引き続き監視継続。』
ページをめくり、決戦前夜の整理を締めくくる。
『決戦前夜の整理:』
『①全手札の棚卸し完了。足りないのは実戦を加味した領域展開の経験だけ。でも行く。不恰好な未完成のままでも動く。』
『②空写700メートル確認。戦場全体を読む「目」として機能させる。』
『③相澤先生に「足りへんですわ」と言った。「生きて帰れ」という返答。』
『④緑谷くんに「目になる」と宣言。約束までしてしまった。……感情やな。設計の外や。でも——した約束や。守る。』
『⑤外角8メートル到達。』
ペンを置いた。
扇子をパチンと閉じ、電気を消す。窓の外、南南西の空を見つめる。
(……明日が来るな)
(足りへんのは領域の実践経験だけや。でも俺には、空写がある。鏃がある。零駒がある。落花の情がある。空虚呪法がある。反転術式がある。極ノ番がある。)
(……それと——感情がある)
(ドブカスなことに、それが一番大事な手札かもしれへんな。……皮肉なもんや)
直哉は静かに目を閉じた。
第59話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、いわゆる「決戦前夜」の静寂を描いた回でした。
直哉が自身の術式をリストアップするシーンは、これまで描かれてきた一つひとつの訓練や死闘が結実していることを示しており、読者としても感慨深いものがあります。特に「空写700メートル」という数字は、彼がいかに広大な範囲を「自分の庭」として支配しようとしているかの現れでもあります。
相澤先生との「足りへんですわ」「行きますわ」という、諦念を含みつつも迷いのないやり取り。
そして緑谷との「俺が目になる。緑谷くんが手になれ」という、魂の役割分担。
かつて禪院直哉が、他者を「景色」として切り捨てていた男だったことを思えば、今の彼が「誰かの目になる」ことを自らの戦場と定義したことは、最大級の変節であり、進化だと言えるでしょう。
次回、ついに戦いの火蓋が切って落とされます。
直哉の設計図が、AFOという巨大な悪をどう「剥がして」いくのか。
どうぞ、最後まで見届けてください。