【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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第6話:USJ編「余波、渇望、そして次の舞台へ」

 

 直哉が目を覚ましたのは、夜が明けてすぐだった。

 

 体の節々が重い。昨日の脳無との打ち合いで、全身に細かいダメージが積み重なっている。特に右拳。脳無の衝撃を正面から受け止めた時に指の関節に無理がかかったらしく、僅かに腫れが出ていた。

 

 直哉はゆっくりと右拳を握り、開いた。

 

(……使える。問題ない)

 

 鏡の前に立った。目の下がわずかに青くなっていた。呪力で受け止めたとはいえ、脳無の一撃の余波が毛細血管を潰したらしい。

 

(……呪力の展開が雑やった。全身に均等に流す意識が足りへんかった。面で広げるのではなく、衝撃が来る接触点だけに極限まで密集させる——昨日の打ち合いで見えてきた課題や)

 

 直哉はもう一度、右拳に意識を集中させた。

 

 呪力を全身に広げるのではなく、拳の表皮一枚の薄さに、ただひたすら圧縮して積み上げる。

 

 拳が、わずかに熱を持った感覚がした。

 

(……これや。面ではなく点。広げるのではなく圧縮する。前世の記憶にある呪力硬化——禪院家の上位の使い手だけが使いこなしていた感覚に近い。あれを今の体に再現できれば、脳無の衝撃吸収を薄く削ることができるかもしれん)

 

 まだ粗い。制御の精度が足りない。だが方向性は見えた。

 

(……今日の俺には昨日より一つ、考えることが増えた。それだけで十分や)

 

 直哉は制服の襟を整えて、部屋を出た。

 

 

教室に入ると、クラスは既に騒然としていた。

 

「相澤先生、大丈夫なのかな……」麗日が不安そうに言った。

 

「両腕粉砕骨折って聞いたよ……」緑谷が俯きながら言った。「僕のせいでもある。もっと早く動けていたら——」

 

「緑谷、お前もボロボロじゃねえか」切島が苦笑いしながら言った。「まず自分のこと心配しろよ」

 

「でも相澤先生が……!」

 

「心配するのは分かる」飯田が真剣な顔で続けた。「しかしだからこそ、我々は今日の授業を全力で受けることが最大の恩返しになるはずだ!!」

 

「飯田くんの言う通りや」

 

 直哉が言った。

 

 全員が直哉を見た。

 

「……何やその顔。俺がしゃべったら変か」

 

「変ではないけど……珍しいなと」麗日が少し驚いた顔で言った。

 

「飯田くんの意見が正しいから同意しただけや。別の意図はない」

 

「なんか禪院に褒められるとちょっと怖い」上鳴が小声で言った。

 

「褒めてない。正確な評価をしとるだけや」

 

「それが怖いんだよ!!」

 

 直哉は上鳴を一瞥して視線を外した。

 

 緑谷が直哉の方を向いた。

 

「禪院くん……昨日、脳無と戦ってたって、みんなから聞いた」

 

「ああ」

 

「怪我は……目の下、青くなってるけど」

 

「見えとるなら聞くな」

 

「ご、ごめん! でも心配で——」

 

「君が俺の心配をする前に、まず自分の腕の心配をしろ。またぐるぐる巻きやないか」

 

「それは……そうなんだけど」

 

「昨日で何回目や。腕を壊したのが」

 

「……え、えっと」

 

「入試の時、対人戦闘訓練の時、USJの時。三回や。お前、入学してから一月半で三回腕を壊しとる。そのペースで続けたら、体育祭の前に腕が使い物にならなくなるぞ」

 

「わ、分かってる!!」

 

「分かっとるだけでは意味がない。なんで毎回腕を壊すのかを把握して、改善策を実行しなければ、分かってないのと同じや」

 

「禪院ちゃんって……人の心とかないの……?」蛙吹が静かに言った。

 

「心がないのではなく、事実を言うとるだけや。君らが言わへんから俺が言うとるだけや。君ら全員、緑谷くんに対して優しい顔をしとるが、それで緑谷くんの腕が治るわけやない」

 

「それは……」蛙吹が少し黙った。

 

「緑谷くんを傷つけたいわけやない。個性の出力を制御せずに使い続けたら、いつか取り返しのつかないことになる。それを言うとるだけや。それが優しさか残酷かはお前らが決めることやが、俺は事実から目を逸らす気はない」

 

 緑谷が少し俯いた。その顔に悔しさが滲んでいる。

 

「……禪院くんの言う通りだよ。分かってる」

 

「なら改善しろ。以上や」

 

 麗日が恐る恐る口を開いた。

 

「あの、禪院くん……もう少し言い方を考えた方が……」

 

「女の心配の仕方は違うやろ。君は緑谷くんの腕をどうにかできるんか。できんのやったら黙っといてくれ。俺は解決策のない感情的なやり取りに時間を使う趣味はない」

 

「……女の、って何?」麗日の眉が少し動いた。

 

「別に悪く言うとるわけやない。女は感情を優先する。男はそれを支える。そういうもんや。禪院家ではそういう教育やった。感情的な言葉をかけるのはお前の役割やけど、問題を解決するのは別の話や」

 

「それ……すごく古い考え方だと思うわ」蛙吹がはっきりと言った。

 

「古い考え方でも正しければ使う。それだけや」

 

「……禪院くんは、女性のことをどう思ってるの?」麗日が少し真剣な顔で聞いた。

 

「戦闘者として弱いと思っとる。平均的な話やけど。例外はおる」

 

「例外って?」

 

「お茶子ちゃんとか蛙吹ちゃんとか。あの対人戦闘訓練で麗日ちゃんが核兵器を死守したのは認めとる。能力を合理的に運用した。そこは評価する」

 

「じゃあそんなひどい言い方しなくていいじゃない!」

 

「評価することと、気を使うことは別の話や。俺は気を使う必要を感じへん。それだけや」

 

 麗日が口を閉じた。蛙吹が「まあ、禪院くんなりの評価なのかしらね」と静かに言った。

 その時、教室の扉が開いた。

 

 

入ってきたのは、包帯だらけの人物だった。

 

 頭部から顔にかけて白い包帯が巻かれている。両腕もがっちりと固定されている。普通ならば即入院してそのまま動けないはずの重傷のはずだ。

 

 だがその人物は、普通に教壇の前に立った。

 

 相澤先生だった。

 

「せ、先生!!」麗日が声を上げた。

 

「なんで来てるんですか!!」切島が叫んだ。

 

「命に別状はねえ」相澤先生が静かに言った。「両腕粉砕骨折、顔面骨折だが、死にはしない。問題ない」

 

「問題大ありです!!!」上鳴が叫んだ。

 

「やかましい。座れ」

 

 クラスが静まった。

 

 直哉は相澤先生を正面から見た。

 

(……あの包帯の量。顔面骨折というのは顔の骨が砕けとるということや。普通はそれで立ち上がれない。それでも今日ここに来とる。この人は教師として生徒の前に立つことを選んだ)

 

(……俺には関係のない美学や。ただ、この人の意志の強さは本物やな)

 

「今日話すことは一つだ」相澤先生が言った。「体育祭がある」

 

 クラスがざわめいた。

 

「USJの件があってもですか……?」緑谷が恐る恐る言った。

 

「何よりうちの体育祭は最大のチャンスだ。ヴィランごときで中止していい催しじゃねえ」

 

 相澤先生は包帯だらけの顔で、クラス全体を見渡した。

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限だ。プロに見込まれれば、その場で将来が開けるわけだ」

 

「いつですか!!」飯田が手を上げた。

 

「2週間後だ。年に1回、計3回だけのチャンスだ。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら準備は怠るな」

 

 クラスが静まり返った。

 

 直哉は相澤先生の言葉を聞きながら、内心で別のことを考えていた。

 

(……体育祭。スカウトの場、か。俺にはそれはどうでもいい。ただ、体育祭は実力を測る場になる。この学校のヒーロー科で、誰が本物の強さを持っとるかを確認できる。特に轟くん。あいつが全力を出した時に何ができるか——それだけは見ておきたい)

 

「以上だ」相澤先生が言った。「昨日のことで精神的にやられてる奴は、カウンセリングに行け。それも立派な準備の一つだ」

 

 そう言って相澤先生は教室を出て行こうとした。

 

「先生!!」

 

 緑谷が立ち上がった。

 

「……なんだ」

 

「昨日、先生が一人でヴィランの群れに突っ込んでいった時——怖くなかったんですか」

 

 相澤先生が少し間を置いた。

 

「俺の仕事は生徒を守ることだ。怖いかどうかは関係ねえ。それだけだ」

 

 そう言って教室を出て行った。

 

 クラスがしばらく無言だった。

 

「すごい先生だ……!!」飯田が感動した顔で言った。

 

「かっこよすぎる……」麗日が目を潤ませていた。

 

「先生……!!」切島が涙ぐんでいた。

 

 直哉は黙って見ていた。

 

(……前世の記憶にある呪術師たちも、みんな信念があった。信念のある人間は強い。それは認める。ただし感動することと、強くなることは別の話や)

 

(……俺には相澤先生みたいな生徒を守る動機はない。ただ今日の相澤先生の選択を見て、一つ思った。あの人は生き残るためにではなく、目的のために動いた。その判断の早さと、体が限界でも動ける意志の強さ——あれは実力の一つや)

 

 

 休み時間、直哉は廊下に一人で立って、右拳に意識を集中させていた。

 

 呪力を圧縮する。面に広げるのではなく、拳の表面の一点だけに積み上げる。

 

「ドブカス野郎」 

 

 声がした。

 

 爆豪だった。

 

 直哉は振り返らずに答えた。

 

「……何や」

 

「お前、昨日脳無と戦ったって聞いた」

 

「ああ」

 

「で、どうだった」

 

 直哉は爆豪を見た。

 

(……爆豪くん。この男の個性は爆破だ。汗を爆発させる。攻撃と機動を同時にこなせる。ただし短距離での爆発力に依存しとる。遠距離への対処がどこまでできるかは見えていない)

 

(……それより、この男の目が気に入らん。俺を格下だと思っとる目やない。対等か、それ以上に見ている目や)

 

(……まあ、現時点での実力は互いに測っとらんから、それは当然やな)

 

「今の俺では倒せんかった。それだけや」

 

「倒せんかった、か」爆豪が少し鼻を鳴らした。「てめえは妙なとこで正直だな」

 

「嘘をついても意味がない。俺が昨日脳無を倒せなかったのは事実や。感情で塗り替えようとしても事実は変わらん」

 

「そうだな」

 

 爆豪がそう言って、少し間を置いた。

 

「俺も昨日、黒霧を完全に止めることはできなかった。半端な結果だ」

 

「知っとる。感知はしとった」

 

「感知?」

 

「個性で気配を探れる。施設全体の大まかな状況は把握しとった」

 

「……そういう個性か」

 

「そういうことや」

 

 爆豪が直哉を正面から見た。

 

「体育祭、どうする気だ」

 

「出る。それだけや」

 

「優勝する気はないのか」

 

「優勝すること自体には興味がない。ただ、やるなら全力でやる。それだけや」

 

「……全力でやって優勝できんのか?」

 

「今の俺には分からん。やってみなければ」

 

「はっきりしてんな」爆豪が少し笑った。「気に入った」

 

「気に入られても何もやらんけどな」

 

「やれ」

 

「嫌や」

 

「……俺のこと格下だと思ってるのか」

 

「思っとらん。評価できる材料がまだない。爆豪くんの個性の全力を見たことがないから、評価しようがない」

 

「面白えな」爆豪が目を細めた。

 

「じゃあ体育祭で全力を見せてやる。お前もそうしろ」

 

「そうする予定や」

 

「そうか」

 

 爆豪が廊下を歩いていった。

 直哉はその背中を見た。

 

(……爆豪くん。あいつは今まで絡んできた連中の中で、一番まともな絡み方をしてきた。感情的ではあるが、力への純粋な執着がある。それは本物の強さに繋がりやすい)

 

(……ただし、爆豪くんは自分が最強だと思っとる。前世の俺を知ってるわけやないし、そう思うのは当然か。体育祭で確かめよう)

 

 

昼休み、直哉は屋上に上がった。

 

 誰もいない。空が広い。直哉は右拳を構えて、練習を再開した。

 

 投射呪法を起動する。一秒を二十四のコマに分割。自分自身の拳の動きを、コマ単位で把握する。

 同時に、拳の表面への呪力集中を試みる。

 

(……昨日の気づき。接触点への密度集中。面ではなく点。衝撃を受ける瞬間だけ、その接触点に全ての密度を叩き込む。脳無の衝撃吸収は面積を分散させる機構やから、点で叩けば分散する前に浸透する可能性がある)

 

 拳を繰り出した。

 

 繰り出す。

 

 繰り出す。

 

(……投射呪法と呪力集中の同時運用。使う感覚器が違う。視覚系の処理と力の制御系の処理。干渉は少ない。だが同時に走らせる意識のコストが高い。まだ余裕がない)

 

 三十分後。

 

 直哉は拳を止めた。

 

(……少し精度が上がった。拳の第一関節だけに密集させる感覚が、最初よりはっきりしてきた。ただし投射呪法の精度が少し落ちる。まだ同時運用のコストが高すぎる)

 

(……体育祭まで2週間。同時運用の精度を上げることが目標や)

 

 直哉は屋上の柵に背を預けて、空を見た。

 

(……前世の高みまで、まだ遥か遠い。前世の俺は、投射呪法だけではなく、拡張術式で射程を伸ばし、簡易領域で空間を制御し、攻防一体で戦っていた…が今の俺にはその全てがない)

 

(……だが昨日、脳無と向き合って、一つだけ分かったことがある)

 

 直哉は右拳を見た。

 

(……渇望は、正確な限界を知ってから生まれる。昨日の俺の限界が、今日の俺の目標になる。それが積み上げというものや)

 

 その時、屋上の扉が開いた。

 

 轟だった。

 

「……禪院もここか」

 

「そうや。一人で練習したかった」

 

「邪魔なら出るが」

 

「別に構わん。轟くんが騒がしくするわけやないやろ」

 

 轟が柵の横に立った。しばらく二人とも黙っていた。

 

「昨日のこと、聞いていいか」轟が言った。

 

「聞け」

 

「お前は脳無を正面から受け止めたと聞いた。本当か」

 

「一度だけな。限界を測るために試した」

 

「……どうだった」

 

「今の俺では、正面から受けると数メートル吹き飛ばされる。倒れはしなかったが、体の芯まで衝撃が届いた。骨が悲鳴を上げた」

 

「それで立っていられたのか」

 

「個性の一環で強化しとるから。ただし今の出力では、あれを連続して受けたら限界が来る」

 

 轟が少し間を置いた。

 

「……俺も昨日、全力を出していなかった」

 

「知っとる。対人戦闘訓練の時から気づいとった。轟くんは氷しか使わん」

 

「……」

 

「なぜ使わんのかは俺には関係ない。ただ、轟くんが全力の半分以下しか使ってへんのは、俺の目には見えとる」

 

「……俺の事情に口出しするつもりか」

 

「するつもりはない。ただ、轟くんが体育祭でも全力を出さんのなら、君の評価は今のままや。半分の力しか使っていない人間の実力は、俺には評価できん」

 

「……それがどうした」

 

「別にどうもせん。俺が轟くんに全力を出してほしいのは、お前のためやない。俺が見たいから言うとる」

 

 轟が少し直哉を見た。

 

「見たい、か」

 

「ああ。轟くんが炎を使った時の出力が、今の俺でどう対処できるかを確認したい。体育祭で対戦するかどうか分からんが、準備はしておく」

 

「……物騒だな」

 

「俺は常にそういう目で人を見とる。強い奴が近くにいれば、どう対処するかを考える。それが俺のやり方や」

 

 轟が少し間を置いた。

 

「……お前は誰かを守りたいとか、ヒーローになりたいという気持ちはないのか」

 

「ない」

 

 直哉は即答した。

 

「ない、か」

 

「ない。俺がここにいるのは強くなるためや。ヒーロー科が一番強い奴と戦える場所だから入った。誰かを守りたいという動機はない」

 

「それは……正直だな」

 

「嘘をつく必要がない。俺が君らと同じ動機でここにいると思うのは、君らの勝手な思い込みや。俺は強くなりたい。それだけや」

 

「……それでも、昨日脳無と戦い続けた理由は何だ」

 

 直哉は少し間を置いた。

 

「クラスメイトが死ぬのを黙って見とるのは面倒くさい。後処理が増える。それと——」

「それと?」

 

「今の俺の限界を測りたかった。本物の脅威に対して、今の俺がどこまでやれるか。それを知るために戦った。脳無は都合のいい相手やった」

 

「……都合のいい相手、か」

 

「ああ」

 

 轟がしばらく直哉を見ていた。

 

「……お前みたいな考え方の人間は初めて見た」

 

「そうか。まあ、禪院家の教育の結果や。前の記憶も含めて、俺はこういう人間になった」

 

「前の記憶?」

 

「個性の副作用みたいなもんや。詳しくは言わん」

 

 轟が頷いた。

 

「……体育祭、全力を出すかどうかは俺が決める」

 

「当然や。俺がどうこう言う問題やない。ただ、出すなら出してくれた方が、俺にとっても面白い。それだけや」

 

「……面白い、か」

 

「それが俺の最大の理由や。強い奴が本気を出す場面を見たい。その中に俺がいたい。ヒーローになりたいわけやないが、強さそのものへの渇望は本物や」

 

 轟が少し黙った後で言った。

 

「……そういう考え方も、ありなのかもしれないな」

 

「俺は否定されても別に構わんけどな」

 

 二人は並んで空を見た。

 

 しばらく、また静かだった。

 

 

午後の授業が始まった。

 

 オールマイトが教壇に立っていた。

 

 クラスが少し静まった。昨日の消耗した姿を見ていたから、オールマイトへの視線が変わっている。

 

「昨日は大変だったな!!」オールマイトが言った。「だがそれを経験したからこそ——君たちは一つ上の景色を見たはずだ!!」

 

「オールマイト先生!!」飯田が手を上げた。「昨日の私の判断——本当にあれで正しかったのでしょうか。クラスメイトを置いて逃げることに……」

 

「正しかった!!君の判断が外部に状況を伝えることを可能にした!!それがなければ教師陣の到着はさらに遅れていた!!」

 

「でも……」

 

「状況を判断して最善を選んだ!!それがヒーローの判断だ!!」

 

 飯田が頷いた。その顔にはまだ迷いが残っている。

 

「禪院少年!!」オールマイトが直哉を見た。「昨日、脳無と一人で対峙したと聞いた!!実際のところ、どうだった!!正直に教えてくれ!!」

 

 クラスの視線が直哉に集まった。

 

「今の俺では倒せませんでした」直哉は静かに言った。「個性の力を乗せた打撃は少し通じましたが、衝撃吸収を突き破るには出力が足りなかった。それが現実です」

 

「……そうか!!」

 

「ただ、動きの読みについては問題なかった。投射強化で軌道を把握できていたから、致命傷は防げました。問題は攻撃の通りが悪かったことです」

 

「それは大きな経験になったはずだ!!」

 

「はい」

 

 オールマイトが少し間を置いた。

 

「禪院少年……昨日一人で立ち続けた理由を聞いていいか?」

 

「限界を確認したかったからです」

 

「限界を……?」

 

「今の俺がどこまでやれるかを、正確に測りたかった。脳無は格上の相手やった。格上の相手に対して今の俺がどう動くか——それを実戦で確認する機会として使いました」

 

 クラスがざわめいた。

 

「使った、って……」麗日が呟いた。

 

「脳無を使ったって言った?」上鳴が引きつった顔で言った。

 

「言葉を選べ禪院君!!」飯田が声を上げた。

 

「正確な表現や。何がおかしいんや」

 

「でもあの脳無にって大丈夫なのかしら?」梅雨が疑問を投げかけた。

 

「ただ事実を言うとるだけや。脳無という格上の相手が目の前にいた。それを使って自分の限界を測った。何がおかしいんや」

 

「いや、その言い方が!!」

 

「……禪院少年」オールマイトが静かに言った。「一つだけ言わせてくれ!!」

 

 直哉はオールマイトを見た。

 

「命は一つだ!!自分の限界を確認することは大切だ!!だがそれは、守るべきものがあるからこそ意味を持つ!!ただ強くなるためだけに命をかけることは——」

 

「オールマイト先生」

 

 直哉が遮った。

 

「俺は死ぬつもりで戦ったわけやない。投射強化で脳無の動きを読んでいたから、致命傷を受けない自信はあった。計算の上で動いとる。無謀とは違います」

 

「……そうか!!だとしても!!」

 

「俺の動機がオールマイト先生の考え方と合わないのは分かっとります。俺はヒーローになりたいわけやないし、誰かを守りたいわけでもない。ただ強くなりたい。その目的のために動いとる。それが先生には理解できないものであっても、俺は変える気はありません」

 

 教室が静まった。

 

 オールマイトがしばらく直哉を見ていた。

 

「……そうか!!分かった!!ただ一つだけ覚えておいてくれ!!強くなることは素晴らしい!!だが強さは、誰かのために使う時に最も輝く!!それだけだ!!」

 

「……聞いておきます」

 

(……俺には関係のない言葉や。ただ、前世で悟くんがたまに似たようなことを言うとった。あの人は強さと使命を両立させとった。そういう人間もいる。俺には合わんが、否定する気もない)

 

 授業が再開した。

 

 

放課後、直哉は保健室に向かった。

 

 右拳の確認のためだ。

 

 保健室の扉を開けると、先客がいた。

 

 緑谷だった。両腕に包帯が巻かれている。

 

「禪院くん!?」緑谷が目を丸くした。

 

「緑谷くんもか」

 

「腕の処置で……禪院くんは?」

 

「右拳の確認だ。骨に問題なければそれでいい」

 

 保健の先生が来て、直哉の右拳を確認した。骨には異常なし。腫れは皮下出血だけで、数日で引くとのことだった。

 

「よかった」緑谷が言った。

 

「礼はいらん」

 

 二人は少し沈黙した。

 

 緑谷が口を開いた。

 

「禪院くんって……さっき授業で言ってたこと、本気? 強くなりたいだけで、守りたい人とかいないの?」

 

「本気や」

 

「すごいな……」

 

「すごいか?」

 

「うん。僕は正反対だから。守りたい人がいるから強くなろうとしてる。禪院くんは強くなることそのものが目的で——そういう考え方、できないなって思う」

 

「緑谷くんの考え方も俺には分からん。守りたい人がいるから強くなる——それは動機の話や。動機が何であれ、強くなる過程は似てくる」

 

「でも、動機が違うと限界の超え方が違うと思う」

 

「……どういう意味や」

 

「限界の瞬間に、何かを守りたいという気持ちがあると——一歩先まで行けることがある。昨日のオールマイト先生を助けに行った時も、そういう感じだった」

 

 直哉は少し間を置いた。

 

(……感情が限界を超える。前世の記憶にも、そういう場面があった。禪院家の術師ではなく、術師全体を見渡した時に、感情で限界を超えた人間は確かにいた。虎杖悠仁みたいな奴が典型や)

 

「……面白い考え方やな」

 

「え?」

 

「君が言う『守りたい気持ちが一歩先まで連れていく』というのは、俺の渇望とは別の種類の原動力や。どちらが強さに繋がるか——それは実際に比べてみんと分からん」

 

「比べてみたいの?」

 

「体育祭で分かるかもしれんな」

 

「……そういう意味でも、楽しみにしてるの?」

 

「ああ。緑谷くんがどこまで腕を壊さずに戦えるかを見たい。腕を壊さなければ、君の個性の本来の出力はどの程度か——それを確認したい」

 

「なんか……あれだね。禪院くんのその言い方って、意地悪なんだか励ましてるんだか分からない」

 

「どちらでもない。ただ事実を言うとるだけや。緑谷くんの個性に興味があるだけや」

 

「興味があるって言葉が、なんか温かく聞こえるのが不思議」

 

「過大評価するな。俺はただ強い奴に興味があるだけや。緑谷くんがもし腕を制御できるようになったら、それなりに脅威になる。だから見ておきたい。それだけや」

 

「……それでも、ありがとう」

 

「礼はいらんと言うた」

 

 緑谷が少し笑った。

 

「でも、言いたいから言う」

 

「好きにしろ」

 

夕方、直哉は寮の廊下に腰を下ろして、壁に背を預けた。

 

 右拳を見つめながら、今日の気づきを整理する。

 

(……今日分かったこと。接触点への呪力集中は方向性として正しい。投射呪法との同時運用はまだコストが高い。体育祭まで2週間でどこまで精度を上げられるか)

 

(……それと、今日幾つか確認できたことがある)

 

 緑谷出久の個性。腕を壊しながら使っている出力系の個性。制御できれば脅威になる。

 

 轟焦凍。炎を使っていない。何らかの事情がある。炎を使った時の出力が未知数だ。

 

 爆豪勝己。爆破と機動を組み合わせた戦い方。短距離での破壊力は一級品だ。

 

(……この三人は少なくとも、現時点で俺が意識すべき相手や。それ以外のクラスメイトについても、体育祭で確認できる)

 

(……体育祭は面白い場になる。スカウトだのヒーローだのは知らん。俺にとってはただ、今の自分の限界を測れる舞台や)

 

 直哉は立ち上がった。

 

 廊下の壁に向かって、右拳を構える。

 

 投射呪法を起動。コマ割り。同時に拳の表面への呪力集中。

 

(……もう少し精度が上がった。投射呪法の精度が落ちる分を、コマ数を減らして補う。全力の二十四コマから、十六コマに落としながら呪力集中に回す意識を増やす——)

 

 繰り出す。

 

 繰り出す。

 

 繰り出す。

 

 廊下に、規則的な風切り音が響いた。

 

(……今日の俺より、明日の俺が強くなる。それが積み上げというものや)

 

 前世の高みへ。

 

 まだ遥か遠い。だが今日、昨日より一つだけ近づいた。

 それだけが、禪院直哉の変わらない渇望だった。

 

呪術廻戦から直哉以外で原作キャラを登場させますか?(呪術側オリキャラ含めて)

  • 登場させる
  • 登場させない
  • それよりドブカス(人の心とかないんか?)
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