【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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【硝煙の残響、あるいは不本意な連帯】

地獄のような喧騒が止み、後に残されたのは耳鳴りと、鼻を突く焼けた鉄の臭いだけだった。

領域を解き、一人佇む禅院直哉の網膜には、依然として『空写』が捉える「有象無象」どもの生体反応が焼き付いている。

南東にデク、西に轟、東に切島――。

どいつもこいつも泥に塗れ、無様に喘ぎながら、それでも図々しく「生」にしがみついている。

その弱々しくも確かな脈動を感じるたび、直哉の胸には形容しがたい不快感と、それを上回る得体の知れない熱がせり上がっていた。

「全員、生きとる」

その事実に、あろうことか「安堵」などという、彼が最も忌み嫌ってきたはずの青臭い名前をつけてしまった男。

これは、己の設計が招いた「最悪に居心地の良い結末」に毒づきながら、扇子を閉じるまでの、あまりに私的な記録である。

キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。

評価付与、感想は直哉が満足して扇子を仰いでご満悦になってくれます!


第66話:最終決戦編「収束・扇子を閉じる」

 

 全てが終わった後。皆が疲弊している中でそれぞれの生活を送っていた。

 

 鼓膜を震わせていた爆発が止み、衝撃波が消え、耳障りな叫び声は過去のものとなっていた。

 

 直哉は『空写』を距離優先モードで展開した。半径700メートル。網膜に映る光点の輪郭を、冷徹になぞっていく。

 

(……緑谷くんは南東やな。轟くんは西……動きが鈍いな。切島くん、砂藤くん、お茶子ちゃん、飯田くん、常闇くん……他のクラスメイトも全員おる…相澤先生もおるわ)

 

 700メートルの境界内で読み取れる全ての生体反応。直哉はその一つ一つを、指差し確認するように確定させていった。

 

 ——全員、生きとる。

 

 その感触が、再度脳の深部に届いた。

 

 それは精緻な設計の帰結でも、冷淡な論理の積み重ねでもなかった。

 

 ただ、「全員、生きている」という剥き出しの事実が、改めて直哉の内に無理やり土足で踏み込んできたのだ。

 

 

 直哉はその場に立ち尽くしたまま、僅かに動きを止めた。

 

(……これが、安堵っちゅうやつか。反吐が出るわ)

 

 生まれて初めて名前を与えられた感情。

 

 これまで「設計の成功」という記号で処理してきたものが、今夜は「安堵」という、湿っぽくて甘ったるい質感を伴って現れた。これまで慣れ親しんだ「よかった(想定通りや)」とは、明らかに違う層から湧き上がってくる。

 

 強張っていた胸の辺りが、不格好に緩んでいく。

 

(……大事が終わった後とはいえ、緊張しとったんか、俺が? 誰が、あんな有象無象どものために……ありえへんな、それは)

 

 神野の夜から今日まで、直哉は「設計を完遂させること」のみに全神経を注いできた。感情など設計の後に置く余り物か、あるいは燃えカスの燃料程度にしか考えていなかった。

 

 だが今夜、その忌々しい感情が、設計の先を越してしまった。

 

「——ドブカスやな」

 

 声に出して吐き捨てた。

 

 だが、その不細工な感情を、どうしても否定しきれない自分もいた。

 

(時には俺の力になるためのきっかけをくれた奴もいた…あくまでも有象無象なのは変わらんが、少しでも俺の糧になった奴らやし、まだ利用価値があるうちは、少しは気にかけてやってもええかもしれへんわ…)

 

 

 

 緑谷の気配がこちらへ向かってくる。

 

 月の光が差し込む寮の廊下で二人は再会した。

 

 互いに疲弊した状態で、まだ決戦時の疲れが取れていないのであろうことが分かる。

 

(……なんやその面。見てられんほど無様やな。ボロ雑巾の方がまだマシやわ)

 

 内心で罵倒しながらも、直哉の足は止まらなかった。もはや日頃の習慣となりつつあった『空写』を展開し、周囲の情報を探っていた。

 

「——禪院くん」

 

「緑谷くん」

 

「改めてにはなるけど…終わったね」

 

 直哉は一拍の間を置いた。

 

「……そうやな。ようやくや」

 

 ただ、それだけを返した。緑谷が直哉の顔をじっと覗き込む。

 

「……禪院くん、顔が違う」

 

「どんな顔や。あんたのボロ雑巾みたいな面よりはマシやろ」

 

「なんか——緩んでる」

 

「……そうやな」

 

「どうしたの?」

 

「『安堵』というやつが来ましたわ。初めて名付けられましたわ、こんな気持ち悪いもん」

 

 緑谷はしばらく直哉を見つめ、それから——屈託のない笑みを浮かべた。

 

「禪院くんが『安堵』って言うの、なんか——すごく良かった」

 

「……そうなんか?…理解に苦しみますわ」

 

「うん。お疲れ様、禪院くん」

 

 直哉は視線を逸らした。

 

「——お疲れ様でしたわ、緑谷くんも」

 

(俺が介入して再設計した『物語』は終わった…お疲れ様や…緑谷くん、いや『主人公』…この『物語』…は美しく雅やった。ホンマに楽しませてもらったわ…)

 

そう内心で直哉はこの気持ちを噛み締めつつ、優雅に扇子を仰いで佇んでいた。

 

 緑谷が去り、再び静寂が訪れる。

 

 直哉は共通スペースのソファに座った。

 

 懐から扇子を取り出し、再度開こうとして——その指を止めた。

 

(……これ以上は扇子を開かんでええ。今夜は)

 

 扇子を閉じたまま、その感触だけを確かめる。

 

 かつて禪院家の廊下で、自らの「格」を誇示するために、あるいは余裕を演じるために弄んでいた道具。

 

(余裕があるように見せるための「ハッタリ」やったはずやのに、いつの間にこんな……)

 

 今はただ、仰ぐと夜風が心地よいから、という極めて単純な理由でそこにある。

 

 直哉は閉じた扇子を握りしめ、何事もないような平穏に戻った寮内の空間を眺める。 

 

 確かな静寂の中に、いつも変わらない寮内の光景が確かにそこにはあった。

 

 一度だけ扇子を開き、軽く仰いだ。

 

「——……暖かい」

 

 頬を撫でたのは、ただの夜風だ。

 

「——今夜は暖かいな」

 

 設計でも、分析でも、証明でもない。

 

 ただの人間としての、あまりに素朴な実感が口を突いて出た。

 

 

 最後にもう一度だけ、『空写』を広げる。

 

 半径700メートルの輪郭。

 

(切島くんは……ドブカス仲間と傷を舐め合っとるか。砂藤くんは動かん……座り込んどるな。お茶子ちゃんは……あいつ、まだ動き回っとるんか。決戦が終わって間もないのに元気な女や。常闇くんは……陰気な面して考え事か。轟くんも、飯田くんも……)

 

 ——みんな、生きとる。

 

 ——それぞれの場所で、それぞれの無様な生を繋いどる。

 

(俺は後方にいたはずやったのに……いつの間にか、同じ泥の中に立っとるんやな。……次は、何や)

 

 常闇に突きつけられた「証明の先に、何がある」という問いが、今さらになって重くのしかかる。

 

(……分からんな。気持ち悪い。けど、まだ先があることだけは、認めざるを得んか)

 

 

 直哉は膝の上にノートを広げ、震える指でペンを走らせた。

 

『緑谷追跡記録——今夜、直接会った。生存確認。終了の言及。』

 

今日の整理:

 

「全員、生きとる。それだけや。」

 

 いつもなら、数ページに及ぶほど緻密な「整理」を書き込む。だが、今夜はこの一行以外に書くべき言葉が見つからなかった。

 

(……ほんま、ドブカスやな。設計もヘッタクレもあらへん。けど——)

 

 ペンを置き、扇子を広げる。

 

 夜風はやはり、暖かかった。

 

「——全員、生きとる。……そうや。それだけで今夜は十分や」

 

(目の前で余計な無様な姿を晒されるよりは、まだただの有象無象としてのうのうと生きてりゃええんや。悲惨な姿を見せられても不細工なだけやし、俺の視界にゴミが写るからこれでええわ)

 

 『空写』を畳む。

 

 それは、神野の夜から一度も解くことのできなかった、神経を削るような索敵の終わりを意味していた。

 

 初めて、静かな闇の中で眠れる夜が来た。

 

 直哉はゆっくりと、重くなった瞼を閉じた。




第65話、完結お疲れ様でした。

ついに大戦が収束し、直哉がノートに記した「終わった」という言葉が重く響く回でしたね。

今回の直哉は、内心では相変わらずの「ドブカス風味」が全開でした。

緑谷の消耗した姿を見ては「相変わらず見てられんほど無様やな」と毒づき、クラスメイトたちの生存を確認しては「俺の設計のおかげや、感謝せえよドブカス共が」と、内心で相手を蹴飛ばすような傲慢さを失っていません。

彼にとって、仲間との絆を認めることは、これまで積み上げてきた自分という「格」が崩れるような、生理的な拒絶感を伴うものだったのでしょう。

しかし、そんな彼が「安堵」という言葉を口にし、あえて扇子を閉じて夜風に身を任せる姿は、言葉とは裏腹な深い納得感に満ちています。

「暖かい」と感じたのは夜風ではなく、おそらく彼が否定し続けてきた、他者との繋がりの温度だったのではないでしょうか。

「証明」の先にあるものを、彼はまだ明確には掴んでいません。

けれど、空写を畳んで眠りにつくその背中は、かつての神野で震えていた自分を、ようやく許せたようにも見えます。

最高の「終わったな」をありがとうございました。
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