【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
未曾有の決戦から三日。
世界から「恐怖」の圧力が少しずつ霧散し、瓦礫の街には再生の足音が響き始めていた。
領域も術式も必要のない穏やかな空の下、禅院直哉はかつての敵地、神野を思わせる廃墟にいた。
隣に座るのは、かつて自分が一方的に「追跡」し、その生存のみを記録し続けてきた少年、緑谷出久。
これから始まるのは直哉が秘め続けてきた「前世」の呪縛と、今世で積み上げた「設計」の正体を明かすための、静かな儀式の始まりだった。
「呪術」「禪院家」、そして「届かなかった男」。
語られる言葉は、直哉という男を形作るミッシングリンクを埋めていく。
これは、ヒーローという定義を「保留」にしたまま、それでも誰かの救いとなった一人の男の、戦後報告である。
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
評価付与、感想は直哉がドヤ顔を披露して全力で煽ってくれます。
『評価や感想、お気に入りをくれるなんて、人の心とかあるんか?』
第67話:幕間「戦後・デクとの事後報告」
決戦から、三日が経った。
雄英の外壁の外に出ると、そこには三日前までとは決定的に違う世界が広がっていた。
瓦礫は組織的に片付けられ、避難民の顔には少しずつだが「日常」への予感が戻りつつある。ニュース番組は、ヴィラン連合の壊滅、AFOの完全無力化、そして死柄木弔の拘束という、この世界の「勝利」を繰り返し報じていた。
直哉は『空写』を広げながら、雄英の周辺をゆっくりと歩いた。
(……街の気配が変わったな。まとわりついとったあの不快な「恐怖」の澱みが、えらい薄なっとる。まだ完全には消えへんやろうけど、もう終わる空気や)
「——終わったんやな」
独り言が口をついて出た。
瓦礫に染み付いた戦場の残り香はまだある。だが、それは未来へ続く「呪い」ではなく、ただそこに残されただけの「過去」の気配だった。
——前世で知っていた、血生臭い呪術の世界。あの場所でも戦いの後の空気は似たようなものだった。
だが、今世は決定的に違う。
(……俺の設計の範囲内におった奴らが、一人も欠けんと生きとる。それだけで、前世とは比べもんにならんほどマシな結末やわ)
雄英へ戻るため足を向けたとき、背後から声をかけられた。
「——禪院くん」
「…緑谷くんか」
「少し時間あるかな?」
「あるで。緑谷くんの頼みや、無下にはせんわ」
振り返ると、そこには少しやつれた、だが光を取り戻した瞳の緑谷が立っていた。
「——全部終わってから話す、って言ってくれたよね。あのとき」
直哉は僅かに眉を動かした。雨の路上。泥に塗れた緑谷を休ませて、「また次の機会に」とでも告げたあの夜の約束。
「……緑谷くん、そんな細かいことまで覚えとったんか。意外と執念深いやっちゃな」
「覚えてたよ。ずっと」
「そうか。……ならしゃあないな」
「——話してくれる? 全部、終わったから」
「……どこまで話すかは俺のさじ加減やけどな。まあ、できる範囲で教えたるわ」
二人は近くの廃墟の広場へ移動し、瓦礫の上に腰を下ろした。
緑谷が静かに口を開く。
「——禪院くんには前世の記憶があるって、みんな知ってるけど。それって、どんな世界だったの?」
直哉はしばらくの間、虚空を見つめた。
「……呪術の世界やった。個性やなくて、『呪力』と『呪術』で全てが回る世界。人間の悪意から生まれる『呪霊』という怪物を、呪術師が祓う……そんな殺伐とした場所や」
「呪霊……」
「今世のヴィランに近いけど、もっとタチが悪いな。AFOみたいな設計者やなくて、ただ存在するだけで周囲を壊す本能的な怪物や。俺は前世でも、禪院という呪術師の名門に生まれとったんやけど……あそこは、あまり好きやなかった」
「……どうして?」
「呪術が使えるかどうかだけで、人間の価値が決まる家やったからな。力のない者は道具以下。俺は、その『持たざる者』として虐げられた一人を……前世でずっと見とったんや」
緑谷は、瞬きもせずに聞いていた。
「——それが、切島くんから聞いた『フィジカルギフテッドの人』の話?」
「……あの暑苦しい奴、そんなことまで話しとったんか。ほんま口の軽いドブカスやな」
「うん。禪院くんが珍しく前世の話をしてたって。……その人のこと、今世でも考えてる?」
「……考えとるわ。前世で俺を『景色扱い』しよった、あの男……それが今世での俺の設計の出発点やからな。けど——」
「けど?」
「——今日ここに来る前に、もうあの男には届いとったんや。あの夢の中でな」
「届いた、っていうのは……」
「戦ったんや。夢の中でな。……で、俺が勝った。甚爾くんに『合格だ』と言わせたわ」
緑谷が、感嘆したように息を吐く。
「……そっか」
「うん。その瞬間は、それが俺の証明やと思っとった。……けど、違ったな」
「違った?」
「あの夢の中の甚爾くんと戦って得た勝利よりも確かに己の壁を破る上では確かに重要で、何よりも必要やったことや。せやけど、それに負けないくらいには今日、緑谷くんが『終わったな』と言った瞬間に、俺の設計図におる奴らが欠けることなく、俺の設計に不細工な影響を及ぼさずに全員生きとったこと。……それもまた、俺にとっては完成された雅なデザイン…証明やった」
「一つ、聞いてもいい?」
「どうぞ。緑谷くんの質問攻めには慣れとる」
「——禪院くんは、今世でヒーローになりたいって思ってるのかな?」
直哉は一瞬、答えに窮した。
(ヒーロー、か。俺が? 笑わせよるわ)
「……まだ、分からんな」
「分からない?」
「俺がやったことは、結果的には確かに誰かを守るための設計やった。緑谷くん連れ帰ったことも、AFO戦もな。けど、それを『ヒーローになりたい』なんていう高尚な動機でやった覚えはあらへん」
「じゃあ、何のために?」
「設計を完成させたかった。俺の正しさを証明したかった。……あとは、まあ。単に誰も欠けんといてほしかっただけや…まあ正確には、俺の目の前で無様な姿を晒して、俺の設計に支障をきたすことが嫌だと思ってたんよ」
「…禪院くんらしい考えだね。…でもそれって、結果的にはヒーローに行き着くんじゃないのかな?」
直哉は言葉を失い、喉の奥で「ハッ」と小さく笑った。
「……そうかもしれへんな。けど、自分を『ヒーロー』なんて言葉で定義するんは、まだ気恥ずかしくて慣れへんのや」
緑谷が、優しく微笑む。
「禪院くんらしいね」
「そうか?」
「うん。でも、禪院くんが今日やったことは、間違いなくヒーローだったよ。僕にとってはね」
「……ふん。……おおきに、緑谷くん」
「どういたしまして」
「……なんや、素直に言えてもうたな。反吐が出るわ」
「成長だね」
「ドブカスなことに、な」
「——一つだけ、俺からも話しとくわ」
直哉は懐から、一冊の使い古されたノートを取り出した。
「あん時の路上で、緑谷くんを休ませたあの夜から。俺は毎晩、記録をつけとった。『緑谷追跡記録』っていう、これまたドブカスなタイトルのノートや」
緑谷の動きが止まる。
「……知ってたよ。毎晩、誰かが僕を見てくれてるって気配は」
「記録の中身までは知らんやろ。……『生存確認』。その四文字を、何十回書いたか分からんわ。毎晩、空写で緑谷くんの位置と速度を読んで、生きてることだけを確認して……ただそれだけの、退屈なノートや」
「……そっか」
「それなりに月日が経ってようやく、緑谷くんが寮に連れ戻された瞬間に、とりあえず最終回を書き足してその日はノートを閉じた。……けど、これは捨てへんわ。俺の設計の、一番泥臭い記録として残しとく」
緑谷が、少し潤んだ瞳で直哉を見つめる。
「——禪院くん。ありがとう。毎晩、僕を見守っててくれて」
「……礼なんていらんわ。あんたが勝手にくたばったら、俺の設計が台無しになるからやってただけや。……けど、まあ。今日は受け取っといたるわ」
「……受け取ってくれて、よかった」
「……成長やな」
「うん、成長だね」
二人の間に、今日一番の穏やかな笑いが零れた。
しばらくの間、二人は無言で瓦礫の上に並んで座り、流れる雲を眺めていた。
通り抜ける風が、直哉の髪を優しく揺らす。
「——禪院くん。前世の話、もっと聞かせてくれる?」
「……今日はここまでや。出し惜しみせんと、雅やないやろ?」
「そっか」
「全部話せるほど、俺の設計もまだ整理ついとらんのや。けど……今日話した分だけで、なんか知らんけど、少し体が軽うなった気がするわ」
「軽くなった?」
「切島くんや常闇くん、轟くん……あいつらドブカス共と話したときも、同じ感触があったな。……緑谷くんに話して、またそう思ったわ」
「じゃあ、また話してよ。全部じゃなくていい、禪院くんのペースで」
「……考えるわ」
「うん。それでいいんだ」
「——保留のままでええこともある。それが俺の設計やからな」
「保留のままで、でもいつか話せる時が来る。……素敵じゃないかな、それも」
「……そうやな」
直哉は扇子を広げ、ゆっくりと仰いだ。
吹いてくる風は、今日も変わらず、暖かかった。
自室に戻った直哉は、机に向かってノートを開いた。
『緑谷追跡記録——今日、本人と対談。生存確認。』
(……これで、このノートも本当の役目御免やな)
万年筆を置き、次のページを捲る。
今日の整理:
① 緑谷くんと対談。前世の断片(呪術、禪院家、甚爾、追跡記録)を共有。
② ヒーローの定義について。「まだ分からん」と答えつつも、感謝を口にした。成長。
③ 対話による緩和。有象無象…ドブカス共と積み重ねてきた『軽くなる感触』を再確認。
④ 保留の肯定。全てを明かさずとも、設計は進んでいく。
(……全部、終わったんやな)
だが、設計の余白にはまだ続きがある。
(保留はある。……けど、それでええ。まだ先があるっちゅうことやからな)
直哉は扇子を閉じ、電気を消した。
窓の外には、静かな平和の夜が広がっていた。
第66話、お疲れ様でした。
直哉と緑谷、二人の「設計者」と「主人公」が、ようやく肩を並べて過去と現在を清算する、非常に感慨深い回でした。
特に印象的なのは、直哉が「追跡記録」について告白するシーンです。
孤独な夜、空写を広げては「生存確認」の一文字を刻み続けた直哉の献身。それは彼が否定し続けてきた「自己犠牲」や「ヒーロー性」そのものでしたが、緑谷の「ありがとう」という言葉によって、その記録はようやく「設計の証」から「絆の証」へと昇華されました。
「保留のままでいいことがある」
完璧主義だった直哉が、不確かな未来や定義できない自分を許容できるようになったことこそ、彼にとっての最大の「成長」なのかもしれません。
戦いは終わりましたが、ノートの次のページには、もう「追跡」ではない、新しい日々の記録が書き込まれていく予感がします。
直哉の扇子が仰ぐ風が、これまで以上に暖かく感じられる幕切れでした。