【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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体育祭編
第7話:雄英体育祭編「うなれ体育祭——開幕と呪力の証明」


 敵情視察の波が引いたのは放課後のことだった。

 

 廊下の人だかりが薄れ、1-Aの教室がようやく静かになった時、直哉は窓の外を見ていた。校舎の向こうに夕日が沈んでいく。グラウンドでは遅くまで自主練している生徒が数人いた。他のクラスだ。

 

(……確かに、来とったな)

 

 直哉の頭の中には、今日の光景が残像として刻まれていた。

 

 B組の物間寧人。計算されたように言葉を選んで、A組全体の感情を動かした。口だけの男ではない——と直哉は思う。ああいう動かし方ができる人間は、チームの中でも頭を使う側に回れる。騎馬戦になれば厄介な相手になるだろう。

 

 そして——あの紫髪の男。

 

 心操人使。

 

 普通科から来た生徒だというのはすぐにわかった。ヒーロー科の制服ではなかった。それよりも、眼が違った。爆豪が教室の前に立ちふさがっていた時、他の生徒たちが引いたり騒いだりする中で、あの男だけが静かに立っていた。動揺がなかった。計算でも強がりでもなく、ただ純粋に——前を向いていた。

 

 執念のある人間の目や、と直哉は思った。

 

 強がりや怒りとは違う種類のものだ。自分の目標が明確で、そこに向かって折れない意志がある人間の眼だ。直哉は前世でも、そういう眼をした人間を何人か見た。多くは弱かったが、中に本物もいた。心操は——どちらかはまだわからない。ただ、あの宣戦布告は本物だった。

 

「調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

 あの言い方が直哉には刺さった。

 

 感情的ではなかった。相手を貶したわけでもない。ただ淡々と、自分の目的と意志を述べた。それだけだ。余計なことは何も言わなかった。禪院家の人間から見ても、あれは見事な宣戦の仕方だ、と直哉は思う。

 

(……体育祭で個性使えんかったら、何が残る。それでヒーロー科を蹴落としに来とるんや。まあ——見てみたいな)

 

 直哉はそのまま自分の手のひらを見た。

 

 呪力集中(接触点型)の訓練を始めて三週間が経った。一週間前は一秒。今は三秒、安定して維持できる。コンマ一秒の精度は問題ない。ロボット相手なら十分通じる——USJの時の感覚がそれを証明していた。

 

 ただ、人間相手はまだわからない。

 

 ロボットは動きが予測可能だ。投射呪法を使えば軌道がほぼ読める。しかし人間は違う。判断が入る。感情が入る。フェイクが入る。二十四コマの視野があっても、相手が意図的に動きを崩してくれば予測精度は落ちる。そこが課題だった。

 

(……体育祭で何が出来るかを見る。それだけや)

 

 直哉は立ち上がり、鞄を持った。今日も特訓に行く。

 

 二週間後に、本番がある。

 

 

 体育祭の朝は早かった。

 

 直哉が学校に着いた時、すでに校舎の周りにはバリケードが張られ、外部からの記者がカメラを構えていた。入口に向かう道には警備員が立ち、生徒証の確認が行われている。校内を歩くと、すでにスタジアムの方角から歓声が聞こえていた。観客が入っているのだ。

 

(……でかいな)

 

 直哉は感慨もなくそれを思った。

 

 禪院家の人間として生きた前世では、こういう場所は珍しくなかった。呪術師同士が真剣勝負をする場も、観覧の元で行われる演武も、直哉は何度も経験した。人に見られることへの緊張は、そもそも持ち合わせていない。ただ——規模は確かに大きい。

 

 スタンドを見上げると、数万人規模の観客席が埋まっていた。プロヒーロー関係者の席も見える。

 

(……プロが見に来とる。スカウトや)

 

 直哉にとって、それは別に心が動く話ではなかった。スカウトがあろうとなかろうと、自分の道は変わらない。ただ——見られているという事実は、使える。本気を出す理由になる。観客がいる舞台で全力を出す経験は、呪力の制御にとっても悪くない環境だ。

 

 控室でジャージに着替えながら、直哉はクラスの様子を横目で見ていた。

 

 上鳴が何か騒いでいた。峰田が乗っかっていた。瀬呂がそれを笑っていた。緑谷は一人でノートに何か書き込んでいた——スタート直後の轟の動きを予測する書き込みだ、おそらく。飯田は真剣な顔で壁を向いていた。麗日は深呼吸をしていた。

 

 轟は一人で壁際に立ち、腕を組んでいた。

 

 直哉はその様子を一通り見てから、目を閉じた。

 

 体育祭が始まる前、轟焦凍は直哉に「お前には勝つ」とは言ってこなかった。あれは緑谷に言ったことだ——それは後で廊下で聞こえてきた会話で知った。なぜ緑谷に宣戦布告したのかは直哉には関係のないことだが、轟が本気を出す場面があるとすれば体育祭のどこかのはずだ。それを見届けたい、という気持ちは確かにあった。

 

(……炎を使う瞬間があるはずや)

 

 直哉はその瞬間を楽しみにしていた。感情的な楽しみではなく、呪術師として技術を見たい——という純粋な欲求として。

 

 それだけが、今日の直哉の静かな関心事だった。

 

 

 入場のアナウンスが来た。

 

「おーい、出番だぜ!」上鳴が叫んだ。

 

「本番前だ、静粛に」と飯田が止めた。

 

 直哉は列の後ろに並んだ。廊下を歩いて通路に出ると、先に他の学科の生徒たちが集まっていた。様々な服装をした生徒が、学科ごとに列を作って待機している。サポート科の生徒たちは自分で作ったと思しきアイテムを抱えていた。経営科の生徒たちは特に何もなく、のんびりした雰囲気だった。

 直哉はその光景を静かに観察した。

 

(……経営科はこの競技には関係ない。ヒマやな)

 

 それは事実として認識した。競技参加に実利がほとんどない学科が入場式に参加しているのは、学校行事としての形式だろう。それでも来ている——それはそれで別に構わない話だ。

 

 通路の先にスタジアムの光が見えた。歓声が大きくなる。

 

 プレゼント・マイクの声が轟いた。

 

「さあ、雄英高校体育祭のオープニングはやはりこの人達!まずは学校の花形、ヒーロー科ー!!」

 

 A組とB組が合流して、先頭から歩き出した。 

 

 スタジアムに出た瞬間、直哉は光量の変化に目を細めた。

 

 数万人の観客が目の前にいる。歓声が体に響いた。プロヒーローが観客席のあちこちで腕を組んで座っていた。カメラのレンズがいくつも向いている。

 

 直哉はその景色を三秒で整理した。

 

(……でかい舞台やな。ただそれだけや) 

 

 感情的に揺さぶられることはなかった。緊張もなかった。禪院直哉として生きた前世の記憶が、この種の「見られる場」への免疫を持たせていた。これ以上の緊迫した状況の中で戦ったことがある。この程度の雰囲気で心が乱れるなら、最初から高みなど目指せない。

 

 次にサポート科が入場してきた。プレゼント・マイクが続ける。

 

「サポート科の入場もお忘れなく!彼らの開発したアイテムが体育祭をアツくする!」

 

 発目明が何かを抱えながら入ってきた。異様なテンションで周囲に向かって喋りかけている。

 

 直哉はちらりと見た。

 

(……あれが発目明か)

 

 原作知識で知っているが、今世の噂も事前情報は少し聞いていた。サポート科の中でも特に奇矯な発明家、という評判だ。今日持ち込んだアイテムが何かは見えなかったが、あのテンションは本物だ——と直哉は判断した。正気の人間のテンションではない。良い意味で。何かに完全に没入している人間の目をしていた。

 

「次は経営科!基本的に参加するメリットはないんだが!ヒマなんだ!」

 

 スタンドから笑いが起きた。経営科の生徒たちは特に表情を変えなかった。そのうちの何人かはすでにスタンドの売り子として動き始めようとしていた。

 

(……経営科はあれはあれで筋が通っとる)

 

 それが直哉の評価だった。自分たちの本来のフィールドで動いている。体育祭を「経営の練習の場」として使うのは合理的だ。笑われても、やることは変えない。その姿勢は、嫌いではない。

 全学科の入場が終わると、広大なスタジアムのフィールド中央に、ミッドナイトが立った。

 

「それでは、1年生の代表選手に選手宣誓をしてもらいます!代表は、ヒーロー科1年A組、爆豪勝己くん!」

 

 大きな歓声と——若干のざわめきが混じった。

 

 爆豪は特に動じた様子もなく、マイクの前に立った。

 

 全員が注目した。緑谷が何か言いたそうな顔をしていた。飯田は姿勢を正した。直哉は爆豪の背中を見ながら、何を言うか予想した。

 

 爆豪は一呼吸置いた後、こう言った。

 

「俺が優勝する」

 

 それだけだった。

 

 スタジアムがざわついた。一部から笑いが起き、一部からは「なんだそれ」という声が上がった。他のクラスの生徒たちが眉をひそめた。

 

 直哉は静かに笑った——表情には出さずに、内側だけで。

 

(……言うやつや、あれは)

 

 余計なことを何も言わない。宣誓文の形式も無視した。あれが爆豪勝己の在り方だ。宣言に一切の装飾がいらない。自分が優勝する、それだけが全てだ、という態度。

 

 直哉には、それが理解できた。

 

 前世の禪院直哉も、似たような人間だったから。

 

 強さこそが全てで、言葉は最小限でいい。説明しなくても、結果が示す。それが本当に強い人間の態度だ——と、少なくとも直哉は思っていた。

 

(……ただ、実力が伴わなければただの傲慢や。爆豪くんの場合は、どっちかはまだわからん)

 

 爆豪がマイクから離れた。

 

 クラスメイトたちが苦い顔をしていた。麗日が「ひどー」と小声で言っていた。飯田が眉間に指を当てていた。蛙吹梅雨が「あれって宣誓になってるかしら」と真顔で言っていた。

 

 直哉はそれらの反応には特に関わらなかった。

 

 開会式が終わり、ミッドナイトが第一種目を発表した。

 

「今年の第一種目は——障害物競走!スタジアム外周約四キロ!一番乗りでゴールしたやつが勝ちよ!」

 

 

 外周コースに続く通路に向かいながら、直哉は頭の中で今から起こることを整理した。

 

 まず——轟くんは確実に最初の一手で氷を使う。

 

 入試でもUSJでも同じだった。個性を持つ人間は基本的に、自分が最も得意とする手から入る。轟の最も得意な手は大規模氷結による先制制圧だ。スタート直後の密集状態で使えば、後続のほとんどを一気に足止めできる——それを轟くんは理解しているはずだ。

 

 問題は範囲だ。

 

 どの程度の範囲で展開するかは直哉にはわからない。ただ、スタジアム外周全体のコースに向かって広げるとすれば、地面を中心に広がる平面的な展開になるはずだ。地面から発するなら——高さはおそらく低い。

 

(……跳べばええ)

 

 結論は単純だった。

 

 投射呪法で二十四コマ先を読む。スタート直前に轟くんの踏み込みを察知する。氷が来る直前に跳躍して、二メートル上に逃げる。氷の上面に着地したら、足の裏に薄く呪力を展開して摩擦代わりにする。

 

 そのまま走る。

 

 考えた計画を直哉は反芻した。

 

(……問題はあるか)

 

 問題は、轟くんの判断の速度だ。こちらが逃げたと認識した後、轟くんが追撃するかどうか。おそらくしない。轟くんは現時点で全員を敵として認識しているわけではない。先制で後続を潰して、上位の選手だけに絞るのが合理的だ。直哉への直接攻撃よりも、全体制圧を優先するはずだ。

 

(……ならこの計画でいける)

 

 入念ではあるが、単純でもある計画だった。

 

 通路の先に出口が見えた。コースに続く大きなゲートだ。他のクラスの生徒たちが横に並んでいる。B組の生徒たち、普通科の生徒たち、そしてサポート科——発目明は何かを組み立てながら歩いていた。

 

 直哉はスタートラインに立ちながら、前方に目を向けた。

 

 巨大なコースが続いている。先が見えないほどの外周だ。直哉は投射呪法を微弱に展開して、周囲の動きを整理した。

 

 二十四コマの視野が広がる。

 

 轟焦凍が直哉の二十メートル前、右側に立っていた。腕を組んで、真っ直ぐ前を向いている。左腕が——わずかに引かれていた。蹴り出しの準備だ。

 

(……来る)

 

 直哉は足を広げて重心を低くした。

 

 ミッドナイトの声が響いた。

 

「それでは——スタート!!」

 

 直哉は轟の左足が踏み込むコンマ三秒前に動いた。

 

 垂直に跳躍する。同時に足の裏に呪力を展開した——薄く、ただし均等に。摩擦ではなく、呪力そのものが表面に貼りつくように。

 

 轟の個性が解放された瞬間、地面が白く変わった。

 

 氷が爆発的に広がった。後ろから叫び声が上がった。直哉の耳には「何すんだテメェ!」という切島の声と、「氷が!」という誰かの悲鳴が届いた。

 

 直哉は氷の上面に着地した。

 

 足の裏の呪力が機能した——滑らない。通常なら氷の上では踏ん張れないはずの場所で、直哉の足は止まった。

 

(……通っとる)

 

 直哉は確認してから、走り出した。

 

 氷面を走ることは不自然ではなかった。足裏の呪力が氷に「引っかかる」感触がある。完全な固定ではないが、ランニングの速度を維持するには十分だ。

 

 前には轟と爆豪がいた。

 

 二人はすでに先行していた。轟は氷の上を問題なく走っていた——自分の個性で展開した氷だから当然だ。爆豪は爆破で地面を蹴り、氷の影響範囲をほぼ無視して前進していた。

 

 直哉はその二人を追いながら、後方も確認した。

 

 氷で足止めされた生徒がほとんどだった。しかし切島は硬化した体で氷を砕きながら前進していた。瀬呂はテープを使って氷の上をスキップするように動いていた。常闇踏陰がダークシャドウで氷を粉砕しながら進んでいた。

 

 他の生徒たちも、それぞれの方法で対処しようとしている。

 

(……個性を持っとると、選択肢が多いな)

 

 それは羨ましいという感情ではなく、純粋な観察だった。自分は呪力という別の手段を持っている。それで十分だ。他者と比較する意味はない。

 

 コースを進むと、第一障害が見えてきた。

 

 仮想ヴィランロボットだ。

 

 入試の時に使われたものと同型——ではなく、それを上回るサイズのものが三機、コースを塞ぐように立っていた。その周囲に中型、小型のロボットが多数配置されている。

 

 直哉は瞬時に計算した。

 

 投射呪法を全開にする。二十四コマの視野が最大まで広がった。

 

 大型ロボット三機の間に隙間がある——左側のロボットと中央のロボットの間、約三メートル。通れる幅だ。ただし通過しようとすれば中型ロボットの腕の範囲に入る。

 

 中型ロボットの腕の軌道を読む——右から左に薙ぎ払う動作に入りつつある。タイミングはコンマ六秒後。

 

 直哉は左側に踏み込んだ。

 

 腕が薙ぎ払われた。右肩の先一センチを通り過ぎた。

 

(……読めた)

 

 直哉は隙間を抜けた。同時に前方の小型ロボットが三機、向かってくるのを確認した。

 

 呪力を右拳の第一関節に集中させる。

 

 三秒の維持が可能になって以来、直哉は瞬間的な集中なら精度が上がっていた。接触点に最大密度で圧縮する——衝撃波ではなく、点として貫通させる。

 

 一機目の胴体部分に拳を打ち込んだ。

 

 金属が内側から割れる感触がした。小型ロボットの胴体が中心から崩れた。

 

(……通った)

 

 直哉はそのまま一歩を踏み込んで、残り二機の間を走り抜けた。追いかける動作に入った二機の軌道は投射呪法で読んでいた。

 

「なに!?あいつ素手でロボット壊した!?」

 

 後ろからプレゼント・マイクの声が聞こえた。直哉は振り向かなかった。

 

(……解説には使えん、か)

 

 しかし確認は取れた。呪力集中(接触点型)は人工物の金属相手にも機能する。出力はUSJの脳無相手より落ちていたが、精度が上がった分、より小さな面積に集中できた。それが破壊力として出た。

 

 問題はまだある——一発使うごとに集中を解除して再度行う必要がある。連続使用は今の自分には無理だ。次の集中まで少しの空白が生まれる。その空白に攻撃を受ければアウトだ。

 

(……課題やな)

 

 直哉はそれを確認しながら、コースを進んだ。

 

 前方には轟と爆豪がまだ見えていた。二人とも第一障害を突破したようだ。轟は氷を使って大型ロボットを足止めし、その間に走り抜けたらしかった。爆豪は爆破で直接吹き飛ばしていた。

 

 直哉は二人の背中を見た。

 

(……届かんな、今は)

 

 冷静な認識だった。悔しいという感情ではなく、現在の実力差の確認だ。轟と爆豪の個性は、移動力と突破力が圧倒的に高い。呪力で同じことをするには、もっと精度が上がる必要がある。

 

 今日はここまでやれることをやる。それだけだ。

 

 第二障害——細いロープ状の橋が続いていた。

 

 直哉は足裏の呪力を保ちながら走った。体の重心を低くして、上半身の揺れを最小化する。バランスそのものよりも、足裏の呼力の安定を維持することに意識を向けた。

 

 第三障害——地雷原だった。

 

 直哉は投射呪法で地面の不自然な盛り上がりを確認した。地雷の位置がわかる、と感じた。前の三メートルは二十四コマの視野で全部読める。ゆっくり進めば全部避けられる。ただし時間がかかる。

 

(……ここは素直に避けるしかないな)

 

 直哉が地雷原を踏まないルートを選んで進んでいる間、後ろから轟と爆豪の争いらしき音が聞こえた。次いで、大きな爆発音が来た——それも一度ではなく連続して。

 

 直哉は後方を投射呪法で確認した。

 

 緑谷出久が、ロボットの装甲を持って地雷の上に飛び込んでいた。

 

 爆発が連続して起きた。その爆発を推進力として、緑谷が飛び上がった——轟と爆豪を追い越そうとしている。

 

(……緑谷くん。何をやっとるんや…そういえば原作ではこんな展開やったな)

 

 直哉は思った。目を細めた。

 

 戦略として見れば——無茶苦茶ではあるが、間違ってはいない。個性が使えない状況で個性に頼らずに状況を打開した。地雷を「ある」という前提で使うことを考えた。地雷原の位置は全員にわかっていたのに、それを使おうとした人間は緑谷だけだった。

 

(……あの判断の速さは本物や)

 

 直哉は素直にそう認めた。

 

 装甲の向きが少しずれれば転落だった。計画の精度として荒削り過ぎる。ただ——発想の転換は確かに本物だ。ああいう引き出しを持っている人間は、実戦で何度も予測を外してくる。

 そして緑谷は、ゴールに到達した。

 

 一位だった。

 

 直哉は淡々とゴールラインを通過した。タイムは中位圏内だった。上位通過には届いていないが、四十二位の通過ラインは超えていた。

 

 ゴール後、スタジアムのモニターに順位が表示された。

 

 一位・緑谷出久。二位・轟焦凍。三位・爆豪勝己。

 

 直哉は順位表示を見ながら、今日の自分の動きを反芻した。

 

 轟くんの氷への対処——呪力による氷面走行、問題なく機能した。

 

 ロボット障害——投射呪法による軌道読み、有効。接触点呪力集中の戦闘使用、初成功。

 

 地雷原——投射呪法による地面分析、三メートル先まで有効。

 

 課題——接触点呪力の連続使用不可。再集中に空白がある。

 

 直哉はその空白を埋めることが次の目標だ、と確認した。

 

 近くに緑谷がいた。その腕を直哉は見た。さっきの爆発で打撲はあるだろうが、骨はたぶん折れていない——この段階で個性を使っていないなら。

 

「次から同じ手を使う時は、装甲の向きをもっと確認しとき」

 

 直哉は歩きながら言った。

 

 緑谷が振り向いた。

 

「え?」

 

「装甲が変な向きに飛んだら転落しとった。向きの制御が雑すぎる。戦略自体は悪くないが、精度が低い」

 

「……批判してる?」

 

「評価しとるだけや。良い点と悪い点を言うた。そういうことや」

 

 直哉はそのまま歩を進めた。緑谷が何か言いたそうな顔をしていたが、直哉には続きがなかった。言いたいことは全部言った。あとは緑谷が考えることだ。

 

 騎馬戦の交渉時間がすぐに来る。

 

 直哉は人の流れを見ながら、次の計算を始めていた。

 

スタジアムのアナウンスが次の種目への移行を告げていた。

 

 直哉は前を向いたまま歩いた。次の十五分で、誰が自分を必要として声をかけてくるかを静かに待った。

 

 体育祭は、まだ始まったばかりだ。




【技術進捗メモ】
∙投射呪法(接触型): 障害物競走でのロボット軌道読み、地雷位置判定に使用。三メートル前後の詳細予測は安定。

∙呪力集中(接触点型): 小型ロボットへの初戦闘使用成功。脳無時より出力低下、精度向上を確認。連続使用に課題あり——再集中の空白が生まれる。

∙足裏呪力展開: 氷面への対処として使用。滑走面への「貼りつき」効果は機能した。応用可能性あり。


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