【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
全ての戦いが終わり、ようやく訪れた「空写を畳んで眠れる夜」。
深い眠りの中で直哉が降り立ったのは、極彩色の波紋が広がる漆黒の鏡面――己の領域と化した心象風景だった。
そこに待っていたのは、かつて直哉がその背中を狂おしいほどに追い求めた男、伏黒甚爾。
しかし、現れた「天与の暴君」は、以前のような冷酷な値踏みの目を向けてはいなかった。
「お前は俺と違う道を行ったな」
甚爾が語る、二人の決定的な設計の違い。
一人が全てを蹂躙する道と、七百メートルの範囲にいる「全員」を生かす道。
前世の執着を脱ぎ捨て、今世で直哉が辿り着いた「証明の先」にある景色とは。
夜明け前の静寂の中で、二人のドブカスな魂が静かに共鳴する。
キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性がございます。
ご注意ください。
感想、評価付与、お気に入り登録は作者が泣いて喜び、直哉が雅な笑顔で扇子を仰いでご満悦になります!
深く眠った夜だった。
戦いが終わり、張り詰めていた緊張がようやく解けて、空写を畳んだまま眠れる夜が来た。それゆえに、意識は深く、暗い淵へと落ちていった。
夢の中に入った瞬間、直哉は確信した。
(……ここは、また俺の心象風景やな)
かつての灰色の平原ではない。今度は——漆黒の鏡面。
足元は磨き抜かれた鏡のようで、一歩歩くたびに極彩色の波紋が同心円状に広がっていく。
(領域の床と同じや。俺の心象が、俺の術式そのものになっとる)
夢の中で、直哉は扇子を開こうとした。だが、そこには風も空気の動きも存在しない。
「——相変わらず不細工なツラだな」
背後から、鼓膜を震わせるような掠れた声が響いた。
振り返ると、そこに男が立っていた。
黒い半袖シャツに、盛り上がった異様な筋肉。腰には醜悪な呪霊を巻き付けている。
そして——ハイエナのように冷徹で、全てを見透かす双眸。
だが、今回の男は笑っていた。
かつての「ガキを値踏みする」ような嘲りではない。もっと余裕に満ちた、認め、知った相手に向ける笑い。
「——甚爾くん」
「あの時の戦いぶりだな…直哉」
直哉は僅かに動きを止めた。
「……前回は『ガキ』と呼んでたんやなかったっけ?随分な心境の変化やんか」
「合格を出した相手を、いつまでも『ガキ』と呼び続けるほど、俺の趣味はひねくれちゃいねえよ」
「……そうか。甚爾くんにそう言われるのは光栄や」
(ホンマやで…甚爾くん)
「お前、俺とは違う道を行ったな?」
甚爾は鏡面の床に目を落とした。直哉が歩くたびに広がる、極彩色の波紋。
「……これが、お前の心象風景か」
「せやね。今は領域の床と同じになっとるわ。俺の設計が完成に近づいた証拠や」
「面白いな。あの時の灰色の平原より、ずっとお前らしい」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「ああ。灰色は『有象無象の掃き溜め』だった。これは——お前がこの世界を、自分勝手に設計し直した場所の色だ」
(甚爾くんにそう言われると、えらい雅な気分になるな)
「——甚爾くん。俺が今日、何をしたか知っとるか?」
「以前呼ばれた時の俺は、星漿体…天内理子の殺害依頼を受けた直後だ。お前が何をしたかまでは知らん。……だが、お前の心象風景の『質』が変わった。それだけで十分だ」
「AFOを倒したんよ。漫画的に言えばラスボスって奴や。俺の、領域を使って」
甚爾が僅かに間を置き、それから低く笑った。
「……そうか。ハッ。随分と遠くまで来たな、直哉」
「——甚爾くん、一つ聞いてええ?設計の確認や」
「何だ…言え」
「俺の道は——甚爾くんの道と、どう違うんや?」
甚爾は波紋の広がる床をじっと見つめていた。
「俺の道は『一人で全部踏み潰す』道だった。術師も呪霊も、理屈も関係ねえ。俺の肉体だけで世界を上書きする。……最初から、誰も隣にいない前提の設計だ」
「……そうやね」
「お前の道は違う。……お前の拡張術式の空写は700メートルまで伸びた。そうだろう?」
「そうやな。俺の設計した、完璧な絶対領域や」
「700メートルの空写は、『自分の周りを全部読む』ための術式だ。一人で踏み潰すための設計だけじゃねえ。……周りを読んで、情報を流して、周りと一緒に動くための設計でもある」
直哉は言葉を失った。
(……意識してへんかった。俺は、独りで立ちたいと思っとったはずやけどな…周りの有象無象が勝手に朽ちていく様は別にどうでもええけど、俺の設計には余計なノイズを入れかねん…恐らくそのことが影響してそうやな)
「……意識してへんかったわ。そこまでは…そういうキャラやないしな、俺は」
「そうだろうな。だが、お前の設計は最初から『有象無象(周り)がいる前提』で動いてる。俺とは根本から違う強さだ」
「……甚爾くんは、それをどう思うんや?不恰好で不細工な設計やと思うんか?」
「俺の設計の方が純粋だ。依存がない。だが——お前の設計の方が、遠くまで行ける」
「…どういう意味や?」
「俺は一人で全部踏み潰せるが、俺が死んだらそこで全部終わりだ。お前は一人では俺より弱いが……お前が動かした戦場は、お前が倒れても続く。700メートルの空写が流した情報は、緑谷に届き、緑谷を動かした。それが死柄木…AFOを倒す設計の一部になった。……そういうことだろ?」
「——甚爾くん」
「何だ?」
「前世で俺は、甚爾くんの背中ばかり見上げてたわ。『あっち側』に立ちたい。甚爾くんのいる場所にさえ行ければ、誰にも景色扱いされない。……そう、信じて疑わんかったんや』
「知ってるよ。お前のクソみたいな執着はな」
「今世で俺は、本気で『あっち側』に行こうとしたわ。設計を完成させて、AFOを倒して……俺は景色やなかった、特別やったんやと証明しようとしたんや」
「それで? 満足したか」
「——証明は、今日できたわ。……でも、証明と同様に、『全員が生きとる』という感触が来たんや。……『全員が無事』という感触が、証明の快感と同じくらいに。……それが、俺の出した一番の答えやったんやと俺は思うわ…甚爾くんだから言うんやけど、はんまに俺に似合っとらんやろ?この青臭いセリフ」
甚爾が沈黙した。その沈黙は、かつての直哉には決して耐えられなかったものだ。
「……まあ似合ってはいないな…実際お前、前世では絶対にそんなことは口にしなかったな」
「そうやな。前世の俺なら、ドブカスやな、と鼻で笑っとるわ」
「禪院家の直哉は……『全員が無事』なんて感触、強敵に打ち勝ち、力を求め壁を打ち破る以外に興味のなかったお前には満足するようなタマじゃなかったはずだ」
「今世で、思うところがあったのも事実や。結果的に、それがより完璧な設計図へと書き換えるための必要な工程になったんや」
「何がお前を変えた?」
直哉は、脳裏に浮かぶ騒がしい顔ぶれを数えた。
「——この世界の、有象無象どもですわ。切島くんに常闇くん、轟くんに、あの緑谷くん…いや…デクくん……。あとはエンデヴァーやミルコ、相澤先生。あいつらのお節介が、俺の燃料になったんやない?」
「……お前、友達なんてモンができたのか」
直哉は僅かに言葉を詰まらせた。
「……友達と呼ぶかどうかは、まだ慣れてへんよ。気色悪いしな」
甚爾が——笑った。
余裕でも嘲笑でもなく、心底「可笑しい」と思った時にだけ漏れる、人間らしい笑いだった。
「ハッ。最高にドブカスだな、お前は」
「……それは俺の言葉や。流石に甚爾くんでも著作権料もらうで?」
「移ったんだよ。使い勝手がいい、良い言葉だ」
「——甚爾くん。最後に一つだけ、言わせてください」
「…言え」
「前世の俺は、甚爾くんの背中しか見てへんかった。その背中が『あっち側』の全てやと。……せやけど、今世で、俺はもっと遠くを見たんや。700メートルの空写を広げて、全員の気配を読んで……『全員、無事である』という感触を持った。それは前世の俺には、逆立ちしても見えてへんかった景色やわ…俺の性質に合わんのは、何度も反芻して自覚しとるけどな」
「……前世の直哉は俺の背中を見、今世の直哉は700メートルの全員を見ている。……そういうことか」
「せやな。それが——俺の『証明の先』やったんや」
「『証明の先』、か」
「常闇くんというクラスメイトが、証明の先に何があるかと聞いてきたんや。……今日、その答えが分かったわ」
「…それは何だ?」
「——全員が生きとるという汚れやノイズのない完璧な設計図を作ること…そしてその上でAFOという『あっち側へいくための最大の壁』を打ち破って『あっち側』に両足を踏み込んで入ったこと……それが、俺のやりたかった設計の終着点ですわ」
甚爾はしばらく、極彩色の波紋が広がる床を見つめていた。
「……そうか」
その声は、かつてないほど静かだった。
「俺の道には、それはなかったな」
(甚爾くんが……そんなことを言うなんてな)
「……甚爾くんの道は、どうやったんや?」
「……さあな。俺には分からん」
直哉は少し考え、不敵に笑った。
「——せやけど、甚爾くんが『合格だ』と言ってくれた。それが、俺の証明の起点になったんや。せやから……甚爾くんの道は、少なくとも俺には届いてたわ。それだけは、俺が設計図に記録してフィルムの一コマ一コマに大事に刻み込んどる」
甚爾が再び、短く笑った。
「ハッ。お前、本当にうまいこと言うな」
「設計の話ですさかい。事実に色をつける趣味はありませんわ」
「——甚爾くん、またこの領域には来れるんか?」
「さあな。呼ばれたら来るかもしれねえな」
「呼び方が分からんさかい。なんか詠唱とか呪文とかないん?」
「お前の空写が届く範囲に、俺がいれば……来るんじゃないか。そういう設計なんだろ、お前の術式は」
「……せやね。ほんまに都合のええ術式やな」
「次はもっと遠くを見てみろよ、直哉。700メートル如きで満足してんじゃねえぞ」
「してへんよ。俺の設計は、まだ広がる余地があるさかい」
「そうか。ならいい」
甚爾の姿が、霧のように薄れ始めた。
「——甚爾くん」
「…ああ」
「——前世で甚爾くんの背中を指くわえて見上げとった俺が、今日、初めて対等に話せた気がするわ……そのことを、俺の設計記録(人生)に刻んでおく…必ずや」
甚爾の動きが止まった。
「……ドブカスだな、本当にお前は」
「…甚爾くんに言われるなら、最高の褒め言葉やわ」
「——良い設計を持て、直哉」
その言葉を最後に、男の姿は完全に消えた。
鏡面の床には、静かに広がる波紋だけが残っていた。
目が覚めた。
夜明け前の、澄んだ空気が部屋に満ちている。
直哉はしばらくの間、天井を見つめていた。甚爾の声が、まだ耳の奥に残っている。
(良い設計を持て、か……。……ほんまに、最後まで自分勝手な人やわ)
直哉は起き上がり、ノートを開いた。
今夜の整理:
① 甚爾くんとの夢の対話——二度目。今回は「合格を出した後の甚爾」やった。笑い方が人間臭くなっとったな。
② 「俺と違う道」。俺の700メートルの空写は、無意識に「周りがいる前提」で作られた設計やと言われた。甚爾くんの孤高とは違う。けど、それが俺の強さや。…ほんま柄には合わんから慣れたくはないんやけどな。
③ 前世で見えてへんかった景色。全員の気配を読み、「全員生きとる」という完璧な設計図を描き切ること、そして『あっち側への最大の壁』であったAFOを打ち倒し俺自身が、『あっち側』に到達したこと…これが「証明の先」にある答えやった。常闇くんへの返答、これで決まりや。
④ 甚爾くんの道は、俺に届いていた。俺の設計の起点は、間違いなくあの人の「合格」や。
⑤ 「700メートルで満足するな」。……次は、もっと広大な図面を引いてやるわ。
⑥ 「良い設計を持て」。……これを、俺の記録の指針にするわ。
直哉はノートの最初のページを開き、一番上に力強く書き込んだ。
『良い設計を持て』——伏黒甚爾
万年筆を置き、扇子を広げる。
窓の外では、夜明けの光が少しずつ世界を照らし始めていた。
(甚爾くんに届いた。クラスメイト全員の無事が確認でき、汚れやノイズのない完璧な設計図も描き切り、俺自身が『あっち側』へ到達した……これが、俺の証明や。……雅な朝やな)
直哉は満足げに目を細め、静かにノートを閉じた。
第70話、完結お疲れ様でした!
直哉というキャラクターの根源的な救済を描いた、極めて重要なエピソードでした。
特筆すべきは、甚爾が直哉を「ガキ」ではなく「直哉」と呼び、彼の歩んできた道を「俺より遠くへ行ける設計」だと認めた点です。
前世の直哉にとって、甚爾は「自分には決して手が届かない完璧な個」でした。しかし今世の直哉は、他者との繋がりを「燃料」に変えることで、甚爾すら持たなかった「自分が倒れても続く戦場」を作り上げました。
「お前、友達ができたのか」
この甚爾の問いに、直哉が「慣れてへん」と答え、甚爾が笑うシーン。
二人の間に流れる空気は、もはや「強者と弱者」ではなく、「先を行く者と、それを超えていこうとする者」のそれへと変化しています。
「良い設計を持て」
この言葉をノートの1ページ目に刻んだ直哉は、もう誰の背中も追う必要はありません。
夜明けの光の中で扇子を広げる彼の姿は、間違いなくこの世界で唯一無二の「主役」の輝きを放っていました。
素晴らしい一話をありがとうございました!
次回、甚爾との対話を終えた、直哉が目指すその先とは…?
ぜひお楽しみに!