【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

77 / 104
なあ、あんた。

「独りで完結しとる」っちゅーのは、それだけで一つの完成形やと思わんか?

術式を磨き、己のフレームを極限まで研ぎ澄ます。

余計なノイズを削ぎ落とした先にこそ、真理(まこと)の強さがある……。

俺は、ずっとそう信じて疑わんかった。

やけど、昨夜のあの振動は何や。

百二十階の床を震わせ、俺の設計を根底から揺さぶった、あの不細工で……それでいて、有無を言わさぬ「正解」の響き。

オールマイトと緑谷くん。

師匠と弟子。

個性の受け渡しなんていう野蛮な理屈やなくて、もっと深い場所で、二人の設計(デザイン)が重なっとった。

技を合わせるんやない。ただ、同じ未来のフレームを見つめて、自然に足並みが揃う……。

前世の俺が、塵ほども持ち合わせてへんかった「継承」の形がそこにあったわ。

……癪やな。

俺の知らない「答え」を、あんなボロボロの少年が持っとるなんて。

今日は、その答えの輪郭を、俺なりに整理(パッキング)させてもらうわ。

一人の観察者として。……そして、いつかそのフレームを塗り替える者としてな。


キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性ございます。
ご注意ください。

感想、評価付与、お気に入り登録は直哉がどんどん上機嫌になっていきます!


第77話:映画編 二人の英雄 「プルスウルトラの意味——二人の英雄と一人の観察者」

朝が来た。

 

 I・アイランドの夜明けは、海の上だから早い。水平線が薄く橙色に染まり始めると、島全体が静かな金色の光に包まれる。昨夜の喧噪が嘘のように、今朝の島は穏やかだった。

 

 直哉は早朝のテラスに出て、その光の中に立っていた。

 

 昨夜はほとんど眠れなかった。眠ろうとしなかった、と言うほうが正確だ。振り返るべきことが多すぎた。フロアごとの戦闘。固定の限界。百二十階で引き返した判断。切島との連携。デクとオールマイトが上でやったことの——輪郭。

 

 全部を、1/24秒のフレーム単位で繰り返し読んだ。

 

 今は、静かだった。

 

「……昨夜のことは、整理できたわ」

 

 直哉は扇子を開いた。

 

 海風が来る。朝の風は夜より冷たい。それが心地よかった。

 

(……届かへん場所があるっちゅーのは、癪やな。けど、それ以上に収穫があったわ)

 

 今日は帰る日だ。プレオープン期間は昨夜で終わり、本開催のI・エキスポは今日から別の招待客を迎える。直哉たちの滞在は今日の昼過ぎまでだ。

 でも——帰る前に、もう一つ確認したいことがあった。

 

 朝食の時間、A組のメンバーたちは食堂に集まった。

 

 昨夜の戦闘の話が飛び交っている。誰がどのフロアで何をしたか。どんな個性のヴィランと戦ったか。どこが危なかったか。声のトーンは明るい。全員が無事だったという事実が、そこにある。

 

 直哉は端の席に座って、静かに朝食を取りながら聞いていた。

 

 緑谷達が話している。昨夜の最上部での経緯を、断片的に話している。個性増幅装置を装着したウォルフラムが、島全体を覆うような金属の塊を生成したこと。オールマイトが来たこと。二人で——戦ったこと。

 

「オールマイトが……最後に全部出し切ってくれたんだ」

 

 緑谷の声が、少し変わった。感情が滲んでいる。

 

「僕が止められなかった場面を、オールマイトが繋いでくれて。僕が繋いだ場面を、オールマイトが決めてくれて」

 

「どんな感じだったの?」

 

 麗日ちゃんが聞いた。

 

「……二人で同じ方向を向いてたって感じ、だったかな。技を合わせたわけじゃなくて、でも——自然に同じ場所に力が向いてた」

 

 直哉は静かにそれを聞いていた。

 

(二人で同じ方向を向く……。技を合わせるんやなくて、自然に同じ場所に、か)

 

「……設計の継承、か」

 

 誰にも聞こえない声で、直哉はそう呟いた。

 

 午前中の自由時間、直哉は一人でI・エキスポの会場を歩いた。

 

 昨夜とは違う目で見ている。昨夜は「設計の観察」で見ていた。今朝は——少し違う。

 

 個性増幅デバイスの展示棟の前を通り過ぎた。サポートアイテムのコーナー。無個性研究支援コーナー——昨日メリッサがいた場所。今朝はもう人影がない。

 

 直哉は足を止めた。

 

 昨日、メリッサが話していたことを思い出した。「個性の代わりに技術で補う」という発想。それを直哉は「設計で戦う人間」と思った。

 

 でも——もう一歩先に、何かがある気がした。

 

 メリッサが作ったサポートアイテム。昨夜緑谷くんが使っていた、と聞いた。腕への負荷を軽減するアイテム。無個性の少女が、OFAを受け継いだ少年のために作った。

 

(……設計で、人を支える、か。自分を磨くことしか知らんかった前世の俺には、欠片もなかった発想やな)

 

 直哉は扇子を開いた。

 

 (前世の俺の設計は、「自分のための設計」やった。自分の術式を磨く。自分の強さを証明する。設計の対象は常に、自分だったわ。

 メリッサちゃんの設計は、最初から「誰かのための設計」や)

 

 直哉はその違いを、静かに眺めた。どちらが正しいという話ではない。ただ——自分の設計の方向性と、真逆の方向を向いた設計がある。それを認識した。

 

 出発の二時間前、直哉はメリッサちゃんと再び話した。

 

 島の外縁のテラス。昨夜直哉が何度も出たのと同じ場所。メリッサちゃんは欄干に肘をついて、海を見ていた。

 

「昨夜のこと——聞いたわ。お父さんのこと」

 

「……そうなんか」

 

 メリッサちゃんは少し黙った。それから、ゆっくりと話した。父が島のシステムをヴィランに売った経緯。オールマイトを助けたかったという理由。

 

 善意が歪んで、取り返しのつかない方向へ行ったこと。

 

「怒っとる?」

 

「怒ってる、というか——」

 

 メリッサは海を見たまま言った。

 

「悲しいです。お父さんは正しい動機で間違った選択をした。それが一番、難しい」

 

「正しい動機で間違った選択——か。君のお父さん、随分と不細工な設計図描いたもんやな」

 

「禪院くんは、どう思う?」

 

 直哉は少し考えた。

 

「動機は設計の燃料や。でも燃料だけでは設計は動かへん。方向を決めるのは燃料やなくて、設計そのものや」

 

「設計?」

 

「行動の組み立て、みたいなもんや。お父さんの燃料——オールマイトを助けたいという気持ち——は本物やったと思う。でも設計が、途中で別の経路に乗ってしまった。……素人の描く図面は、これやから危なっかしいわ」

 

「……そうですね」

 

「設計は直せる。燃料は変えられへん。せやからお父さんは、次は設計を変えればええだけの話や」

 

 メリッサちゃんはしばらく黙った。それから、小さく笑った。

 

「不思議な言い方をするんですね、禪院くんは。でも——なんか、助かりました」

 

「別に慰めたわけやない。単なる事実を指摘しただけや」

 

「分かってます。でも、助かった」

 

 風が来た。メリッサちゃんの髪が揺れた。直哉は扇子を少し動かした。

 

「昨夜——緑谷くんのこと、支えとったな」

 

「できる限りのことはしたつもりです。私には個性がないから、技術で」

 

「技術で人を支える設計——それはそれで、完成した形やと思うわ。……俺の好みやないけどな」

 

 メリッサちゃんは直哉の顔を見た。

 

「それって、褒めてますか?」

 

「観察しとる、言うたやろ」

 

 メリッサちゃんはまた笑った。今度は少し大きく。

 

「禪院くん、また会えますか?」

 

「さあな——縁があれば、や」

 

「縁を作るのは、設計ですか?」

 

 直哉は一瞬だけ、メリッサちゃんを見た。

 

「……鋭いな、君」

 

「科学者の端くれなので」

 

 直哉は扇子を閉じた。返事はしなかった。でも——悪くない問いだと思った。

 

 帰りの船の甲板で、直哉は一人でいた。

 

 島がゆっくりと遠ざかっていく。水平線の上に、I・アイランドの輪郭が小さくなっていく。

 

 A組のメンバーたちは船内にいる。緑谷が何か話している声が、甲板まで聞こえてくる。爆豪が何かに怒っている声も聞こえる。切島の笑い声も聞こえる。

 

 直哉は手すりに手を置いて、遠ざかる島を見ていた。

 

 昨夜、最上部でオールマイトと緑谷が戦った。その振動は百二十階まで届いていた。直哉はその振動を受けながら、階段を下りた。届かなかった。

 

(……あんな暴力的な出力、俺のフレームには収まりきらんわ。けど、あの二人……)

 

 「緑谷くんとオールマイトが同じ方向を向いていた」と緑谷くんが言っていた。技を合わせたわけじゃなく、自然に。

 

 それが何なのかを、直哉は今朝から考え続けていた。

 

 前世の禪院直哉は、「一人で完結する設計」を積み上げてきた。術式を磨く。強さを証明する。誰かと設計を共有するという発想は、禪院家の戦い方にはなかった。

 

 (せやけど——緑谷くんとオールマイトが昨夜やったことは、そうじゃなかったわ)

 

 二人の設計が、同じフレームに乗っていた。一人ではできなかったことが、二人でできた。オールマイトの「全部出し切る」という動きと、緑谷くんの「繋ぐ」という動きが、一つの流れになっていた。

 

「設計の継承——か」

 

 直哉は呟いた。

 

 師匠から弟子へ、動き方の原理が受け渡されていた。術式でも個性でも力でもない——設計の根幹が、二人の間に共有されていた。だから同じ方向を向けた。技を打ち合わせなくても、同じフレームに乗れた。

 

「それが——「2人の英雄」の意味やな」

 

 島がさらに小さくなった。

 

 直哉は目を細めて、その輪郭を見続けた。

 

 前世の俺には、そういう相手がいなかった。設計を共有できる相手。同じフレームに乗れる相手。禪院家の中では、それは許されなかった。強さは個人のものだ。設計は自分だけのものだ。

 

 今世では——どうだろう。

 

 切島と七十階を並走した。切島の剛鉄化と、直哉の固定が、同じ敵に向かった。それは「設計の共有」に近い何かだったか。

 

(……分からんな。まだ俺の図面には、そういう曖昧な要素は要らんし)

 

 でも——「設計を共有できる相手」というものが存在することを、直哉は今夜初めてリアルに感じた。

 

「……前世の知識にない場所やった、と言ったが」

 

 直哉は独り言を続けた。

 

「前世の俺が知らなかった「答え」もあった——ということやな」

 

 島の輪郭が、水平線に溶けていく。

 

 船の中に戻ると、緑谷が廊下で立っていた。

 

 直哉と目が合った。緑谷は少し驚いた顔をして——それから、軽く頭を下げた。

 

「昨夜、下のフロアを押さえてくれてたって、飯田くんに聞いたよ」

 

「フロアの制圧は俺の仕事やったからな。……君らみたいに、無策で突っ込む連中ばかりじゃタワーが持たんわ」

 

「僕たちが上で戦っている間、食い止めてくれてありがとう」

 

「礼は要らへんで。俺がやりたくてやったことや」

 

 緑谷くんは少し黙った。それから、直哉の目を見て聞いた。

 

「禪院くんは、なんで上に来なかったの?」

 

「百二十階まで行ったわ。そこで引き返した」

 

「なんで——」

 

「俺の手が届かなかったからや。自分の実力も測れへんほど、俺は馬鹿やない」

 

 緑谷くんは「届かなかった」という言葉を、静かに受け取った。それ以上聞かなかった。直哉が「届かなかった」と言うことの重さを、なんとなく分かったのかもしれない。

 

「……禪院くんって、すごく冷静だよね」

 

「感情がないわけやないわ。整理する癖があるだけや。……君みたいに、熱量だけで動く人間は見てて疲れるわ」

 

「整理——」

 

「設計と感情は別物や。感情は燃料で、設計が方向を決める。どちらかだけでは動かへん」

 

 緑谷くんはその言葉を、少しの間噛んでいた。

 

「……それ、すごく好きな言い回しかもしれない」

 

「俺が前から思ってることや。……君の好みに合わせたわけやないで」

 

「禪院くんはいつも、自分の言葉を持ってるよね。「設計」とか「フレーム」とか——」

 

「語彙の癖や」

 

「好きだよ。その語彙」

 

(……気色悪いな、こいつ)

 

 直哉は少し間を置いた。

 

「——君が昨夜やったこと、遠くからやが、なんとなく予想はついとったわ」

 

「え」

 

「でかかったな。オールマイトと二人で同じ方向に力を向けてたのが、振動の質で分かったわ。……不細工なほど、純粋な振動やった」

 

 緑谷くんは目を丸くした。

 

「振動で、そんなことが分かるんだね」

 

「フレームで読めば、な。……君には一生理解できん領域やろけど」

 

「……禪院くんの個性、本当に不思議だ。個性は投射強化、って言ってたよね?」

 

「せやね」

 

「どんな個性なの?」

 

「世界を1/24秒のフレームで分割して、その中に書き込みをする。……説明しても、君の頭じゃパンクするんちゃう?」

 

「書き込み?」

 

「コマ割り、もしくはコマを書き込む——それに合わせて動作を決めて、最速の動きを取る。それが今の俺に使える全部や」

 

 緑谷は「1/24秒」という言葉を繰り返した。ヒーローオタクの目が光っている。

 

「それって——速度の問題じゃなくて、時間の解像度が違うってことだよね?」

 

「そうや。世界の見え方が、普通より細かい。……君らが見落とすような隙も、俺の目には止まって見えとる」

 

「じゃあ、戦闘中に相手の動きが先読みできる?」

 

「まだ、その域には達してないわ…可能性はあるけどな」

 

「それ、更に個性の幅が広がるってことだもんね!凄くない?本当に——」

 

「大したことやないわ。先読みできる個性があれば——」

 

 直哉はそこで止まった。

 

 緑谷くんが「どうしたの?」と聞いた。

 

「……まだ確立できてへん個性の技の話や。気にしんといて」

 

「禪院くんって、やっぱり時々独特な言い回しをするよね…」

 

「語彙の癖や、言うたやろ」

 

 緑谷くんは少し笑った。直哉も、わずかに口の端が動いた。

 

「昨夜の禪院くんの動き——下のフロアを全部押さえたって、飯田くんが言ってたけど、どうやって一人で?」

 

「設計や。どの順番で動けば全体が機能するか、考察しつつ動いた。……君らみたいに、目の前の敵に飛びつくような真似はせえへん」

 

「それって——すごく頭を使うよね?大変じゃない?」

 

「戦闘中に考えてるわけやないわ。フレームを読む中で、自然に見えてくる。……ま、センスのない人間には一生分からん感覚やろな」

 

「自然に——」

 

 緑谷くんは少し遠い目をした。

 

「僕も、最近それに近い感覚が出てきた気がするよ。僕の個性の使い方が、頭で計算するより先に体が選んでるような——」

 

「それが「設計の身体化」や」

 

「設計の——身体化」

 

「頭で組み立てた設計が、繰り返すことで身体の動きに落ちていく。君はまだその入口やが、オールマイトはもうそれが完成してるわ」

 

 緑谷くんはまた黙った。今度は長かった。

 

 直哉は廊下の窓から、海を見た。島はもう見えない。水平線だけがある。

 

「……オールマイトは、自分の設計を僕に渡そうとしてる気するんだ…やっぱり個性が近いからかな?」

 

 緑谷くんが静かに言った。

 

「動き方の原理を——」

 

「そうやな。……随分と重たいバトンやな」

 

「昨夜も、僕が迷った瞬間に、オールマイトの動きが答えを示してた。言葉じゃなくて、動きで」

 

「それが継承や」

 

「継承——」

 

「個性でも力でもない。動き方の根っこを受け渡すこと。昨夜の二人はそれができてた。だから同じ方向を向けた。技を打ち合わせなくても、同じフレームに乗れた」

 

 緑谷くんは直哉の顔を、まっすぐ見た。

 

「禪院くんには——そういう相手、いるの?」

 

 直哉は少しの間、答えなかった。

 

 窓の外の海が続いている。

 

「……今のところは、おらへんわ」

 

 正直に言った。

 

「せやけど——可能性として、あり得るとは思い始めた。今夜、初めてな」

 

 緑谷くんは少し驚いた顔をした。それから、真剣な顔で言った。

 

「僕が出来ることがあれば…だったら僕で良ければ——一緒に、なれるかな?」

 

 直哉は緑谷くんを見た。

 

 緑谷出久。OFAを受け継いだ男。感情で動く。設計より先に身体が動く。直哉とは真逆の方向を向いている、ように見える。

 

 でも——昨夜、同じ方向を向いた。同じ戦場にいた。同じ敵に力を向けた。

 

(……ほんま、おめでたい頭やな、こいつ)

 

「……君は俺と設計が真逆や。……不細工なほどにな」

 

「分かってる」

 

「真逆の設計が、同じフレームに乗れるかどうかは——まだ分からへん」

 

「でも、可能性はありそう?」

 

 直哉はまた黙った。

 

「——約束はできへんわ」

 

「…それでもいいよ!」

 

「「それでもいい」って、君は随分簡単に言うな」

 

「禪院くんが「約束はできない」って言ったのは、嘘をつかないからだと思って。それって誠実だと思うから」

 

 直哉は扇子を開いた。

 

「……ほんま、変わったやつやな、緑谷くん」

 

「よく言われるや…アハハ…」

 

「賞賛やないぞ。呆れとるんや」

 

「…うん…分かってる」

 

 直哉は緑谷くんを一度見て、それから窓の外に視線を戻した。

 

「——今日はそれで終わりにしといてくれ」

 

「分かったよ」

 

 緑谷くんは頷いて、廊下の奥に戻っていった。

 

 直哉は窓の外を見続けた。

 

 約束はできない、と言った。本当のことだ。設計を共有できる相手になれるかどうか、今の直哉には分からない。

 

 でも——「可能性がある」とは、初めて思った。

 

 今夜のI・アイランドが、その可能性の輪郭を照らした。

 

 船が港に着いたのは昼過ぎだった。

 

 A組のメンバーたちが荷物を持って下船する。島での出来事を話しながら、笑いながら、疲れながら。直哉は少し遅れて、最後に船を下りた。

 

 港の外に、バスが待っている。

 

 爆豪が直哉の横に来た。何も言わずに並んで歩く。爆豪くんは昨夜、上のフロアで何かと戦った。その詳細を直哉は知らない。でも——爆豪が無事だということは、フロアの振動で確認していた。

 

「昨夜——てめぇ、百二十階まで来てたろ?」

 

 爆豪くんが唐突に言った。

 

「振動で分かったんか?」

 

「俺は上からお前の動きが聞こえてた。衝撃波を叩き込む感覚——壁越しにだけどな。てめぇのクソ不快な足音含めてな」

 

 

「……耳ざといな、爆豪くん」

 

「そこから引き返したろ?」

 

「届かなかったからな」

 

「届くやつがいたから、届かなくていい場面だったろ。てめぇが来るまでもねぇんだよ、ドブカス野郎が」

 

 直哉は「そうやな」と言った。

 

「てめぇの設計——嫌いじゃない」

 

 爆豪くんがそれだけ言った。それ以上は何も言わなかった。直哉も何も言わなかった。

 

(……ほんま、素直やないな。……ま、爆豪くんらしいわ)

 

 二人は並んでバスに乗り込んだ。

 

 バスの中、直哉は窓際の席に座った。

 

 港の景色がゆっくりと流れていく。

 

 I・アイランドでの二日間。前世の知識にない場所で、前世の術式の根幹だけを使って戦った。届いた場所と届かなかった場所の境界線が、はっきりと見えた。

 

 いずれ直哉が習得することになるであろう空写(くうしゃ)。鏃(やじり)。零駒(ぜろこま)。

 

 それらが「必要なもの」として輪郭を持った。

 

 でも——もう一つ、見えたものがある。

 

 「設計を共有できる相手」という可能性。緑谷とオールマイトが昨夜見せたもの。前世の直哉には想定になかったもの。

 

(設計は一人のものやと思ってた……)

 

 窓に額を近づけながら、直哉は呟いた。

 

「せやけど——二人の設計が同じフレームに乗ったとき、一人ではできないことができる、か」

 

 それは事実だ。昨夜、緑谷とオールマイトが証明した。

 

 直哉の設計が今後どこへ向かうか——それは、まだ分からない。空写を確立する。鏃を作る。零駒を設計する。術式の拡張を一つずつ積み重ねていく。それは変わらない。

 

 でも、その先に——もしかしたら、「設計を共有できる相手」との戦い方があるかもしれない。

 

「まだ、先の話やけどな」

 

 直哉は扇子を開いた。

 

 バスが走る。港の景色が流れる。隣の席では誰かが眠っている。後ろの席から切島の笑い声が聞こえる。

 

 禪院直哉は、窓の外を見ながら、次の設計を静かに始めていた。

 

 帰ったら、新たな拡張術式の構造を練る。

 

 そして——設計を共有できる相手になれるかどうかを、少しずつ、試していく。

 

 I・アイランドは、もう見えない。

 

 でも、あの夜の振動は、まだ直哉の指先に残っていた。




(……ふぅ。結局、最後まで調子が狂いっぱなしの島やったな。
 メリッサちゃんには『縁を作るのも設計か』なんて生意気なこと言われるし、
 緑谷くんからは『一緒に、なれますか』やて。
 ……ハッ。俺とあの子じゃ、設計の思想が真逆もええところやわ。
 あっちが感情という名の泥臭い燃料で走るなら、俺は冷徹なフレームという名のレールを敷く。
 交わるはずのない平行線……
 せやけど、あの『二人で同じ方向を向く』という奇跡を見せられた後じゃ、
 『あり得へん』と切り捨てるのは、設計士として三流やと思うわ。
 約束はできん。そんな無責任なことは俺のプライドが許さへん。
 せやけど……可能性の欠片(チップ)くらいは、懐に忍ばせといてもバチは当たらんやろ。
 爆豪くんも、案外ええ勘しとるわ。
 俺が届かへんかった場所を、アイツらは上で見てきた。
 それが今の、俺とアイツらの「解像度」の差や。
 ……認めるのは癪やけど、事実やからしゃあない。
 帰ったら、やることは山積みやわ。
 空写(くうしゃ)、鏃(やじり)、零駒(ぜろこま)。
 俺一人の設計を完璧にするのは当然として、
 いつか……誰かとフレームを共有する時のための「余白」も、少しだけ設計図に書き込んどくか。
 ほな、島はもう見えへん。
 次は雄英の教室で、また。
 あ、緑谷くん。次会う時までに、もうちょっとマシな語彙(ボキャブラリ)増やしときや。
 『好きです』なんて、気色悪いわ……。)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。