【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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事務所を開設してから8年。
 俺のデスクの引き出しには、一人のヒーローから届き続けた手紙が積み重なっとります。
 
 ラビットヒーロー・ミルコ。
 あの神野の夜、どん底におった俺に「届かなくても、見てたってことだろ」と不敵に笑う文字を寄越した女傑や。
 
 以来、季節が変わるたびに、あるいは大きな事件の節目ごとに、俺たちは言葉を交わしてきたわ。空写の射程では決して届かへん距離におっても、その筆致から伝わる「生」の躍動は、俺の設計を回す確かな燃料になっとったんんや。
 
 そんな彼女から届いた、一通の手紙。
 そこに記されていたのは、あまりに潔い「引退」の文字でした。
 
 今夜は、その最後になるはずやった手紙への返信。
 8年かかってようやく喉元まで競り上がってきた、雅やない「本音」を認めた記録ですわ。


キャラの語彙などの崩壊、ストーリー崩壊などの可能性ございます。
ご注意ください。

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第99話:未来編 「ミルコへの手紙——最後の一通」

 

 事務所に一通の手紙が届いた。封筒の力強い筆跡を見た瞬間、送り主が分かった。

 

 ミルコからだ。

 

 直哉は封筒を手に取ったまま、しばし動きを止めた。

 

「先生、どうしました?」

 

 マネージャーの坂本が不思議そうに覗き込む。

 

「——手紙が来たな。ミルコからや」

 

「ああ、事務所開設からずっと続いてるやつですね。先生、それだけはいつも真っ先に読みますよね」

 

「当然やな」

 

 直哉は屋上へ出た。扇子を開き、春の柔らかな風を仰ぎながら、慎重に封を切った。

 

 

 手紙の文字は、相変わらず迷いがない。

 

 『ゼンイン・ナオヤへ。

 チャート3位おめでとう。三年連続だな。

 私は今年で引退する。

 正式発表は来月だが、お前には先に言っておく。義手の限界と、体全体の消耗だ。医者に「限界まで戦い続けた体だ」と言われたよ。

 後悔はない。毎日死ぬ気で生きてきたと、胸を張って言える。

 引退後は指導者に転身する。蛙吹梅雨に誘われたよ。

 最後の手紙を送る前に、一つ聞いておきたい。

 お前は今、何を燃料にして戦っている? 以前言っていた「全員が生存している景色」は、今も健在か?

 ——ミルコ』

 

 直哉は手紙を握りしめ、空を見上げた。

 

 1000メートルの空写を広げても、彼女の気配はここにはない。

 

 けれど、紙の質に滲む「引退」の重みと、文字の強さに宿る「後悔はない」という響き。

 

(本物やな。……最後まで、この人は雅やな)

 

 

 直哉はすぐさまペンを取った。午後の予定を告げようとする坂本の声を、空写のノイズのように聞き流す。

 

『ミルコへ。

 引退の報せ、受け取りましたわ。

「後悔はない」という言葉、字から十分に読めました。本物やと思いますわ。

 場所が変わっても、あなたの「毎日死ぬ気で生きる」設計の質は変わらへんのでしょうな。

 燃料の問いへの答えですが、同じですわ。「全員が生存している景色を見続けること」。

 そして、もちろん『あっち側』へ立ち。研鑽を欠かさず『頂点』へと至るという考えも変わっとりません。

 ただ、8年前と違うのは、その生存している「全員」の中に、俺の顔も名前も知らへん1000メートルの射程内にいる民草のすべてが含まれるようになったことですわ。

 最後の一通にするつもりはありません。引退後も手紙を続けてくれると、嬉しいですわ。

 ——禪院直哉』

 

 封筒を坂本に託す。

 

「今日中に送ってくれるか?」

 

「先生、午後の予定は……」

 

「後で確認するわ」

 

「また忘れる予告ですね……」

 

 

 屋上で立ち尽くし、1000メートルの輪郭を広げる。

 

 直哉には、どうしても手紙に書けなかった言葉があった。

 

(「おおきに…ありがとう」や。……ミルコとのやりとりで殆ど書いたことがないわ)

 

 礼はいらん、と彼女なら言うだろう。だが、それを書けないのは自分の設計の不備だと直哉は感じていた。

 

 神野の屈辱、最初の手紙の鼓舞。彼女の言葉は8年間、直哉の底流を支え続けてきた。

 

(次こそは、書く。最後の一通にはさせへん。その設計で動くわ)

 

 

 三日後、驚くほど早く返事が届いた。

 

 『ゼンイン・ナオヤへ。

 1000メートルの中の全員が燃料、か。お前らしい。

 それと頂点に至るというのもまたお前らしいな。

 引退後の手紙の継続、私も同じことを思っていた。お前が「嬉しい」と書いたから、続けることにするよ。

 一つだけ言っておく。お前は8年前より強くなった。だが一番の変化はそこじゃない。

「ありがとう」お前で言うところの「おおきに」を受け取れるようになったことだ。それが一番の成長だよ、ゼンイン・ナオヤ。

 ——また手紙を書くぜ。

 ——ミルコ』

 

 直哉は息を呑んだ。「言える」ではなく「受け取れる」。その看破が胸に刺さる。

 

 かつて爆豪に、デクに、不器用に向けていた「受け取っておく」という言葉。それは、ミルコという設計図の外側から見守り続けた人間が、ずっと読み取っていた変化だった。

 

 直哉は新しい便箋に、たった一行だけ認めた。

 

 『ミルコへ。

  ——おおきに…いや、ありがとう、ミルコ。8年間の手紙に。

  ——禪院直哉』

 

 封筒を坂本に渡す。

 

「また今日中に」

 

「今度こそ午後の予定を……」

 

「確認する。……たぶんな」

 

「それ、絶対に忘れるやつじゃないですか!」

 

 坂本の笑い声が、事務所に響いた。

 

六 夜の記録

 

 帰宅後、いつものノートを開く。

 

 今日の整理:

  * ミルコ引退。「後悔はない」設計を確認。

 * 燃料の「全員」の定義。射程内の無名の人々への拡張。

  * 8年越しに「ありがとう」を伝達。

 * 「おおきに…ありがとうを受け取れるようになった」という指摘。自分では気づけへんかった変化の指摘に、納得。

 * 手紙の継続が確定。燃料の安定供給を確保。

 

 扇子を仰ぎ、夜風を纏う。

 

(8年かかったが……書けた。それで十分やな)

 

「また手紙を書くさかい……待ってますわ、ミルコ」

 

 電気を消し、静かな眠りにつく。

 




「最後の一通」が「次の一通」に変わった夜。
 俺の設計は、また少しだけ強度を増したような気がしたわ。
 
 空写1000メートルの射程。それは確かに強力な武器やけど、人の心の中までは読めへん。
 ミルコが指摘した「受け取れるようになった」という変化。俺自身、効率や合理性を求めて設計を組んどるつもりやったが、いつの間にか「他人からの善意」を自分のパーツとして組み込めるようになっとったんやな。
 
 雅やない不器用な感謝を、一文字ずつ丁寧に便箋に落とす。
 そんな時間が、今の俺には必要な設計の一部やった。
 
 ヒーローとしての最速を支えるのは、案外、こういう「ゆっくりとした言葉の往復」なのかもしれへんな。
 
 次は、そんな成長した俺が、爆豪くんの「不可能な設計」にどう挑むか。
 反転術式の他者応用。そろそろ、実践の時やな。
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