1-1 アルスト
青色のサルベージャースーツに身を包んだ、長身の金髪の男──ラキア・アマルガは、だらしない格好で胡座をかいていた。
「だるー……」
覇気のない声が、どこまでも広がる空虚な空へ吸い込まれていく。
「まったくだらしのない奴じゃ。もう少しシャキッとせんか、シャキッと」
背下から響く呆れ声。ラキアが今、腰を下ろしているのは地面ではない。雲海を悠々と泳ぐ巨大な身の丈──巨神獣(アルス)のセイリュウの背の上だった。
その背には物資を引き上げるクレーンや簡易テントが設置されており、数日程度なら衣食住に困らない小さな拠点となっている。
「懐かしいのう。お前さんがイヤサキ村に流れ着いた日のことを、昨日のことのように覚えておるわ」
「懐かしいって言うほど昔じゃないだろ、龍の爺さん」
あの日、ラキアはこの見知らぬ世界に落ちてきた。
雲海に沈み、中心に聳え立つ巨大な『世界樹』が見下ろす世界──アルスト。
絶望的な浮遊感と崩落の果て、気を失っていたところをセイリュウに拾われ、近くのイヤサキ村で介抱された。その恩を返すため、ラキアは今、サルベージャーとしてこの世界で金を稼いでいる。
「ところでラキア、お主は本当に『世界樹』を目指すのか?」
「ああ。それが俺のしなければならないこと……らしいからな。他にあてもない。とりあえず目指してみるさ」
落ちてきたあの日、頭の中に直接届いた見知らぬ少年の声。
コメルでも、ショウマでも、絆斗でもない、幼さの残る声。
『──世界樹へ。あの巨大な樹を目指すんだ。君なら『楽園』に、きっと……』
「世界樹の上にある楽園を目指せ、か。姿も見えない奴の言葉だがな」
「誰かも知らぬ輩の言葉を鵜呑みにするのか?」
「鵜呑みにはしてないさ。ただ、今は他にやることもない。元の世界に帰る手がかりもないしな」
「それでサルベージャーか」
「爺さんが言ったんだろ。『世界を知る、人を知るならサルベージャーがうってつけだ』ってな」
世界樹を目指すにも金がいる。良くも悪くも、どこの世界に転がろうと金が必要な事実に変わりはない。
「ほっほっほ、そうじゃったな」
「取るもの取ったし、そろそろ行くか」
「わかったわい。まったく、年寄りはもう少し丁寧に扱わんかい」
軽口を叩き合いながら、セイリュウは巨大な巨体を進ませ、目的地の船──アヴァリティア商会へと舵を切る。
ラキアはその背の上に寝転がり、流れる雲を見上げた。
(……あの扉を壊してから、か)
ストマック社との最後の戦い。人間界へ繋がる扉を片っ端から叩き壊し、グラニュートが二度と侵入できないよう塞いだ。ストマックに手を貸していた己の罪滅ぼし。その果てに足場が崩れ、奈落へと落ちていった。
人間界で過ごした悪くない日々や、ショウマたちとの思い出が失われていく感覚。これで死んで、弟のコメルに会えるならそれも悪くない──そう思ったはずだった。
『──世界樹へ。あの巨大な樹を目指すんだ』
目覚めればそこは雲海の上。耳に残る少年の声に導かれ、イヤサキ村の温かい住人たちに救われた。
そして聞かされた、この世界の成り立ち。
かつて人は神と共に『楽園』で暮らしていたが、追われ、雲海の地へ逃げ延びた。衰退していく人類を哀れんだ神が遣わした僕(しもべ)こそが、この巨神獣(アルス)たちなのだと。
その時、近くの雲海が激しく水飛沫を上げた。見れば、一頭のアルスが光を失い、ゆっくりと濃密な雲の底へと沈んでいく。
「……またか」
「そのようじゃな」
「今月に入って二度目だぞ」
「……ああ」
寿命を迎えたアルスが消えていく。年々その数は減り、人々の生きる土地は狭まる一方だ。この世界もまた、静かに滅びに向かっている。
「誰もが幸せに暮らせる理想郷ね……。売り文句としては胡散臭いが、もしそんな場所があるなら一度拝んでみたいもんだ…それに…」
「それに…なんじゃ?」
「誰もが幸せになれる理想郷なら…あって欲しいと思うな。だるいけど、俺はあの声を信じると決めたからな。だから今はその楽園って場所を目指すさ」
「一見冷めておるように見えて、案外熱い男じゃな、お主は」
「もしもなかったら……その時はその時、元の世界に帰る方法でも改めて探すさ。その時は一緒にくるか?」
「ワシはこの世界が気に入っとる。行く末もな、見届けなきゃならん」
「そうか」
ラキアは静かに呟く。
「……放っておけないんだよ。あの村も」
世話になったコルレルの婆さんや、村の子供たち。彼らの顔が脳裏をよぎる。
「はー、だる。一度死んだはずなのに、まさか右も左もわからない世界でやり直しとはな。グラニュート生……いや、人生ってのは分からないもんだ」
扉を全部ぶっ壊した先、まさかこんなことになるなるなんてな、ラキア自身夢にも思わなかった。この話をコメルにしたら驚くだろうな。
「のお、ラキア、グラニュート……とはなんじゃ? なんだか美味そうな響きじゃの」
「食べ物じゃない」
「なんじゃ、そうか。ほれ、商会が見えてきたぞ」
雲海の切れ目から姿を現したのは、真っ赤な超大型商会船舶『ゴルトムント』。
船着場にセイリュウが寄ると、ラキアは身軽に桟橋へ飛び移った。
「よおラキア! 景気はどうだい?」
「悪かったらここには来ない」
「荷揚げは?」
「担いで持っていくからいい」
「相変わらずの怪力だな。わかったよ。停泊費は半日15ゴールドだ」
代金を投げ渡し、賑やかな船内へ足を踏み入れる。
飛び交う喧騒の中を動き回るのは、まるっとしたマスコットのような種族『ノポン』たちだ。幸果が見たら喜んで抱きつきそうな姿をしている。
ふと、桟橋の奥に目をやると、異様な存在感を放つ黒い船──『モノケロス』が停泊していた。牽引するアルスがいない特殊な船だ。
(派手で、嫌な匂いがする……。高貴な連中か)
ボッカ、リゼル、マーゲン、そしてストマック家。特権階級の連中には碌な思い出がない。関わらないに限る。
(早く換金して風呂に入りたいな……)
人間の身体はすぐに臭くなる上、手入れが面倒だ。何より、腹にある“ガヴ”を見られるわけにはいかない。貸切にするか人がいない時間を狙う必要がある。
「今日の換金はこの金額だも」
「……いつもよりかなり少ないな、メロロ」
「ラキアは腕がバツグンにいいからこれでも上乗せしてるも! 最近はスペルビアとインヴィディアの開戦準備で軍事物資くらいしか高値がつかないも」
「戦争のダシか。俺はパスだ」
溜め息をつきつつ、手に入れた金貨を受け取る。
「三割は今貰う。残りの七割はリベラリタス島嶼群のイヤサキ村……コルレルの婆さん宛に送っておいてくれ」
「相変わらず義理堅い男だも! 涙ちょちょぎれるも!」
手続きを終え、その場を離れようとした時だった。
「ラキア、待つも!」
交易所のノポン・プニンが、護衛を連れて立ち塞がる。
「プニンか、なんだ」
「相変わらず意気がいい。じゃなかった、威勢がいいも」
「用件を言え」
「バーン会長がお呼びだも。腕の立つお前に、上客からの依頼があるも!」
その名を聞いた瞬間、ラキアの目が鋭く細められた。
(バーンが……俺を?)
金に汚く、胡散臭い男。ニエルブを思い出させる胸の悪さがある。以前もラキアの服装やゴチゾウに執拗な興味を示してきたため、警戒して今の服装に変えた経緯があった。
「……わかった。支度したら行く」
断れば余計な厄介ごとを抱え込む。腹を探り合いつつ、適当にあしらうしかない。
──湯に入り、身を清めてから商会長室へ向かう道中。
ラキアは、すれ違った『異質な一行』と目が合った。
漆黒の鎧を纏った巨漢。大太刀を背負った白髪仮面の男。そして、白い虎のブレイドを連れた獣耳の少女。
息を呑むような圧迫感。かつてのボッカやランゴを彷彿とさせる強者特有の気配だった。
(あいつらか……あの黒い船に乗ってきたのは。嫌な予感がするな)
嫌な汗を拭いながら、真っ赤に彩られた商会長室の扉を叩く。
「ラキアです。バーン会長、入ります」
我ながら似合わぬ敬語だ。ストマックに潜入していた時を思い出して、嫌な気分になる。
「よく来たも! アヴァリティア商会会長のバーンだも!」
豪華な部屋の中心で、巨大な緑のノポンが醜悪な笑みを浮かべていた。
「お前の評判は届いてるも」
「光栄です…」
「その腕を見込んで頼みがあるも」
「はあ…会長自らの依頼ですか」
「報酬は手付金10万ゴールドも!」
(10万……)
「驚かないも?」
「驚きすぎて反応に困っているだけです」
「ちなみにそれは手付金、成功報酬は更に10万上乗せの20万ゴールドだも!」
「……」
(20万……この金に汚いバーンがそこまでの大金を出す依頼か。間違いなく裏があるな)
「会長、依頼の内容を伺っても?」
「話は依頼主から直接聞くも。入るも!」
重々しい扉が開き、足音が響く。
(あいつらは……)
入ってきたのは──先ほどすれ違った、あの異様な気配を纏う一行だった。
(……ドライバーと、ブレイド)
背筋を撫でる冷たい予感に、ラキアは無意識のうちに身構えていた。
つづく
読みやすい文字数を教えてください
-
2000〜3000
-
3000〜4000
-
5000〜6000