ぼちぼち再開していきます!
2-1 導きの少年と悲しい別れ…?
「……随分と懐かしく感じるな」
踏み締める床の感触を確かめながら、ラキアは呟いた。
ここが自分自身の意識の深層が見せる『まやかし』であると理解するのに、時間はかからなかった。
ラキアが目を覚ました場所───それは、見慣れた『はぴぱれ』の室内だったのだから。
久しく目にしていない、温もりあふれる場所。
だが、今のそこはどこか空虚で、あまりに冷たい。幸果の弾けるような笑顔も、ショウマの朗らかな声も、絆斗の賑やかな騒がしさもない。
誰もいない『はぴぱれ』がこれほど寂しいものだったかと、ラキアの胸にじんわりと孤独感が込み上げてくる。
(当然、か。ここはまやかしなんだからな)
それに。
「……いるのは分かってるんだ。さっさと出てきたらどうだ?」
この空間で意識を覚醒させた瞬間から感じていた、何者かの気配。
敵意や攻撃の気配が皆無だったため黙っていたが、いつまでも付き合っている暇はない。ラキアは心底面倒くさそうに息を吐き、声を張り上げた。
すると───空間が揺らぎ、一人の少年が姿を現した。
「だる。……やっとお出ましか」
「えーっと、あはは……ごめんごめん」
青いサルベージスーツに身を包んだ少年が、バツが悪そうに頭を掻きながら頭を下げた。
ラキアをこの精神世界へと誘った当事者だ。
「これはお前の仕業だな」
「うん。まあね……あー、そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな」
「煮え切らない奴だな」
「だって、話せないことが多いからさ……。でも、ここは君の『記憶の景色』なんだろ? 俺、こんな建物見たことないから、すごいなって感心しちゃってさ!」
はぴぱれの内装や雑貨を興味津々で眺め、目を輝かせる姿は、どこからどう見ても等身大の純粋な少年にしか見えない。
「おっと、その前に自己紹介だね! 俺はレックス!」
「俺は────」
「ラキア・アマルガだろ? 知ってるよ」
「だろうな。……お前には聞きたいことが山ほどある。なぜ俺をアルストに呼び寄せた?」
「俺が……できなくなったことを、してもらうために」
「……ホムラを『楽園』に連れて行く、か」
「頼んだよ、ラキア」
レックスの身体が、徐々に透き通っていく。
「おい……!」
伸ばしたラキアの手は虚空を切り、レックスの姿は蜃気楼のように消え去っていく。
光となって霧散する直前、少年は爽やかな笑顔を浮かべていた。
────また、話せるさ。
最後にその言葉だけを遺して。
「……肝心なこと、何一つ聞けなかったな」
まあいい。本当にまた話せるなら、その時でいい。
ラキアがゆっくりと瞳を閉じると、意識は現実のアルストへと急降下していった。
♢♢♢
「……よかった。大丈夫ですか!?」
「ホムラ……?」
「はい!」
瞼を開くと、最初に目に飛び込んできたのはホムラの心配そうな顔だった。
どうやら彼女の膝の上で介抱されていたらしく、ラキアはハッと正気に戻って咄嗟に身体を起こす。
どれほど気を失っていたのだろうか。肌を撫でる風はひんやりと冷たく、空は暗く沈み込み、辺りは静寂に包まれていた。
「ここは……?」
「分かりません……」
「ニアたちは?」
ホムラは申し訳なさそうに首を横に振った。
「そうか……」
「どこかのアルスに落ちたのは間違いないのですが、場所までは……」
となれば、優先すべきは一つだ。
「爺さん…さっきのアルスを探すぞ。投げ出されたと言っても、そう遠くには離れてないはずだ」
「はい!」
ラキアはすぐさま立ち上がり、セイリュウを探すべく動き出した。
周囲の地形に目星をつけると、ホムラを伴って鬱蒼と茂る草木を掻き分け、夜の森を進む。
歩みを進める道中、ラキアの胸には言葉にできない不吉な予感が渦巻いていた。
(……胸騒ぎがする)
吐き気がするほど気味が悪く、嫌な予感が拭えない。この心臓を押し潰されるような感覚───覚えている。
あの日、コメルがいなくなって、来る日も来る日も探し回って、誰かに縋り付いて……そうして過ぎたある日の朝、傷ましい姿となったコメルが戻ってきた、あの最悪の朝と同じ胸の悪さだ。
(頼む……外れてくれ……!)
心の中で祈り続ける。しかし、現実とはいつだって非情で、酷く苦い。
森を抜けた開けた場所───そこに転がっていたのは、潰れたクレーンの残骸だった。
「……ッ!?」
見間違えるはずもない。セイリュウの背中に積まれていた荷台だ。
ラキアはホムラを置き去りにして全力で駆け出した。一刻も早く、セイリュウの元へ辿り着くために!
「爺さん!」
瓦礫の奥に倒れ伏していたのは、全身傷だらけになったセイリュウの巨体だった。
巨躯を切り刻む弾痕と、痛々しい焦げ跡の数々。
「おい! しっかりしろ、爺さん!」
「おお……ラキアか……」
重々しく開かれた瞳。吐き出される声には、いつもの威勢の良さなど微塵もなかった。
「ワシは……ここまでじゃ……ラキア……あとはお主……自らの手で……」
「縁起でもないこと言うな!」
「悲しむことはない……。また会える……エーテルの流れの中で……」
「爺さん! おい!」
指の隙間から、またしても大切な存在が零れ落ちていく。
俺はまた失うのか。コメルやデンテのように、俺の目の前から奪われていくのか。
やめろ……頼むから、もう誰も、誰も俺の目の前からいなくならないでくれ───!!
無情にも、セイリュウの巨大な身体が光の粒子となって砕け散り、夜空へと昇っていく。
追いついたホムラも、その悲劇的な光景に絶句し、ショックで立ち尽くした。
光が天へと還り、ラキアはその場に膝をつく。
「……爺さん、アンタのこと……敬ってたよ……」
────まったく、やっと素直になりおったか。普段からそれくらい素直なら可愛げもあるんじゃがのう、ラキア。
「……は?」
粒子が晴れていく。
そこにぽつんと佇んでいたのは───両手の上に乗りそうなほど小さな、愛くるしい小型のアルスだった。
「……爺さん……なのか?」
「どうやら、そのようじゃの」
「「………………」」
沈黙。しばし無言で見つめ合う一人と一匹。
時の経過とともに、ラキアの瞳から温度が急速に失われていった。吹きすさぶ吹雪すら生ぬるいと感じるほど、絶対零度の冷徹な眼差し。
嫌な予感を察知したセイリュウが、慌てて弁明しようと口を開きかける───それよりも早く、ラキアの手が伸び、その小さな頭部を乱雑に掴み上げた。
「のおぉぉぉぉっ!? やめるんじゃラキア! お主、年寄りはもっと労わらんかい!」
「だる。……全部わかっててやってたのか?」
「違う違う! まさかワシもこうなるとは思っとらんかったんじゃ! 本当に最後かと覚悟したんじゃよ! 痛たたたっ! これ! 早う放せ!」
「なんだ。そうだったのか」
なら許してやるか、とラキアは掌の中のセイリュウを雑に投げ捨てた。
「ワシを何だと思っとるんじゃ! 雑に放り投げおって……まったくお主は!」
もし悪ふざけのつもりだったなら雲海に叩き落としてやろうかと思ったが、どうやらこの状況は当人にとっても予想外だったらしい。
「で、なんで縮んだんだ?」
「全身のエーテル代謝を最大限にして生命を維持した結果、幼生体にまで退行してしまったらしいのう」
「便利なもんだな、アルスってのは」
「すべてのアルスにできる芸当ではないぞ!」
「威張るな」
まったく、人騒がせな爺さんだった。
「元には戻るのか?」
「三百年も経てば元通りじゃ」
「だる…それまで宿無しか」
「お主…ワシを便利な家扱いか!」
世界樹に行く足失ったわけだ。けど…まあいい。
ラキアはあらぬ方向を向く。
「……まあ、その……何だ。生きててよかったな」
「お? なんじゃなんじゃ、普段ツンケンしておる癖にデレおって。可愛い奴じゃのう~」
「だる。……さっさとニアを探すぞ。行くぞ、ホムラ」
「は、はい!無事……だといいんですけど…」
「そうだな。おい、爺さん、何か覚えてないのか?」
「ここに来るまで幾度となく木々にぶつかったからの。その間に落っこちたのかもしれん」
「なら、それなりに痕跡があるはずだ」
きっとニアとビャッコもそう遠くない場所に落ちているはずだ。
「ラキア、お主の胸のそれは『コアクリスタル』じゃな?メツとシンとの間に何があった」
「その話はまた後だ」
野生のモンスターに襲われている危険もある。一刻も早く探し出さなければならない。急がなければ。
つづく
次回はメツやバーンのパートになる予定です。
またよろしくお願いします。
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