人騒がせな爺さんで余計な時間を使ってしまった。
だが───その前に、一つだけやっておくべきことがある。
「……あった」
セイリュウの背から散乱した荷物の中から、ラキアはボロボロになった木箱を見つけ出した。
蓋をこじ開けると、中には畳まれた服が入っている。ラキアはそれを持って物陰へと向かい、素早く着替えた。
(……やっぱりアルストの服より、人間界の服の方が"この体"にはしっくりくる)
袖を通したのは、かつてラキアが人間界で身に纏っていた衣類だ。
この世界へ流されてきた時に着ていたもので、ボロボロになったのをイヤサキ村でコルレルが丁寧に裁縫して直してくれた、人間界とアルストを繋ぐラキアにとっての思い出の品。
布地から伝わる肌触りが、人間界での記憶を鮮明に呼び覚ます。
大切な仲間たちとの出会い、抗い、悔やみ、泣いて、戦った日々───そして何よりも、笑い合えた愛おしい思い出。
だからこそ、次はこの世界アルストで、その思いを繋ぎ、守り抜かなければならない。二度と同じ悲しみを繰り返させないために。
胸の中で固い誓いを立て、ラキアは背中に〈聖杯の剣〉を背負い直す。
身だしなみを整え、二人の前へ姿を現すと、セイリュウとホムラはそれぞれ対照的な反応を見せた。
「初めて会った時の格好じゃな。あの時を思い出すのう……」
「なんだか……不思議な格好ですね」
「……まあ、な。気にするな」
「でも、とっても似合っています」
「……そうか」
ホムラにまっすぐな瞳で褒められ、ラキアは素っ気なく返して頬を掻いた。別に冷たくあしらったわけではない。ただ、調子が狂うのだ。
その横でニマニマと意地悪く笑う爺さんの顔が無性に腹立たしいが、今は無視だ。急いでニアを探さなければ。
「行くぞ」
ラキアが先頭に立ち、森を進む。
少し歩いた先から、自然界の音ではない───激しい交戦音が耳に届いた。
「聞こえたな、ラキア」
「ああ、戦闘音だ。誰かが戦ってる」
「近いです! 行きましょう!」
急ぎ音のする方へ駆けつけると、案の定、ニアとビャッコが巨大なモンスター───ワームイーター・グロッグと死闘を繰り広げていた。
「ニア!」
「ラキア!? なんで……」
「お嬢様、今がチャンスです! 反撃を!」
「わかった!」
手負いのニアとビャッコが果敢に踏み込む。
ラキアも背の聖杯の剣を抜き放ち、烈火の斬撃を飛ばしてグロッグの体制を崩した。
「爺さん、邪魔だから引っ込んでろ」
近くを飛んでいたセイリュウを首根っこで摘まむと、ポイと後方へ投げ捨てる。
「お主、年寄りは労われと何度言わせたら分かるんじゃぁぁっ!」
「うるさい、だるい」
第一、今の姿じゃもう『年寄り』ですらない。
「ホムラ、剣だ!」
「はい!」
ラキアから渡された聖杯の剣を受け取り、地を疾走したホムラがグロッグを一刀両断。
戦闘は一瞬で決着を迎えた。
「……助かったよ。その、ありがとう」
「気にするな。俺も助けられた」
「そういえば……あの時助けてくれたデッカいアルスは? どこ行ったのさ」
キョロキョロと周囲を見回すニアの前に、ラキアは再びセイリュウを摘まみ上げた。
「これだ」
「ラキア! 一体何度言えば……!」
「ええぇぇ!? これがあのアルス!? 嘘でしょ、なんでぇ!?」
「いろいろあったんだ」
「『これ』とはなんじゃ!『これ』とは!」
喚くセイリュウをスルーし、ラキアは宣言する。
「爺さんの話は後回しだ」
「なにぃ!?」
「落ち着いて話せる場所に移動するぞ。ここじゃまたモンスターが寄ってくる」
全員が頷き、少し進んだ開けた高台で野営を張ることとなった。
焚き火を囲み、互いの無事を確認し合いながら情報を共有する。
「────なるほどね。その子と『楽園』を目指す、か」
「ああ、そういうことになった」
「ふーん……」
ニアはホムラをまじまじと見つめた後、視線を小さなセイリュウへと向けた。
「それよりも……アンタなんだってね、アタシたちを助けてくれたの。ありがとう。ビャッコから聞いたよ」
「深甚なる感謝を申し上げます、アルス様」
「礼には及ばん。気にするでない」
「……あと、ラキア! アンタだよ!」
ニアの指先がラキアに向けられる。
「アンタの『アレ』何なのさ! 変身!とかやってたやつ!」
あの場にいたホムラとビャッコも、興味津々の視線をラキアへ注ぐ。事情を知らない爺さんだけが「変身……?」と首を傾げた。
「あれは……」
どう説明すべきか。痛烈な視線を受けながらしばらく悩んだ末、ラキアは────。
「だる」
考えるのを放棄して、そのまま草の上に寝転がった。
「おい! 答えろよ!」
「疲れた。だるい」
「はあ!?」
「そのうち話す。今日はもうだるい」
「アンタね……だるいだるい言いすぎだって! はぁ、まあいいや……アタシも疲れた」
「おやすみください、お嬢様」
焚き火の爆ぜる音が響く中、各々が複雑な想いを抱えながらも、戦いの疲労を癒すために静かに目を閉じた。
夜が更けた頃───ホムラがそっと立ち上がり、離れた水場へと向かった。
それに気づいたセイリュウが、音もなく彼女の後を追う。
ラキアは起きていた。
だが、去っていく二人の背中を追うことはしなかった。
仰向けに寝そべったまま夜空を見上げるラキアは、パチパチと燃える炎の揺らめきに、ホムラの姿を重ねていた。
仮初の楽園で、自分の命の半分を無造作に分け与えようとした瞬間の───あのホムラの苦悶に満ちた表情。それが脳裏に焼き付いて離れない。
ラキアはその表情の意味を痛いほど知っていた。
誰かに辛い運命を強いる時、己の無力さと罪悪感に苛まれた者が浮かべる、あの苦痛に歪んだ顔。
(ホムラも……色々と重いものを抱えてるんだな)
それがどれほど苛酷なものなのか、今のラキアには知る由もない。
だが、今自分にできることがあるとするなら、答えは一つだ。
(……『楽園』に連れて行ってやる、か)
彼女の願いを叶えてやる。そうすれば、あの暗い表情も少しは晴れるだろうか。
「……楽園に行く理由が、また増えたな」
呟きは、静かな夜風に溶けて消えていった。
♢♢♢
一方、水辺に佇むホムラとセイリュウの間には、どこか重く沈んだ空気が漂っていた。
「眠れんのか?」
「はい……」
「"お久しぶり"ですね。セイリュウさん」
「うむ。昔とは随分と印象が変わったのぉ?」
「色々…ありましたから……」
セイリュウはホムラの言葉に黙って頷く。
そしてホムラは、今までを語った。
「……ラキアの胸に光るコアクリスタル。何事かと思ったが、そんな事情があったとはな。……ラキアに命を分けてくれたこと、ワシからも礼を言うぞ」
意を決し、セイリュウはホムラの真意を問う。
「その上で聞きたい。お主はこれからどうする?」
「『楽園』へ行きます」
「そうか。意思は固いようじゃな……」
ホムラは静かに頷く。そして……。
「でも、もう一つ目的ができました」
「シンと……メツか」
「はい。あの二人をあのままにしておくことはできない」
「宿命じゃな『天の聖杯』の」
「……」
俯くホムラの横顔に影が落ちる。セイリュウは穏やかな目を向け、優しく言葉をかけた。
「ホムラよ、お主のドライバーとなったラキアを信じるんじゃ。奴はそう簡単に折れるような軟弱な男ではない。腕っぷしも、覚悟もな」
「……」
「それに何より、あ奴はどこまでも優しい男じゃ。口では『だるい』と突っぱねるかもしれんが、必ずやお主の力となってくれる」
「はい……少しですが、私にもわかります」
誰かのために立ち上がり、理不尽に怒り、傷つきながらも必死に誰かを守ろうとするあの背中。
目覚めて間もないホムラの瞳に、その姿は強く刻み込まれていた。
ホムラは意を決し、ずっと胸に抱いていた疑問を口にする。
「セイリュウさん……彼は、ラキアはいったい何者なんですか……?」
「さあのう、ワシにもよく分からん。いずれ本人の口から語られるじゃろう。……それはそうと、似ていると思わんか?」
「……え?セイリュウさんもですか?」
二人は同じ人物の面影を、ラキアの立ち姿に重ね合わせていた。
「ラキアを見ておるとのう、どうしてもアデルを思い出すんじゃ。あのふてぶてしい目つきや口の悪さなど、似ても似つかぬはずなんじゃが……不思議なものじゃな」
「私も、最初に目を開けた時に思ったんです。きっと……もう一人の私も同じように……」
「ほう、そうか……不思議な縁じゃのう」
「ええ、本当に……」
「これも何かの導き、ということなのかもしれんのう……」
静寂に包まれたアルストの夜が、静かに更けていくのだった。
つづく
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