守護の騎士が至る道 作:匿名希望
2ー3です!どうぞ!
広大なグーラのアルスの背中を進むラキアたち。
ラキアの肩には、いまだ納得がいっていない様子のニアが不機嫌そうに担がれていた。
暴れこそしないものの、そっぽを向き、口を閉ざし、一切の会話を拒否している。
そんなニアの反抗的な態度に対し、ラキアは苦言を呈することも、「いい加減にしろ」と怒ることもない。ただ無言で歩を進めていた。
だが、その無言の道行も長くは続かなかった。
少し先を進んでいたホムラが、足を止めて何かを見つけたように声を上げる。
「あれは……?」
担がれているニア以外の視線が、ホムラの指さした先へと集中した。
ラキアはここでようやくニアを肩から地面へと降ろした。着地し、不満そうに服のシワを伸ばしたニアもその方向へ視線を向ける。
そこに広がっていたのは────アルストの冷酷な現実だった。
「人、だね。もう……」
「ああ。死んでるな」
グーラの広大な平原の真ん中。そこに横たわっていたのは、完全に息絶えた一人の男の亡骸だった。
ラキアたちはゆっくりと歩み寄り、その傍らで立ち止まる。
「見てください……これ……」
ホムラは亡骸のすぐ傍に落ちていたものを、まるで愛おしいものを抱くように、そっと優しく拾い上げた。
「……コアクリスタルじゃな」
「この人、ドライバーだったんだね。トリゴの街を目指して……力尽きたんだ」
「……随分と痩せこけてるな」
ラキアは眉をひそめ、亡骸を見下ろして呟いた。
骨が浮き出るほど痩せ細り、鎧はおろか身に着けている服もボロボロだ。
その痛々しい姿は、外見こそ全く違うが、かつてラキアが見てきたグラニュート界の『貧困層』の住人たちの姿に酷似しており、嫌でも胸が苦しくなる。
「ドライバーだからって、全員が裕福なわけじゃないさ。食い扶持がなくなれば野垂れ死に。アルストじゃ珍しくもない光景だよ」
「ドライバーになれば、どこの国でもそれなりの待遇が約束されるんじゃないのか?」
「例外はいくらでもあります。全てのドライバーとブレイドが、どこかの国家に所属しているわけではありませんから」
「……ワケありだったってことか。こいつも」
「ドライバーの本領は戦い。どこかの国に属せば、嫌でも戦いの日々に身を投じることになる。モンスターの討伐、お尋ね者の相手、他国との小競り合い、そして戦争……。それらの連続で心がすり減り、逃亡を図るドライバーも少なくないと聞くからのう……」
結果、行き着く先がこの野垂れ死にか。
「この傷の様子だと、野生のモンスターに襲われたんだね」
「ですが……この方、最後までブレイドのことを想っていたんですね」
「ホムラ?」
「この方の手が……コアクリスタルの方へ伸びていたから。きっと、息絶える最後の瞬間まで……」
「共に戦い、歩んできたブレイドに思いを馳せておった、と」
「はい……」
「このまま野ざらしにしておくのは、忍びないな」
ラキアは亡骸の胸元から、古びた金属製のドッグタグを拝借した。
「……『傭兵団 フレースヴェルグ』」
その名を聞いた瞬間、セイリュウとビャッコが僅かに反応を示した。
「この者、傭兵団の所属じゃったか」
「身寄りがない者が行き着く場所でもありますが……」
故郷へ帰る途中で力尽きたのだろうか。このタグには、男の名前とグーラの地名が刻まれていた。
「墓でも建てて弔ってやるか。人間ってのは、そうするもんなんだろ?」
「そうじゃな。命を落としたその場所で弔うのが憲兵の習わしじゃ。墓を建ててやろう」
「……ラキアの言い方ってさ。まるで『自分は人間じゃない』みたいに聞こえるね」
「どうだかな。ほら、手を動かすぞ」
ニアの鋭い言葉を、ラキアはいつものように適当にいなして流した。
ラキアたちは静かに穴を掘り、ドライバーの亡骸を丁寧に埋葬。
せめてこの人物を知る誰かに届くよう、遺品であるドッグタグと形見のコアクリスタルだけを回収し、それ以外をすべて温かい土の中へと還した。
いつかまた、エーテルの流れの先、新たな命に還ることを信じて。
♢♢♢
埋葬を終え、一行は再びトリゴの街を目指して歩き出した。
その道中、ラキアはポケットの中で転がる形見のコアクリスタルを弄び、ふと胸の内で思考を巡らせた。
「コアクリスタルか……。……なんか、美味そうだな」
クリスタルの美しい輝きが、どこか高価な石のように見えたのだ。
頭の中でぼんやりと考えていたつもりのその言葉は───意図せず、口からそのまま漏れ出ていた。
「「「「……は?」」」」
前を歩いていた全員の足がピタリと止まった。
「え?」
「なんと?」
「はあぁ~……お主という奴は……」
ニアの不信感丸出しの顔、ビャッコの呆れ顔、セイリュウの頭を抱える姿、そして何よりホムラの引きつった笑顔がラキアに突き刺さる。
「あ、あの……ラキア? どういう趣旨の発言……でしょうか……?」
ラキアの言葉の意図がまったく理解できず、ホムラが恐る恐る尋ねてくる。
アルスト広しと言えど、命の源であるコアクリスタルを見て「美味そう」など言う奴など存在するはずがない。
「……いや。なんでもない。忘れてくれ……」
あ、激しくマズいことを言った。
ついつい本能で口走ってしまったラキアは、背中に嫌な汗を流しながら、数秒前の己の迂闊すぎる発言を猛烈に後悔した。
だって美味そうに見えたんだからしょうがないだろ……とは、口が裂けても言えない。
♢♢♢
気まずい空気のまま歩を進めること、しばらく。
突如として、先頭を歩いていたニアがピタッと足を止めた。
また「メツとシンの元に戻る」とでも言い出すのかと警戒したが、どうやら様子が違う。
何かとんでもない絶望を思い出したかのように、ニアの顔はみるみる蒼白になり、膝がガクガクと震えていた。
「おい、どうした?」
あまりの怯え様に、ラキアが怪訝そうに問いかける。
「な……な……縄張りバルバロッサだぁぁぁぁッ!!」
ニアの悲痛な絶叫が、グーラの広大な平原に炸裂した!
この時、ラキアはまだ知らなかった。
この平原に君臨する、真の『脅威』というものを───。
「やばい! このルート、縄張りバルバロッサの巡回ルートだ!! やばいやばい! 早く逃げよう!!」
尋常ではない焦り様でラキアの服を引っ張るニア。
だが───その時。
ゆらり、と巨大な影が一行を頭上から丸ごと覆い尽くした。
背後に立ち込める、桁違いの圧倒的な質量と凶悪な殺気。
「邪魔するなら蹴散らしていくだけだ。さっさと───」
どんな大型モンスターかは知らんが、倒して進めばいい。そう高を括ってラキアが振り返った、その瞬間。
そこに鎮座していたのは、山のように巨大な赤毛の獣型モンスターだった。
見た目は人間界の『ゴリラ』に似ているが、金色の逆立った立髪、岩をも砕く鋭い爪と牙、そして圧死を約束する巨躯。明らかに存在そのものが狂っている。
姿を見るまでは「ぶちのめす」つもりだった。だが、目視した瞬間にラキアの脳内アラームが限界突破で鳴り響いた。
今のお前たちが束になっても、一秒で肉塊にされる。目の前にいるのは、怪物の中の怪物だ。そう警告が鳴っている。
自分の考えは甘すぎた。ショウマや幸果が作るお菓子より、浩二おすすめのプリンより甘かった。
(……あ、無理だな。これ)
まさにこの平原を統べる絶対王者の風格。
初めて目にする『ユニークモンスター』の威圧感を前に、ラキアたちは完全に硬直していた。
「…………だる」
静寂を切り裂いたラキアの一言。
どうやら俺も絆斗と同じバカだったようだ(今だけ)
そして────
「逃げろぉぉぉぉぉぉッ!!」
ニアの腹の底からの悲鳴を合図に、全員が踵を返し、なりふり構わず全力疾走で逃げ出した!
ラキアはニアをラグビーボールのように小脇に抱え込み、前傾姿勢で爆走!
ビャッコは背中にセイリュウとホムラを乗せ、四本足をフル回転させて大地を蹴り上げる!
背後で響く、地揺らしの咆哮と轟音!
♢♢♢
「た……助かったぁ……」
命からがらなんとか振り切り、全員がバルバロッサの縄張りからなんとか逃げ切った。
全員、激しく息を切らして座り込む。
「なんだあいつ……グーラの支配者か……!?」
荒い息を吐きながらラキアが毒づくと、地面に突っ伏したニアが死にそうな声で首を振った。
「違うよぉ……あいつだけじゃない、まだ『ゴンザレス』もいるんだよ……。あれがこの平原の本当の支配者なんだ……」
「ええ。ユニークモンスターの中でも最上位クラス……『不動のゴンザレス』に手を出す者など、グーラ中を探しても一人もいませんよ……」
「あれよりヤバいのがまだいるのか……」
……マジで、だるすぎる。
「ヤバいな、アルスト……」
アルストという世界の底知れぬ恐ろしさと理不尽さを、ラキアは身をもって思い知らされたのだった。
♢♢♢
そんな命がけの死線をくぐり抜け、ラキアたちはついにグーラ領『トリゴの街』へと到達した。
木造の重厚なアーチを潜り抜けると、最初に目に入ったのは広場の大きな掲示板だった。
そこにデカデカと貼り出されていたのは───数枚の『手配書』。
メツ、シン、そしてニア。イーラを名乗る三人の顔写真……ならぬ、人相書きだ。
だが、ニアの手配書だけが、あからさまにおかしかった。
「……な、なんだと……!? こ、これがアタシ……!?」
手配書の人相書きを見たニアが、絶句して固まった。
それもそのはず。メツとシンは実物そっくりに男前に描かれているのに対し、ニアの手配書は『ニアの輪郭に、ビャッコのイカつい顔が合体した化け物女』という、悪意と勘違いに満ち溢れた酷いデザインになっていたのだ。
「……フッ。なんとも上手く特徴を捉えた、素晴らしい人相書きでございますね」
隣で手配書を覗き込んだビャッコが、耐えきれずにプルプルと肩を震わせて半笑いを浮かべる。
我がブレイドのその反応に、ニアの額に青筋が浮かび上がった。鋭い殺気を含んだ眼光でビャッコを睨みつける。
「……あぁん? なんだって?」
「い、いえ! 何でもございません!」
命の危険を察したビャッコはすぐさま笑顔を消し、敬礼の姿勢で黙り込んだ。
だが───ラキアは耐えきれなかった。
「……っ、ふ……っ!」
普段クールなラキアが、思いっきり吹き出した。
「笑うな!! ムキーーーーーッ!!」
限界突破したニアがラキアの肩に飛び乗り、馬乗りになってラキアの髪の毛を「これでもか」と揉みくしゃに掻きむしる!
さらに怒りのまま手配書を壁から引っぺがし、ビリビリの紙屑に。
頭をぐしゃぐしゃにされながらも、ラキアはニアを振り払うことなく、珍しく「だるい」の一言も口にせず、ただ楽しそうにフッと口角を上げていた。
「おい! なんでメツとシンはフツーに描かれててアタシだけ化け物なんだよ! 描いた奴出てこい!!」
「……おい、これ」
頭をぐしゃぐしゃに揉まれながらも、ラキアは隣に貼られていた『メツの手配書』を指さした。
実物そっくりに、無駄にドヤ顔に描かれた人を見下したメツの腹立つ顔面(ラキアの主観)。
「なにさ……」
「……このドヤ顔、むかつくな」
「え?」
ラキアはすっ……と真顔で手を伸ばすと、メツの手配書を無情にバリバリッと引っぺがした。
「おい、ラキア!?」
「むかつくから、破る」
「理由が雑!」
ラキアは容赦なくメツの手配書をビリビリに引き裂き、クシャクシャに丸めて足蹴にした。
メツへの怒りは本物なのだが、あまりにも雑で容赦のない八つ当たりっぷりである。
「よし。すっきりした」
「すっきりした、じゃないよ! 腹いせじゃん!」
「ニアも破っただろ」
「アタシのは被害者ゆえの抗議だよ! あんたのはただの八つ当たりだろ!」
「だる。同じようなもんだろ」
「全然違うわ!」
わーわーと騒ぐ二人を横目に、ホムラとビャッコは「ふふっ」と微笑ましく顔を見合わせるのだった。
つづく
次回…2ー4「帝国の宝珠」
最後のメツの手配書を破くシーンはちょっとラキアっぽくないかな?と思っていますので、修正するかもです。
どうですかね?好評なら残します。