守護の騎士が至る道 作:匿名希望
2ー5へ持ち越しです。
賑やかな店が立ち並ぶトリゴの繁華街を抜けると、一行は一段とひらけた中央広場へと出た。
広場の中央にはスペルビア軍の兵士たちの姿があり、それを取り囲むようにトリゴの住民たちが人山を築いている。何やら物々しい雰囲気が漂っていた。
「さあ! 勇気ある若者はいないか! 君のその一歩が、明日の偉大なるスペルビアを支えるのだ!」
特設された台座の上で、スペルビア兵が高らかに声を張り上げている。
「もちろん、手に入るのは月々の破格の俸給だけではない! 厚い恩給に、功績を積めば爵位だって夢ではない! 偉大なるネフェル皇帝陛下のため、秘められた勇気を示してみせよ! さあ名乗り出よ、未来の英雄たちよ!」
集音の演説を冷ややかに眺めながら、様子を見ていたニアが呟いた。
「あれは……ドライバースカウトか」
「ドライバースカウト……?ああ、なるほどな。あの胡散臭い売り文句で、軍の言いなりになる都合のいいドライバーを外部からスカウトしてるってわけか」
「察しいいね。その言い方はどうかと思うけど……まあ、大体合ってるよ」
ラキアの身も蓋もない言い草だが、事実はその通りだった。
「わざわざ街頭で外部から募るってことは、スペルビア軍の中に適性のある奴がもう残ってない……そういうことなんだろうな」
「その通りです、ラキア様。コアクリスタルと同調できる資質を持つ者は、年々減少しておりますからね」
「スペルビアとインヴィディアの間で開戦が近いって話もある。なりふり構わず戦力を集めてるんだろうな」
なら、開戦はもう目と鼻の先…か。
「ええ。ドライバーとブレイドの有無は、国の軍事力を決定づける要の一つですから……」
───戦争。
その嫌な響きに、ラキアの表情がわずかに曇る。
「……結局、上の連中が始める争いで真っ先にシワ寄せがいくのは、いつだって権力も力もない下の奴らだ」
ラキアが吐き捨てるように呟いた、その時だった。
群衆の中から、一人の若いグーラ人の少年が意を決したように名乗り出た。
「あ、兄ちゃん! 危ないからやめときなって!」
「け、けど……! もし僕がドライバーになれたら……!」
獣の耳を生やしたグーラの少年は、後ろで縋りつく幼い弟妹たちに止められながらも、緊張で身体を強張らせて一歩前へ踏み出す。
だが、その勇気を踏みにじるように、割り込んできた大柄な男が少年の肩を力任せに突き飛ばした。
「どけ、青びょうたん! ガキの出る幕じゃねえ!」
大柄な男は少年を押しのけると、自信満々にスペルビア兵の目の前へと立ちはだかった。
「さあ出ろ! 俺様に相応しい最強のブレイド!」
男は荒い鼻息を吐きながら、台座の上に鎮座するコアクリスタルへと勢いよく手を伸ばす。
群衆から少し離れた場所から、ラキアたちがその様子を見守る。
男の手がクリスタルに触れた、次の瞬間───男の全身がガクガクと激しく震え始めた。
それを見たニアが呆れたように呟く。
「ありゃ……ダメだな」
ラキアの肩に乗るセイリュウも、静かに首を振った。
直後、男は全身を折り曲げて凄まじい痙攣を起こし、目口から血を吹き出して白目を剥き、ドサリと崩れ落ちた。
「っ!?」
凄惨な光景に広場が悲鳴に包まれる。ホムラは思わず口元を両手で覆い、酷く怯えた瞳で立ち尽くした。
「おーっと! 威勢が良いだけのみ掛け倒しだ! 次! 次の挑戦者!!」
スペルビア兵は倒れた男を介抱するどころか、まるでショーの失敗作でも扱うように嘲笑った。
他の兵士たちが、血だまりの中でピクピクと動く男の襟首を掴み、ゴミ袋でも捨てるかのように路地裏へと投げ捨てる。
そのあまりに冷酷な手慣れた仕草に、ラキアは細めた瞳の奥で静かな怒りを燃やした。
「……コアの負荷に耐えきれなかったんだね」
「残念ですが……資質のない者が無闇にコアへ触れれば、エネルギーの逆流に耐えかねてあのように血を吐き、命を落とすことすらあります」
「誰でもドライバーになれるんなら、苦労はないか……」
「ラキアは……知ってたの?」
ニアがラキアの横顔を見上げて尋ねる。
「予想はしてたさ。ドライバーとブレイドがそれだけ重宝されるってことは、誰にでも…ってわけじゃないだろう。……まさか、適性がないだけで血を吐いて死にかけるのは予想外だったが……」
ラキアは吐き気がするような光景から目を背けたくなるのを抑え、隣で顔色を悪くしているホムラへと視線を向けた。
「ホムラ、大丈夫か?」
「え、ええ……少し、ショックを受けてしまっただけで……大丈夫です」
「そうか」
ホムラは胸に手を当て、深く息を吐いて心を落ち着かせようと努める。
「さあさあ! 偉大なる帝国に貢献せんとする勇者は他にいないのか!? 次は君か? そこの君か!?」
スカウト兵の卑しい視線が、先ほど突き飛ばされたグーラの少年へと注がれた。
恐怖で膝をガクガクと震わせながらも、少年は再びコアクリスタルの前へと足を進めてしまう。
「兄ちゃん! やめてよ兄ちゃん!」
「だ、大丈夫だ! 兄ちゃんが必ずドライバーになって……お前たちに、うんと楽な暮らしをさせてやるからな……!」
───楽な暮らしをさせてやるから。
(ッ……!!)
その言葉が、ラキアの胸を強く突き刺した。
───かつて、自分もまったく同じことを思っていた。
身寄りもなく、生きるために必死だったあの頃。少しでも弟に……コメルに不自由のない暮らしをさせてやりたくて、自分はなけなしの日銭のために毎日必死で働き詰めた。
だが、その結末はどうだった?
仕事に追われるあまり弟の異変に気づけず、目すら届かない場所で、コメルは闇菓子の誘惑へと落ちてしまった。
ストマック家のバイトとして利用され、最後は……助けることもできず、目の前で命を落とした。
自分の選択が、大切な家族を地獄へ叩き落としたのだ。
ならば────ここで。今、目の前で。
かつての自分と同じ過ちを侵そうとしているこの愚かで健気な少年に、俺がしてやれることは───!
気づいた時には、ラキアの足は群衆をかき分けて前へと踏み出していた。
「ラキア……!?」
突然歩み出したラキアの背中に、ホムラが驚きの声を上げる。
今まさに、少年が震える手を伸ばしてコアクリスタルに触れようとしたその瞬間に、ラキアは少年の服の首根っこをガシッと掴み上げ、強引に後ろへと引き剥がした。
「────やめとけ」
「うわっ!?」
勢いよく引っ張られた少年は尻餅をつき、地面にへたり込む。
「な、何するんだよ急に! 僕は弟や妹に楽な生活を───」
「喋るな。来い」
ラキアは叫ぶ少年の腕を容赦なく掴み上げ、引きずるようにしてその場から連れ去った。
自分の過去の影を払拭するように、ただただ強く、その手だけは離さずに。
少年の手を取って群衆をかき分け、急ぎ足で立ち去るラキアの背中。
それを見送っていたスカウト担当のスペルビア兵は、ふと何かを思い出したようにハッと仮面の奥の目を見開いた。
ポケットから折りたたまれた極秘の通達文書を取り出し、素早く広げる。
「……間違いない! あの男、モーフ領事が仰られていたお尋ね者───ラキア・アマルガだ!」
スカウト兵は隣の兵士に急ぎ耳打ちすると、密かに部隊を動かし始めた。
♢♢♢
一方、ラキアは少年を引きずり、繁華街から離れた静かな路地裏まで連れてくると、ようやく手を放した。
「放せよ! 僕……僕はドライバーになるんだ!!」
腕を擦りながら、少年はラキアに向かって涙目になりながら叫び続ける。
そこへ、ラキアの後を追ってきたホムラ、セイリュウ、ニア、ビャッコの面々が路地裏へと滑り込んできた。
「……だる。戻っても無駄だ」
「な、なんでだよ! 僕の邪魔をするなよ!」
「お前には資格はない。無理だ。……さっきの男の二の舞になるだけだぞ」
少年にその資質があるかどうかなど、本当のところはラキアにも分からない。
だが、命を投げ出そうとする血気盛んな子供を止めるためなら、ラキアは言えるだけの冷酷な現実を叩きつけるつもりだった。
「そ、そんなの……やってみなきゃ分からないだろ! 僕だって家族を───」
「俺はドライバーだ。見れば分かる。お前じゃ無理だ」
「そ、そんな……」
自分より遥かに修羅場を潜ってきたであろう年上の男にきっぱりと言い切られ、少年はガタガタと肩を落として深く絶望した。
だが、ラキアの追撃は止まらない。
「仮にお前がドライバーになれたとして、軍属として離れているその間、残された家族はどうする? 食事は? 生活費は? 誰が幼いあいつらの面倒を見る?誰が護る? 考えはあるのか?」
「……ッ」
「この世の中だ。何が起こってもおかしくない。お前が何の役にも立たず馬鹿みたいに無駄死にしたらどうなる? 頼る当てもなく、食い扶持を失った家族は路頭に迷い、野垂れ死にだ。お前のやろうとしてることは、家族を救うどころか地獄に突き落としてるのと同じだ」
ラキアの容赦のない正論が、少年の胸にナイフのように鋭く突き刺さる。あまりにも的を射すぎていて、一言も言い返せない。
「む、無駄死にってアンタ……言い方が……」
「ラ、ラキア……! もう少し……柔らかく、優しく言ってあげてください……」
「子供相手にも一切の手加減がない男じゃのお……」
その苛烈な言いっぷりに、傍で見守っていたニア、ホムラ、セイリュウが思わず口を挟んでハラハラと窘める。
だが、ラキアの瞳はどこまでも真剣だった。
「本当に家族を想ってるなら、軍属なんてやめろ。兄貴のお前が一番近くにいて、目を離さず、ちゃんと見てやるんだ」
「で、でも……! お金がないと……お金がなきゃ、生きていけないんだよ……っ!」
絞り出すように訴える少年。
ふと路地裏の物陰に目を向けると、追ってきた幼い弟や妹たちが、不安そうに身を寄せ合ってこちらを伺っていた。
(……仕方ない、か)
ラキアは短く息を吐き出すと、懐からずしりと重い金貨の袋を取り出した。
「……持っていけ」
ラキアはそれを少年に押し付けた。
「この金で定期船に乗って、『アヴァリティア商会船』へ行け」
「え……?」
「船に着いたら、そこにいる『ガラム』と『ピットマン』って奴らに『ラキア・アマルガから言われて来た』と言え。そうすれば、お前にま当な仕事をくれる」
あの二人には以前、でかい貸しを作ってある。それに商会の中でもかなり手堅く稼いでいる奴らだ。ラキアの紹介とあれば断ることはないはずだ。
なんだかんだで面倒見のいい奴らでもあるから、最初は「ブーブー」と文句を言うだろうが、幼い子供たちを見捨てるような真似は絶対にしない。
「あ……ありがとう……! 」
渡された金貨の袋と希望を強く握りしめ、少年は何度も頭を下げながら、弟妹たちの元へと駆け寄っていった。
その背中を見送りながら、ラキアは心の中でそっと安堵の息をつく。
───これでいい。
これで俺と同じ後悔を抱えて生きる未来は、これで立ち切れたはずだ。
「なーんだ。優しいじゃん」
隣に歩み寄ってきたニアが、ニシシと意地悪く笑った。茶化すのではなく、心底感心したような温かい眼差しで。
「……放っておく方がだるかっただけだ」
ラキアはいつもの捨て台詞を吐く。
(なんて言いながら、あの袋……アヴァリティア行きの船の代金にしてはかなり多めに入ってたろ。それくらいアタシにだって分かるって)
あの金額なら、幼い子どもたちが数日の間は腹いっぱいに飲み食いしてもお釣りがくる。
ただ仕事を斡旋するだけでなく、そこに辿り着くまで、当面の間の腹の心配までして渡したのだ。ニアはそこまで見抜いていた。
(ほんとさ……世の中がアンタみたいな奴ばっかりだったら、良かったのにな……)
ここに来るまで…世界の過酷な現実を見てきたニアは、冷たい素振りの裏にあるラキアの途方もない温もりに触れ、胸の奥でそっと呟くのだった。
つづく
ブレイドと同調する話はまたいずれ。
近いうちに1ー3〜2ー2まで書き直したものに更新したいと思います。
1ー7は2話に分割します。