今回のお話、ラキアの過去、少しばかり捏造しました。
1-2、加筆しました。
1-3もラキアの台詞を追加しました。
古代船のサルベージ準備を整えたラキアは、バーンに指定された港へ向かった。そこに鎮座していたのは、アヴァリティア商会が誇る大型雲海探査船──『ウズシオ』だった。
「ウズシオ……相変わらずデカい船だな」
見上げるような赤い船体。アルスに頼ることなく雲海を自走し、どんな深海からでも物資を引き上げる実績を持つ、商会最強のサルベージ船だ。
「ほら新入り! さっさと乗れ、もう出すぞ!」
船長のモネルが、タラップの前に佇むラキアへ甲板から声を張り上げた。
「わかってる」
「それと、見張り番は頼んだぞ!」
「は?」
「乗るのが最後だった奴の役目だ! よろしくな〜!」
戯けた調子で言い捨てると、モネルはひらひらと手を振って船内へ消えていった。
「……だる」
納得のいかない溜め息を吐きつつ、ラキアもウズシオへ乗り込む。
全員の乗船を確認した船は豪快な重低音を響かせ、目的の海域へと発進した。
『わー! わー!』
『乾杯だー! ぎゃーぎゃー!』
出航して間もなく、船内からはサルベージャーたちの浮かれた酒盛りの声が響き渡る。
その喧騒とは対照的に、寒空の下にある甲板は静寂に包まれていた。最上部の見張り台に、一人佇むラキアの姿があった。
(あいつら……自分が呑むために、酒を呑まない俺に見張りを押し付けやがったな。全員貸しにしておくか……)
時折聞こえる歓声に恨み節を零しながらも、双眼鏡を覗き込んで周囲の警戒を怠らない。
「あれは……」
双眼鏡のレンズ越しにウズシオの後方を捉える。暗い雲海の上を、一隻の黒い船が一定の距離を保って追従していた。
(港にいたあの黒い船……『モノケロス』か。追ってきてるのか……)
不気味な追撃者に眉をひそめていると、見張り台へと続く鉄の階段がギィ、と軋む音を立てた。
「なんだよ、結構寒いな」
身を縮こまらせながら登ってきたのは、ニアだった。
「またお前か……」
「お前じゃない、ニアだ!」
語気を強めて食ってかかるニアに、ラキアはだるそうに肩をすくめる。
「下で酒盛りが始まったんだよ。だからちょっと付き合え」
「まあ、あいつらだからな。サルベージャーはよくやる……らしい」
たしかサルベージャーの心得だったかに『船には酔うな、酔うなら酒に酔え』とか何とかあった気がする。
「お前……」
「だからニアだって! 次お前って言ったら引っ掻くぞ!」
鋭い爪を見せつけて威嚇するニアに、ラキアは溜め息をついた。
「……だる。ニア」
「そう、それでいいんだよ」
「ニアは酒が嫌いなのか?」
「酒は嫌いじゃないけど、酔っ払いは嫌いだ」
「同感だな」
人間界で幸果から「お酒は大人になってから」と教わった記憶があるが……まあ、この世界とあちらでは法律も文化も違うのだろう。
「気が合うね」
「まあな。……あの二人は酒盛りに参加してないのか?」
「なわけないでしょ。あいつらが混ざるわけない」
だろうな、と納得する。
「……ねえ、なんでアンタはサルベージャーなんてやってるのさ?」
ふと思いついたように尋ねるニアに、ラキアは遠く聳え立つ巨大な大樹へ視線を向けた。
「世界樹だ」
「は? 世界樹?」
「俺は世界樹の上にある『楽園』を目指してる。だからサルベージャーになった」
「はあ? なにそれ、そんなのが理由?」
「ああ」
きっかけはセイリュウの爺さんの一言だった。
情報を集めるために人が集まる商会へ身を置き、信頼できる仲間や顔馴染みを作った。
(それだけだったんだがな……)
商会に所属して半年。今では顔馴染みとくだらない雑談を交わし、腕利きとして頼られ、世話になった村へ送金する手段も得た。
最初は単なる情報収集の手段でしかなかった仕事が、今では嫌いではない。
「まあ……気に入ってるよ。この仕事」
思いのほか柔らかいラキアの言葉に、ニアは意外そうな目を向けた。
「ラキアって、夢とか理想を追いかけるタイプに見えないから意外だよ」
「……声がしたんだ」
「声?」
「ああ。誰かは知らないが……幼い少年の声で『楽園に行け』ってさ」
「余計意味わかんない。姿も見えない奴の声を真に受けて、楽園伝説を信じてるわけ? あれはただのデカい樹だよ」
「かもな」
「眉唾ものだね。仮に世界樹のてっぺん……楽園に行けたとしてさ、アンタどうするのさ?」
「知らん」
「は?」
「だから、知らん」
「知らんて……アンタねぇ……」
肩透かしを喰らったニアは目を丸くした。もっと崇高な目的や野望があるのかと思えば、「知らん」の一言である。
「俺はその声を『信じる』と決めた。もし何もなかったら……その時はその時だ」
呆れかけたニアだったが、ふっと表情を柔らかくした。
「……信じる、ね。その声が誰かは知らないけど、アタシには無理だな。身勝手な想いを押し付けられるのは……嫌だよ」
「……この前も、アルスが沈むのを見た」
ラキアは静かに言葉を継ぐ。
「誰かがやらなきゃな……って思う」
自分がこの世界に投げ出されたことにも、何か意味があるのかもしれない。
それにショウマなら、きっと。
「アルスが沈む不安も、明日の寝床の心配もない。土地を奪い合う必要もなく、誰も傷つかない……そんな明日が来たら、いいだろ?」
「そりゃ……そうだけどさ」
「誰もが平等に暮らせる豊穣の大地──綺麗事だとしても、それが叶うならそうなってほしい。……まあ、受け売りだけどな」
「へぇ……」
「だから楽園を目指すさ」
それに───。
「声だけだとしても、誰かに頼られるのは悪くない。……今はそう思う」
楽園へ誘う謎の声。頼りにしてくれる商会や村の連中。誰かに頼られることを素直に受け入れられるようになった自分に、ラキア自身少し驚いていた。昔の自分なら、絶対にあり得なかった変化だ。
(ショウマたちに影響されたか……)
風に吹かれながら自嘲気味に呟くラキアの唇に、自然と穏やかな笑みが浮かぶ。
ポケットから取り出した固形物を、ボリボリと音を立てて口に運んだ。
「何食べてんの?」
「石だ」
「冗談かよ、こんな時に。全然面白くないぞ」
「冗談じゃないんだが……」
「にしてもさ……人間って、もっと自分勝手で嫌な生きものだと思ってたけどね」
「話を聞けよ」
「ラキア、親は?」
「なんだ急に……」
「いいから答えなよ」
「いない」
「なんで?」
ズケズケと踏み込んでくる態度に、ラキアは苦笑する。
「だるっ……お前、結構遠慮がないな」
「アンタが悲しそうな顔してたら聞きやしないよ」
「……親は死んだ。いい思い出もない。だから悲しくもない、それだけだ」
「そっか」
「聞いといてそれかよ。だるいな」
呆れてそっぽを向くラキアの横顔を、ニアは静かに見つめていた。
「……アタシと一緒だな」
夜風に紛れるような小さな呟き。
「アンタ、悪くないよ。人間にしては悪くない。よかったね」
そう言ったニアの瞳に揺れる深い孤独と影。それは、ラキアがかつて抱えていた『痛み』と痛烈に重なった。
「そりゃどうも……(人間じゃないがな)」
二人が語らう見張り台の少し下、風の当たらない階段の踊り場にはビャッコが静かに伏せていた。
同調したブレイドとして主人を守りつつも、二人の会話をそっと見守っている。
一方、船内へ通じる出入口の影では───。
「ハッ、お似合いじゃねぇか」
腕を組んだメツが、嘲笑を浮かべていた。傍らにはザンテツも立っている。
「おいメツ、何考えてんだ?」
「……もしもの時、さ」
ニアと打ち解けるラキアを一瞥し、メツは短い鼻鳴らしとともに船内へ引き返していった。
「ニアたちは、あの沈没船で何をする気なんだ?」
「さあね。アタシはシンとメツについてきただけだから、詳しくは聞いてない。ただ……古代船に眠る何かを回収する、とは言ってたよ。それが何なのかは知らないけど」
(あいつら……一体何を企んでるんだ?)
メツの名を聞いた時の、セイリュウのあの異様な狼狽。
(あの目は、他人の命を何とも思っていない……ランゴと同じ目だ)
危険人物であることは間違いない。
そして、そんな連中に従っているニア。なぜこんな危険な連中に身を置いているのか、ラキアの胸に疑問と懸念が募る。
(こんな時……幸果やショウマ、絆斗ならどうする……?)
自分よりも上手く立ち回るだろう仲間たちの顔を思い浮かべる。
(幸果なら……相手が自分で話してくれるまで待つ、か)
きっとそうするはずだ。だが、何かあってからでは遅い。余計なお世話だとしても、最低限の釘だけは刺しておくべきだろう。
「ニア、あのメツって奴には気をつけろよ」
「は? なんでさ」
「何でもだ。とにかく気をつけろ」
ポン、とニアの頭に手を置く。
「だから頭触るなって言ってるだろ!」
軽口を叩き合っているうちに、ウズシオは目的の海域へと到着した。
船内のサルベージャーたちが一斉に慌ただしく動き出し、甲板は熱気に包まれる。
ラキアは準備を手伝うフリをしながら、懐から顔を出した『ザクザクチップスゴチゾウ』に、周囲に聞こえない小声で囁いた。
「頼む。ニアについていってくれ。もし奴らが怪しい動きをしたら、すぐに知らせろ」
ゴチゾウは心得たとばかりにコクリと頷くと、すばしっこく飛び出し、ニアの着ている服の大きなフードの中へ隠れた。
「ほらほら! 新入り、さっさと働きなよ!」
そんな裏でのやり取りなど知る由もないニアが、腰に手を当てて野次を飛ばしてくる。
「文句なしの仕事をしてやるから、大人しく見てろ。お嬢様」
「うっせ!」
ふっ……だる。
背後から聞こえるキーキー声を聞き流しながら、ラキアはサルベージスーツのヘルメットを装着し、雲海への潜水準備を整えた。
───それから。
集められた熟練サルベージャーたちの手際により、作業は極めて順調に進んだ。
激しいワイヤーの巻き上げ音とともに雲海が大きく波打ち、数百年の眠りについていた巨大な『古代船』が、ついにその姿を雲上に現したのだった。
つづく
今回はニアとのお喋りだけで終わり。
ニアの人間不信を強調してみたつもりです。
次回はいよいよ古代船です。
読みやすい文字数を教えてください
-
2000〜3000
-
3000〜4000
-
5000〜6000