それと誤字も修正しました。
雲が覆う夜空は、不吉の前触れか。
それとも───。
「ふぅ……」
古代船のサルベージを終えたラキアは、雲海から浮上。引き上げたばかりの船の甲板でヘルメットを外し、冷たい夜の空気を吸い込んだ。
初めての共同サルベージ。船を浮上させるタイミングを周りと合わせることに若干の不安はあったが、まあ何とか上手くいったようで一安心だ。
一呼吸置いたラキアは、改めて足元の船体を見渡す。
全体から薄気味悪さが漂う船だが、古代船という割には驚くほど原形を留めている。雲海の底に長年沈んでいた影響か、色は所々剥げ落ち、鉄柵や装飾も腐食しているものの、骨組みは未だ強固だ。
(人間界で見た船とは強度が段違いだな。アルストの技術の方が進んでいるのか……)
一見すると技術水準が低く見えるこのアルストだが、時折垣間見える技術は人間界やグラニュート界のそれを凌駕している。
それに、人間という種族、食事、言語、概念──人間界と酷似している点が多すぎるのも妙だった。
「世界ってのは、わからないもんだな」
ラキアが何気なく呟くと、背後から声がした。
「いいや、分かりやすいさ。この世界はな」
腕を組んだメツが、薄ら笑いを浮かべて立っていた。その隣にはシンの姿もある。
「何がおかしい?」
「結局は見えるモンが全てだってんだよ。だろう、シン?」
「……そうだな」
メツの含みのある言葉。ラキアにはその真意まで読み取れなかったが、シンは理解しているのか、静かに俯きながら応じた。
「それで、お前らはこの船で何を回収する気なんだ?」
ラキアは少々圧を強めて問う。
「お前には関係のない事だ。余計な勘繰りをせずにさっさと自分の仕事をしろ」
「……だる。俺はお前らの注文通りやった」
苛立ちを込め、足でガンガンと甲板の床を踏み付ける。
「生意気な野郎だぜ」
「お前がムカつく野郎なだけだ」
「「あ?」」
「そこ! ケンカすんなよな!」
険悪な空気の中、ニアの怒声が割り込んだ。
「お疲れ様、良い仕事だったよ。やるじゃん」
メツとは対照的に、ニアは素直にラキアの仕事を労った。
「ああ」
「お前、やっぱ愛想ないな」
そんな会話を交わしていた矢先───甲板から船内へ続く中央の扉から、不穏な重低音が響き渡った。
内側から勢いよく叩きつけるような激しい音に、場にいた全員の視線が集まる。
直後、轟音とともに扉を破壊して現れたのは、アヴァリティア近海でも目にしたことがないほど巨大な甲殻類モンスター──『キングリター・シース』だった。
モンスターは甲板に出るなり、鎌のような巨大な爪を掲げて威嚇の咆哮を上げる。
「だる……デカいな」
「門番ってわけか。ご立腹のようだぜ」
長年この船を根城にしていたところを、無理やり引き上げられて暴れているのだろう。
「ドライバーの力、見せてやるよ! ビャッコ!」
「承知しました」
ニアがツインリングを構える。メツも旋棍(せんこん)を抜き、ラキアもデンデンに作らせた『刃弓』を構えた。
「ストームエッジ!」
「バタフライエッジ!」
メツとニアがブレイドと連携してアーツを繰り出す。ラキアは後方から矢を放ち、二人の援護に回った。
個人技能で戦う自分とは異なり、武器を受け渡しながら波状攻撃を仕掛けるドライバーとブレイドの戦術。阿吽の呼吸から繰り出される「二人で一人」の連携を間近で見たラキアは、素直に舌を巻いた。
ショウマや絆斗との連携とはまた違う戦い方。セイリュウが言っていた「一心同体」の意味を、ラキアはようやく理解した。
「これで……ジャガースクラッチ!」
ニアの鮮やかな一撃が叩き込まれ、巨体は崩れ落ちるように甲板へ倒れ伏した。
周りのサルベージャーたちも、ドライバーとブレイドの圧倒的な強さに開いた口が塞がらない様子だ。
「あれがドライバーとブレイドの戦いかよ……」
「どっちがモンスターだか分からねぇな」
口々につぶやくサルベージャーたちをニアが鋭い眼光で睨みつけると、男たちは慌てて退散していった。
「どうだ、見たか!」
鼻を高くするニア。褒めてほしい子供そのものだ。
「小さいのにやるもんだな」
「何だと! 小さいって言うな!」
小馬鹿にしたラキアに、ニアが噛み付くように怒鳴る。
「おいクソ野郎! ニア! ガキが何チンタラやってんだ、さっさと行くぞ!」
「ンだよ、年上が皆エライのかよ……」
不機嫌そうに呟くニアに、ラキアは淡々と言った。
「サルベージャー仲間は『年長者を敬え』なんて言うが、敬う必要はないぞ。自分が尊敬できる奴だけ敬えばいい」
「……アハハ! そうだ、そうだな!」
ラキアの持論を聞いたニアの顔がパッと晴れ、愉快そうに笑った。
「また吠える前に行くか」
「だね!」
二人は内部へ足を踏み入れる。
その様子を、物陰からじっと記録する小さな影があった。アヴァリティア商会のプニンだ。その映像は通信を経由し、直接バーンの元へと届けられていた。
「あのクラスのバケモノを簡単に……。中々の強さ、やはり只者じゃなかったも。良い金づるを見つけたも」
商会長室でバーンがほくそ笑む。
「ラキアを手放すのは少々惜しいが、仕方ないも。スペルビアでの大事業も順調だし……何もかも上手く進んでるも〜」
裏で思惑が渦巻く中、ラキアたちは古代船の深部へと進んでいた。
湿り気と雲海の異臭が充満する暗い船内。
「古代船と言うからには期待していたが……拍子抜けだな」
広々とした空間を見渡し、ラキアは不満を漏らした。奥へ進めば進むほど、違和感は確信に変わる。
「何もなさすぎる……」
元現場労働者であり、サルベージャーでもあるラキアだからこそ気づく現場の異常さ。これだけ巨大な船でありながら、荷物を積んでいた形跡すら存在しない。
「どうしたのさ?」
「何もなさすぎる。これだけの船なのに積荷の跡すらない」
「言われてみれば確かに妙ですね。何の意味もなくこんな巨船を造るはずがありません」
ビャッコも同意する。
「だろうな。誰かは知らんが……『意図』が見える」
まるで───最初から雲海へ沈めるためだけに造られたかのような船だ。
(メツとシン……前を走る二人は迷いなく進んでいる。最初から宝目当てじゃないのは知っていたが……何があるんだ?)
もっとセイリュウの爺さんから話を聞いておくべきだったと後悔するが、もう遅い。
(いよいよ本格的にきな臭くなってきたな……)
それでも、依頼を引き受けた以上投げるわけにはいかない。なんでも屋のアルバイトとしてもプライドが許さない。
「ほんっとに……だるいったらないな」
深いため息をつくラキア。その姿を、前を歩くメツが静かに見定めていた。
(あの野郎……勘が鋭すぎる。あの察しの良さと腕っぷし……警戒しておいた方がいいな。ラキア・アマルガ、面倒な奴だ)
互いに互いを危険視しながら、一行はついに船の最深部へと到達した。
「宝がある」と期待していた他のサルベージャーたちは、手ぶらのまま甲板へ引き返しており、残っているのはラキアたちだけだった。
最深部の広間にぽつんと佇む、重厚な扉。
その扉の表面を凝視したメツが呟く。
「見ろよシン。『アデルの紋章』だぜ」
(アデルの紋章……?)
聞き捨てならない単語にラキアが耳をすませると、不意にシンがラキアの隣へ並んだ。
「その扉を開けろ。その扉はお前たち───いや、もう『お前でなくては』開かん」
「あ? おいシン、どういう───」
「メツ、見ていればわかる」
この場の状況を、シンだけが正確に把握しているようだった。
「チッ、お前が言うなら……おい新入り! 金は払ってんだ、さっさと扉を開けろ!」
「わかってる。いちいち吠えるな、だるい」
腹を括り、ラキアは扉へと手を伸ばした。
指先が不気味に輝く紋章に触れた、その瞬間───。
────待っていたよ。
「!?」(今のは……)
頭の中に直接響いた声とともに、重厚な扉が音を立てて開いた。
周りの反応を見るに、この声はラキアにしか聞こえていない。扉は二重構造になっており、奥にさらなる扉が現れる。
ラキアが吸い寄せられるように二枚目の扉へ歩みを進めた、その時。
────待っていたんだ。君が来るのを、ずっと待っていた。
(あの時の……声……!)
アルストにやってきた日、耳元で聞こえた少年の声だ。
────さあ、この先だ。
気がつくと、二枚目の扉も開放されていた。
────待ってるんだ。ずっと。
(待っている……?)
戸惑うラキアの視界を、青いサルベージスーツを着た小柄な少年が駆け抜けていく。
見覚えのない少年。だが───どこかで「知っている」感覚。
(あいつが……声の主か)
自分をこの世界へ呼び寄せたのは、本当にただの子供だったのか。
少年の着ていた服は、コルレルが自分に作ってくれたこのサルベージスーツとどこか似ていた。
「やはりか……」
立ち尽くすラキアを見て、シンがポツリと呟く。
「おい、先へ進め」
シンの促しでハッと我に返ったラキアは、奥へと足を踏み入れた。床に溜まった水たまりを蹴るたび、青い光の波紋が弾ける。
「やっぱりな、仕掛けてあったか」
「ああ」
後方でメツとシンが密やかに言葉を交わす。
ラキアは最奥の扉の前に立った。
────頼んだよ。
背中にポンと軽い衝撃を感じた。まるで誰かに背中を押されたように、ラキアの手は吸い付けられるように最後の紋章へと触れていた。
重厚な扉が滑らかに開かれ、中に秘匿されていた「それ」が露わになる。
「これは……」
息を呑む。
広大な部屋の中心に設置された祭壇。そこに突き立てられていたのは、宝石などに興味のないラキアですら息を呑むほど美しい、翠玉色のコアが埋め込まれた『赤き剣』。
そして剣の奥、異質な機械装置の中に設置されたカプセルの中には───。
「女……?」
赤い衣装を纏った、美しい少女が静かに眠っていた。
「間違いねぇな、シン」
「『天の聖杯』だ。それよりも……奴だ」
シンの視線は、赤き剣の前に佇むラキアに注がれていた。
ラキアの全身を、抗えない衝動が駆け巡る。剣から溢れ出す不可思議な奔流に、吸い寄せられるように右手が伸びていく。
「おい待て! それに触れるんじゃねぇ!」
メツの制止の声───だが、ラキアの耳には届かない。
指先が剣の柄に触れかけた、その刹那。
───シンが動いた。
背の長刀が閃き、一閃。目にも留まらぬ速度で、ラキアの首を刈り取らんと太刀が迫る!
察知したラキアは、間一髪で体を捻って跳躍した。
直後、背背負っていた『刃弓』が真っ二つに両断され、甲板へ転がった。
「だるっ……いきなりだな」
「本気で斬りに行ったが……避けたか」
「最初から信用なんてしてない。警戒はしていた」
「そうか。悪く思うなよ。お前を殺さなきゃならなくなった」
「ったく……どこまでもだるい奴らだ」
そう易々と殺されてたまるか、とラキアは身構えるが、武器は失われた。丸腰だ。
それに、あの男の速度は異常だ。
(さっきの一撃……『後ろから来ます、避けて!』って女の声が聞こえなきゃ、首が飛んでたぞ)
頭の中に響いた謎の声に救われたものの、状況は最悪だった。
「ここで死ぬわけにはいかない……!」
間髪入れず、メツが旋棍を構えてラキアに襲いかかる。
猛烈な連続斬撃。ラキアは丸腰のまま必死に回避に専念し、脳を高速で回転させた。
(イチかバチか変身……いや、この密着戦じゃベルトを巻く隙がない! 何かないのか、この状況をひっくり返す武器は……!)
視線の先───祭壇に刺さる、あの『赤い剣』。
「させるかよ! ザンテツ!」
「応ッ!」
ラキアの意図を見抜いたメツとザンテツが、絶妙な連携で退路を塞ぐ。
怒涛の攻勢の中、ラキアは掠り傷を増やしながらも間一髪で急所を避け続ける。その異常なしぶとさに、メツの目にあからさまな殺意と警戒が宿った。
(この野郎……同調しかけてやがる。万が一にもこいつが『天の聖杯のドライバー』にでもなったら……面倒くさくて溜まらん!)
「ここで確実に死んでもらうぜ!」
メツの剣閃が跳ねる。頭、首、心臓──あらゆる急所を穿つ青い刃。
肉が裂け、血が舞う。それでもラキアの目は死んでいない。
「やめろよメツ! なんでラキアを殺そうとするんだよ!シン! 止めてよ!」
ニアの悲痛な叫びが空間に響く。だがシンは無言のまま、冷徹に戦況を見つめるだけだ。
叫び続けるニアを一瞥したメツは、歪んだ笑みを浮かべた。
不意に攻撃の手を止め、ザンテツとともにバックステップで距離を取る。
あまりにも不自然な隙。ラキアは剣へ向かって飛び込もうとしたが、直感で踏みとどまった。
(何だ……何を企んでる……!?)
メツの視線が、ラキアではなく───ニアへと向けられた。
メツが地を蹴る。次の瞬間にはニアの細い首をガシリと掴み、宙へ持ち上げていた。
「ぐっ……!?」
「メ、メツ様!? 何を……!」
ビャッコの叫びを無視し、メツは身もだえするニアの喉元へ旋棍の刃を突きつけた。
「動くんじゃねぇぞ。一歩でも動いたら、ニアの首が吹き飛ぶぜ」
「お前……ッ!!」
激痛と衝撃が、ラキアの脳裏を駆け抜けた。
自分の中で何かがブツリと切れる音がした。血と肉が沸騰するような、苛烈な『怒り』。
思い出すのは、かつて護れなかった幼い命──コメルの姿。
「貴様ぁぁッ……!!」
ラキアの顔が憤怒に染まる。だが、動けない。
今動けば、目の前の男は躊躇なくニアの命を奪う。その目は、ランゴと全く同じ目だった。
────終わりだ。
背後から、シンの冷徹な声が聞こえた。
直後───背中から、鋭い衝撃と痛みが貫いた。
視線を落とすと、自らの胸元から、鮮血に染まったシンの白き長刀が突き出ていた。
「っ……ハ……」
胸を穿たれた感覚。
刀が無造作に引き抜かれると同時に、ラキアの膝から力が抜け、赤黒い血の海へと倒れ込んだ。
視界が急速に闇に飲まれていく。
最後に目に映ったのは、倒れた自分に向かって、涙を流しながら何かを叫んでいるニアの泣き顔だった。
(ニアは……無事か……)
血を吐き出しながら、朽ちていくラキアの唇が、かすかに歪んだ。
(あんな奴らとは……早く縁を切れ……)
視界が完全に途切れる。
意識が深い深い雲海の底へと沈んでいく中で、ラキアは最後に、いつものように心の中で呟いた。
「……だる……」
ラキア・アマルガ ───『死亡』
読みやすい文字数を教えてください
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2000〜3000
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3000〜4000
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5000〜6000