突然ですがタイトルを変更しました。
こっちの方がかっこいいかと思ったので。
どこからか、遠く澄んだ鐘の音が聞こえる。
ああ……もしかして「お迎え」ってやつか。
(俺は……あの世に行くのか……)
もし俺の犯した罪が許されるなら、天国とやらに行けるのだろうか。
(もし……罪が許されたなら、コメルに会えるのかな……)
もし会えたなら、今度こそ───。
(なあ……コメル……)
もう、このまま楽になって、あいつの元へ……。
(──────いや、俺は……!)
死ねない。まだ……!
(まだ死ぬわけにはいかないんだ……!!!)
──────兄ちゃん!!!
「コメル!!!」
懐かしい声が脳裏を突き抜け、ラキアはガバッと目を開いた。
薄れかけた意識を強引に引き戻し、無意識に虚空へ手を伸ばす。だが、その手には何も残らない。大事なものは、既にこの手からすり抜けてしまっていた。
「……なんだ、幻聴か」
ついにコメルの声まで聞こえるようになったか。……いや、違う。きっと。
「起こしてくれたのか、コメル。……まったくお前ってやつは……本当に……」
目頭が熱くなる。ラキアの口元に、自然と穏やかな笑みが浮かんだ。
「お前はいつだって……優しかったな」
ずっとそうだ。誰かの落とした金を拾って届けたり。不揃いに割れた石の大きい方を俺にくれたり、俺が寝ている時にそっと布団をかけてくれたのも、全部気づいていた。
「助けられたよ。ありがとうな、コメル」
息を吐き出し、ラキアはゆっくりと立ち上がった。
「ここは、どこだ……?」
周囲を見渡すが、見渡す限りの広大な自然が広がっていた。見渡す限りの青い空と、風に揺れる緑の草原。
アルストに来てからというもの、理解の追いつかない事ばかりだ。ついさっきまで古代船の血溜まりの中にいたはずなのに、なぜ緑の大地に立っている?
思考を巡らせるラキアの耳に、止むことのない鐘の音が届き続けていた。
「鐘の音……」
その音を辿るように歩き出す。
草原の丘の上に、ぽつんと立つ一本の大樹が見えた。その木の下に、先客がいた。
「人……か?」
赤い髪の少女が、背を向けたまま佇んでいた。
「哀しい音……」
少女は丘の向こうを見つめたまま、静かに呟いた。
「止まないの。ずっと……ずっと昔から、この音が鳴り止まないの……」
ラキアが広大な景色と鐘の音に耳を澄ませていると、少女が振り向いた。
「ここは『楽園』」
「……は?」
唐突に投げかけられた言葉に、ラキアは素っ頓狂な声を漏らした。
「遥かな昔、人と神が共に暮らしていた場所───『楽園』。そして、私達の故郷」
あの世界樹の上にあると言われている、豊穣の大地。
「ここが楽園……? 」
思わず情けない表情で女の子と見つめ合う。だが、彼女の胸元にある『輝く結晶』を目にした瞬間、ラキアの表情から冗談の色が消えた。
「お前のそれは……『コアクリスタル』……」
胸に刻まれた緑の輝き。
「ブレイドか」
女の子は静かに頷いた。
「私の名前は、ホムラ」
ホムラ───そう名乗った彼女の瞳を見て、ラキアの胸が締め付けられた。
(哀しい目だ……あの時の俺と同じだ)
己の無力さを呪い、絶望に沈んでいたあの日々。自分を映した鏡を見ているようだった。
「あなたは……ラキア。ラキア・アマルガですね?」
「なぜ俺の名前を知っている?」
「さっき、私に触れてくれた時に流れ込んできたんです」
「……あの剣か」
シンに刺される直前、避けた反動で背面からあの赤い剣に触れていた。
「ブレイドの力か。……じゃあ、頭の中で俺に声をかけたのは」
「はい、私です。あの時はわずかに声を届けるのが精一杯で……すみません。その直後、あなたはシンに胸を刺し貫かれて死にました」
「っ……!」
分かってはいたが、突きつけられた現実に悔しさが爆発する。
(俺は……あいつに殺された)
不覚にも殺されたという事実が、激しい怒りと後悔となって胸を焦がす。
(ふざけるな……あんな所でくたばってたまるか……!)
ショウマ、絆斗、幸果。あの仲間たちに何も言わず死ぬわけにはいかない。それに、コメルやデンテから託された想いも、イヤサキ村の奴らとの約束も果たしていない。
(爺さんに啖呵を切っておいて……ニアも守れないまま……!冗談じゃねぇ!)
その時、ラキアの頭の中で、これまで違和感を抱いていたいくつもの『点』が一瞬で繋がった。
──アヴァリティア商会の会長バーンの、不自然な羽振りの良さ。
──追従してきた謎の黒い船『モノケロス』。
(……なるほどな。そういうことかよ)
ラキアの思考が高速で答えを導き出す。
「バーンは最初からメツたちとグルだったんだ。金で俺たちの命とサルベージ船を売った。モノケロスが追ってきたのは、事が済んだ後に古代船ごとウズシオを雲海の底に沈め、全員を『口封じ』するためだ……!」
繋がった全てが声に出た。
このままでは、サルベージャーの仲間たちも、ニアも、用が済めば全員消される。
「くそが……!」
怒りで拳を握りしめるラキア。その凄まじい洞察力と、自分よりも他人を案じて憤る姿を見て、ホムラは確信を得た。
(この人なら……"私達"の望みを託せる)
「ラキア、お願いがあります」
「お願い?」
「私を……『楽園』へ連れて行ってください」
「楽園へ? ということは、ここは……」
「はい。ここは記憶の世界。私達の中にある故郷を映した幻想です。本物の『楽園』は、アルストの中心に立つ世界樹の上にあります」
導く声は幻などではなかった。
「楽園伝説は本当だった……ってことか。だが、死んだ俺にそんな頼みをするってことは、何か方法があるんだな?」
「私の命を半分あげます。そうすれば、あなたは生き返ることができる」
死者の蘇生。常識で考えれば眉唾ものだが、この少女が嘘をついているようには見えない。
「本当に可能なのか?」
「はい。私の───『天の聖杯』のドライバーとして、再起することができます」
ホムラはまっすぐな眼差しを向ける。
「ラキア・アマルガ。あなたはどうしますか?」
「やってやるさ」
一切の迷いがない即答に、ホムラは驚きで目を丸くした。
「だる。自分で言っておいて驚くなよ」
「すみません……あまりに即答だったので」
「元々『楽園』を目指すつもりだったんだ。案内人がいるなら願ったり叶ったりだ」
それに、今の俺には手段を選んでいる猶予はない。
「俺はあの声を信じてここへ来た。……なあ、短髪で俺と似た服を着た少年を知ってるか?」
「いえ……知りません」
「そうか。あいつが何者で、なぜ俺に『楽園に行け』と言ったのかは知らんが……」
「きっと、その方もあなたと同じように、アルストの未来を案じていたのかもしれません」
「俺のように?」
「ええ。あなたに触れた時、伝わってきたんです。この世界を、大切な人たちを想うあなたの優しい心が」
「……だる。そんな大層なもんじゃない。ただ、世話になった奴らに恩を返したいだけだ」
ラキアは照れくさそうに顔を背けた。
「借りは返さなきゃな。やられっぱなしってのは好きじゃない。それに……」
メツたちの好きにさせれば、ニアも仲間たちも殺される。バーンの奴にも、落とし前をつけさせなければ気が済まない。
「急ぐぞ」
「はい!」
ホムラが胸元に手を当てると、翠玉色のコアクリスタルが眩い光を放ち始めた。
「私の胸に手を」
「胸に?」
「はい。どうぞ」
「……わかった」
ドクン、ドクンと高鳴るホムラの命の鼓動が、指先を通じてラキアの全身へと流れ込んでくる。
戸惑いながらも手を伸ばし、その輝きに触れた瞬間───光の奔流がラキアの胸へと渦を巻いて流れ込んだ。
命が、力が、己の肉体へと書き換えられていく感覚。だが、ラキアの意識を引きつけたのはその力ではなく、目の前のホムラの表情だった。
(……なんて顔だ)
命を分け与えているはずの彼女が、あまりにも辛く、悲しそうな顔をしていたからだ。
思考を巡らせる暇もなく、激しい光の奔流が二人の意識を呑み込んだ。
───目覚めると、ラキアは暗い古代船の最深部に横たわっていた。
胸の刺し傷と血溜まりは綺麗に消え去り、周囲を聖杯の光が漂っている。
(本当に……生き返ったのか……)
体を起こすと、足元でプリンテゴチゾウがボロボロと涙を流しながら飛び跳ねていた。
「心配させたな。すまん」
泣きじゃくる相棒を撫で、ヘルメットの中へ入らせる。
そして、右手に握られた真紅の剣を見つめた。翠玉色のコアが埋め込まれた美しくも荒々しい大剣。
「これがホムラの……〈天の聖杯の剣〉か。悪くない」
かるく一振すると、刀身から烈火の如き炎が噴き出した。
「ホムラの姿はないか……もう甲板へ運ばれた後か」
シンたちも、ニアの姿もない。時間を無駄にはできない。
「お前のもう一人の主人の所へ行くぞ」
剣へ語りかけると、クリスタルが「応!」と応えるように強く輝いた。
来た道を引き返していては間に合わない。ラキアは右手に力を込め、暗く頑丈な鉄の天井を見上げた。
(時間が惜しい。荒っぽく行くぞ!)
両手で剣を構え、燃え盛る炎の刃を天井へ向けて振り抜いた。
轟炎の斬撃が漆黒の鉄を易々と溶かし穿ち、雨の降り頻る外へと続く一本の道を作り出す。
「待ってろよ……!」
グラニュートとしての爆発的な身体能力を解き放ち、ラキアは炎の柱とともに天へ躍り出た。
───激しい雨が打ち付ける古代船の甲板。
拘束を解かれたホムラが、メツと一触即発の睨み合いを繰り広げていた場所へ、炎を纏ったラキアが豪快に着地した。
「さっきはよくもやってくれたな」
怒りの炎を宿した瞳でメツを睨みつける。
ラキアの胸元には、擬態を上書きして浮かび上がった、翠玉色に輝くホムラのコアクリスタル───『半分の命』の証であるXの刻印が刻まれていた。
「ラキア!?」
「てめぇ……! その剣は……!」
死んだはずの男の生還に、ニアは目を見開き、メツは咆哮のような狼狽の声を上げた。
「……」
シンだけは無言のまま、静かに背中の長刀へと手を伸ばした。
つづく
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