守護の騎士が至る道   作:匿名希望s

7 / 17
1ー7 命の灯火、天を焼いて

 

「終わったか。手間かけさせやがって」

 

用が済んだと言わんばかりに、メツは乱暴にニアの首から手を離した。

解放された瞬間、ニアは喉を押さえて激しく咳き込み───そして、目の前で赤黒い血の海に沈むラキアへ一目散に駆け寄った。

 

「ラキア! おい、ラキア!!」

 

膝をつき、ラキアの身体を抱き起こす。

だが、手応えがない。胸を深く貫かれた傷口からは溢れる血が止まらず、その温もりが、冷たい空気の中にみるみる奪われていく。

 

「嘘だろ……おい! しっかりしろよラキア!!」

「お嬢様……」

 

背後に寄り添うビャッコの声にも、深い悲痛が滲んでいた。

ラキアは、ぶっきらぼうで───けれど、ガキ扱いしながらも気遣ってくれた。そんな彼が、自分が人質に取られたせいで、手出しもできないまま命を奪われたのだ。

 

罪悪感と猛烈な怒りが、ニアの胸をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

ニアは血に濡れた顔を上げ、冷酷に立ち尽くす仲間たちを鋭く睨みつけた。

 

「メツ! シン! なんでラキアを殺したんだよ! なんで殺す必要があったんだよ!!」

 

雨音を切り裂くような怒号。しかし、シンは血のついた長刀を納めながら、どこか遠くを見るような目で静かに口を開いた。

 

「導かれていた──────」

「え……?」

「あの男、何かの意思によって導かれていた。……だが、どれほどの男かと思えば、あの程度だった」

「やっぱり、お前には何か見えてたんだな」

「ああ」

「だが分からねぇな。何故お前にそれが見えた?」

「俺にもわからない。俺の目に見えたのは、幼い影だけだった。……だが、もう終わったことだ」

「他でもないお前が言うならいいさ」

 

淡々と交わされる二人の会話に、ニアは困惑し、激しく狼狽えた。

 

「意味が分からないよ……! 理由になってない!あいつはただのサルベージャーで、アヴァリティアから雇われただけで……っ!」

 

尚も声を荒らげるニアに、メツが心底ウザそうに蔑みの視線を向ける。

 

「何喚いてんだよ。やっぱりガキだな。たかが人間が一人死んだ程度でピーピー言ってんじゃねぇぞ」

「メツ、お前……!」

「あいつはお前に随分と肩入れしてた様子だったからな。ああすれば動きが止まると思ったぜ。にしても、とんだお人好しのバカだったな」

「何だと……!?」

「キーキーうるせぇぞニア! シン、さっさと天の聖杯を運び出すぞ」

「ああ」

「ザンテツ、手伝え」

「はいよ」

 

ニアの悲痛な叫びなどハエの羽音ほどにも気に留めず、メツたちは〈天の聖杯〉が眠るカプセルを持ち上げると、何事もなかったかのように歩き出した。

 

「……」

 

取り残されたニアは、床に伏したラキアの亡骸を見つめる。

もう動かない。息もしていない。

 

「ごめん……ごめんな、ラキア……あたしのせいで……」

 

冷たくなった頬にそっと触れ、小さな謝罪を落とす。

これ以上ここに留まることも許されず、ニアは鉛のように重い足取りでメツたちの後を追った。主人の傷心と言葉にできない葛藤を察し、ビャッコが無言で寄り添う。

 

甲板へ出ると、暗雲から大粒の雨が叩きつけていた。

まるで、ニアのぐちゃぐちゃに引き裂かれた心を映し出すかのように。

俯き、誰とも言葉を交わす気力もなくメツの後ろを歩いていた、その時───メツが足を止め、不意に振り返った。

 

「おいニア。ここにいる奴ら、全員殺せ」

 

「……は?」

 

突きつけられた言葉の意味が、一瞬理解できなかった。

甲板には、船を引き上げたサルベージャーたちが作業を終え、無邪気に談笑している。

 

「な、なんでだよ……! この人たちは関係ないじゃんか!」

「俺達が天の聖杯を手に入れたって話を広められたら手間だからな。ここで口封じしておくのがベストなんだよ」

「で、できないよ……そんなの……!」

 

激しい動揺に、ニアの瞳が泳ぐ。

 

「それに、こいつらの命の代金はすでにバーンに支払ってある。何も問題ねぇからさっさと殺せ」

「代金って……この人たち、何も知らないんだぞ! 関係ないだろ!!」

「おかしなことを言う。お前、自分が何のためにここにいるか忘れたのか?」

「で、でもさ……っ!」

 

尚も躊躇し、武器を構えようとしないニアに、メツは心底嫌気がさしたように吐き捨てた。

 

「ああもう……てめぇは本当に面倒くせぇな! もういい、俺が殺す。ガキは黙って見てろ」

 

メツはカプセルをザンテツに押し付けた。

 

「おい、頼んだぜ」

「はいよ、メツ」

 

メツは自らの手で甲板の人間を血祭りにあげようと、青い光を纏う『旋棍』を握り直す。

 

「さてと……殺るか」

 

メツの殺気の矛先は、手すりに寄りかかって呑気に喋り込んでいるサルベージャーたちへ向けられた。自分たちの命が商会に売られ、今まさに奪われようとしていることなど、知る由もない無垢な人々。

 

(ダメだ……止めなきゃ……でも、あたしの力じゃ……!)

 

無力感に苛まれ、ニアがぎゅっと目を瞑った、次の瞬間───。

 

イーラの誰も───あのメツやシンすらも予期していなかった異変が起きた。

 

ザンテツが担いでいたカプセルが、突如として激しい爆発とともに燃え盛る大炎を噴き上げたのだ!

 

「なに!?」

 

メツが素早く踵を返す。

 

「ザンテツ、放り投げろ! それはただの炎じゃねぇ!」

「ちっ、熱っちいな! 冗談じゃねぇ!」

 

ザンテツが悲鳴を上げてカプセルを投げ捨てる。

ガシャンッ!と凄まじい音を立てて甲板へ転がったカプセルは、瞬く間に紅蓮の炎に包み込まれた。

 

そして───長き眠りから解き放たれた真紅の炎は、天に向かって渦を巻く巨大な爆炎の柱へと変貌を遂げる!

 

雨を蒸発させ、漆黒の夜空を黄金色に染め上げる炎の柱。その頂に、静かに降臨した存在。

流れるような美しい髪、身体を走る翠玉色のエーテルライン、そして胸元に輝く意匠───。

赤き焔を纏った、アルスト最強の存在。

 

───〈天の聖杯〉ホムラの目覚めだった。

 

雨の中に佇む神々しい姿を見上げ、メツが狼狽の声を漏らす。

 

(ドライバーもなしに目覚めただと!? そんなバカな……ッ!)

 

甲板を見下ろすホムラの姿。だが、メツの目は彼女の胸元に刻まれた「ある違和感」を見逃さなかった。

 

(胸のコアクリスタルの形……欠けている!? まさか……!)

 

───グラッ!!

 

衝撃とともに、古代船の甲板が激しく揺れた。

ホムラが解き放った炎の奔流に呼応するように、甲板の鉄板が真っ赤に溶け落ち、直下から一筋の炎が噴き出す!

 

その炎を打ち破り、雨の甲板へと躍り出たのは───!!

 

「さっきは、よくもやってくれたな」

 

つい先ほど、冷たい血の海に沈んだはずの男───ラキアだった。

その手には、ホムラの命そのものである〈天の聖杯の剣〉が力強く握られている。

 

「ラキア……!?」

 

ニアは信じられないものを見たように目を見開き、掠れた声を漏らした。絶望の底にいた彼女の瞳に、再び強い光が宿る。

 

静まり返る甲板。

死の淵から舞い戻った男の眼光が、まっすぐにメツをとらえていた。

 

 

 

つづく

 

読みやすい文字数を教えてください

  • 2000〜3000
  • 3000〜4000
  • 5000〜6000
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。