雨が打ち付ける古代船の甲板。
死んだはずのラキアの生還、そしてその胸に輝く翠玉色のコアクリスタルを目にし、場に激震が走った。
「ラキア!?……嘘だろ、生き返ったのか!?」
ニアがビャッコとともに目を見開き、信じられないものを見るかのように声を上げる。
「……」
シンは無言のまま、背中の長刀に手を伸ばす。
(ラキア・アマルガ……! あのクソ野郎、死から蘇りやがった。内側が欠けたコアクリスタル……天の聖杯と命を共有したな! 半分を貰い受けやがったか!)
メツは胸の中で舌を打つ。なぜあいつ如きが、と苛立ちが込み上げたが、同時にあの男の恐ろしさを思い出していた。
(技量が確かなあの野郎が聖杯のドライバーになったとなると……面倒だな。その辺の程度の知れた奴が同調するのとは訳が違う。……だがまあ、これはこれで面白ぇ)
メツは薄ら笑いを浮かべ、シンの言葉を反芻する。
(シンの言っていた『導かれた』ってのも気になるしな……。興味津々な面しやがって。まあ、
メツはチラリとシンに視線を送り、制した。
「待てシン。今はまだお前の出る幕じゃねぇ、手を引いてな。俺が行く」
「……そうさせてもらう。油断はするな」
「はいよっと」
シンが素直に引き下がると、メツは殺気を全開にしてラキアと向き合った。
「おいクソ野郎。そういうことだから俺が相手をしてやる。あいつの力をホイホイ使わせるわけにはいかねぇんでな。かかってきな」
旋棍を構え、メツが嘲笑う。
「まさか同じ日に、二度も同じ奴を殺すハメになるとはな」
「バカじゃないんでな。同じ轍を踏む気はない」
「いいや、バカだな。一度ボコられてあっけなく死んだのをもう忘れちまったか? それとも何だ、天の聖杯と同調して気が大きくなったか?」
静かにラキアの隣へと舞い降りたホムラが、鋭い視線をメツに向ける。
ラキアは冷徹な眼差しのまま、口を開いた。
「お前らこそ、バーンと組んで何を企んでいる? こそこそ裏で動いて碌でもないことを繰り返しているようだが……ホムラを回収したら全員始末する算段で、監視まで付けるとはご苦労なことだな」
ラキアの鋭い視線が、物陰からこちらの様子を窺っていたプニンを射抜く。
メツも横目を向けると、両者からの恐ろしい圧に気圧されたプニンは、悲鳴を上げてウズシオの中へと逃げ帰っていった。
「ンなモン、俺達には関係ねぇな。……だがお前、そこまで把握してやがったか。勘の良い野郎だぜ」
ラキアは思考を巡らせる。
(メツの反応を見る限り……メツはバーンに『天の聖杯』の件を伝えていない。プニンが監視に来ていたのはバーンの独断だ。取引の外で勝手に動いたってところか。ならこいつらは一時的に協力しているだけで、全面的に協力しているわけじゃない。バーンの目的は金。なら、こいつらの目的は……)
いや、思考を打ち切る。今は目の前の敵に集中すべきだ。
「ここでお前らを始末して天の聖杯を回収すれば、全部丸く収まる。結果、予定通りって寸法だ」
「やれるものならやってみろ。全部がお前らの予定通りになると思うなよ」
聖杯の剣の切先が、ピタリとメツの胸元を指す。
「ハッ、生意気に睨み付けやがって。そんなに一度殺されたのが気に食わないか? ああ?」
「だる……やられっぱなしなのは性分じゃないが、それは二の次だ。それよりも……」
ラキアの視線が、一瞬だけ後ろにいるニアへ向けられ、すぐにメツへと戻った。
「お前がニアにしたことが気に食わない」
自らの命を奪われたこと以上に、無抵抗な少女の首を絞め、人質にしたメツの卑劣さ。ラキアの胸中で、苛烈な怒りがゴウゴウと燃え上がっていた。
「なるほどな、お人好しな野郎だぜ。アレを『卑怯』とでも言うつもりだったか?」
「……」
「ハッ! 今までお前みたいな正義面して突っかかってきたバカな野郎を、何人も始末してきたぜ。どいつもこいつも、いちいち覚えちゃいねぇがな!」
口角を釣り上げて吐き捨てるメツ。
その瞬間、ラキアの脳裏に、かつて人間界で聞いた忌まわしい声がフラッシュバックした。
────使えないバイトなんかどれだけ始末したと思ってんの? いちいち覚えてないわよ!
コメルを、グラニュートと多くの人間の命を虫ケラのように扱い、弄び、笑いながら奪っていった幹部・グロッタの姿が、メツと完璧に重なった。
「全くよぉ、お人好しってのはどいつもこいつも……力の差も分からず無駄に─────」
「黙れ」
「あ?」
「お前はもう黙れ」
ラキアの怒りのボルテージが頂点を突破する。
静まり返る空間。だが、ラキアの全身から放たれる殺気は、雨を蒸発させるほどに熱く、冷たかった。
「黙らせてみろよ、クソ野郎」
ガタン、とラキアの手から落ちた聖杯の刃の先端が、踏みしめている鉄の甲板をグツグツと赤く溶かしていく。
「許さん……望み通りにしてやる」
髪を乱暴にかき上げたラキアが、メツに向かって歩み始めた。
怒りを隠すことなく、限りなく冷酷な瞳で敵を射抜く。対するメツも、それを嘲笑うように刃を構えた。
「ザンテツ、貸せ」
「いいのか? メツ」
「黙って貸せ。目つきの悪いのが来るぞ」
ザンテツから旋棍を受け取ったメツも、間合いを詰めるべく歩き出す。
「ただのサルベージャーじゃねぇとは思ってたが……まさかな」
一歩、また一歩。
両者の距離が急速に縮まっていく。
「……」
「……」
重苦しい緊張が場を支配する。激しく叩きつける雨音と、濡れた甲板を踏みしめる靴音だけがやけに大きく響いた。
誰一人として動けない。
ホムラも、ニアも、ビャッコも。
状況が理解できず息を呑むサルベージャーたちも。
シンも、ただその狂気じみた静寂を見守っていた。
ラキアが引き摺る聖杯の剣が、甲板に赤く焼けた一直線の亀裂を刻んでいく。
メツが首をコキコキと鳴らす。
次第に、両者の歩みが加速する───。
ゴクリ、とニアが唾を呑み込んだ。
それが合図だった。
ラキアが爆発的な踏み込みで駆け出した。
凶悪に口角を上げたメツも、地を蹴った。
「「っ───!!」」
次の瞬間─────!!
振りかぶられた聖杯の赤き大剣と、青い光を纏うメツの旋棍が、空間を断ち切るような激しい大音響とともに激突した。
「ふてぶてしいクソ野郎だ……!」
「お前は心底、気に入らない野郎だな……!」
せめぎ合う焔の刃と青の閃光。
鍔迫り合った圧倒的な衝撃波が火花となって飛び散り、一瞬にして周囲の雨粒を吹き飛ばす。
─────そして、叩きつけていた雨が、ピタリと止んだ。
つづく
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