ヴァリアント・サーガ   作:ちゅずめ

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第一章 一年戦争編
ジャブローの残響


ジャブロー地下第13ドックの空気は、停滞していた。熱帯特有の湿気と、劣化した潤滑油の鼻を突く臭い、そして解体を待つ金属たちが放つ、目に見えない「死臭」が混ざり合っている。

エドワード・ケインは、震える指でタバコを回した。火はつけていない。禁煙区画だからではない。あまりの緊張に、火を灯すことさえ忘れていた。

彼の目の前に横たわるRX-79V「プロト・ヴァリアント」。その姿は痛々しかった。

試験中に暴走し、パイロットの神経をズタズタにした「呪われた機体」。その罰を受けるかのように、四肢の装甲は剥がされ、内部のムーバブル・フレームが剥き出しになっている。本来なら優雅な「連邦の最新鋭」であるはずの姿は、今やバラバラに解体されるのを待つだけの、巨大な骸(むくろ)に過ぎない。

エドワードは、機体のメインコンソールに、自作の解析端末を「接木(つぎき)」するように繋いだ。

 

「……お前、まだ『熱』が残っているんだな」

 

端末のモニターに映し出されたのは、異常なログだった。

通常のOSなら、機体各所のセンサーが「欠損」を検知すれば、システムは保護モードに入り停止する。だが、ヴァリアントは違った。右腕がないなら、左腕の出力を倍加させて補おうとする。脚がないなら、姿勢制御バーニアを限界まで吹かしてでも「直立」を維持しようとする。

それはプログラムというより、生物の「断末魔」に似ていた。

 

静寂を破ったのは、警報(サイレン)ではなかった。

ドックの真上、数キロメートルに及ぶ岩盤を突き抜けて伝わってきた、巨大な「衝撃波」だ。

 

「ガウの絨毯爆撃か……! 冗談じゃない、ここには対空兵器どころか、まともなジム一機だっていないんだぞ!」

 

エドワードの予想を裏切り、衝撃はさらに激しさを増した。天井の岩肌が剥がれ落ち、重量数トンの岩塊が解体待ちのスクラップたちを押し潰していく。

爆煙の中から現れたのは、ジオンの誇る地上戦の覇者――MS-06J「ザクII」の3機小隊だった。

彼らは、ジャブローの換気ダクトを強引に広げて侵入してきた「地獄の番人」だ。

 

「ハハハ! モビルスーツの墓場か。死体に弾を撃ち込む趣味はないが……念のためだ、掃除しておけ!」

 

ザクの120mmザク・マシンガンが火を噴いた。解体を待つ無防備なジムたちが、一瞬で鉄屑へと変わる。

エドワードは、逃げなかった。いや、逃げる場所がなかった。

彼は、ヴァリアントのコックピット・ハッチへ必死にしがみついた。

 

「生きるんだろ……! 生きたいんだろ、お前も!!」

 

エドワードはハッチの中に飛び込み、端末のロックを解除した。

[Condition: VALIANT - Action: Survive at all costs]

――そのコマンドが実行された瞬間、ドック内の空気が震えた。

ヴァリアントの胸部中央、翡翠色の光が明滅する。

それは「整備」というプロセスを完全に無視した、機械による自己防衛反応だった。

 

「……何が起きているんだ!?」

 

ザクのパイロットが驚愕して手を止めた。

ヴァリアントの背部から、磁力と感応波が入り混じった不可視の触手が伸びたかのように、周囲のスクラップが「吸い寄せられて」いく。

 

• 右腕: 爆発したばかりのジムの右腕が、火花を散らしながらヴァリアントの肩関節へ食い込む。

• 左腕: 陸戦型ガンダムの予備シールドが、歪なアームによって強引に固定される。

• 下半身: 崩落した天井から突き出した、ホバー・トラックの駆動ユニットが、ヴァリアントの腰部フレームと「癒着」した。

 

それはもはや、連邦の工業規格を嘲笑うかのような姿だった。

異物、廃材、敵の残骸。それらすべてを「生きるための臓器」として取り込み、再構築されたその姿――。

 

「……ジム・ヴァリアント、再起動(リビルド)!」

 

エドワードの視界は、翡翠色のノイズに染まっていた。

脳内に流れ込む、機体の「苦痛」と「渇望」。

 

「……当たるもんかよ!」

 

ザクのマシンガンが至近距離で放たれる。

ヴァリアントは、ホバー・ユニットの出力を瞬間的に全開にし、泥濘の地面を滑走した。機体各部から接合部の火花が飛び散る。あまりの急加速に、継ぎ接ぎのパーツが悲鳴を上げる。

だが、止まらない。

ヴァリアントは、足元に転がっていた「建築用の強化H鋼」を、マニピュレーターで強引に掴み取った。

 

「食らえええ!!」

 

槍(ブレイカー)を構え、突撃する。

ザクのパイロットは、その異様な姿に、一瞬だけ「恐怖」を感じた。それが命取りだった。

H鋼の先端が、ザクのコクピット・ハッチを貫き、背後の熱核反応炉にまで到達した。

爆炎がドックを埋め尽くす。

黒煙の中から現れたのは、右肩から火を噴き、ドムの脚を強引に引きずり、それでもなお生きることを諦めない、翡翠色の瞳を持つ怪物。

ジャブローの地下深奥。

歴史の裏側で、一機の「ゴミ」が「勇敢なる者(ヴァリアント)」へと変わった瞬間だった。

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