11月7日、東欧の平原は、降りしきる冷たい雨と、数千台の戦車が踏み荒らした泥の海と化していた。
「……ハァ、ハァ……。正気じゃない。こんな場所で戦えっていうのか」
ジム・ヴァリアントのコクピットで、エドワードは荒い呼吸を繰り返していた。機体は、ジャブローでの「継ぎ接ぎ」をベースに、現地の野戦病院ならぬ「野戦ドック」でさらなる改修を受けていた。
右腕には、大破した陸戦型ガンダムから回収された「180mmキャノン」の銃身を強引に短縮した「ショート・バスター」がボルト留めされている。脚部は、オデッサの深い泥濘を走破するため、撃破されたドムから剥ぎ取った「ホバー・ストライザー」を無理やり換装していた。
「エドワード、命令だ。第12小隊の殿(しんがり)を務めろ。貴様の『ガラクタ』なら、動かなくなっても誰も文句は言わん」
通信から聞こえるのは、冷徹な指揮官の怒声だ。ヴァリアントは、連邦軍の中でも「死刑執行を待つ囚人」のような扱いを受けていた。規格外の機体は、正規の補給ルートからも外され、ただ戦場に打ち捨てられた廃材を「食らう」ことでしか、その命を繋ぎ止めることはできない。
突如、重厚な爆発音が大気を震わせた。
前衛のジム小隊が、一瞬にして爆炎に包まれる。
「――っ! 右方、1時方向から高速接近! この反応、ただのザクじゃない!」
霧の向こうから現れたのは、ジオンの地上最強の機動力――MS-09「ドム」の3機小隊だった。彼らは泥を滑るような高速ホバーで、連邦軍の防衛線を嘲笑うかのように蹂躙していく。
「バカな……あの速度、この泥濘でどうやって……!」
逃げ惑うジムを、ドムのヒート・サーベルが冷酷に切り裂く。次は、エドワードの番だった。
「……死なせない。お前も、俺も!」
エドワードが「ヴァリアント・マトリックス」の深層リミッターを解除した。
瞬間、コクピット内の計器が翡翠色の光に染まり、機体が激しく身震いした。ヴァリアントのOSが、ドムのホバーユニットの「駆動周波数」を逆探知し、自身のシステムをリアルタイムで書き換え始めたのだ。
「強制換装――バランサー、反転!」
ヴァリアントは、右腕のショート・バスターを、敵に向けて撃つのではなく、真下の地面に向けて放った。
着弾の衝撃と反動を利用し、異形のジムは泥の中から「跳ね上がった」。
ドムのパイロットが驚愕に目を見開く。重厚なモビルスーツが、重力を無視したような不規則な軌道で頭上を舞ったからだ。
「脚部パーツ、パージ(排除)!」
空中。エドワードは使い古されたホバーユニットを爆砕ボルトで切り離した。
質量を失い、軽くなったヴァリアントのフレームは、空中で背部の大型スラスターを点火。文字通り「空を翔ける」弾丸へと変貌した。
落下速度を全て回転エネルギーへと変換し、ヴァリアントは右手に握った「超硬スチール製の削岩ドリル」を突き出した。それは、オデッサの鉱山から回収された工業用資材を、ヴァリアントが自らの「牙」として選び取ったものだ。
「うあああああッ!」
雷鳴とともに、ドリルが先頭のドムの胸部装甲を粉砕した。
超高温の摩擦火花が雨を蒸発させ、爆発するジェネレーターの光が、ヴァリアントの翡翠色のバイザーを冷徹に照らし出す。
「一機……撃破。……まだ、いけるな?」
エドワードが機体に問いかける。
ヴァリアントは、ドムの残骸から漏れ出すエネルギーケーブルを、自らの予備プラグで「吸い取り」始めた。他者の命を喰らい、その場で自己修復を繰り返す。
泥濘と血の臭いが立ち込めるオデッサの戦場。
連邦でもジオンでもない、第三の異形が、雷鳴の中で咆哮を上げた。