ONE PIECE Romanzo Rosa 作:ヘル・レーベンシュタイン
とある少年の話をしよう。
………なんて、実のところ俺の幼い頃の話なんだけどな。
俺はグラディウス、エリュシオンという小さな島の村に生まれた。村はまさに平和の一言で、小さな事件の一つ二つはあっても特に目立った悪事はなかったと言える。まあ、当時幼かった俺が認識できてなかっただけで、実際のところはわからないがとにかく俺の認識の中では平和な島だった。
だけど……
「海賊だァーッ!」
その一言共に、平和な日々が無くなった。火によって家が焼け、海賊達の振るう武器で周辺が血で染められ、悲鳴と慟哭が鼓膜を震わせる。
「邪魔する奴は殺せェッ!」
「女子供は捕まえろ、売れば高く売れるぞ!」
「金品は一欠片も残すなよ!」
「誰一人逃すな!海軍にチクられれば面倒になる!」
今まで暮らしてて聞いたことないような言葉、子供ながらに恐ろしい事をしていると本能で悟った。両親に抱えられなければ、逃げることすら出来なかったと思う。
どうにか海賊の目を潜り、両親は小舟を出して島から抜け出した。けど……
「駄目だ、追っ手が来た!」
恐怖はまだ終わらなかった。自分には見えなかったが、まだ悪魔が追いかけてくる。どうにか島に着いた、けど悪魔がもう直ぐ来てしまう。
すると急な浮遊感と共に、顔面いっぱいに砂が襲ってきた。苦い味、小さな目の痛みを払うために顔面を袖で拭うと……
「グラディウス!森へ走りなさい!」
「私達が止めている間に早く!振り返ったら駄目!」
両親のその怒号が耳に入り、震える体とボヤける視界を振り切りとにかく全力で走った。
本当は振り返って両親の顔を見たかった、けど見たら失ってしまうと思ったからできなかった。その他にも声が聞こえた気がするが誰が何を言ったのか思い出せない、それ程までに必死に走っていた。
「何処に行ったあのガキ!!」
「待て、ここは確か戻れずの……」
木々を抜ける最中に、見知らぬ男のそんな声が聞こえた。口から何か出た気がするけど、その声を遠ざけたいから無理を振り切って走った。
そして、ひたすらに走り続けていたら……
「ぁ……ズゥッ!!」
足が何かに引っかかり、顔面から火が発したような痛みが炸裂する。さっきまで無理をして走った代償で、その痛みに耐えれず暫くは無理やり土の味を堪能する羽目となる。
暫くして、男達の声や歩く声が聞こえなくなる。耳に入るのは木々の揺れる音、それのみ。顔を上げてボヤけながらも見えるのは木、木、木、草、草、草……それ以外、何も見えない。
「……ッ!……ぅ………ぁ………」
再び視界がボヤける、体が震える。寒い、怖い、寂しい……様々な感情が混ざって、それに耐えられなくて涙が漏れる。
もう、あの暖かい家には戻れない。時には笑ったり、叱ったり、抱きしめてくれる両親が居ない。戻りたい、戻れない、なんでこんな目に、わからない。そんな様々な感情、想いが溢れて混ざり、どうしようもなく泣いてしまう。声らしい声にならない嗚咽が流れ出る。その最中……
「童か」
不意に、音もなく前から大人の声が聞こえた。さっきまでほつれた糸の様に絡まっていた感情が、容易く一刀両断される。
顔を挙げてみると、そこには………
「答えよ………名を何という?」
死神、そうとしか表現できなかった。全身を黒衣で覆い、青白い顔面は人でありながらも人らしい暖かさを感じさせなかった。
「答えよ、次は首を刎ねるぞ?」
「ッ!グ……グラディウス」
「………そうか。我はアラストール、覚えておけ。」
そう言って死神、アラストールと名乗ったものは振り返り、先を歩いていく。
「生存したくばついて来い、止まっても構わんが野犬や熊の餌にしかならんぞ。」
本当は動きたくなかった、少しだけでも誰でもいいから温もりが欲しかった。けど、ここではそんな甘さはないのだと悟る。
だから、辛くとも立ち上がってアラストールの後を着いていく。けど、その距離は縮まらず……
(だめ、だ………歩け、な……た、お……れ……)
体が思う様に動かず、考えもまとまらない、視界も頭も闇に包まれて意識が途切れた。
そして、目が覚めれば木漏れ日から差し込む日差しが瞳に映った。体は薄い毛布に包まれて、その近くに木にもたれてこちらを見ているアラストールがそこにいた。
どうやら疲れと空腹に耐えれず、気絶していた様だ。ひとまず、気絶していた自分を介抱してくれたことに感謝し、帰り道を聞いたが……
「教えん」
その一点張りだった。ならば、どうすればいいのかと聞けば……
「この森で生き続けろ、手段の取っ掛かりは伝授するが後は己の手で成し遂げよ。」
という、抜き打ちのサバイバルの幕開けとなった。だけど考えてみれば、あの地獄からまだ一日しか経ってないに等しい。まだ森の周りにあの海賊の誰かが創作してるのかもしれないのだから、この森で生活するしか進む道はない。そう割り切り、アラストールからサバイバル術を学ぶことに切り替えた。
それはまさに、スパルタという言葉が生ぬるく感じる程の、無駄を極限まで省いた過酷な教鞭だった。ああ……あの家で何度も根気強く躾をしてくれた両親が、どれほど優しかったのか実感する程に。
アラストールのやり方は酷いものだ。一度実演しそれを見させて後は自分でやれ、と言うたった一度きりのデモンストレーション。分かるわけがない、覚えきれるわけがない。しかしもう一度を懇願してもガン無視、姿を消してさあ実演しろ、しなければ死ぬだけという無慈悲な試練が下されるのみ。
とはいえ、まずは小動物を狙うのが基本という最初の一歩程度は教えてくれたのだから、そこから徐々にこなしていく事は出来た。肉を捌くためのナイフや罠の作り方、それらも一度きりではあるが手解きは最低限してくれるので後は俺のやる気次第だったから次第に小動物を狙ったやり方はこなせる様になった。さらには火の付け方、使い方も教えてくれたから夜を最低限だけど凌げる様にもなった。
そして、そんな日々を何年も繰り返し俺は17になっていた。
刀を褒美として与えてくれた…わけではなくてそれで狼や熊を殺せるようになれとのこと。
正直頭いかれてるのかと思ったが、それと同時に特殊な技能を教えると言った。
「では、まず全力で走れ。」
「え、なんで?どこまで?」
「この先を全力でまっすぐ、限界が来たら同じように全力で走って戻って来い。さもなくば首を刎ねる。」
「限界が来ても走らせるとか鬼か!あーもう、わかりましたよ走ればいいんでしょ!」
そうして全力で走らされ、そして疲労が全身を包んでるのにそれを振り切って再び全力疾走してアラストールの足元に倒れ込む形で戻ってきた。
「ゼーハー………ゼー………ハー………」
「我が今から伝えるのは、お前が今やった全力疾走に近しい。故に使い所は考えよ、さもなくば気を失い最悪死に至る。」
「………それ伝えるために、俺を走らせる必要、あったか?」
「その状態で、さらに無理して使えばどうなるか分からんか?気を失った間抜けを、我が、或いはお前の敵対者が、わざわざ見逃すとでも?」
「…………………そうだな」
説得力のある前置きを心に刻み、一呼吸つけば俺はアラストールの言葉に耳を傾けた。
それは所謂気合いから生じる異能らしく、とにかくその気合を強化する部位に意識を集中させろとのこと。
一つは“透眼”といい、目を集中させることで少しだけ相手の行動を先読み出来るらしい。なるほど、これを使えば確かに獣や敵の行動を先読みして、攻撃を避けられそうだ。
もう一つは“黒金”といい、身体や獲物に纏わせるようでそれでその性能を上げることが可能なようだ。
そして実演となり、二つ同時に発動させろなんて無茶振りが来たがなんと気が付いたら自然とできて驚いた。
俺の目には、ゆっくりの動きとなったアラストールが見え……
(岩を、投げて……)
その未来が見え、そこに黒金を纏わせた刀を奮った。
「オォォォッ!」
気合を込めた雄叫びを発し、その勢いのまま投擲された岩に刃をぶつけた。
結果、一刀両断。真っ二つに裂かれた岩が左右に散り、その勢いのまま地面にぶつけて深い溝を作る羽目となる。この効果、凄まじくて驚いた。汎用性も高く、アラストール直々に教えるだけの価値があったと痛感し、強くなった事も実感した、が…………
「ハァ、ハァ………ハァ、ハァハァ………」
体が重い、汗が止まらない、指一つすら満足に動かせない。体を立ち上がらせようとしても、その意思に反して鉛のように重い身体が磁力のように地面に引っ張られ、倒れてしまう。
「………わかっただろう?透眼と黒金は、通常の倍近く体力を奪うのだ。」
「…………………」
なるほど、だからさっき全力疾走させたのか。これは確かに、汎用性は高いが使い所は考えないといけないな……だけど
(これなら、あの海賊達を殺す事は間違いなく出来る!)
今頃、俺の故郷を占領して良い気になってる海賊達に天誅を下すことができる。待ってろ、俺の故郷を、両親を奪ったそのツケを今払わせてやる!
………なんて意気込んでたのに。
「我の許可無くここは通さないと、最初に言ったがな?」
そう、幼い時にサバイバル生活を初めて暫くして、この帰り道を知って通ろうとしたらアラストールはそう言ったのだった。
つまり、最初から帰らせる気がなかった。そして、それでも通るのならばこの死神を殺すしかない。ならば……
「ああ、そうだな。なら、アンタを殺しておれ」
そう言って透眼と黒金を発動させ、先手必勝を狙った俺の視界は瞬時に暗転し、気がつけば木漏れ日を浴びる羽目となった。
うん、そうだよな。教わった技術は教える側の方が熟練なのは、わかってたよ……わかってても、やりたくなるんだよ、そこに可能性があると思ったら。
だから、日を改めて隙を見て何度も出口へ向かうが……
「隙だらけだ、間抜け」
気を失い
「黒金の練度が甘い、出直せ」
また気を失い
「透眼の見通しが浅い、これで何度目だ?」
またまた気を失い……と、自分でも呆れるほど脱出を試みるも総じて失敗。俺の剣先が、アラストールの頬を掠ることすら出来なかった。
けど、それでも……
「う、ぐぅ……がぁっ!!」
「これで50回、今だに我に擦りすらしないとは逆に感心するな。その様で島の外に出たところで無様に骸を晒すだけぞ?」
まさに死体に鞭を撃つとはこの事か、顔面に雑草と土が押し寄せる俺にそんな侮蔑の言葉を投げ掛ける。
そうした否定の言葉は何度も聞いて、もはや日常茶飯事だったから普段なら聞き流せただろう。だけど、この日ばかりは俺も限界だったようだ……
「………け……な……」
「………」
「ざ、け……な……」
「………ほう」
「ふ、ざ、け……るなよ殺戮馬鹿がァァァッ!!」
叫び、膝を立てながらアラストールを睨みつける。
「アンタ、にはな……恩義は感じてるが、アンタの全てまで引き継ぐ気は無いんだよ!」
「……何が言いたい?」
「ああ、言ってやるよ!ここで修行なんて飽きたんだよ、出たくて仕方ない!ここで生涯を終えるなんて、それこそ死んでも嫌だね!」
「………そうか、お前にとってここは用済みというわけだな。ならば破門だ、この島から出てもらおう。」
「ああ、アンタならそういうだろうと思った頑固爺が。だったら力尽くで………へ?」
てっきり不満を爆発させても揺らがないと思ったが、まさかの唐突な破門宣言に肩透かしを喰らってしまった。
「なんだ、自分で言っておきながら出たくないのか?」
「あ、いや、出る出る!出るに決まってるって!」
「ならば早く身支度をしろ、闇夜の海に放り込まれたくなければな。」
言われ、荷物をまとめて出口へと進む。すると海岸が見え、小型の船とアラストールが袋を持って砂浜に立っていた。
この景色を、約7年越しに見ることができて何処か心が浮ついた気がした。だが、それをアラストールがフラリと近寄ってその心を閉まって目線を交える。すると、三本指を立てて口を開いた。
「三つ、この島から出た後に死守せよ。」
「……うん。」
「一つ、この島の事を誰かに言ってはならぬ。
二つ、我のことを誰かに言ってはならぬ。
三つ、殺しによる名誉で名を挙げてはならぬ。
これらを守れなければ、貴様は死ぬか殺される……肝に銘じよ。」
つまり、今言われたことを守れなければ俺の命はないと。絶対に忘れてはならないな、島に出たからと言ってこの死神の目を掻い潜れるとは思えない…….根拠はあまりないが、それを踏まえても思えてしまう。
「これは選別だ、持っていけ。暫くは生活に困るまい。」
「ありがとう。」
「礼は不要、これをもって貴様は破門だ。これ以降は我らは師弟にあらず。しかし、忘れるな。破門しても、我は貴様の顔を覚えている。再びどのような形であい見えるか不明だが、最後にこれだけは言っておこう。」
すると、これまで鉄仮面だった死神が、口端をあげながら宣告する。
「自由の海を歩き、混沌とした大地を踏み締め、くだらぬ俗世に溺れて死ぬが良い。それが貴様に許された末路である。」
「……覚えておくよ、それじゃあさようなら。」
なんともこの死神らしい、くどい別れを受けて俺は船に乗った。操舵手がいるものの、何も語らず錨を上げて船が陽の光を浴びつつ進み始める。もう振り返らず、水平線の彼方に向けて進み始めたのだった。
そして暫くして、俺は操舵手に頼んで故郷『エリュシオン』に行くように頼んだ。少し驚いた顔をしたが、思いのほか素直にそこへ向かってくれた。
到着後、すぐさま走り出して船から飛び降りた。そこには……
「……………ない」
文字通り、何も無かった。荒野だ、それしか視界に映らない。花も、木々も、家も、人も、何も無かった。
俺は、ここにまた訪れるまでに覚悟していた。暖かく美しい景色が、海賊達によって血と暴力によって染め上げられた地獄へと変貌してると。しかし、それすらも超えた虚無しか無いことに、俺は唖然とした。
「まて………そういえば」
刹那、俺の脳裏に別れ際の師匠の言葉を思い出す。
【くだらぬ俗世に溺れて死ぬがいい】
それは、まるで世間知らずの俺が世間に揉まれることを想定していたかのような言葉だ。つまり、俺が復讐しない、もしくは出来ないことを想定した口調だ。加えて、悪名を轟かせることを許さないという約束もまたあるのだから。そして、あれだけ外に出ることを頑なに妨害していたのだから、俺が故郷に戻って復讐へ走ることを想定しないわけがない。
つまり、俺が森に囚われてる間に師匠が……アラストールが何らかの手段であの海賊達を亡き者にしてたんだ!
「……は、ははは………」
復讐の機会が去勢された、それを確信して俺は膝から崩れ落ちる。友達の、両親の仇を取りたかったのに既に奪われてしまった。
或いは、その罪を犯さない為にやったのかもしれないが……どちらにせよ自分の道化っぷりに笑えてしまった。目から雫が落ち、体が小刻みに震えた。
「あは、ははははははははは!!」
これは歓喜の笑いか、悲哀の涙か、自分でもわからなくなった。だがもう、どちらでも良いやと思えてきた。
これからどうすべきなのか、俺は何がしたいのか考え、しかし何も思いつかない。脳裏によぎるのは、またアラストールの言葉だった。
【自由の海を歩き、混沌とした大地を踏み締め】
確かに、復讐に囚われようが無くなった俺は自由になったと言える。だけど分かっている、自由とは必ずしも幸福に繋がるとは限らない。あのサバイバル生活をした森も、ある意味では自由であり苦境の場だった。
自由には責任と苦痛が伴う、これからは俺はどうあっても森の理屈が通じない広い海を歩かなければならないのだから。
「…………いつまでも、止まるわけにはいかないか。」
涙を拭い、立ち上がって体を伸ばす。目的はわからず、見つからない。それでも歩かなければと決意し、再び船へと乗った。
場所はひとまず、とにかくどこでも良いから島に行ってほしいと我ながら無茶で適当な注文をした。すると……
「実のところ、使う先は指定されている。アンタがここによることも想定されていた、悪いがそこへ向かわせてもらうぞ。」
と、操舵手はいった。やはり、ここまでもアラストールの想定内。あの死神は本当に用意周到で、手強い元師匠だと痛感した。
そして、到着したのは東の海(イーストブルー)のオレンジの町というところ。何処のどんな場所かはわからないが、俺の故郷とは違った人が多く彩りを感じる町だった。
そう感じながら歩いていると、目の前から俺と歳の近いだろう女子がなにやらあわててこちらに走ってきて……
「助けて親分っ!」
そう言って俺の背後に回った。親分?何のことだ?と思ってると、今度は妙な格好をした男達が現れた。
「親分だと?さてはこの女に盗みを働かせたのはコイツか!」
「……は?」
「やっちまえっ!!」
何が何だかわからないが、襲いかかって来たのならば容赦はしてられない。そして……
「何なんだよ一体……」
流石に斬殺はできない以上、刀を鞘に納めたまま殴打して迎撃することにした。そして全員を気絶させたら……
「貴方、中々やるじゃない。」
「アンタな……急になにを……」
さっき人を親分と勝手に言って、男たちをけしかけた女が隣の家の屋根に腰掛けていた。文句の一つでも言おうかと思ってたが……
「私は海賊専門の泥棒っ!!ナミって言うの。よかったら私と手を組まない?」
ナミ、そう名乗る女が俺に向かってそう交渉仕掛けたのだった。