担当ウマ娘は頼めばやらせてくれる 作:カランコエ(Kalanchoe)
「……すまん。ダンツ、今日も頼んでいいか?」
普段より低い声。よれよれのスーツ。ふらつく足取りは限界のサイン。
他の人には見せない、わたししか見れないトレーナーさんの姿。
あんまり人を頼らない彼が、わたしだけを頼ってくれる。それが彼の特別な人になれたみたいでとっても嬉しい。
だからかな。本当はダメなことだって二人ともわかってるはずなのに。
「はい。いいですよ」
彼は頼んじゃうし、わたしは断れない。
ずぶずぶの関係って、こうやってできるのかな。ちょっと悪くないかもって思っちゃうのが複雑な気持ち。
そうやって
「じゃあ、後でトレーナー室で」
それだけ言って少しだけ軽くなった足取りで去っていくトレーナーさん。
ああ、このままじゃいけないのに。本当はもっとちゃんとお話したいのに。
──もっと私を頼って欲しいのに。
「……はい。トレーナー室で」
ちゃんと言わなきゃいけないのに。ちゃんとぶつかっていかなきゃいけないのに。そう思ってはいても、少し肩の下がった大っきな背中にわたしはそれだけしか言えなかった。
しゅるしゅると衣擦れの音だけがトレーナー室に響く。
トレーナーさんが見てるけど、何度もしてるうちに慣れてきちゃった。本当はちょっと恥ずかしいし、都合の良い女の子みたいでちょっと複雑だけど、好きな人に頼られて一緒に居られるだけでも、わたしは嬉しい。
「……ダンツ」
「もう。まだ準備できてませんよ、トレーナーさん」
じんわりと背中が温かい。優しく、でもガッチリとお腹に回ってきた腕で抱き締められてる。わたしやミラ子先輩とも全然違うごつごつした男の人の腕。それがわたしのことを求めてると思うだけでドキドキが止まらない。
トクントクンと穏やかな拍動を刻むトレーナーさんよりも、少しだけ早い私の鼓動。わたしばっかりドキドキさせられてるのはちょっと気になる。
「ごめん。でも……」
我慢できないのも知ってる。最近はほぼ毎日してるし、ここ何日かシャワーなんかの準備なんてちゃんとできたことない。それだけトレーナーさんの役に立ててるってことだし、それだけ彼も毎日楽しみにしてるってこと。
──それだけトレーナーさんの『主役』になれてる。
「いいですよ。トレーナーさんの好きにしてもらって」
わたしだって、ちょっと。そう。ほんのちょっとだけ、期待してない訳でもないから。
許可を出すとすぐに、優しく強引に仮眠用のベッドの方へと。
ぽすんと二人仲良くマットレスの上に。
そして、せっかちなトレーナーさんの両手が動いて……わたしの耳が覆われる。
ごうごうと音が響く。彼のごつごつした手が、わたしの耳を優しく撫でる。そのままゆっくりと頭の横へ。もちろんウマ娘の耳の長さには限りがあるから、だんだん手と耳が離れていって……
ぴょん。
わたしの耳が
ぴこぴこ。
むず痒いような感覚を振り払うために耳を動かしてる最中に、もう一回トレーナーさんの手で耳が覆われる。
最近のトレーナーさんはなぜかこれにお熱である。
「それ、楽しいんですか?」
「……わかんない。でも、癒やされるよ」
何度目かわからない質問に、また同じ答えが返ってくる。
確かにトレーナーさんの癒しにはなれてる。なれてるんだけど。だけど…!
納得いかない。わたしだって女の子だし、トレーナーさんは男の人だし、年だって10個は離れてるし。恋愛的な意識をしてるのは、わたしの方だけだってこともわかってる。わかってるけど…!
でも、このペットの犬とか猫と同じ扱いはおかしいよね?
わたし、女子高生だよね?
大人の男の人が、女子高生の、普通は他人に触らせないような場所を、それも普段は見せたりしない場所を触ってるのに、興奮も動揺もなくって、ただ癒やされてるだけって、おかしいよね?
わたしがトレーナーさんのこと好き過ぎる訳じゃないよね?トレーナーさんがわたしのことを女の子だと思ってない訳じゃないよね?
「ねえ、トレーナーさん」
思い切って尋ねようとしたことは何度もあった。
わたしのこと、どう思ってますか?って。
今日こそは、って。
でも、
「なあに?」
とろけきった、安心しきった声。
わたしと会話するために止まる手。
ゆっくりとお腹に回ってくる腕。
大切にされてることがわかっちゃう。
すっごく胸が熱くなってる。
だからこそ、聞くのが怖い。
心地良い今を手放したくないから。
彼に嫌がられたくないから。
都合の良い女でいたいから。
だから……
「耳以外も、触ってみませんか?」
だから、わたしはズルをする。
運も実力の内。レースの枠番だって、こうしてトレーナーさんが疲れ果てているのだって活かさない手はない。
今まで積み重ねてきたたくさんのトレーニングも、トレーナーさんからの信頼も『主役』になるための積み重ね。
「えっと…?」
「わたしのほっぺ、ミラ子先輩にもおすすめされるくらい柔らかいんですよ?」
疲れてるトレーナーさんはいつもよりかなり
いつもならちゃんとダメって言っちゃうような話にも乗っちゃうくらいには。でも、今のわたしにはほっぺが精一杯。それ以上もいつかは、とは思わなくもないけど。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
ゆっくりと上がった手が目の前に、たったそれだけなのにドキドキが止まらない。
「ひゃっ…!」
「……ほっぺ柔らかいね。ぷにぷにで、すべすべ」
優しくほっぺが包まれて、ゆっくりとつままれる。
熱くなってきたほっぺと、ちょっとひんやりしたままのトレーナーさんの手。
むにむにと好き勝手に弄ばれる。優しいけど手放してはくれないトレーナーさん。もし、もしもほっぺ以上の、柔らかいところ、を差し出していたら……なんて想像でしかないけれど。
わたしのドキドキはトレーナーさんにも伝わってるはずなのに、トレーナーさんはトクントクンと落ち着いたまま。
幸せなのに、納得いかない。優しくされて安心するのに、わたしの気持ちに気付いてくれないことにちょっとムカつく。うまくいったのに、これでも意識してくれない焦り。そして少しだけ、トレーナーさんを騙してるような罪悪感。
色んな気持ちが混ざり合って言葉にならない。
本当はいろいろ言いたい。言いたいんだけど……
「ありがとう、ダンツ。いつもより元気になった気がするよ」
「……どういたしまして」
ありがとう。それだけで、わたしは何も言えなくなっちゃう。
「……すまん。ダンツ、今日も頼んでいいか?」
普段より低い声。よれよれのスーツ。ふらふらと揺れる歩様は限界の合図。
今日も激務だったみたい。最近はいつもの書類仕事に加えて、海外遠征のサポート、引退したウマ娘のサポートなどなど……とにかくいろんな仕事をお手伝いしてるって言ってたから。
……それに最近はチームの打診もされていてデビュー前の子の指導もしてるみたい。よく知らない子の匂いをくっつけてるもん。
「いいですよ」
「ありがとう……」
子供みたいに笑う彼。わたしの大好きな表情。
本当に信頼されてるんだなぁって実感する瞬間。
……でもね、トレーナーさん。あなたは忘れてるのかもしれないけれど、わたしって、ほんとは負けず嫌い、なんですよ?
それに知ってるかもしれませんけど、わたしの夢、『主役になりたい』って、別にレースに限った話じゃないんですよ?
「ただし、条件があります」
「……条件?」
一回うまくいっちゃったから。またもう一回。良くないループだって、わかってるのに。
でも、うまく言葉にできないわたしには、自分の身体には少しだけ自信のあるわたしには、一回成功しちゃったのはチャンスだから。
だから、トレーナーさん。わたしのこと、もっといっぱい知ってくれませんか?
「ほっぺ以外の柔らかいところも、触ってみませんか?」