担当ウマ娘は頼めばやらせてくれる 作:カランコエ(Kalanchoe)
「トレーナーさーん♪」
トレーナー室の扉を開けると同時にトレーナーさんに向かって突撃する。イメージとしてはウララちゃんだ。無邪気に、元気に。体当たりみたいな格好になっても彼なら受け止めてくれるって確信もある。
それに、過剰ぎみなスキンシップをする口実になる。というか、そっちが目的。普段の私ならそんなことできない。
「どうした、スカイ」
「ありゃ?あんまり効いてない?」
「そりゃあ、誰と三年間一緒にいたと思ってるんだ」
呆れ顔の彼の膝の上に座って、文字通り背中を預ける。がっしりした腕がシートベルト代わりの自動リクライニング付きの私専用の椅子……なんて言うと怒られるだろうけど。
三年前なら膝の上に座るだけでも驚いてくれただろうけど、今のトレーナーさんには通用しない。
でも、変わらないところもたくさんある。
「……あのな、スカイ」
「どうしました?」
「そういうのはやめろ。はしたない」
「そういうのって何ですかー?」
「……俺の手をスカートの中に持っていくな」
怒り慣れていないから怒鳴ったりしないし、私のやることをかなり大目に見てくれるのは変わってない。さりげなくお腹側の手に少し力が入って私が滑り落ちないように支えてくれてるのもポイント高い。
もちろん私が本当にダメなことをしたら、ちゃんと叱ってくれるところも変わってない。
「ほら、ムラムラしてきません?」
「ムラムラしてるのはお前だろ」
「……にゃはは♪」
ちなみにだけど、学園内でトレーナーさんから変なことされたことは一度も無い。
けっこうチャレンジしてみてるんだけど、そこら辺は相変わらずしっかりしてるんだよね。
「それで、次の担当はどうです?良い子見つけました?」
「少なくとも、君よりは真面目にトレーニングに来そうな娘ばっかりだよ」
「ええー!?セイちゃん、ちゃんとトレーニングに行ってましたよ!?」
「時間通りに来たことはほとんど無いだろ」
「でも、トレーナーさんも一緒にサボってたじゃん!」
「俺は時間内に仕事終わらせてるからいーの」
三年前の丁寧な言葉遣いはとっくに崩れて、私に似た軽口も言うようになって、なんなら私と一緒に時々サボるようにもなって……
一方で私は毎日欠かさずトレーナー室に来るようになって、サボるよりもここでお昼寝して、時間が来たら起こされることが多くなって……
私がトレーナーさん色に染まったのか、トレーナーさんが私色に染まったのか、はたまた両方ともなのか。
まあ、そんなことは言葉の
「今日はいつぐらいにお仕事終われそうですか?」
「定時には終われるよ」
「りょーかいでーす♪ じゃあ、そこで宿題やってますねー」
自分から進んで宿題をやるなんて私もずいぶん真面目になったものである。ここなら空調も効いてるし、お気に入りのクッションもあるし、困ったら頭の良いトレーナーさんが助けてくれるし、それに──
「宿題終わったら冷蔵庫のお菓子食べていいぞ」
「今日のおやつは何ですかー?」
「駅前のクッキーシュー」
「やったー♪あそこのシュークリーム美味しいんですよねー♪」
──なによりこの人、私のモチベーションを維持するのが上手なんだよね。三年も私のトレーナーやってるわけで、トレーニングは色々考えてくれるんだけど、勉強はいつもご褒美のお菓子。それに釣られ続けてる私も私だけど。
ちなみに、ご褒美のお菓子も含めてカロリー計算してたらしい。真面目だよねぇ。
「いただきまーす♪」
「俺の分を一個だけ残しておいてくれよ」
そんなこんなでちゃんと宿題を終わらせて──もちろんトレーナーさんにいくつか解き方を聞いて──トレーナーさんの横顔を眺めながらシュークリームを食べ始めた頃。
「──ところでなんだが」
合図。右手をグーパー二回。
わかったって伝える合図に右耳と左耳を交互に一回ずつペタリと伏せる。
「そこの棚のベニベンケイに水やってくれないか」
そして符牒。今日はずいぶん分かりやすく観葉植物らしい。
「ええー……仕方ないなぁ」
めんどくさそうに立ち上がって小さな鉢植えを手に取る。
お目当ては鉢植えの下にあったカギ。律義に濡れないように紙を敷いてあるのがトレーナーさんらしい。
さりげなく鉢植えとは逆の手でポケットにしまう。誰にも見られてないとは思うけどね。
「土が湿ってますけど、もうお水あげたんじゃないですか?」
「ん?そうだったかなぁ……」
「お水あげ過ぎはダメですから、このまま置いておきますねー」
なにげなく会話しつつカバンから外泊届をひとつまみ。それをいつもの棚のいつもの引き出しに。
私のサインはもうしてあるから、後はトレーナーさんがなんとかしてくれる。
「宿題も終わったし私は帰りますねー」
「おいおい。宿題手伝ってやったのに礼も無しか?」
「じゃあ、コーヒーくらいは淹れてあげましょう!」
「じゃあってなんだよ。じゃあって」
「ミルクと砂糖多めで良かったですよね?」
「……それでいいんだけどさぁ」
ちなみに、コーヒーは私からの数少ない符牒である。
──ちょっと夜更かししたいな、って。
これは彼に教えてないやつだから、私の自己満足だけど。
ガチャリとカギを鳴らして玄関が開く。一応、耳を動かして誰かが
何度も何度もこの玄関をくぐっているはずなのに毎回このタイミングでドキドキしてしまう。
深呼吸をひとつ。家の中ですると匂いで平静を保てそうにないから、外で。
……よし。
「ただいまー」
私と彼の匂いが混ざった家の空気が今の私たちの関係性をよく表している。……いや、そんなことないかも。
まだ学生だから本当はアウトなんだけど、ちゃんと変装してるし別々に帰って来てるし、友達はみんな黙認してくれてるし、みんな
今から彼が帰って来るまで少し時間がある。その間に色々と準備しておくのが最近の私の趣味……趣味?まあ、好きでやってるから趣味でいいかな。
そういう意味だと合図や符牒も趣味かな。なんだかんだと彼は理由はつけてたけど、多分やりたかっただけでしょ。別に合鍵くらいなら、いくらでも言い訳できるし。
閑話休題。
お風呂のボタンをポチっと。お米をちゃちゃっと研いで炊飯器に。テキトーに具材を放り込んでお味噌汁を作りながら……今日は彼に帰り道で何かお惣菜でも買ってきてもらおう。LANEでメッセージを送って、すぐ返ってきた。あとは彼が作った作り置きのおかずを小鉢に盛って、おしまい。
「こんなもんかな」
言ってしまえば『お嫁さんごっこ』である。──なんて言ったら、きっと彼は笑うだろうけど。
はっきり言って打算まみれの行動だ。お嫁さんに憧れが無いと言えばウソになるけど、献身的な恋人を捨てられるほど彼は人でなしじゃないと知ってるからこその『点数稼ぎ』でもある。
もっと言うと、家庭的な女性が好きらしいから、意図的に彼の好みに私が寄せてる。
──でも、それだけでがんばれる私じゃない。
ガチャリと玄関が開く音がする。たったそれだけで動悸が早くなる。レース場のトリックスターはどこへやら。耳も尻尾も勝手に揺れ始める。こういう駆け引きは未だによくわかんない。特に正攻法で攻めてくる相手への応手なんかは。
今更ながらエプロンを着ける。変におしゃれとかするより、こっちの方が彼の受けが良いから。
ただいまーって普段より気の抜けた彼の声がする。たったそれだけで口角が上がる。
パタパタと音を立てて玄関に向かう。玄関で待ってるよりも、こっちの方が彼が嬉しそうにするから。
「お帰りなさーい。ご飯にします?お風呂にします?それとも──」
──大好きな人にぎゅってされる。点数稼ぎの結果がこれなら、悪くない。でしょ?