担当ウマ娘は頼めばやらせてくれる   作:カランコエ(Kalanchoe)

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マルシュロレーヌは頼めばやらせてくれる

『ト、トレーナーさん!それは、ちょっと強引なんじゃないかなっ!?』

「いやでもマルシュから言い出したことだよね?」

『そうですけど!?わたしにも心の準備というのが必要でして!?』

「いや、さっき大丈夫ってマルシュが言ったところじゃん」

 

 スムーズに手繰(たぐ)っていた布地が急に力強く引っ張り返され、引っ張り合われた布がギチギチと嫌な音を立てる。

 破れないのはマルシュが加減しているのか、それとも素材が良いのか。

 そんな小競り合いもたった数秒。

 

「あっ……」

 

 破れるよりはマシだと思ったのか、諦めたのかはわからないがマルシュが力を緩めた隙に奪い取る。丁寧に。力尽くで。

 

「ぁぅ……」

「マルシュ、ゆっくりでいいよ。焦らないで」

 

 途端に頬を赤く染め、黙りこくってしまうマルシュ。やはり引っ込み思案のマルシュには早かったかもしれない。

 だが、マルシュから望んだことだ。そう自分を納得させる。

 

「マルシュ、深呼吸して」

「ふぅ……ふぅ……」

「……やっぱり早かったかな」

「……っ!」

 

 すでに息の荒いマルシュを前にして思わず漏れた本音に、マルシュの耳が萎れる。言葉は伝わってこないが、それでも『ごめんなさい』という感情は伝わってくる。

 

「マルシュ、君には君のペースがある。落ち着いて、ゆっくりやっていこう」

「……」

 

 ペースというのは大事だ。

 レースだけではなく『せめてトレーナーさんとくらいは、マルちゃん無しでもお話したいんです!』という切実なお願いについても。

 そんな訳でマルシュからパペットを渋々ながら渡してもらったわけなのだが、前途多難だ。

 

 さてどうしたものかと、何気なく、本当に何気なく、さっきマルシュから渡してもらったパペットを手にはめた。

 

「……っ!?!?」

 

 途端に、まるで火が着いたかのように赤くなるマルシュ。

 

「マルシュ…?」

 

 どうした?何か俺がやらかしたか?と考えつつも、手慰みにパクパクとパペットを動かすと、パペットの動きに合わせてマルシュが言葉を紡ぎ始める。

 

『ト、トレーナーさんは、マルちゃんの大事なところに手を突っ込んで、好き放題したかったのですか!?』

「言い方がいかがわしくないかい、マルシュ」

 

 掛かってしまっていますね。

 冷静さを取り戻せるといいのですが。

 

『ラ、ラヴちゃんにも触らせたことないところを、い、今、トレーナーさんが、めちゃくちゃに…!!』

「あー、それは、まあ、俺が悪い。ごめんね」

 

 釈然としないものを感じつつも、無二の親友にすら触らせたことがないと言われると反応に困る。それにしても過剰な反応だとは思うが。

 ただ魔が差したというのだろうか。今の状況ならマルシュの本音が聞けるんじゃないか。とてつもなく掛かっていて、マルシュの生命線のパペットは俺の手の内。

 

 そう思いついてしまったのが運の尽きだったのだろう。

 

「ねえ、マルシュ。どうして急にパペット無しで会話してみたいなんて思ったの?」

 

 ただの疑問。なんとなく尋ねただけ。

 でも明らかな不審点。

 

 俺の知るマルシュは人見知りながら他人の感情の機微に聡(さと)かったり、引っ込み思案ながら物怖じしなかったりするが、あくまでパペットありき。

 三年間マルシュを担当していた俺相手にマルシュが気後れすることこそないが、会話に関しては未だにパペット越しでないとまともに返事してくれない。

 

 そんなマルシュが自分からパペットを手放すには相当な理由があるはず。それに、誰か──おそらくはラヴズオンリーユーの入れ知恵。

 

 だから疑問を質問にしたのが良くなかった。

 

『だって、好きなんですもん!?』

「……えっ?」

「──……あっ」

 

 予想外の告白に思考を一瞬絡め取られたのも良くなかった。

 

『だって、ちゃんと会話もできないわたしと、三年間もずっと一緒にいてくれて支えてくれる男の人なんですよ!?好きになっちゃうに決まってますよ!!』

「マルシュ」

 

 俺が場を有耶無耶(うやむや)にする前にマルシュが暴走を始める。

 

『だって、わたし、結構いい体してますよ!?どうしてえっちな目で見てくれないんですか!?もう告白するしかないじゃないですか!!』

「マルシュ」

 

 なるほど。パペット越しではなくマルシュロレーヌとして告白したかったんだな、と一人勝手に納得する。

 が、まずは暴走したマルシュを黙らせることからだ。

 

『だって──』

「マルシュ」

 

 すでにパペットは俺の手にハマっておらず、ただ手の内にある。それをマルシュに見せる。それだけ。

 

「──っ!?」

 

 それだけでマルシュは何も言えなくなる。

 あくまでもマルシュはパペットを通じてでないと喋れないから。例え、パペットを動かしているのが俺であろうとも。

 

「マルシュ、深呼吸して」

 

 パペットを取り返そうと手を伸ばしてくるマルシュを軽くいなす。右へ左へ。パペットが行ったり来たり。

 恨めしそうに不満そうに子供っぽくむくれる顔に、少しだけ落ち着きが戻っている。

 

「……ふぅ」

 

 ひと息ついたマルシュの視線が未だ俺の手の中のパペットと俺の顔と、トレーナー室の扉とを何度も往復する。

 冷静になってきて恥ずかしくって逃げ出したいけれど、無二の相棒はまだ手元に戻っていなくて、だから俺が告白に対する返答を一切していないことに言及することもできない、と言ったところだろうか。

 

「あ、あの……」

 

 だから油断していたと言っても過言ではない。

 マルシュが引っ込み思案である以上に、思い切りがいいことは俺だってよく知っていたはずなのに。

 

「──マルシュ?」

 

 音にするならポスンだろうか。体当たりの如く抱きついて腕の中に収まったマルシュに、またしても思考に空白が生まれる。

 昔から想定外の出来事に俺は弱かったな、なんて悠長なことばかりが頭を過(よ)ぎる。今はそんなことを考えている場合ではない。そう思うことすら余計だ。

 

 そしてその隙を逃すマルシュではない。

 まずい、と俺が認識するよりも先にマルシュが先手を打つ。

 

「……好き、です」

 

 ……。

 

 ……普通に喋るより告白が先なのか、という感想ばかり浮かぶ自分が嫌だ。そう思うこと自体が嫌で嫌でたまらなくて、笑ってごまかすこともマルシュに声をかけることもできない子供っぽい自分が嫌だ。

 

 今更ながらようやくマルシュが小刻みに震えていることに気づく。 マルシュからすれば一世一代の、それも初めての告白だろう。

 だが、はっきり言って十歳近く年下の少女に異性としての魅力を感じている訳も無く、現実的な話から言っても学生と交際する教師は外聞が悪過ぎる。

 

 そして、まあ自己嫌悪に浸っていた俺の方が当然出遅れる。

 

「……返事、卒業、してからで、いいです」

 

 提案される妥協案。いや、モラトリアムだろうか。

 俺にとってもマルシュにとっても返答までの猶予期間。

 だが俺にだって大人としての矜持がある。

 

「マルシュ、まず俺は君を子供としてしか見れていない」

「……知って、ます」

「これから卒業まで君がアピールしようと、俺が靡(なび)く保証なんてどこにもないぞ」

「……がんばります」

「いや、諦めろって意味で言ったんだが」

 

 がんばります、という諦める気なんて毛頭無い言葉に思わず語気が荒くなる。

 意図しなかったとは言え強い言葉を使ったにも関わらず、マルシュに動揺の色は見えない。

 

「……がんばります」

 

 はぁ……とわざとらしく溜息を吐く俺を一顧だにせずマルシュは柔らかく微笑んだ。

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