ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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14話 ハイブリッド

「伏せろ、子供たち!」

 

スティーヴン・ストレンジの叫びと同時に、目の前の空間が「断裂」した。

 

ギャリギャリギャリギャリギャリッ!!

 

耳をつんざくようなエンジンの空吹かし音。だが、それは物理的な空気の振動ではない。空間そのものがノコギリで削り取られるような、精神を逆撫でする不協和音だ。

ストレンジが展開した「セラフィムの盾」に、目に見えない斬撃が激突する。

オレンジ色の火花が散り、魔法の盾に亀裂が走った。

 

「なッ……!」

ストレンジが驚愕する。ヴィシャンティの書を失ったとはいえ、彼の防御魔法は核攻撃さえ防ぎ得る強度を持つ。それが、たった一撃でバターのように削られたのだ。

 

「先生、あいつだ!」

アメリカ・チャベスが指差す先。

マンハッタンの交差点、蒸気を吹き上げるマンホールの上に、その「怪物」は鎮座していた。

 

大きさは大型犬ほど。だが、その姿は生物の理を逸脱している。

全身がコールタールのような黒い粘液で覆われ、そこからオレンジ色のチェンソーの刃が突き出している。そして何より異質なのは、その胴体に浮かび上がる、両面宿儺特有の「刺青」の紋様だった。

 

『ヴォォォォォン……!!』

 

怪物が唸る。その口元からは、よだれのように呪いの瘴気が垂れ流されている。

ポチタの愛らしさは微塵もない。宿儺の指を取り込んだことで、悪魔の心臓が「呪いの炉心」へと変質し、破壊衝動のみが肥大化した殺戮兵器。

 

「特級特定呪霊……いや、悪魔とのハイブリッドか」

伏黒恵が冷や汗を拭いながら、即座に印を結んだ。

「虎杖、気をつけろ! 宿儺の気配がするが、動きは獣だ。予測できない!」

 

「おう!」

虎杖悠仁がアスファルトを蹴った。

超人的な身体能力で、ビルの壁面を三角飛びし、怪物の頭上へ躍り出る。

「返せよ! それは俺たちの世界の落とし物だ!」

 

虎杖の拳に、赤黒い呪力が圧縮される。

「逕庭拳!」

 

ドガァッ!!

遅れてやってくる二重の衝撃が、怪物の脳天を直撃した。

普通の呪霊ならこれで吹き飛ぶはずだ。だが、怪物は頭を僅かに揺らしただけで、背中のハンドルをブルンと震わせた。

 

ギャンッ!

背中から第三のチェンソーが出現し、虎杖の胴体を薙ぎ払おうとする。

 

「危ない!」

ストレンジが「エルドリッチ・ウィップ」を飛ばし、虎杖の足首を掴んで空中に引き戻した。

一瞬遅れて、虎杖がいた空間が、不可視の斬撃によって真空状態となり、背後の信号機が粉々に砕け散った。

 

「魔法使いのおっさん、サンキュ!」

虎杖が空中で体勢を立て直す。

「礼は後だ。……おい、呪術師。あいつには魔法が効きにくい。物理的な質量よりも、『負の感情』と『恐怖』で構成されているからだ」

 

ストレンジは第三の目を開き、怪物の構造を解析していた。

「あいつの刃は、触れた対象の『概念』を切断する。盾も鎧も意味がない」

 

「なら、影で沈めるまでだ」

伏黒が影の中に沈み込み、怪物の死角から飛び出した。

「『玉犬・渾』!」

 

巨大な黒い狼が顕現し、怪物の喉笛に食らいつく。

同時に、ストレンジの隣にいたクレアが、暗黒次元の短剣を生成し、投擲した。

「挟み撃ちよ!」

 

魔法と式神の同時攻撃。

怪物は「ギャウッ!」と声を上げたが、次の瞬間、その全身からドス黒いオーラが爆発した。

 

『――解』

 

宿儺の斬撃が、チェンソーの回転に乗せて全方位に放射された。

玉犬が弾き飛ばされ、クレアの短剣が粉砕される。

さらに、斬撃の余波が周囲のビル群を襲った。

 

ズズズズズ……。

タイムズスクエアの巨大な広告塔が、斜めに滑り落ちる。

「嘘だろ……」

アメリカが絶句する。

 

逃げ惑うニューヨーカーたち。

悲鳴とサイレンが響き渡る中、怪物は瓦礫の山頂で、月に向かって遠吠えをした。

その声に呼応するように、マンハッタンの空色が変わり始めた。

 

空が、夜の闇よりも深い「墨汁」のような黒に覆われていく。

それは、虎杖や伏黒が見慣れた光景だった。

 

「『帳』……!?」

伏黒が空を見上げる。「誰が降ろした? この世界に呪詛師はいないはずだ」

 

「いいえ、いるわ」

クレアが忌々しげに吐き捨てた。

「あの怪物が『楔』になっている。あいつが放出する膨大な呪力が、この街全体を異界として隔離しようとしているのよ」

 

その時。

ストレンジ、虎杖、伏黒、アメリカ、そして逃げ惑う市民たちの頭上に、小さな妖精のような式神が出現した。

目玉に羽が生えたような、不気味な造形。

 

『ピンポンパンポーン!』

コガネの陽気な声が、絶望的な状況に不釣り合いに響く。

『新規プレイヤーの参加を確認しました! アース-666、ニューヨーク・コロニーへようこそ!』

 

「コロニーだと?」

ストレンジがコガネを睨む。「何だこのふざけた使い魔は」

 

『現在、"羂索"様によるルール追加が行われました』

コガネがくるりと回り、空中にホログラムの文字を投影する。

 

 

 

【死滅回游・追加ルール】

 

・ニューヨーク(マンハッタン島)を結界内(コロニー)と認定する。

 

・結界内における「超人(ヒーロー)」および「魔術師」を、泳者(プレイヤー)と見なす。

 

・異界の「呪物(宿儺の指)」を飲み込んだ「特級悪魔」を祓った者には、100点が与えられる。

 

 

 

「ふざけるな!」

虎杖が叫ぶ。「こっちの世界まで巻き込む気か、羂索!」

 

「状況は把握した」

ストレンジは冷静さを取り戻し、マントをなびかせた。

「つまり、あのチェンソーの化け物を倒せば、このふざけたゲームも終わるということだな?」

 

「基本的にはそうです」伏黒が答える。「ですが、この結界……ただ閉じ込めるだけじゃない。一般人の負の感情を吸い上げて、中の呪霊を活性化させる仕組みになっています」

 

見れば、路地裏の影から、有象無象の低級呪霊たちが湧き出し始めていた。

巨大なハエ、人の顔をした芋虫、笑うトカゲ。

それらが、パニックに陥った市民たちに襲いかかろうとしている。

 

「一般人を守りながら、あの特級を倒す……。骨が折れるな」

ストレンジは両手で印を結び、分身魔法を展開した。

数十人のストレンジが、市民を守るために散開する。

 

「アメリカ、君はクレアと共に結界の『端』を探れ。外部との通信が可能か、あるいは脱出経路があるかを確認するんだ」

「わかった! 気をつけてよ、先生!」

アメリカとクレアが空へ飛び立つ。

 

残されたのは、ストレンジ、虎杖、伏黒。

そして、目の前には、瓦礫の玉座でエンジンを吹かす「呪いの悪魔」。

 

「行くぞ、少年たち」

ストレンジは、アガモットの目を輝かせた。

「魔術と呪術の即席チームだ。足手まといになるなよ」

 

「そっちこそ!」

虎杖が構える。

「伏黒、あいつの斬撃、見切れるか?」

「いや、速すぎる。だが、タメがあるはずだ。エンジン音が高まった瞬間が合図だ」

 

三人が同時に動き出した。

 

ストレンジが魔法の鎖で怪物の足を拘束する。

「クリムゾンの帯!」

 

怪物がバランスを崩した隙に、伏黒が上空から「満象」を落下させる。

数トンの水圧と重量が怪物を押し潰す。

 

「今だ、虎杖!」

 

虎杖が瓦礫を蹴り、怪物の懐に飛び込む。

彼の拳に、黒い火花が散った。極限の集中力が生み出す、空間の歪み。

 

「黒閃ッ!!!」

 

ドォォォォォン!!!!

 

空間が黒く光り、怪物の胸部にある「チェンソーのエンジン部分」を直撃した。

金属がひしゃげる音と共に、怪物が初めて苦悶の声を上げて吹き飛んだ。

 

「効いたか!?」

 

しかし。

土煙の中から、ゆらりと影が立ち上がった。

怪物の胸には大きな風穴が開いていたが、そこから黒い触手が伸び、瞬く間に傷を修復してしまった。

それどころか、怪物の背中から、さらに禍々しい「四本の腕」が生えてくる。

 

『……リョ……イキ……』

 

怪物が、片言の言葉を発した。

それはポチタの声ではなく、指に宿る宿儺の記憶が再生させた呪詛。

 

『リョウイキ……テン……カイ……』

 

「まずい!!」

伏黒が顔面蒼白になる。「逃げろ!!」

 

怪物が両手の指(チェンソーの刃)を交差させた。

 

領域展開・『伏魔・地獄変』

 

瞬間。

タイムズスクエアの風景が消失した。

代わりに現れたのは、無数のチェンソーが回転する壁と、牛骨の代わりに悪魔の頭蓋骨が積み上げられた、血の池地獄。

 

必中必殺の斬撃と、対象の恐怖を具現化して切り刻む悪魔の能力。

二つの理が融合した、逃げ場のない処刑場。

 

「クソッ、私の魔法障壁でも防ぎきれんぞ!」

ストレンジが全力で防御円陣を展開するが、外側からガリガリと削られていく。

 

「俺が領域を押し返す!」

伏黒が印を結ぼうとするが、ストレンジが止めた。

「いや、君の領域では完成度が足りない。押し負けて死ぬぞ」

 

「じゃあどうするんだよ!」

 

絶体絶命の危機。

その時、結界の空――黒い帳の天井を突き破って、一筋の「赤い糸」が垂れてきた。

糸はストレンジたちの目の前に落ち、一人の男の形を成した。

 

赤と青のスーツ。

胸に蜘蛛のマーク。

ニューヨークの親愛なる隣人。

 

「おいおい、僕の街で勝手に『お化け屋敷』始めないでくれる?」

 

スパイダーマンが、瓦礫の上に着地した。

彼は軽口を叩きながらも、そのレンズの奥の目は真剣そのものだった。

「ドクター、遅れてすいません。……なんか、すごいことになってますね」

 

「ピーターか!」

ストレンジが少しだけ表情を緩めた。

「君一人増えたところで、この領域内では……」

 

「一人じゃないですよ」

スパイダーマンは親指で上を指した。

 

帳の裂け目から、さらに二つの影が降りてきた。

一人は、盲目の弁護士にして、ヘルズ・キッチンの悪魔――デアデビル。

もう一人は、黒いコートに身を包み、日本刀と拳銃を構えたダンピール――ブレイド。

 

「吸血鬼の匂いかと思ったが……もっと腐った臭いがしやがる」

ブレイドが刀を抜く。

 

「音で分かる。あいつの『核』は心臓じゃない。……右腕の刃の中だ」

デアデビルが感覚を研ぎ澄ませて告げる。

 

マーベルのストリート・ヒーローたちと、呪術高専の生徒たち。

異色の混成チームが、領域の中で円陣を組んだ。

 

「作戦変更だ」

ストレンジがニヤリと笑った。

「ヒーローと術師の総力戦で、この領域を内側から食い破る」

 

「上等だ!」

虎杖が拳を鳴らす。

 

マンハッタン死滅回游、第1回戦のクライマックスが始まろうとしていた。

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