ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
「来るぞ! 肌を守れ!」
スティーヴン・ストレンジの警告と同時に、領域『伏魔・地獄変』が牙を剥いた。
ギャリギャリギャリギャリ!!
視認できない斬撃の嵐。
それは空気中を伝播する振動ではなく、空間そのものに発生する「裂け目」の雨だった。
ストレンジの展開したセラフィムの盾が、瞬く間に無数の傷を負い、ガラス細工のように粉砕される。
「盾が持たない! 物理干渉じゃない、『概念』を切断されている!」
ストレンジが叫ぶ。彼の魔術をもってしても、この理不尽な必中効果は防ぎきれない。
「くそっ、いちかばちかだ!」
伏黒恵が地面に膝をつき、両手を合わせて印を結んだ。影が足元から噴水のように溢れ出す。
「領域展開・『嵌合暗翳庭』!!」
どす黒い影の沼が広がり、ストレンジたちの周囲をドーム状に包み込んだ。
チェンソーの轟音と斬撃が、影の壁の外側で激しく弾ける音がする。
「うわっ! 何これ!? 影の中からカエルがいっぱい出てきた!」
スパイダーマンが、足元の影から這い出る式神たちを見て仰け反る。
「スライム風呂に入ってる気分だよ! 誰かタオル持ってない?」
「無駄口を叩くな、全身タイツ!」
伏黒が脂汗を流しながら叫ぶ。
「俺の領域は未完成だ! 必中効果を中和してるだけで精一杯だ……長くは持たないぞ!」
影のドームは、外からの猛攻でギシギシと悲鳴を上げていた。
天井部分から、鋭利なチェンソーの刃が突き破り、ギラリと光る。
「状況は最悪だが、活路はある」
デアデビルが、その赤いマスクの下で耳を澄ませていた。
「聞こえる……奴のエンジンの鼓動。不規則だが、一定の『呼吸』がある」
「呼吸?」
ブレイドが日本刀についた血(あるいはオイル)を振るった。
「あいつに肺があるとは思えねえが」
「右腕だ」
デアデビルが断言する。
「右腕の刃が回転する直前、奴の体内の呪力が一瞬だけ真空状態になる。そこが『核』だ。そこを砕けば、この領域は崩壊する」
「なるほど、カウンター狙いか」
ストレンジがニヤリと笑い、マントをなびかせた。
「いいだろう。この即席チームで、あの化け物に外科手術を施す」
「作戦はどうする?」
虎杖悠仁が拳を構える。彼のパーカーは斬撃でボロボロだが、その瞳に闘志の火は消えていない。
「私が道を作る」ストレンジが言った。「ピーター、君は攪乱だ。ブレイドと虎杖、君たちがメスになる」
「了解!」
「おう!」
ズドォォォン!!
影のドームが限界を迎え、崩壊した。
同時に、六人の戦士が全方位に弾け飛んだ。
「グルルルルァァァァ!!」
怪物が四本の腕を振り回し、見境なく斬撃を飛ばす。
「こっちだよ、チェンソーお化け!」
スパイダーマンがウェブ・シューターを連射し、崩れたビルの瓦礫を怪物の顔面に投げつける。
「視界不良で事故っちゃえ!」
怪物が鬱陶しそうに瓦礫を切り払う。その一瞬の隙。
「今だ!」
ストレンジが両手で円を描いた。
「ミラー・ディメンション!」
カシャカシャカシャッ!
怪物の足元の空間が、万華鏡のように折れ曲がった。
領域内でのさらなる空間操作。怪物はバランスを崩し、右腕が剥き出しになる。
「そこだァァァ!」
ブレイドが高所から落下し、銀製の刀を突き立てる。
刀身には、ストレンジが付与した「対魔術障壁貫通」のルーン文字が輝いている。
ガキンッ!!
刀が怪物の硬い外殻に食い込み、火花を散らす。
「硬え! だが!」
ブレイドが刀をねじ込むと、怪物の動きが一瞬止まった。エンジンの音が詰まる。
「虎杖! 飛べ!」
伏黒が影の中から「鵺」を召喚し、虎杖の背中を押し上げる。
同時に、ストレンジが虎杖の前方に小さなポータルを開いた。
「え、ここ入んの!?」
「行け!」
虎杖がポータルに飛び込むと、出口は怪物の右腕の至近距離に開いていた。
加速した勢いはそのまま、拳に全ての呪力を込める。
黒い火花が、再び散った。
ゾーンに入った虎杖の集中力は、時間の流れさえも置き去りにする。
「黒閃ッ……連撃!!」
ドガァッ!! バヂヂヂヂッ!!
一撃目が外殻を砕き、二撃目が中の「核」――埋め込まれた宿儺の指を直撃した。
空間が歪むほどの衝撃。
『ギャ……ア……アアアアッ!?』
怪物の断末魔が響き渡る。
右腕のチェンソーが根本からへし折れ、回転しながら虚空へ飛んでいった。
パラパラパラ……。
領域『伏魔・地獄変』を構成していた骨の壁が、砂のように崩れ落ちていく。
マンハッタンの景色が、歪みながらも元の姿に戻り始めた。
土煙が晴れると、そこには元のサイズに戻り、ぐったりと倒れ伏すオレンジ色の犬――ポチタの姿があった。
そして、その横には、黒く変色し、煙を上げている「宿儺の指」が転がっていた。
「……終わったか」
ブレイドが刀を納め、ふぅと息を吐く。
「手のかかる害獣駆除だったぜ」
「すごいね、君たち」
スパイダーマンがマスク越しに目を丸くして、虎杖と伏黒に歩み寄った。
「そのパンチ、ハルク並みだったよ。今度コツ教えてくんない?」
「あ、ああ……どうも」
虎杖は頭を掻きながら、自分たちの世界とは違う「ヒーロー」の気さくさに戸惑っていた。
「そっちの糸出すやつもすげーな。手首どうなってんの?」
「これ? 自作のウェブ・シューターさ。科学の力だよ」
ストレンジは、地面に落ちている「宿儺の指」を魔法で慎重に浮かせ、封印の箱に収めた。
「これで一つ。……だが、まだ終わってはいない」
彼は空を見上げた。
死滅回游の「帳」は、怪物を倒したことで薄くはなっていたが、完全には消えていなかった。
コガネが再び現れ、空中にホログラムを投影する。
【管理者権限による特別放送】
ノイズ混じりの映像が、タイムズスクエアの巨大ビジョンをジャックした。
そこに映し出されたのは、袈裟を着た男――羂索。
『おめでとう、アース-666の皆さん。そして、迷い込んだ術師諸君』
「あいつ……! 」
伏黒が睨みつける。
『まさか、特級呪物と悪魔のハイブリッドをこうも早く退けるとはね。五条悟がいないと油断していたよ』
羂索は画面越しに、ストレンジと目が合ったかのように微笑んだ。
『だが、これは実験に過ぎない。君たちの世界には、まだ「呪い」の種が撒かれている。ワンダ・マキシモフが残した傷跡は、そう簡単には癒えないよ』
「何が目的だ」
ストレンジが低い声で問う。
『同化だよ。全人類と、天元との。……そして今は、「マルチバースとの同化」にも興味がある』
羂索が手元のスイッチを押すような仕草をした。
『楽しんでくれ。第2ラウンドの舞台は、ここではない』
ブツン。
映像が途切れると同時に、ストレンジたちの足元に巨大な魔法陣が出現した。
それはカマル・タージの転送陣でも、五条の術式でもない。
もっと古く、忌まわしい……「地獄」への扉。
「罠か!」
クレアが叫ぶ。
「うわあああ! また落ちるのかよ!」
虎杖が叫ぶ。
「ピーター! 離れろ!」
ストレンジがスパイダーマンをウェブで突き飛ばし、魔法陣の外へ弾き出した。
「この街を頼む!」
「ドクター!」
光の柱が立ち昇り、ストレンジ、クレア、アメリカ、虎杖、伏黒、そしてブレイド(逃げ遅れた)の六人が、その場から消失した。
彼らが転送された先。
そこは、空に無数のドアが浮かぶ、草原だった。
しかし、草花は全て内臓のような色をしており、空には太陽の代わりに巨大な「眼球」が浮かんでいる。
「ここは……?」
アメリカ・チャベスが震える。
そして、彼らの目の前には、一人の女性が立っていた。
スーツ姿。ミステリアスな瞳。
マキマ。
彼女は、倒したはずのポチタを抱きかかえ、優しく撫でていた。
「おかえりなさい、チェンソーマン」
彼女は微笑み、招かれざる客たちを見回した。
「そしてお久しぶり、異界のお客様たち。私はマキマ……羂索さんから、あなたたちの処理を頼まれている」
彼女の背後には、銃の悪魔、闇の悪魔、そして……五条悟によって封印されたはずの特級呪霊たちが、操り人形のように並んでいた。
「さて」
マキマは指鉄砲の形を作り、ストレンジに向けた。
「『ぱん』」
不可視の衝撃が、ストレンジの防御魔法を貫こうと迫る。
物語は、最悪の三つ巴の様相を呈して、佳境へと突入する。