ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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15話 地獄と地獄

「来るぞ! 肌を守れ!」

スティーヴン・ストレンジの警告と同時に、領域『伏魔・地獄変』が牙を剥いた。

 

ギャリギャリギャリギャリ!!

 

視認できない斬撃の嵐。

それは空気中を伝播する振動ではなく、空間そのものに発生する「裂け目」の雨だった。

ストレンジの展開したセラフィムの盾が、瞬く間に無数の傷を負い、ガラス細工のように粉砕される。

 

「盾が持たない! 物理干渉じゃない、『概念』を切断されている!」

ストレンジが叫ぶ。彼の魔術をもってしても、この理不尽な必中効果は防ぎきれない。

 

「くそっ、いちかばちかだ!」

伏黒恵が地面に膝をつき、両手を合わせて印を結んだ。影が足元から噴水のように溢れ出す。

 

「領域展開・『嵌合暗翳庭』!!」

 

どす黒い影の沼が広がり、ストレンジたちの周囲をドーム状に包み込んだ。

チェンソーの轟音と斬撃が、影の壁の外側で激しく弾ける音がする。

 

「うわっ! 何これ!? 影の中からカエルがいっぱい出てきた!」

スパイダーマンが、足元の影から這い出る式神たちを見て仰け反る。

「スライム風呂に入ってる気分だよ! 誰かタオル持ってない?」

 

「無駄口を叩くな、全身タイツ!」

伏黒が脂汗を流しながら叫ぶ。

「俺の領域は未完成だ! 必中効果を中和してるだけで精一杯だ……長くは持たないぞ!」

 

影のドームは、外からの猛攻でギシギシと悲鳴を上げていた。

天井部分から、鋭利なチェンソーの刃が突き破り、ギラリと光る。

 

「状況は最悪だが、活路はある」

デアデビルが、その赤いマスクの下で耳を澄ませていた。

「聞こえる……奴のエンジンの鼓動。不規則だが、一定の『呼吸』がある」

 

「呼吸?」

ブレイドが日本刀についた血(あるいはオイル)を振るった。

「あいつに肺があるとは思えねえが」

 

「右腕だ」

デアデビルが断言する。

「右腕の刃が回転する直前、奴の体内の呪力が一瞬だけ真空状態になる。そこが『核』だ。そこを砕けば、この領域は崩壊する」

 

「なるほど、カウンター狙いか」

ストレンジがニヤリと笑い、マントをなびかせた。

「いいだろう。この即席チームで、あの化け物に外科手術を施す」

 

「作戦はどうする?」

虎杖悠仁が拳を構える。彼のパーカーは斬撃でボロボロだが、その瞳に闘志の火は消えていない。

 

「私が道を作る」ストレンジが言った。「ピーター、君は攪乱だ。ブレイドと虎杖、君たちがメスになる」

 

「了解!」

「おう!」

 

ズドォォォン!!

影のドームが限界を迎え、崩壊した。

同時に、六人の戦士が全方位に弾け飛んだ。

 

「グルルルルァァァァ!!」

怪物が四本の腕を振り回し、見境なく斬撃を飛ばす。

 

「こっちだよ、チェンソーお化け!」

スパイダーマンがウェブ・シューターを連射し、崩れたビルの瓦礫を怪物の顔面に投げつける。

「視界不良で事故っちゃえ!」

 

怪物が鬱陶しそうに瓦礫を切り払う。その一瞬の隙。

 

「今だ!」

ストレンジが両手で円を描いた。

「ミラー・ディメンション!」

 

カシャカシャカシャッ!

怪物の足元の空間が、万華鏡のように折れ曲がった。

領域内でのさらなる空間操作。怪物はバランスを崩し、右腕が剥き出しになる。

 

「そこだァァァ!」

ブレイドが高所から落下し、銀製の刀を突き立てる。

刀身には、ストレンジが付与した「対魔術障壁貫通」のルーン文字が輝いている。

ガキンッ!!

刀が怪物の硬い外殻に食い込み、火花を散らす。

 

「硬え! だが!」

ブレイドが刀をねじ込むと、怪物の動きが一瞬止まった。エンジンの音が詰まる。

 

「虎杖! 飛べ!」

伏黒が影の中から「鵺」を召喚し、虎杖の背中を押し上げる。

同時に、ストレンジが虎杖の前方に小さなポータルを開いた。

 

「え、ここ入んの!?」

「行け!」

 

虎杖がポータルに飛び込むと、出口は怪物の右腕の至近距離に開いていた。

加速した勢いはそのまま、拳に全ての呪力を込める。

 

黒い火花が、再び散った。

ゾーンに入った虎杖の集中力は、時間の流れさえも置き去りにする。

 

「黒閃ッ……連撃!!」

 

ドガァッ!! バヂヂヂヂッ!!

 

一撃目が外殻を砕き、二撃目が中の「核」――埋め込まれた宿儺の指を直撃した。

空間が歪むほどの衝撃。

 

『ギャ……ア……アアアアッ!?』

 

怪物の断末魔が響き渡る。

右腕のチェンソーが根本からへし折れ、回転しながら虚空へ飛んでいった。

 

パラパラパラ……。

領域『伏魔・地獄変』を構成していた骨の壁が、砂のように崩れ落ちていく。

マンハッタンの景色が、歪みながらも元の姿に戻り始めた。

 

 

 

 

土煙が晴れると、そこには元のサイズに戻り、ぐったりと倒れ伏すオレンジ色の犬――ポチタの姿があった。

そして、その横には、黒く変色し、煙を上げている「宿儺の指」が転がっていた。

 

「……終わったか」

ブレイドが刀を納め、ふぅと息を吐く。

「手のかかる害獣駆除だったぜ」

 

「すごいね、君たち」

スパイダーマンがマスク越しに目を丸くして、虎杖と伏黒に歩み寄った。

「そのパンチ、ハルク並みだったよ。今度コツ教えてくんない?」

 

「あ、ああ……どうも」

虎杖は頭を掻きながら、自分たちの世界とは違う「ヒーロー」の気さくさに戸惑っていた。

「そっちの糸出すやつもすげーな。手首どうなってんの?」

 

「これ? 自作のウェブ・シューターさ。科学の力だよ」

 

ストレンジは、地面に落ちている「宿儺の指」を魔法で慎重に浮かせ、封印の箱に収めた。

「これで一つ。……だが、まだ終わってはいない」

 

彼は空を見上げた。

死滅回游の「帳」は、怪物を倒したことで薄くはなっていたが、完全には消えていなかった。

コガネが再び現れ、空中にホログラムを投影する。

 

【管理者権限による特別放送】

 

ノイズ混じりの映像が、タイムズスクエアの巨大ビジョンをジャックした。

そこに映し出されたのは、袈裟を着た男――羂索。

 

『おめでとう、アース-666の皆さん。そして、迷い込んだ術師諸君』

 

「あいつ……! 」

伏黒が睨みつける。

 

『まさか、特級呪物と悪魔のハイブリッドをこうも早く退けるとはね。五条悟がいないと油断していたよ』

羂索は画面越しに、ストレンジと目が合ったかのように微笑んだ。

 

『だが、これは実験に過ぎない。君たちの世界には、まだ「呪い」の種が撒かれている。ワンダ・マキシモフが残した傷跡は、そう簡単には癒えないよ』

 

「何が目的だ」

ストレンジが低い声で問う。

 

『同化だよ。全人類と、天元との。……そして今は、「マルチバースとの同化」にも興味がある』

羂索が手元のスイッチを押すような仕草をした。

 

『楽しんでくれ。第2ラウンドの舞台は、ここではない』

 

ブツン。

映像が途切れると同時に、ストレンジたちの足元に巨大な魔法陣が出現した。

それはカマル・タージの転送陣でも、五条の術式でもない。

もっと古く、忌まわしい……「地獄」への扉。

 

「罠か!」

クレアが叫ぶ。

 

「うわあああ! また落ちるのかよ!」

虎杖が叫ぶ。

 

「ピーター! 離れろ!」

ストレンジがスパイダーマンをウェブで突き飛ばし、魔法陣の外へ弾き出した。

「この街を頼む!」

 

「ドクター!」

 

光の柱が立ち昇り、ストレンジ、クレア、アメリカ、虎杖、伏黒、そしてブレイド(逃げ遅れた)の六人が、その場から消失した。

 

 

 

 

彼らが転送された先。

そこは、空に無数のドアが浮かぶ、草原だった。

しかし、草花は全て内臓のような色をしており、空には太陽の代わりに巨大な「眼球」が浮かんでいる。

 

「ここは……?」

アメリカ・チャベスが震える。

 

そして、彼らの目の前には、一人の女性が立っていた。

スーツ姿。ミステリアスな瞳。

マキマ。

 

彼女は、倒したはずのポチタを抱きかかえ、優しく撫でていた。

 

「おかえりなさい、チェンソーマン」

彼女は微笑み、招かれざる客たちを見回した。

 

「そしてお久しぶり、異界のお客様たち。私はマキマ……羂索さんから、あなたたちの処理を頼まれている」

 

彼女の背後には、銃の悪魔、闇の悪魔、そして……五条悟によって封印されたはずの特級呪霊たちが、操り人形のように並んでいた。

 

「さて」

マキマは指鉄砲の形を作り、ストレンジに向けた。

 

「『ぱん』」

 

不可視の衝撃が、ストレンジの防御魔法を貫こうと迫る。

物語は、最悪の三つ巴の様相を呈して、佳境へと突入する。

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