ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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16話 支配→呪→闇

「『ぱん』」

 

マキマの指先から放たれたのは、銃弾ではない。不可視の「衝撃」であり、対象を捻じ伏せるという「命令」の具現化だった。

 

ドォォォォン!!

 

スティーヴン・ストレンジが瞬時に展開した「セラフィムの盾」が、激しく振動した。

琥珀色の魔法障壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

「ぐぅッ……!」

ストレンジは後方に滑り、ブーツが地獄の湿った草を削る。

「見えない質量弾か。物理的な破壊力だけならサノス級だぞ」

 

「ふーん」

マキマは小首を傾げた。その表情には驚きも焦りもない。

「耐えるんだ。……悪い子」

 

彼女の背後で、銃の悪魔(の頭部を持つ人形)がカタカタと動き出した。

さらに、羂索から借り受けたと思われる特級呪霊、漏瑚と花御が、虚ろな目でストレンジたちを取り囲む。

 

「おいおい、冗談だろ」

ブレイドが日本刀を構え、サングラス越しに敵の群れを睨んだ。

「吸血鬼のパーティー会場にしちゃあ、客層が悪すぎるぜ。火山頭に、木の化け物だと?」

 

「気をつけて! あいつらは特級だ!」

虎杖悠仁が叫ぶ。

 

「処理を始めます」

マキマが指を鳴らした。

 

ダダダダダダダダダダッ!!

 

銃の悪魔の口径から、人間には視認不可能な速度で鉛弾の嵐が放たれた。

同時に、漏瑚が火礫蟲を放ち、花御が木の根を暴走させる。

 

「散開しろ!」

ストレンジが叫び、「ワトゥームの風」を巻き起こして銃弾の軌道を逸らす。

だが、その弾丸の数は億を超えている。

「ぐあッ!」

伏黒恵の肩を、逸れ弾が掠めた。鮮血が飛ぶ。

 

「伏黒!」

虎杖が駆け寄ろうとするが、地面から巨大な木の根が突き出し、行く手を阻む。

「邪魔だぁッ!」

虎杖は「逕庭拳」で根を粉砕するが、再生速度が異常に速い。

 

「私の番だ」

クレアが宙に舞い、暗黒次元の魔法陣を描く。

紫色の稲妻が走り、銃の悪魔の人形を両断しようとする。

しかし、マキマがただ一言、

「『伏せ』」

と命じると、クレアの身体に目に見えない重力がのしかかり、魔法陣が霧散して地面に叩きつけられた。

 

「なっ……魔法そのものを『服従』させた!?」

クレアが地べたで呻く。

 

「あなたたちは、私よりも格下」

マキマは静かに歩み寄る。その足取りは、散歩でもするかのように軽やかだ。

「理解できない? 私が『下』だと認識した存在は、私の所有物になるんだ」

 

彼女の視線が、アメリカ・チャベスに向けられた。

「その星型の目……素敵。チェンソーマンの心臓の次に、あなたが欲しくなった」

 

「ひっ……」

アメリカが後ずさる。マキマの黄金の瞳に見つめられた瞬間、自分の意志が溶かされ、鎖で繋がれるような感覚に襲われたのだ。

(逃げなきゃ……でも、体が動かない……)

 

「アメリカ!」

ストレンジが割って入ろうとするが、漏瑚の極ノ番『隕』――巨大な炎の隕石が頭上から降り注ぐ。

「チッ、数が多い!」

 

絶体絶命の戦場。

だが、イレギュラーが一つだけあった。

 

虎杖悠仁の頬に、再び「口」が裂けた。

 

『……不愉快だ』

 

低い、地を這うような声。

虎杖の身体の主導権が、一瞬にして入れ替わる。

顔に紋様が浮かび上がり、両面宿儺が表出した。

 

「おい、小僧の体を借りるぞ」

宿儺は、襲いかかってきた花御の木の根を、見るまでもなく『解』で細切れにした。

そして、彼はマキマを睨みつけた。

 

「女。俺を『格下』と見たか?」

 

マキマが足を止め、宿儺を見返した。

「両面宿儺。……うん、今のあなたは指16本分。完全体ではない」

「だから『支配』できると?」

 

宿儺が嗤った。

次の瞬間、宿儺の姿が消えた。

マキマの目の前に現れ、至近距離から斬撃を放つ。

 

ザシュッ!!

 

マキマの首が飛び、胴体が袈裟斬りにされた。

鮮血が噴水のように舞う。

 

「終わったか?」

ブレイドが問う。

 

だが、宿儺はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「……チッ」

 

切断されたマキマの身体から、シューッという音が立ち昇る。

傷口が糸を引くように繋がり、飛び散った血さえも逆再生のように戻っていく。

そして、彼女は無傷で立ち上がった。

 

「日本の首相との契約」

ストレンジが第三の目でその因果律を見抜いた。

「彼女への攻撃は、すべて日本国民への『事故』や『病気』に変換される。……彼女を殺すには、一億回殺し続けるしかない」

 

「なんてふざけた契約だ」

ブレイドが唾を吐く。「俺たちに一般人を虐殺しろってのか?」

 

「それもいいが」

宿儺は残忍な笑みを浮かべた。

「俺は構わんぞ? 鏖にする手間が省ける」

 

「ダメだ!」

虎杖の意識が抵抗し、宿儺の顔を半分押し戻す。

「そんなことさせねーよ!」

 

「騒がしい人たち」

マキマは服の汚れを払い、冷徹な目を向けた。

「お遊びは終わり。……『地獄の悪魔』、彼らを闇へ送って」

 

空に浮かぶ巨大な扉が開き、6本の指を持つ巨大な手が、ストレンジたちを掴もうと降りてきた。

 

 

 

 

その時。

地獄の空気が凍りついた。

 

空にある無数のドアが、一斉にガタガタと震え出したのだ。

草花が枯れ、マキマが従えていた呪霊たちさえもが、本能的な恐怖に震え上がった。

 

「カエル」の鳴き声がした。

 

ゲコ、ゲコ、ゲコ……。

 

空の向こうから、闇そのものが降りてくる。

マキマの表情が、初めて強張った。

「……タイミングが悪いな」

 

「何だ? 何が来るんだ?」

アメリカが空を見上げる。

そこには、宇宙飛行士の死体が合掌して並ぶ、冒涜的な「道」が出来ていた。

 

『闇の悪魔』

 

根源的恐怖。

銃の悪魔やマキマでさえも警戒する、超越者。

ストレンジの第三の目が、直視した瞬間に血を流して閉じた。

「見るな! アメリカ! 意識を持ってかれるぞ!」

 

闇の悪魔が、ただ「存在」するだけで、ブレイドの両腕がねじ切れ、伏黒の式神が消滅した。

「ぐあぁぁぁっ!!」

ブレイドが膝をつく。

 

「ここで全滅するわけにはいかない!」

ストレンジがアガモットの目を開き、時間を数秒だけ巻き戻してブレイドの腕を修復する。

「マキマと戦っている場合じゃない! この次元そのものが我々を消化しようとしている!」

 

「逃げるのよ、アメリカ!」

クレアが叫ぶ。「ポータルを開けて! どこでもいい!」

 

「でも、恐怖で……集中できない!」

アメリカが頭を抱える。闇の悪魔の瘴気が、彼女のトラウマを掘り起こしているのだ。

 

その時、ブレイドが立ち上がり、アメリカの肩を乱暴に掴んだ。

「おい、お嬢ちゃん。ビビってんじゃねえ」

彼はサングラスを外し、真紅の瞳で彼女を見据えた。

「恐怖ってのはな、乗り越えるもんじゃねえ。飼い慣らすもんだ。……俺たちはヴァンパイアでも悪魔でもねえ。ただのしぶとい人間だろ!」

 

アメリカの瞳に、僅かに光が戻る。

「……うん!」

 

「行かせない」

マキマが手を伸ばす。

 

ストレンジが印を結んだ。

「悪いが、君の相手はこの『闇』にお願いしよう」

「ミラー・ディメンション!」

 

ストレンジはマキマと闇の悪魔の間に、鏡の壁を作り出した。

闇の悪魔の攻撃が、マキマに向かって反射される。

「ッ……!」

マキマが防御に回る一瞬の隙。

 

「今だァァァァッ!!」

アメリカが拳を突き出した。

 

キィィィィン!!

 

星型のポータルが開く。

その向こうに見えるのは、荒廃した都市の風景――渋谷。

 

「飛べ!」

ストレンジが全員を魔法の鞭で捕まえ、ポータルへと放り投げる。

最後に彼自身が飛び込む直前、マキマと目が合った。

 

彼女は、闇の悪魔に体を八つ裂きにされながらも、ストレンジに向かって微笑み、口パクでこう言った。

 

『また会いましょう』

 

ポータルが閉じる。

 

 

 

 

ドサッ、ドサッ、ドサッ。

 

アスファルトの上に、六人の戦士が折り重なるように落下した。

空気の味が違う。血と埃、そして呪いの匂い。

日本、東京。渋谷駅前。

 

「戻って……これたのか?」

虎杖が身を起こす。

周囲を見渡すと、そこは以前(ワンダ戦)よりもさらに荒廃していた。

死滅回游の影響で、街はゴーストタウン化している。

 

「いや、戻ったというよりは……」

伏黒が空を指差した。

 

渋谷の上空には、巨大な「ムカデ」のような呪霊が回遊しており、ビルの屋上には、袈裟を着た男――羂索が、まるで彼らの帰還を待っていたかのように立っていた。

 

「おかえり。地獄旅行はどうだったかな?」

羂索は、獄門疆を手に持ち、楽しげに笑った。

 

「五条悟は封印したままだし、マキマ君もいい仕事をしてくれた。……さて、アース-666の魔術師殿」

 

羂索の背後から、巨大な影が立ち上がる。

それは、ワンダが残した「カオス・マジックの残滓」と、日本の「天元」が同化を始めた、醜悪な胎児のようなエネルギー体だった。

 

「君たちの宇宙と、私の宇宙。……完全に一つに溶け合うまで、あと数時間だ」

 

ストレンジは立ち上がり、マントの埃を払った。

満身創痍。魔力も枯渇寸前。

だが、その目は死んでいなかった。

 

「上等だ」

ストレンジは、隣に立つ虎杖、伏黒、アメリカ、クレア、ブレイドを見回した。

「地獄帰りの土産話を聞かせてやる。……総員、戦闘開始だ」

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