ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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17話 縛り

渋谷上空に浮かぶ、巨大な「胎児」のようなエネルギー体。

それは、ワンダ・マキシモフが残した「カオス・マジック」の莫大な残滓と、羂索が管理下に置いていた天元の結界の一部が、強制的に融合させられた醜悪な姿だった。

赤黒い霧が血管のように拍動し、渋谷の街へ根を張っている。

 

「……気持ち悪ぃな。あれが俺たちの世界と、おっさん達の世界を混ぜてる元凶か?」

虎杖悠仁は、瓦礫の山に立ち、嫌悪感を露わにして空を睨んだ。

 

「そう推測できる」

スティーヴン・ストレンジが、破れたマントを翻して隣に立つ。第三の目が額で鈍く光り、上空のエネルギー体を解析していた。

「あれは『呪胎』の一種だが、構造が多次元的だ。……羂索と言ったか。奴は、この世界の呪力循環システムに、異界の魔力を燃料として注ぎ込んでいる」

 

ビルの屋上に立つ羂索が、手の中の獄門疆を弄びながら、拡声器のように声を響かせた。

「正解だよ、魔術師殿。ワンダ・マキシモフは良い置き土産をしてくれた。混沌魔法の『現実改変能力』があれば、天元との同化も、そして次元の壁を溶かすことも容易い」

 

羂索の背後から、特級呪霊たちがゆらりと姿を現す。

だが、それらは通常の呪霊ではない。額や胸に、異界のルーン文字が刻まれ、紫色のオーラを纏ったハイブリッドだ。

 

「本来なら死滅回游を進めて慣らす予定だったが……予定変更だ。この『特級過呪怨霊』が孵化した瞬間、君たちのアース-666と我々の世界は物理的に衝突し、対消滅する」

 

「対消滅……!」

アメリカ・チャベスが息を呑む。「インカージョンの最終段階!」

 

「止めるぞ」

伏黒恵が刀を抜き、式神の影を作る。「話を聞いて止まる相手じゃない。やるしかない」

「ああ!」虎杖が構える。

 

ブレイドが日本刀の切っ先を羂索に向けた。

「俺には難しい理屈はわからねえが……あのニヤついた野郎を斬ればいいんだろ?」

「単純明快で助かるよ、ヴァンパイア・ハンター」ストレンジが魔法円を展開する。「総員、突撃だ!」

 

ドガァァァァァン!!

 

開戦の合図と同時に、強化された特級呪霊たちが襲いかかった。

通常の呪術や物理攻撃に加え、ワンダ由来のエネルギー波を放ってくる厄介な相手だ。

 

「邪魔だ!」

ブレイドが疾走し、呪霊の腕を切り落とす。だが、傷口から紫の霧が噴出し、瞬時に再生してしまう。

「チッ、吸血鬼よりしぶといぞ!」

 

「再生能力が高い……呪力と魔力が循環しているんだ!」

クレアが暗黒次元の雷撃を放つが、決定打にならない。

 

ストレンジは、羂索本体を目指して飛翔したが、無数の呪霊の壁に阻まれていた。

(マズいな。こちらの魔力は枯渇寸前、相手は無限の呪力を供給されている……)

通常の魔術戦ではジリ貧だ。彼は、この世界(JJK)に来てから見聞きした「理」を思い出す。

呪術師たちが使う、リスクとリターンを等価交換する契約。

 

「……郷に入っては郷に従え、か」

 

ストレンジは空中で静止し、印を結び直した。

彼の身体から、黄金の光ではなく、青白い冷徹なオーラが立ち昇る。

 

「クレア、アメリカ! 数秒間、私を守れ!」

「何をする気!?」

「『縛り』を結ぶ!」

 

ストレンジは自身の魔力回路に意識を集中させた。

《我、スティーヴン・ストレンジは誓約する。この戦いの後、72時間、一切の魔術行使を禁ずる。その代償として――》

 

「――今この瞬間、全魔力を限界突破(オーバーロード)させる!!」

 

カッ!!!!

 

ストレンジの全身が発光した。

未来の魔力の前借り。呪術的な「縛り」の概念を、西洋魔術に組み込んだ禁断の秘術。

 

「うおおおおおッ!」

ストレンジが両手を突き出す。

「ヴィシャンティの聖剣・極!!」

 

空を覆うほどの巨大な光の剣が出現し、羂索を守っていた呪霊の壁を一撃で消し飛ばした。

 

「ほう?」

羂索が初めて驚きの表情を見せた。「即興で『縛り』を使いこなすか。さすがは至高の魔術師」

 

「道が開いた!」

伏黒が叫ぶ。「虎杖! アメリカ!」

 

「おう!」

「うん!」

 

虎杖悠仁とアメリカ・チャベス。

異なる世界で戦う二人の若者が、光の剣が開いた道を並走する。

 

「アメリカちゃん、あの胎児の『核』が見えるか!?」

虎杖が走りながら問う。

「見える! 真ん中に、すごく歪んだ裂け目がある! あそこが二つの世界を繋いでる!」

 

「なら、そこをぶっ壊せばいいんだな!」

「でも、硬い結界があるわ!」

「俺がこじ開ける! その隙間にお前のパンチを叩き込め!」

 

二人の前に、羂索が放った特級呪霊・疱瘡婆の強化版が立ち塞がる。

領域を展開しようとする呪霊。

 

「させねえよ!」

虎杖が足元の瓦礫を蹴り、空中に跳躍した。

五条悟がいなくても、宿儺の力がなくても、彼は何度も死線を潜り抜けてきた呪術師だ。

 

極限の集中。

唾液の味、心臓の鼓動、温度、すべてが消え失せ、打撃のインパクトの瞬間だけが無限に引き伸ばされる。

 

「黒閃ッ!!!」

 

空間が歪むほどの黒い稲妻。

虎杖の拳が、呪霊の展開しかけた領域ごと、その顔面を粉砕した。

結界に、ほんのわずかな亀裂が入る。

 

「今だ、アメリカ!」

ブレイドが援護射撃を行い、周囲の雑魚を散らす。

 

アメリカ・チャベスが飛んだ。

彼女は、恐怖を乗り越えた。地獄で、マルチバースで、多くの戦いを経て、自分の力を信じられるようになった。

右拳に、眩い星型のエネルギーが集束する。

彼女の拳が、虎杖のこじ開けた亀裂に突き刺さる。

 

パリーン!!!!

 

ガラスが割れるような音が、渋谷中に響き渡った。

アメリカの拳が次元の裂け目を貫き、胎動していた「天元」の核――世界を接着していたカオス・マジックのコアを粉砕したのだ。

 

「なっ……!?」

羂索が目を見開く。「同化の核を破壊しただと!?」

 

ズズズズズズ……!

 

巨大な胎児が悲鳴を上げ、形を保てずに崩壊を始めた。

同時に、空の色が「渋谷の曇天」と「ニューヨークの青空」に激しく明滅し、分離しようとする斥力が発生する。

 

「成功だ!」

ストレンジが叫ぶ。だが、その顔色は蒼白だ。「縛り」の反動が来ている。

「世界が離れるぞ! アース-666の者は私のそばへ! 早く!」

 

強烈な風が吹き荒れる。

アメリカとクレアがストレンジのもとへ飛ぶ。

逃げ遅れていたブレイドも、伏黒の式神に放り投げられて合流した。

 

「虎杖! 伏黒!」

アメリカが叫ぶ。「あなたたちも一緒に!」

 

虎杖は、強風に煽られながら首を振った。

「いや、俺たちは行けねえ。……ここに残って、あいつ(羂索)を止めなきゃなんねえんだ」

 

伏黒も頷く。彼らの戦いは、死滅回游は、まだ終わっていない。

「そっちはそっちで、元気でやれよ」

 

「……君たち」

ストレンジは、消えゆく意識の中で、二人の少年の顔を目に焼き付けた。

魔法も超能力もない、呪いという負の感情を力に変えて戦う、泥臭くも勇敢な戦士たち。

 

「死ぬなよ」

ブレイドが短く言った。

 

「おう! そっちもな!」

虎杖がサムズアップをする。

 

光が溢れた。

二つの世界を無理やり繋ぎ止めていた鎖が断ち切られ、弾けるように次元が乖離していく。

 

渋谷の瓦礫の山。

残されたのは、虎杖と伏黒。

そして、計画を阻害され、不愉快そうに空を見上げる羂索。

 

「……やれやれ。異界の客人は帰ったか」

羂索は獄門疆を懐にしまった。

「まあいい。天元との同化の予行演習にはなったよ。……さあ、死滅回游を続けようか」

 

虎杖は拳を握りしめ、羂索を睨みつけた。

彼の戦いは続く。だが、異界の友人たちと共闘した記憶は、確かな「呪い」ではない「希望」として、彼の中に残った。

 

 

 

アース-666、ニューヨーク。サンクタム・サンクトラム。

転送の光が収まると、ストレンジたちはいつものホールの床に転がっていた。

 

「……戻った、のか?」

ブレイドが刀を納め、周囲を見渡す。

窓の外は、見慣れたニューヨークの街並み。空に巨大な胎児も、呪霊の群れもいない。

 

「ああ。どうやらな」

ストレンジはよろよろと立ち上がろうとしたが、膝から崩れ落ちた。

「先生!」アメリカが駆け寄る。

「大丈夫だ……ただの魔力切れだ。『縛り』の代償で、しばらくは手品もできないただの医者に戻るよ」

 

クレアが窓の外を見て、小さく息を吐いた。

「次元の裂け目は塞がったわ。でも……」

 

彼女の視線の先。

マンハッタンの一角にあるビルの壁面に、巨大な「斬撃の跡」が残されていた。

それは物理的な修復工事では直せない、空間そのものに刻まれた傷跡。

両面宿儺とチェンソーの悪魔が暴れた爪痕だ。

 

「傷は残った。だが、我々は生き残った」

ストレンジは、アメリカを見上げた。

「君のおかげだ、アメリカ。君が最後にあの裂け目を砕かなければ、今頃我々は天元の一部だった」

 

アメリカは、自分の拳を見つめ、照れくさそうに笑った。

「私一人じゃないよ。……虎杖くんたちが道を切り開いてくれたから」

 

ストレンジは、懐から壊れたアガモットの目を取り出し、机に置いた。

今回の事件で、彼は多くのことを学んだ。

マルチバースには、魔術だけでは説明のつかない「呪い」や「悪魔」の理が存在すること。

そして、それらに対抗するには、力だけでなく、時にはリスクを背負う覚悟(縛り)が必要だということ。

 

「……さて」

ブレイドが背を向け、出口へと歩き出した。

「俺は行くぜ。吸血鬼狩りの仕事が溜まってんだ」

「ありがとう、ブレイド」

「フン。二度と呼ばんでくれ」

 

静寂が戻ったサンクタム。

しかし、彼らは知っている。

マルチバースの扉は一度開かれた。

日本の呪術師たち、地獄の悪魔たち、そしてまだ見ぬ異界の強者たち。

彼らとの縁(あるいは因縁)は、次元を超えて絡み合い続けるだろう。

 

ストレンジの額の「第三の目」が、カッと見開かれた。

それはもう、呪いの象徴ではなく、多元宇宙を見守るための新たな力として、静かに輝いていた。

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