ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
ニューヨーク、オズコープ社の地下深層ラボ。
緑色の怪しい光が明滅する中、一人の男が震える手でフラスコを握りしめていた。
ノーマン・オズボーン。
かつてグリーン・ゴブリンとしてスパイダーマンを苦しめた男だが、今の彼は何かに怯え、同時に恍惚としていた。
「素晴らしい……。これこそが、血清の不完全さを埋める『最後のピース』だ」
彼の目の前にあるのは、緑色のゴブリン血清ではない。
羂索(モルド)が暗黒次元へ去る前に、闇ルートでばら撒いた「特級呪物の粉末」が混入された、どす黒い液体だ。
「聞こえるぞ……力が……囁いている……」
ノーマンは躊躇なく、その黒い液体を自身の首に注射した。
ドクンッ!!
血管が黒く浮き上がり、彼の肉体が痙攣する。
「ギ……ギャアアアアッ!!」
絶叫。だが、それはすぐに狂気じみた高笑いへと変わった。
背中から、ゴブリン・グライダーの翼のような形状をした「骨と肉の突起」が生え出す。
皮膚は硬質化し、呪霊のような紫色の紋様が顔面を覆う。
科学の産物であるゴブリンが、呪いの受肉体へと進化した瞬間だった。
「ハハハハ! 科学も魔法も古い! これからは『呪い』の時代だ!」
ラボの影から、他のヴィランたちも姿を現す。
背中に機械アームではなく、ムカデのような「呪霊のアーム」を生やしたドクター・オクトパス。
全身が電気ではなく、「黒閃」のような黒い稲妻を纏ったエレクトロ。
羂索の実験は、ヴィランたちのアップグレードという最悪の形で結実していた。
サンクタム・サンクトラム。
スティーヴン・ストレンジは、武器庫の前に立っていた。
魔力回復まで、あと45時間。
彼は、浮遊マントを羽織り、その手には「呪具化した斧(破損)」の代わりに、別の遺物を握っていた。
「……これを使うことになるとはな」
『ヴォルトの魔法の杖』
魔力を増幅する杖だが、今は微量に残った魔力を放出するだけの打撃武器として使うしかない。
さらに腰には、魔法で編まれた捕縛用のロープと、対悪魔用の聖水を装備した。
「まるでバットマンのコスプレだ」
ストレンジは自嘲気味に呟く。
「行くぞ、ウォン。街が悲鳴を上げている」
ウォンは苦い顔で頷いた。
「気をつけてくれ。結界の反応を見る限り、敵はただのヴィランじゃない。『術師』の領域に足を踏み入れている」
夜のタイムズスクエア。
突如として、街中の電力が遮断された。
真っ暗闇の中、ビルの屋上から不気味な「黒い雷」が降り注ぐ。
バリバリバリッ!!
「ヒャッハー! この痛み! この怒り! 最高だぜぇ!」
カースド・エレクトロが、送電線を伝って暴れ回る。
彼の放つ電撃は、触れた建物を物理的に破壊するだけでなく、中にいる人々の神経系を焼き切り、強制的に「恐怖」を抽出していた。
「やめろ、マックス!」
赤い影がスイングしてくる。スパイダーマンだ。
彼はウェブを放つが、黒い雷に触れた瞬間、糸が腐るように消滅した。
「糸が腐った!? なんだよそれ!」
「ただの電気じゃねえ! 『呪いの雷』だ!」
エレクトロが掌を向ける。
「黒閃・放電!!」
ドォォォン!!
スパイダーマンは直撃を避けたが、余波で吹き飛ばされ、看板に激突した。
「ぐっ……! いつもより出力がデカいし、なんか『重い』!」
そこへ、巨大な影が降ってくる。
「ピーター・パーカー……」
呪霊化したアームを蠢かせる、ドクター・オクトパス。
その背中のアームは、機械ではなく、ぬらぬらとした生体兵器のように脈打っている。
「ドック・オクまで!? その背中、どうしたの!?」
「静かにしたまえ。……私の『新しい腕』が、君の脳髄を欲しがっている」
オクタビアスのアームが伸びる。その先端には、鋭利な牙を持つ口がついていた。
スパイダーマン絶体絶命。
ヒュンッ!
銀色の光が、オクタビアスのアームを弾いた。
ストレンジだ。
彼はビルの谷間をマントで滑空し、ヴォルトの杖でアームを殴打した。
「ドクター!」
「無駄口を叩くな、ピーター。状況は最悪だ」
ストレンジは杖を構え、二人の強化ヴィランと対峙する。
「彼らは『受肉』している。半分人間で、半分呪霊だ。通常の物理攻撃は効きにくいぞ」
「じゃあどうすりゃいいんですか!?」
「『魂』を叩くイメージで殴れ。……あるいは、呪力を中和する聖水でもぶっかけるかだな」
ストレンジは腰の聖水ボトルをオクタビアスに投げつけた。
「ギャアアッ!」
アームが煙を上げてのたうち回る。
「効いた! エクソシスト映画みたい!」
戦況が拮抗し始めたその時。
夜空を切り裂く、あの甲高い笑い声が響いた。
「キキキキキ……! 楽しそうだなぁ、虫ケラども!」
上空から、グライダーに乗ったグリーン・ゴブリンが急降下してくる。
だが、その姿は異様だった。
カボチャ爆弾の代わりに、彼が投げつけてきたのは、不気味な口がついた「呪胎爆弾」だ。
「避けろ!」
ストレンジがスパイダーマンを突き飛ばす。
グチャァッ!
爆弾が地面で破裂すると、爆風の代わりに、大量の「呪いの虫」が飛び散った。
「うわぁっ! 気持ち悪ッ!」
スパイダーマンが虫を払い落とすが、噛まれた箇所から痺れが広がる。
「素晴らしいだろう、スパイダーマン!」
ゴブリンが空中で旋回する。
「科学の力と、異界の呪術! 私はついに『完璧』になった!」
ゴブリンは両手を広げた。
その背後から、無数の低級呪霊が召喚され、ニューヨークの空を埋め尽くしていく。
「ドクター、これ……マズくないですか?」
「ああ。……まるで『百鬼夜行』だ」
ストレンジは冷や汗を拭った。魔力があれば一掃できるが、今の彼には手がない。
ゴブリンが、ストレンジを見下ろして嗤った。
「おやおや、魔術師殿。自慢の魔法はどうした? ……その無様な姿、羂索の言った通りだ」
「羂索だと?」
ストレンジの目が鋭くなる。「奴と繋がっているのか」
「彼は素晴らしい『知恵』をくれたよ。……そして、もう一つプレゼントがある」
ゴブリンが懐から、黒い立方体を取り出した。
それは羂索が持っていた『獄門疆』……ではなく、それを模倣して作られた、カマル・タージの結界石を反転させたアーティファクト。
「さあ、始めようか。ニューヨーク全土を舞台にした、新しいゲームを!」
ゴブリンが立方体を起動させた。
ズズズズズズ……!!
マンハッタン島の周囲、イーストリバーとハドソン川の水面から、巨大な「黒い壁」が立ち昇った。
それは物理的な壁ではない。
呪術的な結界――『帳』だ。
「閉じ込められた……!」
スパイダーマンがウェブを撃つが、黒い壁に吸い込まれて消えた。
上空に、無数のコガネが出現する。
そして、あの無機質なアナウンスが、ニューヨーカー全員の脳内に直接響いた。
『ピンポンパンポーン!』
【緊急告知:死滅回游・ニューヨークコロニー開設】
・マンハッタン島を隔離エリアと認定します。
・エリア内の非術師(一般人)は、1回につき1点の価値があります。
・術師(ヒーロー・ヴィラン)は、1回につき5点の価値があります。
・100点を獲得した者は、この結界から脱出する権利、または「任意のルール追加」の権利を得ます。
「なんてことだ……」
ストレンジが絶句する。
羂索は、暗黒次元での実験を終え、ついに本番を開始したのだ。
一般人を巻き込んだ、最悪のバトルロイヤルを。
「オズボーン! 貴様、自分が何をしているか分かっているのか!」
スパイダーマンが叫ぶ。
「分かっているさ!」
ゴブリンは狂喜乱舞した。
「弱者が強者の養分になる。これこそが自然の摂理! ……さあ、狩りの時間だ!」
ゴブリン、ドック・オク、エレクトロが散開する。
彼らは一般人を襲い、点数を稼ぎ始めた。
街中から悲鳴が上がる。
「ピーター、行くぞ」
ストレンジは、ヴォルトの杖を握り直した。
「ヒーローごっこは終わりだ。……これは戦争だ」
「はい、ドクター。僕の街で、好き勝手はさせない」
魔力を失った魔術師と、親愛なる隣人。
閉鎖されたニューヨークで、絶望的な夜が始まった。
しかし、彼らはまだ知らない。
この結界の中に、羂索が招き入れた「最悪のジョーカー」が、もう一人紛れ込んでいることを。
路地裏の影。
瓦礫の山から、一人の男が立ち上がった。
黒いスーツ。額には縫い目のような傷。
……いや、違う。
その男は、全身に黒いタトゥーのような紋様を浮かべ、両手に「十種影法術」の印を結んでいた。
アース-JJKから転送された、伏黒恵(宿儺受肉体)。
あるいは、羂索が用意した別の刺客か。