ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
マンハッタン、路地裏の影。
瓦礫の山から立ち上がった男――伏黒恵の肉体を得た両面宿儺は、気だるげに首を鳴らした。
「……なるほど。羂索め、面白い余興を用意したな」
彼は、夜空に浮かぶコガネが投影した「死滅回游」のルールを見上げ、口元を愉悦に歪めた。
次元の裂け目が不安定になったことで、最も呪力の強い魂が引力に引かれて転移したのか、あるいは羂索が意図的に「招待状」を送ったのか。
「まあいい。暇つぶしにはなる」
宿儺は一歩踏み出した。
その瞬間、路地裏に潜んでいた数体の低級呪霊が、彼の発する圧倒的な覇気に触れ、恐怖で消滅した。
「まずは……手頃な『羽虫』から掃除するか」
タイムズスクエア。
戦況は一方的だった。
「うわあああっ!!」
スパイダーマンが、ウェブで瓦礫を盾にしながら吹き飛ぶ。
カースド・エレクトロの放つ「黒い雷」は、絶縁体であるはずのクモの糸すら伝導し、ピーターの神経を焼き焦がしていた。
「無駄だ、スパイダーマン!」
エレクトロが空中浮遊しながら嗤う。
「俺の電気は『痛み』だ! 絶縁スーツなんて意味ねえんだよ!」
「マックス、君の理論は物理学の教科書には載ってないぞ!」
ピーターが着地するが、そこへドクター・オクトパスの呪霊アームが殺到する。
鋭利な牙を持つアームが、ピーターの脇腹を食いちぎろうとする。
ガキンッ!!
「ドクター!」
間一髪、スティーヴン・ストレンジが『ヴォルトの杖』でアームを受け止めていた。
だが、杖から放出される魔力は微々たるものだ。ストレンジの腕が軋む。
「ぐぅ……! 力が違いすぎる……!」
ストレンジが歯を食いしばる。
「ピーター、避けろ! こいつらの狙いは捕食だ!」
「捕食? 僕を食べる気!?」
「呪霊化したことで、生物としての本能が暴走しているんだ!」
ドック・オクのアームがさらに力を込める。
「魔術師の脳みそ……美味そうだ……!」
ストレンジが押し潰されそうになった、その時。
「『鵺』」
静かな声が、戦場の喧騒を切り裂いた。
バチチチチチッ!!
夜空から、ビルほどの大きさがある巨大な「怪鳥」が降下した。
鵺の纏う電撃は、エレクトロのそれとは質が違う。より神聖で、より破壊的な純粋な呪力。
鵺の一撃がドック・オクのアームを粉砕し、エレクトロを地面に叩き落とした。
「な、なんだアイツ!?」
スパイダーマンが空を見上げる。
ビルの屋上の看板に、ポケットに手を突っ込んだ男が立っていた。
黒髪。伏黒恵の姿。
だが、その顔には幾何学的な刺青が走り、瞳は冷酷な光を宿している。
「伏黒……くん?」
スパイダーマンが目を細める。「いや、雰囲気が違う。前に会った時より、なんか……怖い」
ストレンジの「第三の目」がカッと見開かれた(魔力はなくとも、知覚機能だけは生きている)。
「違う、ピーター! 近づくな! あれは伏黒恵じゃない!」
ストレンジは冷や汗を流した。
かつて渋谷(アース-JJK)で虎杖悠仁の中に見た、あの禍々しい魂。
それが今、伏黒恵の肉体を完全に乗っ取っている。
「『呪いの王』……両面宿儺だ!」
「……ハッ」
宿儺は、眼下のヴィランたちを見下ろして鼻で笑った。
「なんだその粗末な呪いの使い方は。見ていて反吐が出る」
「誰だテメェ!」
エレクトロが激昂し、最大出力の黒雷を宿儺に向けて放つ。
「俺様は神だ! 邪魔するなら消し炭にしてやる!」
宿儺は動こうともしなかった。
雷撃が彼に直撃する寸前、彼はただ手をかざした。
「『解』」
ヒュン。
雷そのものが「切断」された。
物理現象としての電気が、不可視の斬撃によって霧散する。
それだけではない。
エレクトロの両腕が、肩から先ごときれいに滑り落ちた。
「え……?」
エレクトロが自分の腕を見る。痛みを感じるよりも先に、血が噴き出す。
「ギャアアアアアッ!!」
「弱すぎて話にならん」
宿儺は視線をドック・オクに移した。
「そこのタコ。貴様のアーム、呪霊との融合素材としては悪くないが……美しさが足りん」
ドック・オクが恐怖に駆られ、四本のアーム全てで宿儺に襲いかかる。
「黙れ! 私の研究を愚弄するな!」
宿儺は、襲い来るアームの上を軽やかに駆け抜けた。
まるで散歩でもするかのように、アームを足場にして本体へと接近する。
「『捌』」
宿儺がドック・オクの顔面に掌を当てた。
無数の細かい斬撃が、一瞬にしてオクタビアスの背中の機械アームを「解体」した。
呪霊部分だけを切り刻み、オクタビアス本人は無傷で地面に転がす。
神業。
ストレンジたちが苦戦していた強化ヴィランを、わずか数秒で無力化した。
「すっげぇ……」
スパイダーマンが呆然とする。「味方……なの?」
「違う!」
ストレンジが叫ぶ。「逃げろピーター! 奴はヴィランよりも質が悪い『災害』だ!」
「素晴らしい!!」
高笑いと共に、グリーン・ゴブリンがグライダーで宿儺の前に降り立った。
「君、何者だね? その力……私の血清よりも純度が高い!」
ゴブリンは、宿儺に向けて手を差し出した。
「どうだ、私と手を組まないか? このニューヨークを支配し、弱者どもを蹂躙しよう! 君なら私の最高傑作になれる!」
宿儺は、差し出された手を見つめ、そしてゴブリンの顔を見た。
まるで、言葉を喋るゴキブリを見るような目だった。
「……誰に口を聞いている」
ズンッ!!
宿儺の覇気が膨れ上がった。
ゴブリンの乗るグライダーが、重力に押し潰されたように地面に墜落する。
「ぐっ……!?」
「群れるのは嫌いだと言ったはずだ」
宿儺はゴブリンの前に降り立つと、彼の胸ぐらを掴み上げた。
「それに、貴様からは羂索の臭いがする。……あの男の使いっ走りか?」
「は、離せ! 私には『100点』の価値があるんだぞ!」
ゴブリンが暴れ、隠し持っていた呪胎爆弾を起爆しようとする。
「小賢しい」
宿儺が指を振るう。
ゴブリンの手首が切断され、爆弾が転がり落ちる。
「ドクター! 爆発する!」
スパイダーマンがウェブを撃ち、爆弾を空中でキャッチして上空へ投げた。
ドォォォン!!
遥か上空で呪いの花火が炸裂する。
宿儺は、スパイダーマンの動きを目で追った。
「ほう。……あの赤と青の虫、動きだけは悪くない」
彼はゴブリンをゴミのように投げ捨てると、興味の対象をスパイダーマンとストレンジに移した。
「魔術師。貴様、魔力が枯渇しているな」
宿儺がニヤリと笑う。
「その状態で俺と踊れるか?」
ストレンジは杖を構え、冷や汗を拭った。
「踊るつもりはない。……だが、君がこの街を壊すというなら、相手をするしかない」
「いい度胸だ」
宿儺が印を結ぼうとした、その時。
ニューヨークの空――『帳』の外側から、凄まじい衝撃音が響いた。
ガガガガガガガッ!!
結界の天井部分に、巨大なドリル……いや、回転する「盾」が突き刺さっていた。
そして、赤と金の流星が、結界を無理やりこじ開けようとビームを照射している。
『こちらアイアンハート! ニューヨーク、応答せよ!』
外部スピーカーからの声が、結界内に漏れ聞こえる。
『変な黒いドームに閉じ込められてる? 安心して、今こじ開けるから!』
さらに、別の声。
アベンジャーズ(サム・ウィルソン版キャプテン・アメリカ、アイアンハートなど)が、外側から結界突破を試みていたのだ。
「救援か!」
スパイダーマンが明るい声を上げる。
だが、宿儺は空を見上げて、つまらなそうに舌打ちをした。
「……チッ。次から次へと、騒がしいハエどもが集まりおって」
宿儺は右手を空に向けた。
「全員まとめて、膾にしてやる」
「『解』」
彼が放ったのは、目に見えない巨大な斬撃。
それは結界内の空気を切り裂き、天井を突き破ろうとしていたアベンジャーズの方へ飛んでいく。
「やめろッ!!」
ストレンジが絶叫する。
その斬撃がアベンジャーズに届く直前。
空間が歪み、一人の少女が飛び出してきた。
星型のポータルと共に。
「させないよ!」
アメリカ・チャベス。
彼女はポータルを開き、宿儺の斬撃を「別の場所」へと転送した。
ズバァァァン!!
転送された斬撃は、無人のハドソン川の水面を真っ二つに割り、巨大な水柱を上げた。
「……ほう?」
宿儺が目を細めた。
「空間使いの小娘か。……面白くなってきたな」
役者は揃った。