ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
アメリカ・チャベスが開いた星型のポータルが、宿儺の放った『解』をハドソン川へ逸らした直後。
マンハッタンを覆う黒い結界『帳』の天井部分に、亀裂が走った。
パリーン!!
結界のガラス片が降り注ぐ中、空から数条の噴煙(コントレイル)が舞い降りてきた。
「状況はどうなってる、ストレンジ!」
空中で翼を広げ、滑空しながら降りてきたのは、星条旗カラーのスーツを纏った男。
キャプテン・アメリカ(サム・ウィルソン)。
その背後には、重厚なウォーマシーン・アーマーを装着したローディと、新型のナノ・アーマー「アイアンハート」を駆る少女、リリ・ウィリアムズが続く。
「サム! ローディ! 無事か!」
ストレンジが声を張り上げる。
「見ての通りだ! 呪われたヴィランどもと、規格外の怪物が一匹!」
サムは空中でヴィブラニウムの盾をキャッチし、瓦礫の上に立つ刺青の男――両面宿儺を見据えた。
「あいつが元凶か? 随分と軽装だな」
「気をつけろ、キャップ!」
スパイダーマンがウェブでビルの壁面に張り付きながら叫ぶ。
「あいつの攻撃は見えない! 近づいたら切り刻まれるぞ!」
「見えない斬撃?」
サムが眉をひそめる。「ナノテクのワイヤーか何かか?」
「……ハッ」
宿儺は、降り立ったアベンジャーズを見回し、退屈そうに欠伸をした。
「鉄屑に、羽根付き。……この世界の「ヒーロー」とやらは、道具に頼らねば戦えんのか」
宿儺が指を弾く。
サムに向かって、不可視の斬撃が飛ぶ。
「サム、回避!」
ストレンジの警告よりも速く、サムは長年のセンスで盾を構えた。
ガギィィィン!!
凄まじい衝撃音。サムの体が後方へ吹き飛ばされ、アスファルトを削りながらどうにか踏みとどまる。
「ぐぅ……ッ! 重い!」
サムは盾を見た。
絶対的な強度を誇るヴィブラニウムの表面に、浅い「傷」が入っている。
「ヴィブラニウムを傷つけた!?」
ローディが驚愕する。「物理攻撃じゃない、分子結合を直接切断しようとしてるのか!」
「ほう」
宿儺が目を細めた。
「その円盤……面白い強度だ。俺の斬撃を受け止めるとはな」
「お喋りは終わりだ!」
ローディ(ウォーマシーン)が、背中のガトリング砲と肩のミサイルポッドを一斉展開した。
「リリ、援護しろ! 弾幕で押し潰す!」
「了解!」
アイアンハートがリパルサー・レイをチャージする。
ドガガガガガガガッ!!
ズドォォォォン!!
数千発の銃弾とミサイル、エネルギービームの嵐が、宿儺の立つ位置へ集中した。
爆炎が巻き起こり、ビルの一角が消し飛ぶ。
「やったか?」
リリがモニターを確認する。
だが、爆煙の中から、冷ややかな声が響いた。
「『蜘蛛の糸』」
煙が晴れると、地面一帯が巨大な網状にひび割れていた。
宿儺はその中心で無傷のまま立っている。彼に迫った弾頭やビームは、すべて彼に届く前に細切れに切断され、無力化されていたのだ。
「遅い。脆い。芸がない」
宿儺が姿を消した。
瞬歩。
次の瞬間、空中に浮いていたウォーマシーンの背後に現れる。
「なっ……速い!」
「『解』」
宿儺がローディの背中のガトリング砲に触れる。
バシュッ。
重厚な武装が、豆腐のように切り落とされた。
「ローディ!」
サムがジェットパックで急行し、盾を投擲する。
宿儺は盾を避けることなく、素手で――呪力強化した手刀で弾き返した。
ガァン!
盾が弾かれ、ビルの壁に突き刺さる。
「肉弾戦なら負けない!」
アメリカ・チャベスが、星型のポータルを利用して宿儺の死角から飛び出す。
「スター・スマッシュ!」
宿儺は振り返りもせず、アメリカの拳を片手で受け止めた。
「ぐぬぬ……!」
「良い目だ、小娘。だが……」
宿儺はアメリカの手首を掴み、そのまま一本背負いのように地面へ叩きつけた。
ドゴォォォォン!!
「がはっ……」
「アメリカ!」
ストレンジがヴォルトの杖から魔力弾を放つが、宿儺はそれをあくびでかき消した。
「飽きたな」
宿儺は呟いた。
「この程度か、この世界の英雄(ヒーロー)とやらは」
アベンジャーズが圧倒されている。
ストレンジは冷や汗を拭った。力の次元が違う。物理的な破壊力だけならソーやハルクが対抗できるかもしれないが、今のメンバーでは「呪い」という理不尽なルールに対抗できない。
「どうすればいい……奴の術式を封じる手立ては……」
その時、ストレンジの「第三の目」が、宿儺の体の周囲に奇妙な「ブレ」を捉えた。
宿儺の魂の形。その奥深くに、もう一つの小さく、しかし必死に抵抗する魂の光が見えたのだ。
(伏黒恵……!)
宿儺の動きが一瞬だけ鈍る瞬間がある。
特に、スパイダーマンやアメリカといった「若者」に攻撃しようとする瞬間、わずかに斬撃の軌道が逸れている。
「ピーター!」
ストレンジが叫んだ。
「奴の中にいる『宿主』に呼びかけろ! 奴の肉体は乗っ取られたものだ! 中の少年が抵抗している!」
「えっ?ああ、わかった!」
スパイダーマンは、瓦礫から身を起こし、宿儺に向かって叫んだ。
「おい! 聞こえてるか!伏黒君!……負けるな! 体を取り返せ!」
宿儺の顔が歪んだ。
彼の頬にピクリと痙攣が走る。
「……チッ。鬱陶しいガキだ」
宿儺は自分の胸を叩いた。
「伏黒恵。貴様の魂はもう深淵に沈んだはずだ。まだ足掻くか」
「今だ、サム!」
ストレンジの合図で、キャプテン・アメリカが動く。
彼は盾を回収し、ジェットの推力を最大にして突っ込んだ。
「体をお返し願おうか!」
サムのシールドバッシュが、動きの鈍った宿儺のみぞおちに入った。
ドガッ!!
宿儺が数メートル後退する。
「効いた!」
リリが追撃のミサイルを撃ち込む。
しかし、宿儺はすぐに体勢を立て直し、ニヤリと笑った。
「……ほう。魂の格下げを利用するか。悪くない戦術だ」
宿儺は印を結んだ。
「だが、遊びはここまでだ」
彼の手元から、どす黒い影が溢れ出した。
伏黒恵の術式『十種影法術』。しかし、そのスケールは桁違いだ。
「布瑠部由良由良……」
ストレンジの顔色が変わる。
その呪詞は、「最強の式神」召喚の合図だ。
「させるか!」
ストレンジは、最後の切り札を切る決意をした。
懐から取り出したのは、暗黒次元の戦いでモルドから回収した「チェンソーの悪魔の破片」だ。
「毒には毒を。……呪いには呪いを!」
ストレンジは破片をヴォルトの杖の先端に突き刺し、無理やり活性化させた。
ギュィィィィン!!
杖の先端から、魔力ではなく「チェンソーの刃」が出現し、回転を始める。
「食らえ!」
ストレンジは魔術で加速し、召喚途中の宿儺に向かって、回転する杖を叩きつけた。
ガギィィィィィッ!!
チェンソーの刃(恐怖の概念)と、宿儺の影(呪いの概念)が激突する。
マンハッタンの中心で、赤と黒の閃光が爆発した。
その混乱を、遠く離れたエンパイア・ステート・ビルの頂上から見下ろす影があった。
羂索だ。
「ハハッ、素晴らしい。アベンジャーズの介入で、場の『呪力総量』が跳ね上がった」
彼は手元の端末(スターク・インダストリーズのハッキング済みパッド)を操作した。
ニューヨーク全土に展開された『死滅回游』の結界が、赤く脈打ち始める。
「宿儺の暴れっぷりで、十分なエネルギーが集まった。……そろそろ『アレ』を起動しようか」
羂索がエンターキーを押した瞬間。
マンハッタンの地下深く、かつてアベンジャーズがチタウリと戦った古戦場の地層から、巨大な魔法陣が起動した。
ズズズズズズ……!!
地面が割れ、巨大な植物のような「呪いの樹」が急速に成長し始めた。
それは、アース-666の「世界樹のエネルギーライン」を強制的に吸い上げ、マルチバースとの同化を果たすための祭壇だった。
「さあ、世界を書き換えよう。……このユニバースの歴史を、呪いの歴史へと」
巨大な樹木が、宿儺とアベンジャーズの戦場を突き破り、天へと伸びていく。
その枝には、捕らえられた市民たちが「繭」のようにぶら下がっていた。
「な、なんだあれは!?」
サムが絶句する。
宿儺は杖を受け止めながら、巨大な樹を見上げ、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「……羂索め。俺の戦闘を邪魔するとは、いい度胸だ」
戦いは、三つ巴ならぬ、世界崩壊のカウントダウンへと移行した。