ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
マンハッタンの地下から突き上げた巨大な樹木は、瞬く間に摩天楼を凌駕する高さへと成長した。
だが、それは植物と呼ぶにはあまりに冒涜的だった。
樹皮は赤黒い筋肉の繊維で構成され、枝の先端には無数の「眼球」が実り、ギョロギョロと地上を見下ろしている。
そして、その根はアスファルトを食い破り、逃げ遅れた市民や車両を次々と飲み込んで養分にしていた。
「なんてこった……」
キャプテン・アメリカ(サム)が、空中で盾を構えたまま絶句する。
「これじゃ街そのものが『胃袋』だ!」
「キャップ! 熱源反応が異常です!」
アイアンハートが叫ぶ。
「あの樹、地下の地脈からエネルギーを吸い上げてる! このままだとニューヨークどころか、地球の生命力が枯渇しちゃう!」
「市民の救助が最優先だ!」
サムが指示を飛ばす。
「ローディ、リリ、ピーター! 樹に捕らわれた『繭』を解放しろ! 根っこは俺とアメリカ、ストレンジで食い止める!」
「了解!」
ウォーマシーンがミサイルポッドを展開し、樹の枝を精密射撃で撃ち落とす。落下する繭をスパイダーマンがウェブでキャッチし、安全圏へ運ぶ。
「大丈夫ですか! 今助けますからね!」
繭の中の人々は意識を失っているが、生命反応はある。しかし、その体表には既に呪いの紋様が浮かび始めていた。
一方、その混乱の中心で、両面宿儺は不機嫌そうに空を見上げていた。
彼が立っていた場所だけは、放たれた『解』によって更地になっており、樹の根も近づけない「絶対不可侵領域」となっていた。
「……羂索め。俺を舞台装置の一部にする気か」
宿儺は、自分が戦っていた相手(アベンジャーズ)が救助活動に移ったことにも興味を失っていた。
彼の視線は、エンパイア・ステート・ビルの頂上で指揮を執る羂索と、この醜悪な樹木に向けられている。
「美しくない」
宿儺が指を振るう。
「『捌』」
不可視の斬撃が奔る。
直径数メートルはある太い根が、一瞬でサイコロステーキのように細切れに解体された。
断面から大量の呪力が血のように噴き出す。
「ほう。再生するか」
切り刻まれた根が、即座に蠢き、互いに絡み合って再生していく。
それどころか、切断面から「人の形をした木人形」のような呪霊がわらわらと生まれ落ちた。
「質より量か。……芸がない」
「宿儺が樹を攻撃している……!」
スティーヴン・ストレンジは、ヴォルトの杖で襲い来る木人形を薙ぎ払いながら、戦況を分析した。
「チャンスだ。彼にとっても、あの樹は『邪魔な障害物』でしかない」
「どうするの、先生!?」
アメリカ・チャベスが、星型パンチで木人形を粉砕しながら問う。
「あいつと協力するなんて無理だよ! さっきまで殺し合いしてたんだよ!?」
「協力じゃない。『誘導』するんだ」
ストレンジは、第3の目で未来の可能性を視ようとしたが、魔力不足でノイズしか走らない。
だか、彼の医師としての、そして魔術師としての直感が告げている。
この巨大な呪いの樹を切除できるメスは、この場に一つしかない。
「私を宿儺の近くまで運んでくれ、アメリカ」
「ええっ!? 自殺志願者!?」
「頼む! 5秒でいい!」
アメリカは覚悟を決め、ポータルを開いた。
シュンッ!
二人は宿儺の背後、わずか10メートルの距離に出現した。
「……死に急ぐか、魔術師」
宿儺は振り返りもせず、殺気を放つ。
その背中から影が伸び、ストレンジの首を刎ねようと鎌首をもたげる。
「取引だ、両面宿儺!」
ストレンジは杖を構えず、両手を上げて叫んだ。
「貴様もあの樹が目障りだろう! あれは羂索が貴様の呪力を吸い上げるための『ストロー』だ! このままでは、貴様はただの電池にされるぞ!」
宿儺の影がピタリと止まった。
彼はゆっくりと振り返り、冷酷な瞳でストレンジを見下ろした。
「……俺を電池だと?」
「そうだ。奴は貴様が暴れれば暴れるほど、その余剰エネルギーを吸って『同化』を進めるシステムを組んでいる」
ストレンジは、ハッタリ交じりで言ったが、結果的に真実を告げた。
「だが、あの樹の『核』を壊せば、システムは逆流する。……羂索に一泡吹かせたくはないか?」
宿儺は数秒間、沈黙した。
そして、口元を三日月形に歪めた。
「……ハッ。指図されるのは癪だが、あの脳みそ野郎の企みを潰すのは悪くない」
宿儺は右手を高く掲げた。
「どけ、雑魚ども」
「全員、伏せろぉぉぉッ!!」
ストレンジの号令が響く。
スパイダーマンがウェブで繭を固定し、アイアンハートとウォーマシーンがビルの陰に隠れる。
キャプテン・アメリカが盾を構え、アメリカ・チャベスを守る。
宿儺の全身から、膨大な呪力が立ち昇った。
それは、これまで放ってきた『解』や『捌』とは次元が違う。
対象を拡張し、世界そのものを断ち切るための術式。
「『解』・世界断」
宿儺が腕を振り下ろした。
ズンッ……
音は遅れてやってきた。
マンハッタンの空気が、空間ごと「ズレた」。
視界の先にある巨大な呪胎樹海。その幹の中腹、エンパイア・ステート・ビルの高さ付近に、横一文字の「線」が入る。
防御結界も、再生能力も、物理的強度も関係ない。
「そこに樹がある」という事実そのものが切断された。
ズズズズズズズ……ゴオオオオオオオッ!!
摩天楼を凌ぐ巨木の上半分が、ゆっくりと斜めに滑り落ちていく。
切断面からは、マグマのような呪力が噴出し、ニューヨークの空を赤く染め上げた。
「……デタラメだ」
ローディが呻く。「核ミサイルでもあんな芸当は無理だぞ」
「おっと、危ない危ない」
エンパイア・ステート・ビルの屋上。
羂索は、自分の頭上数メートルを通過していった斬撃の余波を見上げ、冷や汗をかいていた。
もし宿儺が本気で自分を狙っていれば、今頃、脳味噌ごとスライスされていただろう。
「さすがは宿儺。こちらの想定エネルギー容量を超えてきたか」
羂索の足元にある祭壇――樹の制御中枢は、斬撃の衝撃でヒビが入り、暴走を始めていた。
切断された樹の上半分が、重力に従ってマンハッタンへ落下しようとしている。
その質量だけで、ニューヨークは壊滅する。
「まあいい。同化のプロセスは60%まで進んだ。……これ以上は、この『場所』では狭すぎるね」
羂索は、懐から取り出した「コズミック・キューブの欠片」(ヒドラの残党から回収したもの)と、「天元の細胞」を融合させた。
「場所を変えよう。……もっと広くて、頑丈な舞台へ」
羂索が呪力を注ぎ込むと、落下しかけていた樹の上半分が、突然光の粒子となって分解された。
そして、空中に巨大な「穴」が開く。
そこは暗黒次元でも、地獄でもない。
星々が輝く、宇宙空間。
そしてその中心に浮かぶ、巨大な石造りの頭部。
「ノーウェア」
セレスティアルズの生首が漂う、宇宙の無法地帯。
「招待しよう、ヒーロー諸君。……最終決戦は宇宙だ」
羂索の身体が光に包まれ、上昇していく。
同時に、マンハッタンに残された樹の根(下半分)が活性化し、自爆シークエンスに入ったように膨れ上がる。
「逃げる気か!」
ストレンジが叫ぶ。
「まずい、ここを爆破して証拠隠滅するつもりだ! 全員、撤退だ!」
「撤退って、どこへ!?」
スパイダーマンが叫ぶ。
「決まっている!」
ストレンジは、ヴォルトの杖を天に掲げた。
「奴を追う! ……アメリカ、君のポータルで全員を『ノーウェア』へ飛ばせ!」
「宇宙!? 無理だよ、酸素とかどうするの!?」
「私が魔道具で結界を張る! 30分は保つ! その間にガーディアンズと合流するんだ!」
「……もう、めちゃくちゃ!」
アメリカは叫びながら、最大出力の星型ポータルを開いた。
「乗れ! 全員だ!」
サムが叫ぶ。アベンジャーズがポータルへ飛び込む。
宿儺は、消えゆく羂索を見上げ、不愉快そうに舌打ちした。
「……逃げ足の速い鼠め」
彼は一瞬迷ったが、崩壊するニューヨークに興味はない。
「伏黒恵、貴様の仲間(虎杖たち)も宇宙とやらに向かっているかもしれんな」
宿儺は、自らの意志でポータルへと足を踏み入れた。
シュンッ!
マンハッタンの地下で、樹の根が大爆発を起こす直前、ヒーローたちと呪いの王は、地球圏を脱出した。
舞台は、銀河の彼方へ。