ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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27話 世界呪

マンハッタンの地下から突き上げた巨大な樹木は、瞬く間に摩天楼を凌駕する高さへと成長した。

だが、それは植物と呼ぶにはあまりに冒涜的だった。

樹皮は赤黒い筋肉の繊維で構成され、枝の先端には無数の「眼球」が実り、ギョロギョロと地上を見下ろしている。

そして、その根はアスファルトを食い破り、逃げ遅れた市民や車両を次々と飲み込んで養分にしていた。

 

「なんてこった……」

キャプテン・アメリカ(サム)が、空中で盾を構えたまま絶句する。

「これじゃ街そのものが『胃袋』だ!」

 

「キャップ! 熱源反応が異常です!」

アイアンハートが叫ぶ。

「あの樹、地下の地脈からエネルギーを吸い上げてる! このままだとニューヨークどころか、地球の生命力が枯渇しちゃう!」

 

「市民の救助が最優先だ!」

サムが指示を飛ばす。

「ローディ、リリ、ピーター! 樹に捕らわれた『繭』を解放しろ! 根っこは俺とアメリカ、ストレンジで食い止める!」

 

「了解!」

ウォーマシーンがミサイルポッドを展開し、樹の枝を精密射撃で撃ち落とす。落下する繭をスパイダーマンがウェブでキャッチし、安全圏へ運ぶ。

「大丈夫ですか! 今助けますからね!」

繭の中の人々は意識を失っているが、生命反応はある。しかし、その体表には既に呪いの紋様が浮かび始めていた。

 

 

 

一方、その混乱の中心で、両面宿儺は不機嫌そうに空を見上げていた。

彼が立っていた場所だけは、放たれた『解』によって更地になっており、樹の根も近づけない「絶対不可侵領域」となっていた。

 

「……羂索め。俺を舞台装置の一部にする気か」

 

宿儺は、自分が戦っていた相手(アベンジャーズ)が救助活動に移ったことにも興味を失っていた。

彼の視線は、エンパイア・ステート・ビルの頂上で指揮を執る羂索と、この醜悪な樹木に向けられている。

 

「美しくない」

 

宿儺が指を振るう。

「『捌』」

 

不可視の斬撃が奔る。

直径数メートルはある太い根が、一瞬でサイコロステーキのように細切れに解体された。

断面から大量の呪力が血のように噴き出す。

 

「ほう。再生するか」

切り刻まれた根が、即座に蠢き、互いに絡み合って再生していく。

それどころか、切断面から「人の形をした木人形」のような呪霊がわらわらと生まれ落ちた。

 

「質より量か。……芸がない」

 

 

 

「宿儺が樹を攻撃している……!」

スティーヴン・ストレンジは、ヴォルトの杖で襲い来る木人形を薙ぎ払いながら、戦況を分析した。

 

「チャンスだ。彼にとっても、あの樹は『邪魔な障害物』でしかない」

 

「どうするの、先生!?」

アメリカ・チャベスが、星型パンチで木人形を粉砕しながら問う。

「あいつと協力するなんて無理だよ! さっきまで殺し合いしてたんだよ!?」

 

「協力じゃない。『誘導』するんだ」

ストレンジは、第3の目で未来の可能性を視ようとしたが、魔力不足でノイズしか走らない。

だか、彼の医師としての、そして魔術師としての直感が告げている。

この巨大な呪いの樹を切除できるメスは、この場に一つしかない。

 

「私を宿儺の近くまで運んでくれ、アメリカ」

「ええっ!? 自殺志願者!?」

「頼む! 5秒でいい!」

 

アメリカは覚悟を決め、ポータルを開いた。

シュンッ!

二人は宿儺の背後、わずか10メートルの距離に出現した。

 

「……死に急ぐか、魔術師」

宿儺は振り返りもせず、殺気を放つ。

その背中から影が伸び、ストレンジの首を刎ねようと鎌首をもたげる。

 

「取引だ、両面宿儺!」

ストレンジは杖を構えず、両手を上げて叫んだ。

 

「貴様もあの樹が目障りだろう! あれは羂索が貴様の呪力を吸い上げるための『ストロー』だ! このままでは、貴様はただの電池にされるぞ!」

 

宿儺の影がピタリと止まった。

彼はゆっくりと振り返り、冷酷な瞳でストレンジを見下ろした。

「……俺を電池だと?」

 

「そうだ。奴は貴様が暴れれば暴れるほど、その余剰エネルギーを吸って『同化』を進めるシステムを組んでいる」

ストレンジは、ハッタリ交じりで言ったが、結果的に真実を告げた。

「だが、あの樹の『核』を壊せば、システムは逆流する。……羂索に一泡吹かせたくはないか?」

 

宿儺は数秒間、沈黙した。

そして、口元を三日月形に歪めた。

 

「……ハッ。指図されるのは癪だが、あの脳みそ野郎の企みを潰すのは悪くない」

 

宿儺は右手を高く掲げた。

「どけ、雑魚ども」

 

「全員、伏せろぉぉぉッ!!」

ストレンジの号令が響く。

 

スパイダーマンがウェブで繭を固定し、アイアンハートとウォーマシーンがビルの陰に隠れる。

キャプテン・アメリカが盾を構え、アメリカ・チャベスを守る。

 

宿儺の全身から、膨大な呪力が立ち昇った。

それは、これまで放ってきた『解』や『捌』とは次元が違う。

対象を拡張し、世界そのものを断ち切るための術式。

 

「『解』・世界断」

 

宿儺が腕を振り下ろした。

 

ズンッ……

 

音は遅れてやってきた。

マンハッタンの空気が、空間ごと「ズレた」。

 

視界の先にある巨大な呪胎樹海。その幹の中腹、エンパイア・ステート・ビルの高さ付近に、横一文字の「線」が入る。

防御結界も、再生能力も、物理的強度も関係ない。

「そこに樹がある」という事実そのものが切断された。

 

ズズズズズズズ……ゴオオオオオオオッ!!

 

摩天楼を凌ぐ巨木の上半分が、ゆっくりと斜めに滑り落ちていく。

切断面からは、マグマのような呪力が噴出し、ニューヨークの空を赤く染め上げた。

 

「……デタラメだ」

ローディが呻く。「核ミサイルでもあんな芸当は無理だぞ」

 

 

 

 

「おっと、危ない危ない」

 

エンパイア・ステート・ビルの屋上。

羂索は、自分の頭上数メートルを通過していった斬撃の余波を見上げ、冷や汗をかいていた。

もし宿儺が本気で自分を狙っていれば、今頃、脳味噌ごとスライスされていただろう。

 

「さすがは宿儺。こちらの想定エネルギー容量を超えてきたか」

 

羂索の足元にある祭壇――樹の制御中枢は、斬撃の衝撃でヒビが入り、暴走を始めていた。

切断された樹の上半分が、重力に従ってマンハッタンへ落下しようとしている。

その質量だけで、ニューヨークは壊滅する。

 

「まあいい。同化のプロセスは60%まで進んだ。……これ以上は、この『場所』では狭すぎるね」

 

羂索は、懐から取り出した「コズミック・キューブの欠片」(ヒドラの残党から回収したもの)と、「天元の細胞」を融合させた。

 

「場所を変えよう。……もっと広くて、頑丈な舞台へ」

 

羂索が呪力を注ぎ込むと、落下しかけていた樹の上半分が、突然光の粒子となって分解された。

そして、空中に巨大な「穴」が開く。

そこは暗黒次元でも、地獄でもない。

 

星々が輝く、宇宙空間。

そしてその中心に浮かぶ、巨大な石造りの頭部。

 

「ノーウェア」

セレスティアルズの生首が漂う、宇宙の無法地帯。

 

「招待しよう、ヒーロー諸君。……最終決戦は宇宙だ」

 

羂索の身体が光に包まれ、上昇していく。

同時に、マンハッタンに残された樹の根(下半分)が活性化し、自爆シークエンスに入ったように膨れ上がる。

 

「逃げる気か!」

ストレンジが叫ぶ。

「まずい、ここを爆破して証拠隠滅するつもりだ! 全員、撤退だ!」

 

「撤退って、どこへ!?」

スパイダーマンが叫ぶ。

 

「決まっている!」

ストレンジは、ヴォルトの杖を天に掲げた。

「奴を追う! ……アメリカ、君のポータルで全員を『ノーウェア』へ飛ばせ!」

 

「宇宙!? 無理だよ、酸素とかどうするの!?」

「私が魔道具で結界を張る! 30分は保つ! その間にガーディアンズと合流するんだ!」

 

「……もう、めちゃくちゃ!」

アメリカは叫びながら、最大出力の星型ポータルを開いた。

 

「乗れ! 全員だ!」

サムが叫ぶ。アベンジャーズがポータルへ飛び込む。

 

宿儺は、消えゆく羂索を見上げ、不愉快そうに舌打ちした。

「……逃げ足の速い鼠め」

彼は一瞬迷ったが、崩壊するニューヨークに興味はない。

「伏黒恵、貴様の仲間(虎杖たち)も宇宙とやらに向かっているかもしれんな」

宿儺は、自らの意志でポータルへと足を踏み入れた。

 

シュンッ!

 

マンハッタンの地下で、樹の根が大爆発を起こす直前、ヒーローたちと呪いの王は、地球圏を脱出した。

 

舞台は、銀河の彼方へ。

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