ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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29話 支配の悪魔

ノーウェアの最深部。

そこは、有機的な神経細胞と、無機質な機械ケーブル、そして赤黒い呪いの血管が絡み合う、グロテスクな密林だった。

 

その中心に、巨大な腫瘍のように鎮座する男――羂索。

彼はセレスティアルズの脳幹に、モルドの肉体を半ば埋没させ、神経パルスと同化していた。

 

「遅かったね」

羂索の声は、もはや口からではなく、空間全体から響いてくる。

「同化率は99%。あと数分で、この宇宙の物理法則(ルール)を書き換える準備が整う。『重力』の代わりに『呪力』が万物を引き寄せる世界だ」

 

「させるか!」

スター・ロードがクアッドブラスターを撃つ。

だが、羂索の周囲には「特級呪物・コズミックキューブ」のエネルギー障壁が展開されており、ビームは弾かれるどころか吸収されてしまった。

 

「無駄だ」ストレンジが叫ぶ。

「奴は今、この場所の管理者だ。力押しで攻撃すれば、防衛本能(免疫システム)が作動して、我々は消去される!」

 

実際、周囲の壁面から無数の「抗体」――白血球の役割を果たす、のっぺらぼうの白い巨人たちが出現し始めていた。

 

「じゃあどうすんだよ!?」

ロケットが銃を構える。「このデカい脳みそごと爆破するか!?」

 

「いや、脳を傷つければ、蓄積された呪力が暴走してビッグバンが起きる」

ストレンジは、かつての外科医としての冷静な瞳で、羂索と脳の接続部を見極めた。

 

「……手術だ」

ストレンジは言った。

「私が執刀する。羂索という『悪性腫瘍』を、脳機能を損なわずに摘出する」

 

「ハァ!? 手術だと!?」

ロケットが耳を跳ね上げた。「魔法も使えねえ医者に何ができる!」

 

「だから君が必要なんだ、ロケット」

ストレンジは、ヴォルトの杖を腰に差し、医療用キットの代わりに、ノーウェアに落ちていたレーザーカッターを拾い上げた。

「君は銀河一のメカニックだ。機械と生体の接続解除なら、私より詳しいはずだ」

 

ロケットは鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。

「へっ、口のうめぇ野郎だ。……いいぜ、ドクター。俺様の腕前を見せてやる」

 

「よし。私が神経の切断箇所を指示する。君はその通りに焼き切れ」

ストレンジが指示を出す。

 

「他の全員は、我々を守れ!」

キャプテン・アメリカ(サム)が盾を構える。

「聞こえたな! 手術室の雑菌(抗体ども)を近づけるな!」

 

「メス」

ストレンジの短い声。

ロケットがレーザーを起動し、羂索の接続ケーブル一本目を焼き切る。

 

「ウガッ!?」

羂索が悲鳴を上げる。物理的な痛みではない。神経接続を強制遮断されたショックだ。

「小賢しいマネを……! 抗体ども、彼らを排除しろ!」

 

ズズズズズ……!

白い巨人たちが殺到する。

 

「させないよ!」

スパイダーマンがウェブを乱射し、巨人たちの足止めをする。

「グルート! 消毒をお願い!」

「I am Groot!!(任せろ!!)」

グルートが腕を伸ばし、ストレンジとロケットの周囲に木のドームを作り、セーフゾーンを確保する。

 

「右翼、敵影多数!」

アイアンハートとウォーマシーンが弾幕を張る。

「数は多いが、知性はない! 押し返せるぞ!」

 

だが、羂索は冷ややかに笑った。

「甘いね。……『極ノ番・うずまき』」

 

羂索の背後から、取り込んだ数千体の呪霊が圧縮され、ドリル状のエネルギー波となってストレンジたちを襲う。

グルートの防壁では防ぎきれない威力。

 

「チッ、邪魔だ」

 

その時、退屈そうにしていた両面宿儺が動いた。

彼はあくびを噛み殺しながら、迫りくる「うずまき」の前に立った。

 

「……あ?」

羂索の表情が強張る。

 

宿儺は、迫りくる極大呪力を、素手で――ただの「掌底」で弾き飛ばした。

パァン!!

エネルギーが霧散する。

 

「羂索。俺の目の前で、俺の呪力を使うな」

宿儺は不快そうに吐き捨てた。

「興が削がれる」

 

 

「ロケット、次は第3神経節だ! 3ミリ右!」

「うるせえ! 指示が細かいんだよ!」

ジジジッ!

 

ストレンジとロケットの連携は神業だった。

ストレンジの医学的知識が「どこを切ればマズいか」を見抜き、ロケットの工学的技術が「どう切れば早いか」を実行する。

魔法など必要ない。二つの知性が、神の脳髄を解体していく。

 

「ぐ、ぐああああ……!!」

羂索の顔が歪む。

同化率が下がっていく。99%……80%……60%

 

「おのれ、人間風情が……神の領域を犯すか!」

羂索は最後の抵抗に出た。

「領域展開……!」

 

彼が印を結ぼうとした瞬間。

ストレンジが叫んだ。

「宿儺! バリアを剥がせ!」

 

「指図するな」

宿儺は既に動いていた。

彼は羂索の目の前に現れ、コズミックキューブの障壁に指を這わせた。

 

「『解』」

 

パリーン!!

 

絶対防御の障壁が、薄氷のように砕け散った。

羂索が無防備になる。

 

「チェックメイトだ」

ストレンジが斧(カマル・タージの遺物)を振り上げた。

「ロケット、接続部を全切断!」

「あいよ!!」

 

ロケットが最大出力のプラズマカッターを放ち、ストレンジが斧で羂索の本体を脳幹から叩き出した。

 

バシュゥゥゥン!!

 

「ガハッ……!!」

羂索が、脳髄から引き剥がされ、床に転げ落ちた。

神経ケーブルが千切れ、火花が散る。

 

 

手術成功。

白い巨人たちが動きを止め、砂のように崩れていく。

 

「やったか!」

サムが盾を下ろす。

 

だが、床に倒れた羂索は、血を吐きながら狂ったように笑い出した。

「ハハハ……ハハハハハ! 見事だ、ドクター・ストレンジ! まさか物理的に切断されるとはね!」

 

羂索の体が、赤黒く発光し始める。

「だが、もう遅い。……同化プロセスは中断されたが、蓄積された呪力は行き場を失った」

 

ノーウェア全体が激しく振動する。

天井のモニターに「CRITICAL ERROR」の文字が踊る。

 

「こいつ、自爆する気か!?」

クイルが叫ぶ。

 

「そうだ。この膨大な呪力をここで解放すれば、ノーウェアは『特級呪物爆弾』となって銀河を吹き飛ばす!」

羂索は両手を広げた。

「私が神になれないなら、皆一緒に塵になろう!」

 

ストレンジが顔面蒼白になる。

「エネルギー量が多すぎる……! 今の私には防げない!」

宿儺でさえ、眉をひそめた。

「……チッ、興醒めだ」

 

爆発まであと数秒。

全員が死を覚悟した、その時。

 

 

 

コツ、コツ、コツ。

 

爆発寸前の混沌の中に、静かなヒール音が響いた。

空間の裂け目から、一人の女性が歩いてくる。

その姿を見た瞬間、羂索の笑顔が凍りついた。

 

「……マキマ君?」

 

マキマは、崩壊するノーウェアの中心に立ち、微笑んだ。

「羂索さん。詰めが甘いよ」

 

彼女は、赤黒く発光する羂索(とノーウェアの核)に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。

 

「その力……制御できないなら、私が貰ってあげる」

 

マキマの瞳の中で、黄金の渦巻きが回転する。

彼女は羂索を見るのではない。羂索が制御を失った「セレスティアルズの全エネルギー」を見据えていた。

 

「『支配』」

 

フッ……。

 

爆発の光が、消えた。

いや、吸い込まれたのだ。マキマの小さな掌の中に。

羂索が溜め込んだ全宇宙規模の呪力と、セレスティアルズのコズミック・パワーが、彼女という一点に集束していく。

 

「な、何をした……!? 私の呪力が……!」

羂索が驚愕する。

 

「言ったでしょう? 私は自分より格下しか支配できない」

マキマは、羂索の頭を踏みつけた。

「今のあなたは、ただの敗北者。……だから、あなたの全ては私のもの」

 

マキマの背後から、神々しくもおぞましい「光輪」が出現した。

それは、天使の輪ではない。

無数の悪魔の死骸と、宇宙の星々が圧縮された、支配の冠。

 

「フェーズ2に移行しましょう」

マキマは、絶望するヒーローたちを見渡し、慈愛に満ち、そして絶対的な声で告げた。

 

「これより、全宇宙の管理を開始します。……いい子にしていてね?」

 

手術は成功した。だが、患者(宇宙)は、より最悪な管理者の手に落ちてしまった。

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