ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
ノーウェアの最深部。
そこは、有機的な神経細胞と、無機質な機械ケーブル、そして赤黒い呪いの血管が絡み合う、グロテスクな密林だった。
その中心に、巨大な腫瘍のように鎮座する男――羂索。
彼はセレスティアルズの脳幹に、モルドの肉体を半ば埋没させ、神経パルスと同化していた。
「遅かったね」
羂索の声は、もはや口からではなく、空間全体から響いてくる。
「同化率は99%。あと数分で、この宇宙の物理法則(ルール)を書き換える準備が整う。『重力』の代わりに『呪力』が万物を引き寄せる世界だ」
「させるか!」
スター・ロードがクアッドブラスターを撃つ。
だが、羂索の周囲には「特級呪物・コズミックキューブ」のエネルギー障壁が展開されており、ビームは弾かれるどころか吸収されてしまった。
「無駄だ」ストレンジが叫ぶ。
「奴は今、この場所の管理者だ。力押しで攻撃すれば、防衛本能(免疫システム)が作動して、我々は消去される!」
実際、周囲の壁面から無数の「抗体」――白血球の役割を果たす、のっぺらぼうの白い巨人たちが出現し始めていた。
「じゃあどうすんだよ!?」
ロケットが銃を構える。「このデカい脳みそごと爆破するか!?」
「いや、脳を傷つければ、蓄積された呪力が暴走してビッグバンが起きる」
ストレンジは、かつての外科医としての冷静な瞳で、羂索と脳の接続部を見極めた。
「……手術だ」
ストレンジは言った。
「私が執刀する。羂索という『悪性腫瘍』を、脳機能を損なわずに摘出する」
「ハァ!? 手術だと!?」
ロケットが耳を跳ね上げた。「魔法も使えねえ医者に何ができる!」
「だから君が必要なんだ、ロケット」
ストレンジは、ヴォルトの杖を腰に差し、医療用キットの代わりに、ノーウェアに落ちていたレーザーカッターを拾い上げた。
「君は銀河一のメカニックだ。機械と生体の接続解除なら、私より詳しいはずだ」
ロケットは鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。
「へっ、口のうめぇ野郎だ。……いいぜ、ドクター。俺様の腕前を見せてやる」
「よし。私が神経の切断箇所を指示する。君はその通りに焼き切れ」
ストレンジが指示を出す。
「他の全員は、我々を守れ!」
キャプテン・アメリカ(サム)が盾を構える。
「聞こえたな! 手術室の雑菌(抗体ども)を近づけるな!」
「メス」
ストレンジの短い声。
ロケットがレーザーを起動し、羂索の接続ケーブル一本目を焼き切る。
「ウガッ!?」
羂索が悲鳴を上げる。物理的な痛みではない。神経接続を強制遮断されたショックだ。
「小賢しいマネを……! 抗体ども、彼らを排除しろ!」
ズズズズズ……!
白い巨人たちが殺到する。
「させないよ!」
スパイダーマンがウェブを乱射し、巨人たちの足止めをする。
「グルート! 消毒をお願い!」
「I am Groot!!(任せろ!!)」
グルートが腕を伸ばし、ストレンジとロケットの周囲に木のドームを作り、セーフゾーンを確保する。
「右翼、敵影多数!」
アイアンハートとウォーマシーンが弾幕を張る。
「数は多いが、知性はない! 押し返せるぞ!」
だが、羂索は冷ややかに笑った。
「甘いね。……『極ノ番・うずまき』」
羂索の背後から、取り込んだ数千体の呪霊が圧縮され、ドリル状のエネルギー波となってストレンジたちを襲う。
グルートの防壁では防ぎきれない威力。
「チッ、邪魔だ」
その時、退屈そうにしていた両面宿儺が動いた。
彼はあくびを噛み殺しながら、迫りくる「うずまき」の前に立った。
「……あ?」
羂索の表情が強張る。
宿儺は、迫りくる極大呪力を、素手で――ただの「掌底」で弾き飛ばした。
パァン!!
エネルギーが霧散する。
「羂索。俺の目の前で、俺の呪力を使うな」
宿儺は不快そうに吐き捨てた。
「興が削がれる」
「ロケット、次は第3神経節だ! 3ミリ右!」
「うるせえ! 指示が細かいんだよ!」
ジジジッ!
ストレンジとロケットの連携は神業だった。
ストレンジの医学的知識が「どこを切ればマズいか」を見抜き、ロケットの工学的技術が「どう切れば早いか」を実行する。
魔法など必要ない。二つの知性が、神の脳髄を解体していく。
「ぐ、ぐああああ……!!」
羂索の顔が歪む。
同化率が下がっていく。99%……80%……60%
「おのれ、人間風情が……神の領域を犯すか!」
羂索は最後の抵抗に出た。
「領域展開……!」
彼が印を結ぼうとした瞬間。
ストレンジが叫んだ。
「宿儺! バリアを剥がせ!」
「指図するな」
宿儺は既に動いていた。
彼は羂索の目の前に現れ、コズミックキューブの障壁に指を這わせた。
「『解』」
パリーン!!
絶対防御の障壁が、薄氷のように砕け散った。
羂索が無防備になる。
「チェックメイトだ」
ストレンジが斧(カマル・タージの遺物)を振り上げた。
「ロケット、接続部を全切断!」
「あいよ!!」
ロケットが最大出力のプラズマカッターを放ち、ストレンジが斧で羂索の本体を脳幹から叩き出した。
バシュゥゥゥン!!
「ガハッ……!!」
羂索が、脳髄から引き剥がされ、床に転げ落ちた。
神経ケーブルが千切れ、火花が散る。
手術成功。
白い巨人たちが動きを止め、砂のように崩れていく。
「やったか!」
サムが盾を下ろす。
だが、床に倒れた羂索は、血を吐きながら狂ったように笑い出した。
「ハハハ……ハハハハハ! 見事だ、ドクター・ストレンジ! まさか物理的に切断されるとはね!」
羂索の体が、赤黒く発光し始める。
「だが、もう遅い。……同化プロセスは中断されたが、蓄積された呪力は行き場を失った」
ノーウェア全体が激しく振動する。
天井のモニターに「CRITICAL ERROR」の文字が踊る。
「こいつ、自爆する気か!?」
クイルが叫ぶ。
「そうだ。この膨大な呪力をここで解放すれば、ノーウェアは『特級呪物爆弾』となって銀河を吹き飛ばす!」
羂索は両手を広げた。
「私が神になれないなら、皆一緒に塵になろう!」
ストレンジが顔面蒼白になる。
「エネルギー量が多すぎる……! 今の私には防げない!」
宿儺でさえ、眉をひそめた。
「……チッ、興醒めだ」
爆発まであと数秒。
全員が死を覚悟した、その時。
コツ、コツ、コツ。
爆発寸前の混沌の中に、静かなヒール音が響いた。
空間の裂け目から、一人の女性が歩いてくる。
その姿を見た瞬間、羂索の笑顔が凍りついた。
「……マキマ君?」
マキマは、崩壊するノーウェアの中心に立ち、微笑んだ。
「羂索さん。詰めが甘いよ」
彼女は、赤黒く発光する羂索(とノーウェアの核)に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
「その力……制御できないなら、私が貰ってあげる」
マキマの瞳の中で、黄金の渦巻きが回転する。
彼女は羂索を見るのではない。羂索が制御を失った「セレスティアルズの全エネルギー」を見据えていた。
「『支配』」
フッ……。
爆発の光が、消えた。
いや、吸い込まれたのだ。マキマの小さな掌の中に。
羂索が溜め込んだ全宇宙規模の呪力と、セレスティアルズのコズミック・パワーが、彼女という一点に集束していく。
「な、何をした……!? 私の呪力が……!」
羂索が驚愕する。
「言ったでしょう? 私は自分より格下しか支配できない」
マキマは、羂索の頭を踏みつけた。
「今のあなたは、ただの敗北者。……だから、あなたの全ては私のもの」
マキマの背後から、神々しくもおぞましい「光輪」が出現した。
それは、天使の輪ではない。
無数の悪魔の死骸と、宇宙の星々が圧縮された、支配の冠。
「フェーズ2に移行しましょう」
マキマは、絶望するヒーローたちを見渡し、慈愛に満ち、そして絶対的な声で告げた。
「これより、全宇宙の管理を開始します。……いい子にしていてね?」
手術は成功した。だが、患者(宇宙)は、より最悪な管理者の手に落ちてしまった。