ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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5話 未知なるユニバース、アース-JJK(呪術廻戦)

極彩色の吐瀉物のような次元のトンネルを抜け、重力が乱暴に二人を掴んだ。

 

「うわあああっ!」

 

アメリカ・チャベスの絶叫とともに、二人は硬いアスファルトに叩きつけられた。

痛みで霞む視界。スティーヴン・ストレンジは呻き声を上げながら身を起こし、すぐに周囲を警戒した。

そこは、薄暗い路地裏だった。湿ったゴミの臭いと、どこか鉄錆のような匂いが混じっている。

頭上には、無数の配管と室外機が這う雑居ビルの背中がそびえ立ち、極彩色のネオンの光が路地の入り口から漏れ出していた。

 

「……生きてるか、アメリカ」

「なんとか……」

少女は膝をさすりながら立ち上がる。「ここ、どこ?」

 

ストレンジは浮遊マントの埃を払い、路地の出口へと歩み寄った。

視界が開けると、そこには圧倒的な光と音の洪水があった。

巨大なスクリーンに映し出される広告、ひっきりなしに行き交う車、そして何千という人間の波。

看板の文字は日本語だ。

 

「東京か……いや、俺たちの知る東京と同じだと思うな」

ストレンジは目を細め、眉間に皺を寄せた。

ただの異国の都会ではない。空気が異常に重く、粘り気を帯びているのだ。

魔術師の鋭敏な感覚が警鐘を鳴らしている。この世界の大気には、カマル・タージで扱う純粋なマナとは異なる、人間から滲み出る澱のようなエネルギーが充満している。

 

「感じるか? この肌にまとわりつくような不快な気配を」

「……うん。なんか、すごく嫌な感じがする。背中がゾワゾワする」

アメリカが身震いをする。

 

「『呪い』だ」

ストレンジは直感的にその言葉を口にした。

「この世界は、人間の負の感情が物理的なエネルギーとして循環しているらしい。……長居は無用だな」

 

二人が雑踏に紛れようとした、その時だった。

 

「ねえ、そこのおじさんとお嬢ちゃん」

 

軽薄だが、決して無視できない重みを含んだ声が、背後ではなく、頭上から降ってきた。

ストレンジが反射的に空を見上げると、信号機の上に一人の男が座っていた。

 

黒一色のハイネックの制服。白髪が夜風に揺れ、目元は黒い目隠しで覆われている。

重力を無視したようなその男の佇まいは、明らかに「カタギ」ではない。

 

「君たち、随分と『変な』力の使い方をするね」

男は信号機から音もなく飛び降り、ストレンジの目の前に着地した。

ポケットに手を突っ込んだまま、目隠しの奥から値踏みするように首を傾げる。

 

「呪力じゃない。かといって、海外の術師とも理屈(ロジック)が違う。……まるで、世界のルールそのものが違うところから来たみたいだ」

 

ストレンジは警戒を解かずに、アメリカを背に隠した。

「俺たちはただの旅行者だ。道に迷っただけでね」

「旅行者ねぇ。空に星型の穴を開けて落ちてくる旅行者がいるなら、入国管理局も大変だ」

 

男――五条悟は、口角を上げて笑った。

彼の「六眼」は、ストレンジの体内で循環するエルドリッチ・マジックの異質さと、アメリカの体内に眠る莫大な次元干渉能力を正確に捉えていた。

 

「僕は五条悟。一応、ここの『最強』ってことになってるんだけど」

五条は一歩踏み出した。威圧感はないが、彼とストレンジの間には、指一本触れさせない絶対的な「距離」――無限が存在しているかのような錯覚を覚える。

「君たち、何から逃げてきたの? その子の怯え方、ただ事じゃないよね」

 

ストレンジは瞬時に計算する。この男は危険だ。戦えばタダでは済まない。だが、敵意は今のところ感じられない。

「……説明しても信じないだろうが、我々は追われている。全宇宙を脅かす魔女にな」

 

「魔女?」

五条が興味深そうに眉を上げた瞬間。

 

ザァァァァァッ……!

 

突然、渋谷のスクランブル交差点の大型ビジョンがノイズで埋め尽くされた。

街頭のスピーカーから流れていた音楽が途切れ、耳障りなハウリング音が響き渡る。

歩行者たちが一斉に足を止め、耳を塞いでざわめき始めた。

 

「なんだ?」

五条が視線をビジョンに向ける。

 

ノイズ混じりの画面に、映像が浮かび上がった。

それは、どこかの家庭のリビングルームのようだった。

ソファに座り、膝を抱えている女性がいる。

彼女はこの世界の「ワンダ・マキシモフ」。魔力を持たない、ただの一般人として日本で暮らしている女性のようだ。

 

だが、様子がおかしい。

彼女はガタガタと震えながら、鏡に映る自分を見つめていた。

 

『……やめ……て……入ってこないで……!』

 

映像の中のワンダが悲鳴を上げる。

次の瞬間、彼女の背筋が不自然に反り返り、首がゴキリと音を立てて回った。

カメラ(あるいは、誰かの視点)が彼女の顔にズームする。

 

怯えていた瞳の色が、一瞬で消え失せた。

代わりに灯ったのは、鮮血のような真紅の光。

 

『見つけた』

 

ビジョンから響いた声は、日本語ではなかった。

だが、その意味はスクランブル交差点にいる全員の脳内に直接、強制的に理解させられた。

 

画面の中のワンダ――ドリームウォークによって別次元の自分を乗っ取ったスカーレット・ウィッチは、画面越しにストレンジと目が合ったかのように、にやりと笑った。

 

『呪いの世界……素晴らしいわ。ここの空気は、怒りと悲しみで満ちている』

 

バリーン!!

映像の中のワンダが手を振ると、現実の渋谷の街頭ビジョンが爆発した。

ガラスの破片が雨のように降り注ぐ中、悲鳴を上げて逃げ惑う群衆。

 

しかし、異変はそれだけではなかった。

ビジョンの破壊を合図にしたかのように、街の影、路地裏、マンホールの中から、おぞましい形をした異形の怪物たちが這い出し始めたのだ。

「呪霊」たちだ。

ワンダの干渉によって世界間の境界が緩み、潜んでいた低級から準一級クラスの呪霊たちが活性化し、溢れ出したのである。

 

「わあ、こりゃひどい」

五条は上空を見上げた。空の色が、禍々しい紫色の帳を下ろしたように変色し始めている。

「君たちの言ってた『魔女』ってのは、随分とマナーが悪いみたいだね」

 

「彼女はカオス・マジックで現実を改変する」

ストレンジは魔術の盾を展開し、襲いかかってきた蠅のような呪霊を弾き飛ばした。

「この世界の『負のエネルギー』と彼女の力が共鳴しているんだ。止めないと、東京どころか、この次元ごと食い尽くされるぞ!」

 

「ふーん」

五条は目隠しを指で少し持ち上げた。

その蒼い瞳が、次元の彼方から干渉してくるワンダの本体と、この世界で膨れ上がる呪いの奔流を捉える。

 

「面白くなってきたじゃん」

五条は不敵に笑い、指を組んだ。

「いいよ、手伝ってあげる。僕の生徒たちが巻き込まれると面倒だしね」

 

「交渉成立だな」

ストレンジはアメリカに目配せし、戦闘態勢をとった。

「行くぞ。彼女が完全にこの世界に定着する前に」

 

異世界の至高の魔術師と、現代最強の呪術師。

二人の規格外(イレギュラー)が並び立つ。

その前方、燃え上がる渋谷の街の向こうから、深紅のオーラと無数の呪霊を従えた「憑依されたワンダ」が、ゆっくりと宙を浮いて近づいてきていた。

 

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