ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

8 / 33
8話 最恐の魔女と最恐の王

「ほう……?」

 

虎杖悠仁の頬に生じた亀裂――「口」が、愉悦に歪んだ三日月形を象る。

その声は、虎杖のものではなく、地獄の釜の底から響くような重低音だった。

 

「小僧の身体を介して感じるぞ。異界の女よ、貴様が放つその赤き力……呪力とは似て非なる、忌々しくも甘美な味がする」

 

「悠仁! 抑えろ!」

伏黒恵が叫ぶが、虎杖の表情は苦悶に歪んでいた。

「だめだ伏黒! 俺の中で、あいつが……無理やり出ようとしてる!」

 

スカーレット・ウィッチ――ワンダ・マキシモフは、宙に浮いたまま、興味深げにその少年を見下ろした。

彼女の深紅の瞳が、虎杖の魂の奥底に蹲る「呪いの王」の姿を捉える。

「あなたね。この世界で最も濃厚な『負の力』を宿しているのは」

 

ワンダは優雅に指を鳴らした。

パチン。

 

その乾いた音が、世界の均衡を崩す合図だった。

「邪魔よ、器」

 

ドォォォォン!!

 

虎杖の身体が、見えない巨大な手で鷲掴みにされたかのように宙へ吊り上げられた。

「ぐあぁっ!?」

「悠仁!」

伏黒が「鵺」を召喚しようと印を結ぶ。電撃を纏った式神が具現化しかけるが、ワンダが一瞥した瞬間、鵺は無数の「赤い折り鶴」へと姿を変えられ、力なく夜風に舞い散った。

 

「なっ……術式が書き換えられた!?」

伏黒が驚愕する。

 

「『十種影法術』……面白いけれど、私の現実(ルール)では鳥は紙になるの」

ワンダは冷淡に言い放ち、吊り上げた虎杖に向けて右手をかざした。

「出てらっしゃい。その中に隠れている『王』を、引きずり出してあげる」

 

彼女の指先から、手術用のメスのように鋭利なカオス・マジックの光条が伸び、虎杖の胸を引き裂こうとする。物理的な肉体だけでなく、魂と肉体の結びつきそのものを切断し、受肉体を強制分離させる荒業だ。

 

「やめろワンダ! それをすれば少年が死ぬ!」

スティーヴン・ストレンジが割って入り、魔法円を展開して光条を受け止める。

「五条! 今だ!」

 

「オーケー、ちょっと手荒くいくよ!」

 

五条悟が瞬時にワンダの背後へ転移していた。

目隠しのない蒼い瞳が、ワンダの纏う防壁の「綻び」――呪力と魔力が混ざり合って不安定になっている一点を正確に見抜く。

 

「術式順転出力最大・『蒼』」

 

五条の掌から放たれた引力の塊が、至近距離で炸裂した。

今度は手加減なし。空間ごと抉り取る一撃だ。

ゴォォォォォ!!

校舎の屋根が半分消し飛び、ワンダの身体が弾き飛ばされ、地面を削りながら高専の森の中へと叩き込まれた。

 

だが、土煙が晴れるよりも早く、森の中から赤黒い閃光が奔り、五条を襲った。

五条は「無下限」で防ぐが、その衝撃で数メートル後退させられる。

 

「……痛いわね」

森の暗闇から、ワンダがゆらりと歩み出てきた。

服は裂け、肌には擦り傷ができているが、それらがビデオの逆再生のように瞬時に修復されていく。

そして、彼女の怒りは頂点に達していた。

 

「もういいわ。礼儀正しくノックするのはやめる」

 

彼女が両手を天に掲げると、高専の上空を覆っていた結界(天元の守り)が、ガラスが割れるような音を立てて粉砕された。

同時に、地面が激しく隆起する。

 

ズズズズズズ……!

 

校舎の奥、厳重に封印されていた「忌庫」の建物そのものが、根こそぎ引き抜かれ、空中に浮上したのだ。

「保管庫を丸ごと!?」

パンダが瓦礫を押しのけて叫ぶ。

 

「来なさい」

ワンダが指を招くと、忌庫の壁が爆ぜ、中から桐箱に納められた数本の「宿儺の指」が飛び出した。

特級呪物特有のどす黒いオーラを放ちながら、指たちがワンダの手元へ吸い寄せられていく。

 

「あれを取り込まれたら終わりだ!」

ストレンジがマントで空へ飛び出し、指を奪取しようとする。

 

しかし、それよりも速く。

宙吊りにされていた虎杖悠仁の身体に、異変が起きた。

 

「……不愉快だ」

 

虎杖の声色が変わった。

彼を拘束していたワンダの魔法の枷が、内側からの圧倒的な呪力爆発によって霧散した。

少年は空中で一回転し、猫のようにしなやかに地面に着地する。

 

彼が顔を上げた時、その顔には黒い紋様が浮かび上がり、両の眼が開眼していた。

虎杖悠仁ではない。

千年の時を経て、最悪の呪いが完全に主導権を握ったのだ。

 

「両面宿儺……!」

伏黒が息を呑む。

 

宿儺は、自らの服を乱暴に引き裂くと、ふてぶてしい笑みを浮かべて、空に浮くワンダを見上げた。

「俺の指を勝手に盗み食いしようとは、随分と行儀の悪い魔女だ」

 

「あなたね」

ワンダは指の回収を一時中断し、宿儺に向き直った。

「素晴らしい力。その傲慢な魂ごと頂くわ」

 

「ハッ、面白い」

宿儺は一瞬で姿を消した。

次の瞬間、ワンダの目の前に出現していた。

 

「『解』」

 

宿儺が指を振るう。

不可視の斬撃が、ワンダの首を狙って走る。

だが、ワンダは反応すらしない。斬撃が彼女の肌に触れる寸前、空間が歪み、刃の軌道がぐにゃりと曲がって背後の山を両断した。

 

「当たらなければ意味がない」

ワンダが囁き、カオス・マジックの爆風を放つ。

 

「『捌』」

宿儺はその爆風を真正面から受け止めつつ、さらに威力を増した斬撃で魔法ごと空間を切り刻んだ。

 

ドカァァァァァン!!!

 

二人の衝突によって生じた衝撃波が、高専の敷地を更地に変えていく。

魔術(マジック)と呪術(カース)。

「現実を書き換える魔女」と「万物を切り裂く呪いの王」。

規格外同士の戦いが始まった。

 

「おいおい、僕を置いてけぼりにしないでよ」

五条悟が、瓦礫の上に降り立つ。

彼はこの絶望的な状況下で、口角を吊り上げて笑っていた。

「魔女に、呪いの王。役者は揃ったけど……ここ、僕の職場なんだけど? 校舎の修理費、誰が払うと思ってんの?」

 

「五条!」

ストレンジが五条の横に着地した。

「彼らを接触させてはならない! もしワンダが宿儺を吸収すれば、マルチバース全体に『解』と『捌』の概念が広がり、あらゆる次元が切り裂かれる!」

 

「分かってるって」

五条は指を組んだ。

「三つ巴だ。宿儺が魔女を殺す前に、僕らが魔女を止める。ついでに宿儺も殴って虎杖に戻す。……忙しい夜になりそうだね」

 

その時、ワンダの背後にある「穴」から、新たな影が落ちてきた。

それは怪物ではない。

チェンソーの轟音を響かせる、頭部が刃物で構成された異形のヒーロー。

そして、その後ろには、支配的な瞳をしたスーツ姿の女性――マキマの姿が見え隠れしていた。

 

「インカージョンが進んでいる……」

アメリカ・チャベスが絶望的な声で呟く。

「世界が、混ざり始めてる」

 

東京呪術高専は今、全多元宇宙の運命を決める、混沌(カオス)の中心地となろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。