ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター   作:ルルルだ。

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9話 インカ―ジョン

轟音。

空を引き裂くようなエンジンの咆哮が、呪術高専の夜気を震わせた。

 

「ギャハハハハ! すげえ! 空から落ちてくるとかマジで夢みてえ!」

 

ワンダの背後に開いた次元の亀裂から、血飛沫とオイルを撒き散らして落下してきたのは、頭部と両腕からチェンソーの刃を生やした異形の怪人だった。

チェンソーマン――デンジ。

彼は着地と同時に、ワンダが展開していた防御結界にチェンソーを突き立てた。

 

ギャリギャリギャリギャリ!!

火花が散り、魔法の障壁が悲鳴を上げる。

 

「痛い……!」

ワンダが顔をしかめた。物理的な攻撃は無効化できるはずだが、このチェンソーは違う。そこに込められた概念は「切断」ではなく、もっと根源的な「痛覚」と「恐怖」の具現化だ。

 

「なんだ、この薄汚い悪魔は」

ワンダが手を振るう。

デンジの身体が宙に浮き、見えない力で圧縮されようとする。

「うおっ!? なんだババア! 俺の体、動かねえ!」

 

「誰がババアよ」

ワンダの目が据わる。彼女がデンジをひねり潰そうとしたその時、新たな圧力が戦場を支配した。

 

「……待て」

 

静かだが、誰もが無視できない命令形の声。

瓦礫の山の上に、スーツ姿の女性が立っていた。

マキマ。

彼女は崩壊した高専の惨状を見ても眉一つ動かさず、まるで散歩の途中で足を止めたかのように微笑んでいた。

 

「五条悟君、それに……両面宿儺。初めまして」

 

彼女がその名を呼んだ瞬間、空間の質が変わった。

五条の「無下限」のバリアが、そして宿儺の放つ覇気が、彼女の存在によって「観察」され、「管理」されようとしているような不快感。

 

「誰だ、あの女」

伏黒恵が冷や汗を流す。「ただの人間じゃない。呪霊とも違う……もっと異質な『支配』の気配がする」

 

「あーあ、役者が増えすぎだって」

五条悟は頭を掻いた。

 

「スティーヴン、どうするの!?」

アメリカ・チャベスが叫ぶ。

「逃げるか? でも、どこへ?」

「逃げ場はない。奴らは次元を超えて追ってくる。ここで止めるしかないんだ!」

 

戦端を開いたのは、両面宿儺だった。

 

「群れるのは嫌いだが……」

宿儺はニヤリと笑い、印を結んだ。

「あの魔女の首は俺が獲る。邪魔をするなら、貴様らもまとめて切り刻むまで」

 

『領域展開・伏魔御廚子』

 

空間が赤く染まり、おぞましい牛骨の社が具現化する。

必中必殺の斬撃の嵐。

本来なら、その場にいる全員が瞬時に微塵切りになるはずだった。

 

だが、ワンダ・マキシモフは笑っていた。

「領域……つまり、あなたの『心象世界』ね」

 

彼女の瞳が赤く輝き、背後の『ダークホールド』のページが暴風に煽られるようにめくれる。

「私の世界(ヘックス)の方が、少しだけ『広い』わ」

 

カッ!!!!

 

宿儺の領域の中に、赤い現実改変の波が押し寄せた。

無数に飛来する解と捌の斬撃が、ワンダの体に触れる直前で「赤い蝶」や「花びら」に変換されていく。

「なに!?」

宿儺が目を見開く。斬撃という「事実」そのものが、「無害な現象」へと書き換えられているのだ。

 

「私の勝ちよ、呪いの王」

ワンダが手をかざすと、伏魔御廚子の社が、毒々しいお菓子の家のように変質し、ドロドロと溶け始めた。

「あなたの領域は、私のルールで上書きした」

 

「調子に乗るなよ」

宿儺が地面を蹴り、肉弾戦でワンダに突っ込む。

同時に、マキマが動いた。

彼女は指鉄砲の形を作り、ワンダに向けた。

 

「ぱん」

 

不可視の衝撃波。

ワンダの防御障壁が大きく凹み、彼女の肩が吹き飛んだ。

「……!」

ワンダがよろめく。瞬時に再生するが、その表情に苛立ちが浮かぶ。

「あなたも……私の邪魔をするの?」

 

「貴女の力は危険すぎる」

マキマは淡々と言った。

「その『混沌』、私が管理しましょう。悪いようにはしない」

 

「管理? 支配?」

ワンダは低い声で笑い出した。その笑い声は、周囲の空間に亀裂を入れるほどの振動を伴っていた。

「私は誰にも縛られない。アベンジャーズにも、魔術師にも、悪魔にも!」

 

ブワァァァァァッ!!

 

ワンダを中心に、深紅の爆風が全方位に広がった。

それは単なる衝撃波ではない。「拒絶」の概念だ。

宿儺が吹き飛ばされ、マキマが障壁を展開し、デンジが「あちちち!」と転げ回る。

 

「ストレンジ! 彼女が何かを詠唱し始めた!」

五条が叫ぶ。彼の六眼は、ワンダがカオス・マジックで「多元宇宙規模の呪文」を編み上げようとしているのを見て取っていた。

 

『――世界よ、交わりなさい。全ての理を一つに』

 

空の「穴」がさらに広がる。

東京の上空に、ニューヨークの摩天楼が逆さまに映り込み、その隙間から巨大な悪魔の指先や、見たこともない異界の風景が覗き始めた。

インカージョンが加速する。このままでは、JJKの世界とMCUの世界が衝突し、両方とも消滅する。

 

「止めろ! 世界が持たない!」

ストレンジが前に出る。

「五条、協力してくれ! 彼女の動きを一瞬でも止められれば、私が彼女の精神に直接干渉して、憑依を解く!」

「一瞬でいいんだな?」

五条は口元の血を拭い、笑った。

「オーケー、任せな。……恵、悠仁(の中の宿儺)、それにチェンソー君! 全員で一点集中だ!」

 

「命令すんな!」

宿儺が不快そうに吐き捨てるが、状況を理解し、巨大な炎の矢『開』を構える。

「いいだろう。あの女を灰にするついでだ」

 

「俺もやるぜ! 夢バトル最高!」

デンジがチェンソーのエンジンを全開にする。

 

「……仕方ないね」

マキマもまた、数人の悪魔を使役し、巨大な圧殺の力を準備する。

 

奇跡の共闘。

全勢力の攻撃が、空中に浮くスカーレット・ウィッチ一点に向けられた。

 

「虚式・『茈』!!」

「『開』!!」

「ぶった斬り!!」

「圧殺!!」

「エルドリッチ・キャノン!!」

 

五色の閃光が、東京の夜空を昼間のように照らし出した。

それらが全て、ワンダの展開した防御障壁に激突する。

 

ズガガガガガガガガガガッ!!!!

 

次元の悲鳴。

光の中で、ワンダの絶叫が響く。

「私は……母親よ! 誰にも邪魔はさせないッ!!」

 

彼女の執念が、五つの最強の攻撃すら押し返そうとした、その時。

 

「今だ、アメリカ!」

ストレンジが叫んだ。

「彼女の『足元』を崩せ!」

 

「えっ!?」

「ポータルだ! 彼女を別の場所へ落とせ! この世界から引き剥がすんだ!」

 

アメリカ・チャベスは、震える手で拳を握りしめた。

自分を信じる。

(私は逃げない。戦える!)

 

「うあぁぁぁぁぁッ!!」

アメリカが空に向かって拳を突き出した。

 

キィィィィィン!!

 

ワンダの背後ではなく、彼女の真下の空間が、巨大な星型に砕け散った。

攻撃を防ぐことに全精力を注いでいたワンダは、足元の消失に対応できなかった。

 

「なっ……!?」

 

均衡が崩れた。

五条たちの攻撃の奔流と、アメリカのポータルの吸引力が重なり、ワンダ・マキシモフの身体が星型の奈落へと吸い込まれていく。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

彼女の絶叫と共に、ポータルが閉じる……寸前。

ストレンジは五条に向かって叫んだ。

「彼女を追う! このまま放置すれば、また別の世界が壊される!」

「行ってきな、魔術師さん!」

五条は親指を立てた。「こっちの後始末は任せてよ。……まあ、街一つ消えちゃったけどね」

 

ストレンジはアメリカを抱え、閉まりかけた星型の亀裂へと飛び込んだ。

宿儺の炎と五条の茈の余波が渦巻く中、二人の魔術師は再び次元の彼方へと消えていった。

 

 

 

静寂が戻った……わけではない。

高専の森は半壊し、校舎は瓦礫の山。

宿儺(虎杖の体)は舌打ちをして、興味を失ったように力を解き、虎杖悠仁の意識が戻りつつあった。

マキマは静かに服の埃を払い、デンジは「あーあ、逃げられた」と残念そうにチェーンソーを止める。

 

五条悟は、星空が見えなくなった曇天を見上げ、深いため息をついた。

「……とんでもない嵐が去っていったな」

彼はボロボロになった目隠しを拾い上げた。

「でも、これで終わりじゃない。あっち(向こうの世界)で決着がつかなきゃ、また繋がる」

 

一方、次元のトンネルの中。

ストレンジとアメリカは、光の激流に揉まれていた。

 

「どこへ行くの!?」

「分からない! だが、ワンダを止めるには『ヴィシャンティの書』が必要だ! それがある世界へ飛べ、アメリカ!」

「やってみる!」

 

二人が次に目指す世界。

それは、ヒーローも呪術師もいない、しかし「書物」と「知識」が重んじられる場所――あるいは、ワンダが次に狙うであろう、強大な魔力が眠る場所。

 

光の出口が見えた。

その先には、巨大な黄金の樹と、荘厳なファンタジーの風景が広がっていた。

しかし、そこにも既に、赤い霧(カオス・マジック)の予兆が漂い始めていた……。

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