ドクター・ストレンジ:マルチバース・イーター 作:ルルルだ。
轟音。
空を引き裂くようなエンジンの咆哮が、呪術高専の夜気を震わせた。
「ギャハハハハ! すげえ! 空から落ちてくるとかマジで夢みてえ!」
ワンダの背後に開いた次元の亀裂から、血飛沫とオイルを撒き散らして落下してきたのは、頭部と両腕からチェンソーの刃を生やした異形の怪人だった。
チェンソーマン――デンジ。
彼は着地と同時に、ワンダが展開していた防御結界にチェンソーを突き立てた。
ギャリギャリギャリギャリ!!
火花が散り、魔法の障壁が悲鳴を上げる。
「痛い……!」
ワンダが顔をしかめた。物理的な攻撃は無効化できるはずだが、このチェンソーは違う。そこに込められた概念は「切断」ではなく、もっと根源的な「痛覚」と「恐怖」の具現化だ。
「なんだ、この薄汚い悪魔は」
ワンダが手を振るう。
デンジの身体が宙に浮き、見えない力で圧縮されようとする。
「うおっ!? なんだババア! 俺の体、動かねえ!」
「誰がババアよ」
ワンダの目が据わる。彼女がデンジをひねり潰そうとしたその時、新たな圧力が戦場を支配した。
「……待て」
静かだが、誰もが無視できない命令形の声。
瓦礫の山の上に、スーツ姿の女性が立っていた。
マキマ。
彼女は崩壊した高専の惨状を見ても眉一つ動かさず、まるで散歩の途中で足を止めたかのように微笑んでいた。
「五条悟君、それに……両面宿儺。初めまして」
彼女がその名を呼んだ瞬間、空間の質が変わった。
五条の「無下限」のバリアが、そして宿儺の放つ覇気が、彼女の存在によって「観察」され、「管理」されようとしているような不快感。
「誰だ、あの女」
伏黒恵が冷や汗を流す。「ただの人間じゃない。呪霊とも違う……もっと異質な『支配』の気配がする」
「あーあ、役者が増えすぎだって」
五条悟は頭を掻いた。
「スティーヴン、どうするの!?」
アメリカ・チャベスが叫ぶ。
「逃げるか? でも、どこへ?」
「逃げ場はない。奴らは次元を超えて追ってくる。ここで止めるしかないんだ!」
戦端を開いたのは、両面宿儺だった。
「群れるのは嫌いだが……」
宿儺はニヤリと笑い、印を結んだ。
「あの魔女の首は俺が獲る。邪魔をするなら、貴様らもまとめて切り刻むまで」
『領域展開・伏魔御廚子』
空間が赤く染まり、おぞましい牛骨の社が具現化する。
必中必殺の斬撃の嵐。
本来なら、その場にいる全員が瞬時に微塵切りになるはずだった。
だが、ワンダ・マキシモフは笑っていた。
「領域……つまり、あなたの『心象世界』ね」
彼女の瞳が赤く輝き、背後の『ダークホールド』のページが暴風に煽られるようにめくれる。
「私の世界(ヘックス)の方が、少しだけ『広い』わ」
カッ!!!!
宿儺の領域の中に、赤い現実改変の波が押し寄せた。
無数に飛来する解と捌の斬撃が、ワンダの体に触れる直前で「赤い蝶」や「花びら」に変換されていく。
「なに!?」
宿儺が目を見開く。斬撃という「事実」そのものが、「無害な現象」へと書き換えられているのだ。
「私の勝ちよ、呪いの王」
ワンダが手をかざすと、伏魔御廚子の社が、毒々しいお菓子の家のように変質し、ドロドロと溶け始めた。
「あなたの領域は、私のルールで上書きした」
「調子に乗るなよ」
宿儺が地面を蹴り、肉弾戦でワンダに突っ込む。
同時に、マキマが動いた。
彼女は指鉄砲の形を作り、ワンダに向けた。
「ぱん」
不可視の衝撃波。
ワンダの防御障壁が大きく凹み、彼女の肩が吹き飛んだ。
「……!」
ワンダがよろめく。瞬時に再生するが、その表情に苛立ちが浮かぶ。
「あなたも……私の邪魔をするの?」
「貴女の力は危険すぎる」
マキマは淡々と言った。
「その『混沌』、私が管理しましょう。悪いようにはしない」
「管理? 支配?」
ワンダは低い声で笑い出した。その笑い声は、周囲の空間に亀裂を入れるほどの振動を伴っていた。
「私は誰にも縛られない。アベンジャーズにも、魔術師にも、悪魔にも!」
ブワァァァァァッ!!
ワンダを中心に、深紅の爆風が全方位に広がった。
それは単なる衝撃波ではない。「拒絶」の概念だ。
宿儺が吹き飛ばされ、マキマが障壁を展開し、デンジが「あちちち!」と転げ回る。
「ストレンジ! 彼女が何かを詠唱し始めた!」
五条が叫ぶ。彼の六眼は、ワンダがカオス・マジックで「多元宇宙規模の呪文」を編み上げようとしているのを見て取っていた。
『――世界よ、交わりなさい。全ての理を一つに』
空の「穴」がさらに広がる。
東京の上空に、ニューヨークの摩天楼が逆さまに映り込み、その隙間から巨大な悪魔の指先や、見たこともない異界の風景が覗き始めた。
インカージョンが加速する。このままでは、JJKの世界とMCUの世界が衝突し、両方とも消滅する。
「止めろ! 世界が持たない!」
ストレンジが前に出る。
「五条、協力してくれ! 彼女の動きを一瞬でも止められれば、私が彼女の精神に直接干渉して、憑依を解く!」
「一瞬でいいんだな?」
五条は口元の血を拭い、笑った。
「オーケー、任せな。……恵、悠仁(の中の宿儺)、それにチェンソー君! 全員で一点集中だ!」
「命令すんな!」
宿儺が不快そうに吐き捨てるが、状況を理解し、巨大な炎の矢『開』を構える。
「いいだろう。あの女を灰にするついでだ」
「俺もやるぜ! 夢バトル最高!」
デンジがチェンソーのエンジンを全開にする。
「……仕方ないね」
マキマもまた、数人の悪魔を使役し、巨大な圧殺の力を準備する。
奇跡の共闘。
全勢力の攻撃が、空中に浮くスカーレット・ウィッチ一点に向けられた。
「虚式・『茈』!!」
「『開』!!」
「ぶった斬り!!」
「圧殺!!」
「エルドリッチ・キャノン!!」
五色の閃光が、東京の夜空を昼間のように照らし出した。
それらが全て、ワンダの展開した防御障壁に激突する。
ズガガガガガガガガガガッ!!!!
次元の悲鳴。
光の中で、ワンダの絶叫が響く。
「私は……母親よ! 誰にも邪魔はさせないッ!!」
彼女の執念が、五つの最強の攻撃すら押し返そうとした、その時。
「今だ、アメリカ!」
ストレンジが叫んだ。
「彼女の『足元』を崩せ!」
「えっ!?」
「ポータルだ! 彼女を別の場所へ落とせ! この世界から引き剥がすんだ!」
アメリカ・チャベスは、震える手で拳を握りしめた。
自分を信じる。
(私は逃げない。戦える!)
「うあぁぁぁぁぁッ!!」
アメリカが空に向かって拳を突き出した。
キィィィィィン!!
ワンダの背後ではなく、彼女の真下の空間が、巨大な星型に砕け散った。
攻撃を防ぐことに全精力を注いでいたワンダは、足元の消失に対応できなかった。
「なっ……!?」
均衡が崩れた。
五条たちの攻撃の奔流と、アメリカのポータルの吸引力が重なり、ワンダ・マキシモフの身体が星型の奈落へと吸い込まれていく。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
彼女の絶叫と共に、ポータルが閉じる……寸前。
ストレンジは五条に向かって叫んだ。
「彼女を追う! このまま放置すれば、また別の世界が壊される!」
「行ってきな、魔術師さん!」
五条は親指を立てた。「こっちの後始末は任せてよ。……まあ、街一つ消えちゃったけどね」
ストレンジはアメリカを抱え、閉まりかけた星型の亀裂へと飛び込んだ。
宿儺の炎と五条の茈の余波が渦巻く中、二人の魔術師は再び次元の彼方へと消えていった。
静寂が戻った……わけではない。
高専の森は半壊し、校舎は瓦礫の山。
宿儺(虎杖の体)は舌打ちをして、興味を失ったように力を解き、虎杖悠仁の意識が戻りつつあった。
マキマは静かに服の埃を払い、デンジは「あーあ、逃げられた」と残念そうにチェーンソーを止める。
五条悟は、星空が見えなくなった曇天を見上げ、深いため息をついた。
「……とんでもない嵐が去っていったな」
彼はボロボロになった目隠しを拾い上げた。
「でも、これで終わりじゃない。あっち(向こうの世界)で決着がつかなきゃ、また繋がる」
一方、次元のトンネルの中。
ストレンジとアメリカは、光の激流に揉まれていた。
「どこへ行くの!?」
「分からない! だが、ワンダを止めるには『ヴィシャンティの書』が必要だ! それがある世界へ飛べ、アメリカ!」
「やってみる!」
二人が次に目指す世界。
それは、ヒーローも呪術師もいない、しかし「書物」と「知識」が重んじられる場所――あるいは、ワンダが次に狙うであろう、強大な魔力が眠る場所。
光の出口が見えた。
その先には、巨大な黄金の樹と、荘厳なファンタジーの風景が広がっていた。
しかし、そこにも既に、赤い霧(カオス・マジック)の予兆が漂い始めていた……。