真剣で君に恋したい!   作:球磨川善吉

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気炎万丈

誰かが、声を殺して泣いている音で目が覚めた。

あたりを見回すと、そこはどうやら小学校の教室のようだった。壁には「希望」や「勇気」といった文字の並ぶ書道作品が、整然と貼られている。

 

そして肺の奥まで入り込むような、逃げ場のない生臭さ。

 

これって、夢……?

 

そう呟こうとした思考は、目の前の鋭い声に遮られた。

「お前さ、急に突っかかってきて何様のわけ?」

「まじでキモいんですけどー」

 

目の前には、数名の男女が立っている。背後から伝わってくるのは、小刻みな震えと嗚咽。振り返らなくてもわかった。俺の後ろには、泣いている子がいる。

……俺が、この子をかばっているのか?

 

「べ、別に突っかかってはないだろ」

 

自分の声が、記憶にあるよりずっと高い。そんな戸惑いを嘲笑うように、リーダー格の一人が一歩踏み込んできた。

 

「じゃあさ、そこどいてくんね? 俺ら今から、そこの死んだ金魚処分しなくちゃいけねえから」

「……まだ死んでないもん!!」

 

俺の後ろの少年が涙交じりの声で叫ぶ。右の水槽を見ると、金魚たちは一匹残らず水面を漂っていた。

 

「どう見ても目死んでんだろ。お前も目腐ってんのか?」

「今なら、まだ間に合うもん!!」

 

必死な声が背中に刺さる。俺は冷静に状況を観察した。

 

「見た感じ、さ。水槽のコンセントが外れてるだけみたいだから、他のクラスの水槽に移してあげれば、まだ様子を見られるんじゃない?」

 

なるべく穏やかに、論理的に提案したつもりだった。だが、リーダー格の少年は鼻で笑い、周囲を煽るように声を張り上げた。

 

「アァ? 別にそんなことする必要ねえだろ。こんな生ごみみたいな匂いがずっと漂ってたら迷惑なんだよ。……そうだろ、みんな?」

 

少年が教室中を見渡すと、クラスメイトたちは機械的に首を縦に振った。中には罪悪感からか嫌々に頷いている者もいたが、それ以上に俺を射抜いているのは「好奇」に満ちた視線だ。

 

娯楽を求めるような、残酷なまでの期待。

――なんでだ? どうして、こんな目で俺を見ているんだ?

 

「てかさ。そもそも、なんで水槽のコンセントが抜かれてるわけ?」

 

努めて冷静に、核心を突く問いを投げかけた。リーダー格の少年は、待ってましたと言わんばかりに大仰に肩をすくめてみせる。

 

「それはさっきお前に説明しただろ! 俺たちが朝一で教室に入ったら、もう抜かれてたんだってば」

「ねー。本当、不思議だよねぇ……ww」

 

横にいた女子が、わざとらしい笑みを浮かべて同意する。教室を包むのは、クスクスという卑屈な忍び笑いだ。

 

気持ち悪い。

自分だけが世界から取り残されているような、おぞましい感覚。そもそも、クラスで共に育てていた生き物が死んで、それを笑い者にしている。その光景そのものが、あまりに異常すぎる。

 

もしかして、こいつらは――。

 

「てことで。お前、今すぐ職員室に行って先生に事情説明しとけよ。……あ、くれぐれも『変なこと』は言うなよ? わかってんな」

 

リーダー格の少年が俺の肩を親しげに、それでいて威圧的に叩く。その手からは、罪悪感のかけらも感じられない。遠ざかろうとする背中に、俺は低い声を投げた。

 

「……待てよ。お前が金魚を殺したんじゃないのか?」

 

一瞬、教室のざわめきが止まる。

 

「はぁ!? 何言ってんだよ。証拠とかあんのかよ、ねーだろ? 俺らは『わざわざ』片付けてやろうって言ってんの。な、みんな!」

 

少年の言葉に合わせて、周囲の数人が卑屈に笑う。俺は彼らを無視して、教室内へ向き直った。

 

「……昨日の放課後、最後まで教室にいた奴。誰か見てない?」

 

張り詰めた俺の声が響く。だが、誰一人として目を合わせようとはしない。ガキ大将の少年が、般若のような形相でクラスメイトを睨みつけているからだ。

 

「無駄だって。みんなお前みたいに暇じゃねーんだわ。おつかれさん、正義の味方ごっこは終わりだ。……バーカ!」

 

嘲笑が耳を打つ。俺は静かに息を吐き、視線を足元から少年の瞳へと戻した。

 

「……そうか」

「なんだよ。まだ何か言いたそうじゃねえか」

一歩、詰め寄ってくる少年。だが、俺の心にあったのは怒りではなく、ただ底知れない「虚しさ」だった。

 

「……いや。小学5年生にもなって、やってることが『いじめ』とか……。あまりにあほくさすぎてさ。ごめん、まともに相手しようとした俺が悪かった」

 

「あ?」

 

少年の顔から、余裕が完全に消えた。低く唸るような声。だが、俺は構わずに言葉を重ねる。

 

「むしろ、小学生だからこそ、なのかな。……そんなことやって、一体何が楽しいの?」

 

「てめえ……。いきなり俺に楯突いてきたと思ったら、説教かよ! お前だって今まで、見て見ぬふり続けてきたじゃねえか!」

 

「それは、昨日までの話だ。今日の俺は、違う」

 

俺は一歩も引かず、少年の目をまっすぐに見据えた。

 

「別にさ、義務教育の間なんて学力も性格も十人十色だ。全員と仲良くしなきゃいけないなんて思わないし、したいとも思わない。……でもさ。さすがにこれは、やりすぎだろ」

 

「義務教育」という、この場には不釣り合いなほど冷徹で知的な響きに、教室の空気がしんと静まり返った。

 

「は? ……お前、さっきから何言ってんの? ギムキョーイク? 意味わかんねーんだけど!」

「……うわ、なんか急に先生みたいなこと言い出した。まじでキモい!」

 

「キモくて結構。まあでも、俺はお前らみたいな弱いものいじめする奴が一番キモいと思うけどね」

「あー、うっせえ! ぐだぐだ理屈ばっか並べやがって!」

 

彼は俺の胸倉を掴み、顔を近づけた。

 

「あんまり調子乗るんじゃねぇぞ? それとも何、お前もこの金魚と一緒にゴミ箱に捨てられたいわけ?」

 

俺は、至近距離で見開かれた彼の瞳を、ゴミを見るような目で見返してやった。

 

「……あのさ。口、臭いから離れてくれる? 金魚の死体より酷いんだけど」

 

言い放った瞬間、視界が火花を散らした。

鈍い音と共に、顔面に拳が叩きつけられる。ジンと痺れる頬。小5のパンチなのに普通に痛い。これ夢じゃないの?

 

「おい。お前マジで調子乗ってると殺すぞ? 分かったか!」

「お願い、もうやめて!!」

 

後ろで、少年の悲痛な叫びが響く。周囲の生徒たちのざわつきは、恐怖と、さらに残酷な見世物を期待する熱を帯び始めた。

 

「じゃあさ。お前らがここで全裸になって土下座したら、許してやるよ」

「ちょっと、こいつらの薄汚い体とか見たくないんですけどー」

 

ガキ大将と取り巻きの女子が、勝ち誇ったように笑う。俺は、口の中に溜まった血を飲み込み、静かに答えた。

 

「……ああ。分かった。話は分かったよ」

 

屈したと思ったのだろう。少年が満足げに胸倉から手を放し、鼻を鳴らす。

 

――その、重心が浮いた瞬間。

 

俺は迷わず、全体重を乗せて相手の股間を蹴り上げた。

 

「うぐッ……あ、がっ……」

 

情けない悲鳴と共に、彼がその場に崩れ落ちる。

 

「……あまりにも陰湿すぎるから、本当に金玉ついてるのかなって思ったけど。ちゃんとついてたんだね。よかったよかった」

 

股間を押さえてうずくまるリーダー格を、俺は冷たく見下ろした。だが、その余裕も一瞬だった。

 

「おい……お前ら、やれ!」

 

号令で、取り巻きの二人が一斉に飛び出してきた。

「これで終わりだ! ぶっ飛ばされろ、えんじょうじーー!」

 

振り下ろされる拳。辛うじて躱し、カウンターの左を叩き込む。だが、リーチが足りない。浅い。手応えがない。

 

「っが、はっ!?」

 

逆に、相手の容赦ないカウンターが俺の腹部を捉えた。肺から空気がすべて絞り出される。

 

「川神院に弟子入りしたってのは聞いてたけど……口ほどにもねえじゃねえか!!」

 

嘲笑混じりの追撃が、視界を赤く染めていく。

 

「ダメっ!!」

 

後ろにいた少年が、震える体で俺の前に割り込んできた。

 

「うわ。来るなよ、椎名菌が移るだろ!」

 

菌。そんな言葉を、こいつらは平気で口にするのか。

 

「バカ! 危ないだろ、下がってろ!」

 

叫びながら京を後ろへ押しやる。だが、彼は俺の服の裾を掴んで離さない。

 

「……もう、いいの。君がこれ以上、私のために傷つく必要なんてない……っ」

 

その言葉に一瞬、意識を奪われた。格闘の最中にあってはならない、致命的な「よそ見」。

 

「戦い中によそ見してんじゃねえよぉ!!」

 

背後から響く、獣のような叫び。

振り返った視界に飛び込んできたのは、学校の椅子の、無機質なスチール製の脚だった。

 

横薙ぎに振り抜かれたその「凶器」は、逃げようとした俺の顔面を正確に捉える。

 

「ああぁっ!!!」

 

重い衝撃が脳を揺らした。木の座面が空気を切る音。直後、カチリと硬い陶器が砕けるような、嫌な音が頭蓋の内側に響いた。

 

無惨に宙を舞う、俺の前歯の破片。

口の中に広がるのは、生臭い血の味と、神経を逆撫でするような鋭い激痛。

 

「……なんの、これしきッ!!」

 

血を吐き捨て、俺は再び椅子を振りかぶろうとする少年に一か八かのタックルを仕掛けた。もつれ合いながら床に転がる。動くたびに、剥き出しになった神経がズキンと脳を刺す。

 

再び起き上がろうとした、その時。

――ガコンッ!

背中に焼けるような痛みが走った。

 

「いっつもお前、気取った態度してキメぇんだよ!」

「そうだそうだ! やっちまえ!」

 

顔を上げると、いつの間にか教室の男子たちがこちらへ歩み寄ってきていた。一人、また一人と、手に学用品を構えている。

……集団リンチかよ。マジで笑えない。

 

ここで、終わるのか……?

 

最悪の結末が脳裏をよぎり、奥歯を噛み締めたその瞬間。

 

「――さっきから不意打ちだの多対一だの、感心しねぇなぁ!!」

 

教室の空気を震わせるような、野太い咆哮が響き渡った。

直後、俺の背後にいた少年が、まるで紙屑のように横から吹き飛んだ。

 

「ぐはっ!?」

 

何が起きたのか分からず呆然とする俺の前に、ひと際体格の大きな少年が、仁王立ちで立ちはだかっていた。

 

「あ、ありがとう……。君、は……?」

 

俺が声を絞り出すと、その大きな影はニカッと、眩しいほどの白い歯を見せて笑った。

 

「俺様は島津 岳人。お前に助太刀するナイスガイだ!! 覚えとけよ!」

 

教室に低く差し込む黄金色の光を背負って笑うその背中は、どんな大人よりも頼もしく見えた。

これが、俺――炎条寺 灯火が、後に『風間ファミリー』と呼ばれる最高の仲間と出会った、最初の一歩だった。




P.S.本作は執筆の補助(語彙の選定や表現のブラッシュアップ)にAIを活用して納得するまで書き直しています。物語の構成やオリジナルキャラクターの肉付けはすべて作者本人が行っていますが、苦手な方はご注意ください
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