葬送のフリーレン - 短編集 Memorial in Journey -   作:rvr75_raiden

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鏡蓮華と名も知らぬ花

■プロローグ


 

フェルンは夜寝る前に自分の道具やアクセサリの手入れをするのが好きだ。

ハイターからもらった杖、フリーレンからもらった蝶の髪飾り、そしてシュタルクと一緒に選んだ鏡蓮華の腕輪

 

『あの意匠は鏡蓮華。花言葉は久遠の愛情だ。あれは恋人に贈る物だぜ』

『……し、知らなかったんだ!!誤解だよ!!俺が花言葉なんて知っていると思うか!!』

 

時折、あのやり取りを思い出す。

 

『自分だって知らなかったくせに』

 

そう、自分も知らなかった。だからその前までの発言は千歩譲って許せる

 

『…あの、買い直しましょうか……?』

 

この一言は頂けなかった。3時間もかけて露店を回り自分と一緒に選んだではないかとフェルンは思う。

 

ふと外を見ると目についたのは、宿の窓辺に飾られた桔梗の花。濃い青紫色をした花。その花の色はフェルンの髪と瞳の色によく似ている。

これはとある人物にもらった魔法で固定化された飾り付けの花だ。この花をもらった時の言葉がよぎる。

 

――かわいいじゃないですか、怖かったんですよ。フェルンさんから拒絶されるのが。

――その人は似合うと思ったから買ってくれたんですよね?それでいいじゃないですか。

 

花言葉など関係ない。選んでくれたことこそが大事だと、そう、フェルンに言ってくれた人がいた。

今は、今はそれでいいのかもしれない。そういう事にしよう。

 

いつか。そう、いつかは鏡蓮華の腕輪を身に付け続ける事の意味をお互いに考える日はくるだろう。

その時までは、これは互いに似合うと想って送ったプレゼント。今はそれでいい。

 

そうして、フェルンは少し苦笑いをしながら磨き終えた腕輪をタオルの上に置き、アクセサリの手入れ道具を片付けて眠りにつく。

これは、そう思うきっかけとなったある街での出来事だ。

 

■依頼と路銀


 

「これならだいたい一週間ぐらいかな」

 

古エルフ語で更に暗号化された魔導書を受け取ったフリーレンはページをパラパラとめくりながら依頼主にそう伝えた。

北側諸国、帝国領土内に入ってから立ち寄った街で、エルフの魔道士にお願いがあると言われて立ち寄った街の代表邸宅に呼ばれてフリーレンが依頼されたのは魔導書の解析だった。

 

「そうですか、ではお願いできますか?

 解読後の魔法の内容さえ写していただければその魔導書はお譲りします」

「交渉成立だね」

 

お決まりの会話を交わしてフリーレンは依頼主と握手を交わす。

 

とまぁ、そんなわけで途中立ち寄った街での1週間の滞在が決定した。

1週間程度であれば許容範囲だろうとシュタルクとフェルンも考えたが今回の依頼、魔導書の以外の金銭的な収入がない。

 

直近の宿代はまだいいのだが、これでは赤字……ということでシュタルクとフェルンは謝るフリーレンを宿に残し

酒場や各ギルドを回って冒険者向けの依頼を探すことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ぜぇぇ――はぁぁ――待って、フェルンさん、もうちょっとゆっくりお願いしまーす」

 

そんなフェルンとシュタルクが見つけたのは帝国領の魔法薬研究所からの環境調査員の護衛だった。

護衛は討伐に比べると依頼者を守り切り、依頼者の目的を果たす必要があるため、一般的には難易度が跳ね上がる。

そのため、諸経費込みになるがシュトラール金貨2枚は出る。短期でこれは非常にありがたいと二人はこれを受領した。

 

目的地は、街から離れた山中の森で見かけたという高級霊薬に利用する薬草の近縁種、その採取と環境調査だ。

 

「大丈夫ですか?」

「お二人共……、冒険者だけあって……すごい……体力ですね……」

 

ゼイゼイいいながらシュタルクとフェルンに同行するのは今回の護衛対象であり、依頼主ということになる派遣調査員のユーリアという女性だ。

メガネを掛けた少し小柄な……と言ってもフェルンより少し低いぐらいだが、長めの髪を花の絵柄の髪飾りで纏めた大人しそうな女性だった。

小柄ではあるが研究職で働いているためおおよそ二十歳半ばぐらいの年齢だろうとシュタルクとフェルンは思った。

 

「ここいらで休憩するか?歩きっぱなしだし、そろそろ昼時だしな」

「はいぃぃぃ、お願いします……」

 

休憩ポイントを決めたあと、ユーリアは大きく息を吐きながらちょうどいいサイズの石の上に座る。

フェルンとシュタルクの二人はテキパキと休憩用の準備をしている。日が当たる場所で作業をしている二人の左腕には銀の腕輪が反射で光ってみえた。

 

おそろいの腕輪だろうか?と疑問に思っている間に準備が終わっていた

 

「ユーリア様、こちらに。昼食も兼ねて休憩にしましょう」

「はいー。今行きます」

 

フェルンに呼びかけられたため、腕輪のことは心の隅に置いてフェルンの元へと向かった。

 

■ただの旅の仲間


 

「実は先月まで協会の調査員にも護衛職の人がいたんですけど、いつも組んでいてくれた人が先月辞めてしまって……今回は冒険者の方に護衛を依頼することになったんです」

 

昼食も兼ねて当たり障りのない会話をしながらコミュニケーションを図る。

即席パーティーなのでちょっとしたことでも会話して相手との信頼を築くのは相互に悪いことではない。

 

「そうだったのですね。では普段は研究所のかただけで調査を?」

「そうです。護衛の人を付けつつ、研究員も護衛道具を持って対応しています」

 

これですよーと言いながらポーチの中に入っている護衛道具を見せる。

 

「へぇー、ボールが入ってるけど、どんな道具なんだ?」

 

道具に興味が出た様子のシュタルクが身を乗り出してユーリエの腰についたポーチの中を覗き込む。それを見ていたフェルンは若干むっとした表情を見せた。

 

「ぶつけて割ると中の魔法が発動して……、これは、光って目をくらませるボールと、魔物にしか聞こえない音域で大きな不快音がなるボールと、嗅覚を刺激するボールですね」

「へぇー、魔物ってそんなのも効くんだなぁ」

 

シュタルクは、なるほどーという顔で顎に手を当ててポーチに入っていたボールを手に取って眺める。

 

「なぁ、フェルン。フリーレンに相談して俺たちもこういうの買わない?」

 

と振り返ってフェルンに話しかけるシュタルクだったが、フェルンは明後日の方向を向いて反応しない。

 

「え、何、どうしたの? 俺なんか変なこと言った?」と首を傾げるシュタルクと若干ふくれ顔のフェルン

「え、ちょっとフェルンさん、ちょっとなんなの?」と泣きつくシュタルクに彼女は一向に顔を合わせようとしない。

 

あまりにもベタな光景を見せられると、ユーリアにも流石に察する物がある。

はたして突っ込むか突っ込まざるか。地雷を踏んで空気を悪くさせたくないが気にはなる。

 

(それにしても、懐かしいな……)

 

こうして外に出て賑やかに人と会話するのは楽しい。

ここ最近はずっと1人で仕事をしていたため、外のフィールドワークすら久しぶりだ。

理由は護衛職で同行してくれていた同僚がいなくなったためだが。彼は今どうしていだろうか。

 

同行者の二人のそんなやり取りを眺めながら20分ほど経った頃、ようやくフェルンの機嫌も治り、そろそろ休憩もひと仕切といった頃合い。

さてと!と言ってシュタルクが立ち上がった。

 

「ちょっとその辺警戒回ってくるよ。フェルンとユーリアさんは少し休憩しててくれ。10分ぐらいしたら戻ってくる」

 

昼食を食べ終えたらしいシュタルクはそう言いながら立てかけていた戦斧を拾って肩に担ぐ。

「わかりました」と答えたるフェルンを確認するとシュタルクは勢いよく跳躍し、高い木の上の枝を足場にしながら森の中へ入っていた。

 

「……なんていうか、すごい人ですねシュタルクさん」

「そうですね。時々頼りないですけど、いざというとき一歩も退かない信頼できる前衛です」

 

いや、そういうことじゃなくて、いまノーモーションで数メートル跳躍して木の上に乗っていったことなんですが……冒険者ってそういうの当たり前?

と思ったが、褒められたことが嬉しかったのか斥候に出た彼の後ろ姿を少し嬉しそうに見る顔に茶々を入れるのは野暮かと言葉を引っ込めた。

 

――いい顔して微笑うなぁ

 

今日ここまで一緒にいて平常時はなんて無表情な娘なのだろうと思っていたが、こんな顔で微笑うんだと思った途端つい気になった言葉が口を吐いた。

 

「もしかして、フェルンさんはシュタルクさんと旅の中でお付き合いとかしちゃってます?」

 

あ、言っちゃった。と思った時すでに遅し。突然の質問にフェルンは真顔のまま固まり場の空気が凍りついたかのように静止した。

 

そして数秒かけて、静かにゆっくりと彼女はこちらに顔を向けると

―― じぃっ ―― っと、青紫色の瞳が見開かれ、こっちを凝視してくる。

 

(怒らせちゃった……!?)

 

と、一瞬驚いたものの、フェルンは何かに怒るでもなく固まったまま瞬きもせず表情変えない。

どういう感情か全く読めない。動かない表情から読み取れる情報があまりに少ない。あと、ガン見してくる美少女ってちょっと怖い。

 

そんな状態を打ち破って先に口を開いたのはフェルンの方だった。

 

「そのように……、知らない方から見ると、そのように見えますか?」

 

硬直がゆっくり溶けるかのように静かに彼女は問うてきた。怒っている訳でも、嘆いているわけでもなさそうだ。

 

「えっ?ああ、うーーーん……?」

 

言葉に詰まっていると、休憩前に反射で光って見えた銀の腕輪を思い出す。

 

「あ、そうだ、ほら二人とも左腕に銀色の腕輪してたじゃないですか。ああいうの見るとなんとなく、そうなのかな~って……」

 

そんな答えにフェルンは自分の左腕をみながら「腕輪が見えて……なるほど…」とつぶやく

 

「……これは、18歳の互いの誕生日のときに私が腕輪をシュタルク様に送ったあと、私の誕生日にも買って頂いたもので……デザインは違うものですが」

 

視力が悪いユーリアも近づいて目を凝らしてよくよく見るとわかった。フェルンのつけているものは鏡蓮華の意匠――俗に言う、『久遠の愛情』を示す飾り付けだ。

そんな物を受け取った経緯だけ聞くと、誰がどう聞いても恋人同士でプレゼント送りあったんじゃ?と思ってしまうようなことを言っているがどことなく口調は重い。

 

「でも、シュタルク様はそんなつもりで買ってくれたわけではなくて……」

 

聞いている側にはどうにも話が飲み込めないが、何か事情があるらしい。彼女は歯切れの悪い言葉で腕輪を隠すように握りながら答える

 

「……だから、だから私とシュタルク様は、ただの旅の仲間です――」

 

彼女はそう自分に言い聞かせてるように言った姿は少し寂しげに見えた。

 

■想い、重荷


 

「ここから目的地の方向にまっすぐ行くと、途中の道の側に獣の中型魔物の巣があったぜ。5匹程度うろついている感じだったけど、巣穴があったからまだ居るかも」

「強行するとユーリア様が怪我をしかねません。今回は出来るなら迂回しましょう。ユーリア様、経路的に選べる道はありますか?」

 

宣言どおりに10分ほど経ってからシュタルクは戻ってきた。

何もなかったかのようにフェルンは仕事モードで応対する。

 

「……え、はい。そうですね、地図によると森に入らず右手に迂回して進むと獣道ですが、あそこに見える岩場まで行けるようです。

 そこから目的の場所は少し急勾配になりますがたどり着けるようです」

「よし、じゃあ安全面に考慮しつつそっちに行くか」

 

そう言って、シュタルクは調査道具一式を背中の斧に当たらないように丁寧に担ぐ。

荷物運びは出発するときに彼が買って出た役割である。出発時に報酬は変わりませんよ?と伝えた所

 

『報酬? ああ、そう言うんじゃなくて、この中だと俺が一番力あるだろうからこういうのは俺の役割かなって』

 

そう言いながら彼は「山も登るしフェルンやユーリアさんには持たせられないよ」と加えて笑顔で答えてくれた。

最初は少し目つきが怖い気がしてびっくりしたけど、応対も優しくとても好感の持てる青年だ。

先の話を全部まとめると、数年共に旅を続けているという隣の少女がこの青年に対して憎からず思う所があるのは当然のように思えた。

 

眼の前の二人の関係を前にして、少し前まで調査時に自分の隣にいた人物のことを思い出す。

 

―――『すまない、ただ似合うと思って買ったんだ。でも花の名前も意味も知らなくて、そんな重荷に思って欲しくは無いんだが』

 

髪飾りに触れながら、渡されたときに交わした会話を思い出す。

重荷なんて思ったことはなかった。付かず離れずの距離感でお互いで判っていたと思っていた。

 

――似合うと思って渡してくれたことがただ嬉しかっただけなのに。

 

しかし、口にした言葉は消えず、意味を成してすれ違ってしまった。

すれ違いは、亀裂を産み、いつしか心地の良い小さな居場所は壊れて消えて行った。

 

ほんの些細な失敗と心残り。あんな苦い想いは誰に合わせたくないと思った。

そして、眼の前にいる少女には心残りがあるという。

もしかすると、そんな自分が彼女の心残りに伝えてあげることがあるかもしれない。

なんの根拠もないが、漠然とそう思った。

 

自分には届かなかった、掴み取れなかった手を、未来を、彼女ならば掴み取れるかもしれない。

せめて見失わないように、壊れてしまわないように。願わくば目の前の二人が幸せな未来を掴める様に。

 

■選ばれたことが真意であると彼女は言う


 

迂回路の道は険しかったが、先行するシュタルクが道をできるだけ開けてその後にフェルンと依頼者のユーリアが続く。

途中途中で、魔物の気配をフェルンが察知してはできるだけうまく回避し慎重に登ること2時間程

魔物にもエンカウントすることなく無事に目的地にはたどり着くことが出来た。

 

「見えました。あそこです」

 

ユーリアが指差した先には確かに他には見なかった草が生い茂っている。

 

「では、ここでしばらく調査でしょうか」

「そうなりそうだな。じゃぁ、俺は周辺警戒をしているからフェルンはこの近くで護衛頼めるか?」

「わかりました」

 

役割を決めた後、それぞれに分担につき、ユーリアは薬草の回収や土の調査などの作業を開始した。

フェルンはすぐ近くで護衛をシュタルクは採取位置から少し離れて高い位置に上り見張りをしている。

 

「フェルンさん、そのままでいいので少しお話しませんか?」

作業をしながらそう問いかけるユーリアにフェルンは「はい」とだけ答えた。

 

採取と調査作業をするユーリアの背後でフェルンはじっとその背を眺めている。

そんな彼女の姿を確認し、ユーリアは作業の手を止めずに話し始めた。

 

「お昼の話ですが、シュタルクさんから買ってもらったっていう腕輪、あれは鏡蓮華の意匠ですよね」

「はい」とフェルンは腕輪を見ながら答える

 

「その花言葉の意味から恋人同士で贈り合うケースの多いものですが、それもご存知でした?」

「知り合いに詳しい人間がいてそう、説明してもらいました」

 

「じゃぁ、あの時"シュタルクさんにそんな気はない"と言っていた言葉の意味は……」

フェルンは声に出して回答することはなかったが、沈黙から自ずと答えはわかった気がした。

 

「フェルンさん事情聞いてばかりだと不公平ですよね。少しだけ私の話をしましょうか。

 ――私の頭についている髪飾り見えますか?」

フェルンさんも蝶の髪飾りしてますよねと付け加えながらそう言うと、少し間を空けてから

「……綺麗な花の髪飾りですね」

 

と、返答が帰ってきた。フェルンの回答を聞いたユーリアは言葉を続けた

 

「この髪飾りについているのは桔梗という花です。温暖な大陸中央東方の山に分布していますが、北側だと気候の都合で見かけないかもしれませんね。

 金細工なのでこれだと色がわからないけど、深い青紫の……ちょうどフェルンさんの髪と瞳の色に近い可憐な花なんですよ」

「桔梗の花……」

 

「花言葉は『永遠の愛』『変わらぬ愛』です」

 

鏡蓮華の『久遠の愛情』もそうだがなかなかに強力な花言葉の出現にフェルンは少し面食らう。偶然なのかそれとも花言葉とはそういう物なのだろうか。

そして、腕輪の話の流れから察するに

 

「……その髪飾りはどなたかにもらったアクセサリだったのですね」

 

フェルンのその言葉にユーリアは「ええ」と肯定する。

 

「私がずっと組んでいた護衛の人からもらったアクセサリです。ここに配属からずっと一緒で、パーティーの3周年記念にってプレゼントしてくれました」

 

昼食時にした話をフェルンは思い出す。確か、辞めていなくなったのだと。

 

「その方は、花のことご存知だったのですか?」

 

そんな疑問にユーリアはフェルンに振り返り

「なんにも知りませんでした。花言葉どころか、花の名前すら」

と苦笑した。

 

「もらった時、私嬉しくて舞い上がっちゃって。つい、その話をしちゃったんですよ。花言葉なんて気にするような人じゃないの判ってたのに」

 

つまりコレは、既にいなくなった、別れてしまった人の話だ。

 

「彼から出たのは、そんな大げさな、そんな重荷に思わないでくれ、といった言葉でした」

 

ああやはり……という顔でフェルンは小さなため息をついた。

 

「重荷になんて思ったことなかったのに。似合うと思ってくれたことがただ嬉しかったのに何となく気まずくなっちゃって……

 ここにくる前にちょっと話しましたよね。辞めて、彼は故郷の北部の戦線がある場所に戻っちゃいました。悪化する状況に残った親兄妹を放っとけないって。」

「……」

「花言葉なんて関係なく、似合う花の意匠だと想って送ってくれた気持ちは確かにあったはずだったのに

 ちゃんと、あの時、受け取った時に話をしておくべきだったなーって。結局お返しも出来ないままになっちゃいました」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「詳しくはわからないですけどシュタルクさんと似たようなことあったんじゃないですか?」

「……」

「きっとそうですよね、だから心に引っかかりを感じている」

 

ズケズケと心に乗り込んでくるような言い様だが「あなたに何が判るんですか」と切り捨てるのも負けた気がしてフェルンはそう答える気にもなれなかった。

 

「シュタルク様はその話をしたときに、買い直そうかと言いました。あんなに、二人で一緒に、一緒に探して選んだのに」

 

その言葉を聞いたユーリアはクスリと笑った。

――なんだ。もう半分、彼女の中に答えはあるではないか。きっと少し背中を押すだけだ。

 

「多分ですけど。シュタルクさんはまだ、フェルンさんにどう思われているのか、測りかねてるんじゃないでしょうか。

 可愛いじゃないですか、怖かったんですよ。フェルンさんから拒絶されるのが。

 もし、想いが強すぎたら断られるんじゃないかって。フェルンさんに嫌われたくなかったんですよ」

 

そう言われたフェルンは返答もなく、ただ視線を下げて左腕の鏡蓮華の腕輪を見る

 

「その、鏡蓮華の腕輪、

 きっと、あなたに似合うと思ったから買ってくれたんですよね? それでいいじゃないですか」

「そう……なのでしょうか」

 

彼女の表情はその言葉の通りの迷いを感じているように見えたが、もう答えは見ている筈だ。

 

「シュタルクさんが、フェルンさんのために選んでくれた事、きっとそれが一番大事です。花言葉はその花に関わる伝承の結果から付けられたものが多いと聞きます」

 

だから、と付け加えてフェルンに伝える。きっと伝わるだろう。

 

「―――あなたに似合うと思ってシュタルクさんに選ばれた花、鏡蓮華の花は

 偶然にも『久遠の愛情』を意味したんです。それはとても素敵なことじゃないですか」

 

そんな言葉を聞いた、どんな時も冷静な少女は目を見開いて驚いていたように見えた。

そして少し微笑んでまた鏡蓮華の腕輪に視線を落とす。

 

「納得出来ませんか?」

「……いえ、十分です」

 

右手で鏡蓮華の意匠に愛おしげに触れる姿には何か確かなものが見えた。そんな風に思えた。

 

「私は、結局うまく行かないまま手も取ることは出来なかったけど、フェルンさんのすぐ側にシュタルクさんは居るじゃないですか。

 だから、ただの旅の仲間なんて寂しい事言わなくてもいいんじゃないですか?」

 

「ほらあそこいる」とシュタルクの方を指差すとシュタルクも気づいた様子で小さく手を振っていた。

 

「さて!話しているうちに目的の種子が見つかりました。これで任務完了です!」

「はい、帰りましょう」

 

■大切なものが壊れないよう


 

全部終わった。これから撤収しようとしたその時

 

――ィィィィン――

 

何か風を切りながら高速で近づいてくる物の音が聞こえた。

それに気づいたシュタルクは戦斧を握りしめて叫ぶ。

 

「フェルン!あぶねぇッッ!逃げろ!!」

 

シュタルクの声が聞こえたのと同時に爆音のような衝撃音と土煙が舞う。

立ち込める土煙で辺りが見えない。

 

「――――ごほ、えっ? なん……なんですか一体?!」

 

背後に赤みのある明かりから異常な熱を感じる。

恐る恐る振り返るとそこには巨大な三頭竜が鎮座しており、中央の頭の口に炎の魔法のようなものが蓄積されていた。

 

――え、嘘……これは死……

 

「ユーリア様っ!!」

 

という声と共に彼女の顔の真横をよぎったのはフェルンの杖。

杖の先からは防御魔法が展開されてブレスの炎は彼女の目の前、寸でのところで遮られた。

 

「フェルンさん、左腕が……!」

 

先の衝撃の際に飛んだ石礫が当たったのか彼女の左腕からは血がたれていた。

「……問題ありません」という言葉に反して表情は歪んでおり傷の痛みをこらえているようだった。

 

三頭竜はバサバサと翼をはためかせながら姿勢を正し、もう一頭の口からブレスの準備を始める

「っく……!」と口にしたフェルンから汗が垂れる。ブレスの勢いに対して防御障壁に余裕がないのだ……

 

2つ目の頭から追加のブレスが吐かれてしまう!と思った瞬間。

蓄積した炎は霧散し、ズルリと頭が地面に落ちるとともに残り2つになった竜の頭が形容し難い悲鳴を上げる。

 

「フェルンッ!!大丈夫か!」

シュタルクは背後からの一撃とともにザアァァッと地面に両足を擦り付けながら反転しつつ着地する。

 

「シュタルク様、ありがとうございます!」

そう言いながら防御魔法を解いたフェルンはユーリアを抱えながら後ろに飛び、竜から距離を取る。

 

「フェルン、その腕!!」

「問題ありません、それよりシュタルク様!」

 

頭を一つ落とされたことでどうやらターゲットをシュタルクに移したようだ。前足を振り上げシュタルクに向かって爪を振り下ろす。

 

シュタルクの頭にめがけて振り下ろされた爪は金属音と共に戦斧によって弾かれた。

それを皮切りに、爪と牙とそれを打ち返すシュタルクの応酬が始まった。もはやユーリアの素人目には苛烈すぎて何をどう躱し弾いているのかすら判らない。

 

「シュタルク様……」震える膝を抑えながらフェルンは杖を構えながら前に出ようとする。

襲撃の一撃と先程ダメージ、先の防御魔法の攻防による疲労が思ったより大きい。

しかし、今の隙に頭を一つ魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)で撃ち抜けば確実に隙が生まれシュタルクがもう一つの頭を落として勝つことが出来る

 

「こっの野郎ッッ!!」

 

噛み締めて叫びつつシュタルクは渾身の力で竜の爪を戦斧で撃ち爪を砕く、その一瞬竜が後ろに引いて怯んだ

 

「チャンスだ!フェルン!!」

「わかりました!」

 

シュタルクはフェルンに振り返りつつ魔法での止めを促し、フェルンは出力を上げてい射抜く準備をする

 

しかし、この一瞬の油断が甘かった。怯んだと思った竜の体は勢いを取り戻したかのように前方に寄せてきて、中央の顔はシュタルクに向かって牙をむく。

すんでの所で戦斧の柄で牙を止めたがシュタルクの目前で頭を砕こうとする牙がギチギチを音を立てる。

シュタルクへの襲撃と同時に残りの頭から同時に放たれ雷撃がフェルンの周囲に落ちていた。とっさの事態で圧縮魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)の準備が霧散する。

 

(それでも、そちらの2撃目のブレスを放つよりこちらの魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)のほうが早い!!)

 

そう準備した瞬間、フェルンは気づいてしまった。音と血の匂いに誘われてやってきた別の魔物がユーリアの方に襲いかかりに来ている。

 

――どうすれば!!

 

このままではユーリアは食い殺される。それを救うために魔法を放ったとしても、竜のブレスはフェルンを撃ち抜くだろう。

そのフェルンの迷いをユーリアは表情から読み取った

 

――駄目だ!フェルンさんのこの迷いは駄目だ。ここでフェルンさんが私に気を取られてブレスに焼かれたら、私達が負けてしまう!!何か!何か術は!!

 

『そうです。護衛の人を付けつつ、研究員も護衛道具を持って対応しています』

 

瞬間、自分が言った言葉を思い出す。そうだ、術はある。まだチャンスは有る!

 

「頭を撃って!迷わないで!」

 

ユーリアは覚悟を決めた目でフェルンに訴えかける。

そう叫びながら取り出したボールを地面に叩きつけた。

 

フェルンは彼女の一言に頷き、瞬間、「魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)」という言葉と共に竜の首を撃ち抜いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フェルンがクビを撃ち抜いた事で弱体化した竜は大きく怯みそのままシュタルクの戦斧の前に真っ二つに切り裂かれて戦闘は幕を閉じた。

 

が……

 

「初めて真近くに投げましたけど、これは……思ったより強烈ですね……」

 

と鼻を摘みながら自分と周囲の臭いに辟易せざるを得ない状況だ。

とっさに取り出したのは臭気により魔物をひるませるボールだった。人間の数倍の嗅覚を持つ獣型の魔物は当然物凄い勢いで逃げ出してしまった。

 

「ユーリア様、せめて衣服の匂いだけでも何とかしますこちらに来てください」

 

という言葉の元、「あ、はい」と、言いながらフェルンに近寄ると彼女は見たこともない渋い顔をして匂いに耐えつつ魔法を使おうとする姿につい苦笑してしまう。

匂いを消す魔法なんてあるんだ? と疑問に思いつつも、彼女が放つ魔法により服の破れやほつれ以外は汚れと共に臭いが消えた。魔法凄い……

 

とかやっていると、こちらに一直線に駆けてくる足音が聞こえる。

「フェルンっ!!」っという叫び声に似た掛け声と共に振り返ったフェルンごとシュタルクは抱きしめた。

泣いてはいないが、相当の焦っていたのか抱きしめたまま「良かった…、良かった…」と繰り返している。

おそらく中央の首の攻撃を止めながら動けず、隣の頭がフェルンに向けてブレスを放とうとしていた状態を青くなりながら見ていたのだろう。

 

抱きとめられたフェルンは突然の事態に驚いた顔をしていたが、表情はすぐに微笑みに変わり

「シュタルク様、痛いです。こういう時はもっと優しくしてと、約束したじゃないですか」

そう言うとシュタルクは我に返ったように離れ

「ああ、そうだ!ごめんフェルン! 怪我は!? ってめっちゃ血ぃでてるーーーー!!」

左腕の流血に真っ青になりながら「大丈夫?痛くない?」とメソメソするシュタルクと

「シュタルク様、大げさです、石礫で切っただけですから」と微笑みながら答えるフェルン

 

そんな姿を見ながら、ユーリアはこの不器用な二人が欠けることなく無事に終わって本当に良かったと、天を仰ぎ女神に感謝した。

 

■まだ諦めるには早いと彼女は笑っていた


 

数日後、二人に報酬を払いに来たユーリアは何故か大荷物を抱えていた。

 

フリーレンの解析の仕事も概ね片が付いたので、一行も近く街を出発する準備中だ。

「ユーリア様……報酬は確かにいただきましたが、その荷物は?」

旅にでも出るのか?と言わんばかりの姿なので当然の疑問だ。

 

「実は仕事を少し休んで、ちょっと行ってみたい場所が出来ました。危ない場所なので準備は万端にしつつですけど」

そういう彼女は以前ポーチに入れていた護身道具を大量に詰めたカバンを見せてくれた

 

「一体どちらへ……?」

「北部戦線のすぐ麓の村まで!」

 

笑顔で答えるユーリアにフェルンは珍しくたじろいだ。それはつまり……

 

「あの時のフェルンさんと、シュタルクさん見てたら羨ましくなっちゃいました!」

「ちょっと、ユーリア様!!」

 

後ろのシュタルクにも聞こえそうな声で言うので慌ててフェルンは遮る。

が、身体能力に応じた五感を持ってるシュタルクにはしっかり聞こえており「俺たちが羨ましいってなんで?」という顔をしていた。

 

そういうところには鈍いのかーと微笑うユーリアはフェルンにだけ聞こえる声で

「私もとことん話をしてみようと思います。まだ諦める必要ないんじゃないかなって」

と伝えた。

 

前を向いて歩き出す人に向けて伝える言葉はいつだって明るい未来を伝える言葉で良い。

そう思ったフェルンは「きっと、届くと思います」とユーリアに伝えると彼女は笑顔で「フェルンさんも絶対に頑張ってね」と答えた。

 

フェルンとシュタルクが手を振り、別れの言葉をかける中で出発した彼女の髪には桔梗の髪飾りが朝日に照らされ輝いて見えた。

 

別れ際の彼女にもらったものがある。魔法で再現された桔梗の花のサンプルだ。杖のように魔力を込めて出したり消したり出来るものらしい。

フリーレンの花畑を出す魔法のようなものだろうかと、魔力を込めて花を出し深い青紫の花びらを眺めていると

 

「それって、さっきユーリアさんからもらった花か?」と言ってシュタルクが覗き込んできた。

「はい、こちらです。桔梗という綺麗な花です」と言って青紫に咲く桔梗の花を差しだすと彼はまじまじと眺めてから

 

「いい花だな、まるでフェルンみたいに綺麗だ」

 

シュタルクは笑顔で答えた。その言葉にフェルンはキョトンとしてしまう。

多分、色だけを見て言っている気もするが、何を口走ったのは本人も理解していなさそうだ。

 

――だけど、そう、きっと私とシュタルク様は今はまだこれでいい。

 

その無邪気な彼の笑顔と言葉が自分はとても好きなのだと、フェルンはそう納得した。

 

――――余談

 

フリーレンの待つ宿に向かう途中、隣を歩くフェルンは

 

「ところで、シュタルク様。先程おっしゃった言葉、よく聞き取れませんでした」

 

と、突然そんな事を言い出した。表情を変えずに言うので全く感情が読めない。

 

「……えっと、どういう意味?」

「言葉通りです。この花を見て言ってくださった感想が聞き取れなかったので、一字一句間違わずにもう一度言って頂けますか?」

 

と、シュッと魔力を込めて桔梗の花をシュタルクの前に出す。

 

「……いい花だな……とか?じゃなかったっけ?」

 

その言葉を聞いて、はあっ、とわざとらしくため息をつくフェルン。本当になんなの?

 

「本当ですか?私はその後に何か言っていただいていたと思いますが、そこが主によく聞き取れませんでした。

 綺麗とかなんとか言ってたと思います、そこをもう少し大きな声で優しく言って頂けませんか? できれば3回ぐらい」

 

注文増えてない?と思うシュタルクだったが、フェルンの機嫌は悪くはないようだと安心する。

しかし、「もしくは囁き言い聞かせるような形でも構いませんよ」と付け加えながらシュタルクに詰め寄ってきたので

「なんなの?なんでそんなにグイグイくるの?怖い!」と、いつもの調子で返すことになってしまった。

 

そんなこんなでワチャワチャしているウチに宿に辿り着き

その様子を遠巻きにみていたフリーレンは少し笑っているような顔で待っていた。

 

~ fin ~

 




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